18 ピクニックランチ、再び
二回目のピクニックランチが開催される日になった。
朝からそのことで頭がいっぱい。
授業に全然身が入らなかった。
日曜日の予行練習通りにすればいいだけではあるけれど、ドキドキしてしまう。
ついにランチタイムを知らせる鐘が鳴った。
「出発する」
アルード様が颯爽と席を立った。
風魔法が得意なカーライト様の助力により、窓から飛んで移動。
中庭まで近道をすることができた。
「氷班は?」
「揃っています」
ベルサス様とレベッカは同じクラスだけど、他の氷要員は別階級の別クラス。
イアンやレアン、風班の方々が手分けして早く到着するようにしてくれた。
「土が得意の方。ここに小さな畑を作ってください」
大体のサイズを指定する。
「了解」
クラスメイトの土使いが土台となる畑を作ってくれる。
芝生の上に土を出すだけともいうけれど。
「では、アルード様、お願いします」
「わかった」
うやうやしく差し出した魔法植物の豆をアルード様が手に取った。
「豊かな大地に祝福を」
畑に豆が落ちる。
そして、水班が水をまき、ついでに虹まで出現させた。
虹は私の秘策にはないプラン。
アルード様のグループのほうで密かに追加したようだった。
「虹が!」
「素敵です!」
女子生徒の歓声が起きた。
ほどなくして豆は芽を出し葉を出し伸びていく。
貪欲な魔法植物なので、成長はとても速い。
「氷班、出動!」
ベルサス様の号令と共にレベッカ、氷班の人々が頂上を目指す。
風班が浮遊魔法でサポートしているけれど、とにかく急がないといけない。
成長速度がすごいので、上に向かっていっても追いつきにくいのが難点。
でも、予行練習で早めに対処すればいいことがわかっている。
ベルサス様が先陣を切るかのごとく氷魔法を飛ばして先端に当てると、豆の木の成長速度が一瞬止まる。
すぐにレベッカや他の氷要員も氷魔法を飛ばし、完全に成長点を氷漬けにすることで、どこまでも伸びてしまいそうな豆の木の成長を止めた。
「うまくいきました」
「日曜日よりも対応が早い」
「そうですね」
一番上まで行った氷班が戻って来ると、私はカーライト様と一緒にわざと茎の途中を傷つけ、横に新しい芽と葉が出るようにしていく。
今度は横に無限に伸びていきそうなツルをまたしても氷班によって先端を凍らせ、成長を止める。
葉ができるだけ平たくなるように風班が伸ばせば、あっという間に座る場所の出来上がり。
それを何度か繰り返すことで、巨大な豆の木の上でランチタイムを過ごす場所を作り出すことができた。
「完成です! 高い所が好きな人は上へどうぞ! 苦手な人は下のほうや地上でも大丈夫です。でも、他の人の迷惑にならないようにお願いします!」
「上段に連れて行く。行きたい者はここに集まれ。先着順だ!」
「中段希望者は申し出てくれ!」
「下段の葉は広い。降りるときは風魔法がいらないために楽だぞ!」
風班が率先して葉の上に座ってランチを取りたい者を運んでくれる。
私は予行練習よりも綺麗に葉を作ることができたことに満足しながら、地上に敷物を敷いた。
「ルクレシア、上に行かないのか?」
アルード様に声をかけられた。
「アルード様は一番上へどうぞ。見晴らしがいいですよ? 数人だけの特権です」
「ルクレシアはその特権を行使するに値すると思うが?」
「私は見下ろすほうより見上げるほうを楽しみます。最後は上に行くので」
豆の木の設置は今日のランチタイムのみ。
最後に燃やして処理しなくてはならない。
「本当にいいのか?」
「いいのです。私はここが落ち着きます。風が吹いてもスカートを気にしなくていいので」
もちろん、浮遊に備えた対策はしてある。
ドレスの下にズボンを履いてきた。
でも、ランチは地上でゆったりと。みんなが喜ぶ様子を見たい。
「なるほど。女性らしい」
アルード様は笑みを浮かべると、カーライト様と共に一番上の葉に向かった。
いかにも王子にふさわしい特等席。
レベッカも氷班として頑張ったため、一番上の葉の席に入れてもらえたようだった。
「良かったですね」
レベッカはアルード様の婚約者候補。
子爵令嬢では身分差があるけれど、一緒にランチタイムを過ごせたことは良い思い出になるし、その話を聞いたアクアーリ子爵夫妻も喜ぶはず。
豆の木の場所は大人気。
縦の空間を活用することで、中庭を全て占拠することなく、大勢の生徒がピクニックランチを楽しめるようにできた。
私はそれだけで十分。
「すごいじゃない」
そう言って私の隣に敷物を置いたのはアヤナだった。
「こんな方法を取るなんて思わなかったわ」
「斬新でしょう?」
「魔法植物と魔法で解決なんて、すごく魔法学院らしいわ」
アヤナはまぶしそうに手をかざしながら豆の木を見上げた。
「雨だったらどうするつもりだったの?」
「魔法植物園という案も出ていたわね」
「晴れて良かったわ」
アヤナは持って来たお弁当箱を開けた。
私はじっと見つめる。
「どうせ、相変わらず貧相なサンドイッチだと思っているんでしょ?」
「そうね」
私は持って来たバスケットを手に掴み、蓋を開けて見せた。
「相変わらず作り過ぎでもったいないって思うでしょう?」
