169 卒業式
ついに卒業式の日が来た。
首席はベルサス様。女子生徒の首席は私だった。
魔法学院長や来賓から挨拶があって、こんな感じだろうという卒業式が終了した。
でも、泣く生徒はほとんどいない。笑顔ばかり。
なぜなら、全員が卒業パーティーを楽しみにしているから。
午前中の卒業式が終わるとパーティーで会いましょうと言って友人と別れ、自宅で昼食。午後に卒業パーティーへ行く。
婚約者や恋人がいる場合、男性が女性を迎えに来て一緒に卒業パーティーに行く。
卒業パーティーだけのペアを組んで行く人も、友人と行く人もいる。
私とアヤナは王太子の婚約者候補と王子の婚約者候補なので、誰とも約束はできない。
それがわかっているので、誰からも誘われない。
普通に支度して卒業パーティーに行くつもりだった。
ところが。
「お嬢様、お迎えの馬車が来ています」
特注のドレスに着替えていると、召使いが知らせに来た。
「迎えの馬車? コランダムの馬車で行くのに?」
「奥様が対応していますが、準備ができたかどうか確認してくるようにと」
「もしかして、誰かがルクレシアを迎えに来たわけ?」
「王太子殿下です」
「えーーーーっ!」
アヤナが叫んだ。
「まさか来ちゃうなんて!」
「一応、王太子の婚約者候補だから……」
あくまでも候補であって婚約者ではないけれど、配慮してくれたのかもしれない。
「私も王子の婚約者候補なんだけど?」
「アルード王子殿下も来ています」
「嘘!」
「本当です。用意ができたら下にということですが……まだでしょうか?」
「急ぐわ!」
「もう少しだから!」
「では、そのようにお伝えします」
召使いが部屋を出ていく。
「来るなんて思わなかったわ!」
「私も同じよ!」
とにかく、用意をするしかない。
ヴァリウス様が怒らないうちに!
私とアヤナは急いで仕上げに入った。
「失礼いたします」
応接間にいると聞いて挨拶に行ったら、予想よりも人数が多かった。
「迎えに来ましたよ」
そう言ったのは白い礼服のヴァリウス様。
「私は保護者として来ただけですが」
「俺も保護者だ」
黒い礼服のクルセード様がにやりとした。
「ルクレシア」
白い礼服を着用したアルード様が近づいて来た。
「これを」
赤いバラのミニブーケ。
恋人やパートナーへの贈り物として用意するものだった。
「受け取ってほしい。私の気持ちだ。約束はしていないのはわかっているが、迎えに行きたかった」
「ありがとうございます」
私は赤いバラのミニブーケを受け取った。
「でも、このようなものをいただけるなんて……ブートニアを用意していません」
「気にしなくていい。ちなみにアヤナのことも気にしなくていい。オルフェに頼んだ。ノーザンのために氷竜をできるだけ多く倒した対価だ」
「アヤナ、アルードの代わりにエスコートします。受け取ってくれますか?」
水色の花のミニブーケが差し出された。
アヤナは感動で泣きそうな顔になった。
「光栄です……」
「泣いてはいけません。卒業パーティーを楽しみましょう」
「はい!」
アヤナはアルード様に顔を向けた。
「アルード王子殿下、ご配慮いただきありがとうございます」
「婚約者候補は複数いる。全員を迎えに行くわけにはいかないからだ」
アルード様が優しく微笑んだ。
「そうですよね。婚約者候補の中から選ぶとしたら、一番選びやすい人にしますよね」
アヤナは笑顔を浮かべた。
「もちろん、一番踊りやすい人です。安全な人でもあります」
「その通りだ。前例がある」
成人祝いの大舞踏会と同じく私が選ばれたということ。
完全に言い訳だけど、断るつもりは全くなかった。
魔法学院の舞踏室に行くと、出入口付近によく知る顔ぶれが揃っていた。
「ルクレシア」
真っ先に声をかけてきたのはネイサン。
「とても綺麗だ」
「ありがとう」
「友人として頼みたいことがある」
ネイサンはリボンのついた赤いバラを一本差し出した。
「俺にはパートナーがいない。そのせいで踊ってほしいと言われても困る。だから、その」
ネイサンはアルード様のほうを気にするように見た。
「受け取ってくれないか? 胸ポケットに入れてほしいだけだ。だから、ブーケは用意していない」
胸に花をつけている男性はパートナーがいるという証拠。
ようするにダンスを断る理由にしたい。
「アルード様、少しだけブーケを持っていただけませんか?」
「構わない」
私はネイサンから赤いバラを受け取った。
「ネイサンにぴったりの赤い花ね。火属性だもの」
「赤い花といえばこれだ」
「そうよね」
私はネイサンの胸ポケットに赤いバラを入れた。
リボンも綺麗に見えるように整える。
「できたわ。素敵になったわよ」
「心から感謝する」
ネイサンは手袋をした私の手を取ると、甲にキスするような仕草をした。
「さっさと交代しないと怒られそうだ」
ネイサンが下がるとベルサス様がアイスブルーのリボンがついた白いバラのコサージュを差し出した。