「正解」
「どうぞ。もらってくれないと困るの。食べきれないわ」
「遠慮なくいただくわ」
アヤナは私のバスケットに手を入れ、分厚いお肉たっぷりのサンドイッチを取った。
「豪快よね」
「料理長がね」
「公爵令嬢がこれにかぶりつけるとでも思っているのかしら?」
「今日はアルード様のグループと一緒にランチをすることを伝えてあるから、男性が好みそうなものにしている可能性はあるわね」
「なるほどね。でも、これは私がいただくわ。元平民だから、大きな口を開けても全然気にしないってわけ」
宣言通り、アヤナはサンドイッチにかぶりついた。
「アヤナも豪快ね」
もぐもぐしながら頷くアヤナ。
「……さっきの話だけど、少し意地悪をしてしまったわ」
「ん?」
アヤナが睨んでくる。
「雨の日だったら、アルード様が連れて来た魔導士が、雨除けの結界を中庭に張ってくれる予定だったの」
だから、雨でも問題なし。
中庭で豆の木に座ってピクニックランチを楽しめる。
「魔法植物がうまく制御できなくても、魔導士がきちんと処理するから大丈夫ってことで学院からの許可をもらったのよ」
アヤナは口の中にあったものをゴクンと飲み込んだ。
「確かに意地悪ね。結局、中庭じゃないの!」
「私らしいほうがいいでしょう?」
悪役令嬢だから。
アヤナは呆れ顔をになった。
「いじわる令嬢が誕生していたのね。気づかなかったわ」
「前回のピクニックランチに来てくれなかったからよ」
私はアヤナの持って来たサンドイッチを一切れ奪った。
「まあ、なんてサンドイッチかしら? どんな味がするのか楽しみだわ!」
「庶民味よ」
「庶民味でも美味しければいいのよ」
私とアヤナは互いに持って来たサンドイッチを食べ合う。
それはどう考えても友人同士の証拠。
「一緒しようよ!」
「お邪魔しまーす!」
突然、双子がやって来て座り込んだ。
「敷物は?」
「ないよ」
「防御魔法でいいから」
防汚効果付きということ。
「でも、弁当もない」
「誰かからもらおうと思って」
二人の視線は私のバスケットに向けられた。
「獲物を見つけたよ!」
「突撃だね!」
二人は私のバスケットから分厚い肉の挟まったサンドイッチを手に取った。
「ルクレシアって肉派?」
「いつもこんなお弁当を作らせているの?」
「今日はアルード様のグループと一緒にランチを食べると伝えたから、料理長がボリュームのあるものにしたのだと思うわ」
「きっと僕たち用だね」
「もらうよ!」
双子は同時にサンドイッチにかぶりついた。
「美味しい!」
二人同時にそう言うのを見て、やっぱり双子だと思うしかない。
「全部食べていいわよ。私はアヤナのを奪うから」
「ちょっと! 私のサンドイッチは貴重なのよ! 庶民味なんだから!」
「庶民味?」
「笑えるね!」
双子が笑い合っている間に、アヤナは私のバスケットを探った。
まだ食べ終わっていないサンドイッチを片手に持っているのに。
「これ、結構ボリュームがあるから一個でもいいかも。ただし、デザートはダメ! 私が食べるわ! 双子はなし!」
双子はもぐもぐタイム。
でも、しっかりと不満顔。
「待って。デザートは食べないで」
「もしかして、貢ぎ物?」
アヤナが聞いてくる。
「正解」
私は小瓶に入ったプリンを二つ取り出し、イアンに差し出した。
「これをアルード様に届けていただけませんか? その代わり、もう一つのプリンを差し上げます。スプーンも持っていってください」
「行く!」
「僕が行く!」
「頼まれたのは僕だし」
双子が配達役を巡って争い始めた。
「まだ二つあります。一つ差し上げるので、もう一つはレベッカに届けてください。プリンが好物らしいので」
「わかった」
二人は浮遊魔法を使って浮き上がり、すぐに風魔法で速度を上げて飛んでいった。
「いいの?」
アヤナがつぶやいた。
「何が?」
「プリン。四つしかなかったのに」
「また作ればいいわ。アヤナには悪いけれど、私はアルード様の婚約者候補だから」
「わかるわ。ピクニックランチに協力してくれたのに、アルード様の好物を渡さないわけにはいかないわよね」
「そういうこと」
アルード様はプリンが好きらしい。
でも、カラメルは嫌い。
プリン本体だけがいいということを日曜日に知った。
「でも、レベッカにもあげるなんて。婚約者候補の噂があるのに」
「サブリーダーだもの」
「さすがよね」
アヤナはにやりとした。
「レベッカはプリンが嫌いだから。アルード様に合わせるために好きなふりをしているだけなのに」
なんですって!
「うそよね?」
「本当よ。きっとアルード様に美味しいですって言いながら、心で泣いているわ。全くもって感服するわ。いじわる令嬢の手腕にね!」
最悪……。
呆然とする私の肩をアヤナが叩いた。
「ごめんなさいね? プリンを私にくれなかったから悔しくて。次はレベッカではなく私に頂戴。そのほうがお互いのためだから」
「いじわる令嬢がいるわ……」
「そうね」
「アヤナのことよ!」
「認めるわ。食べ物の恨みは怖いのよ。覚えておきなさい!」
迫力がある。
やっぱり主人公だと思った。




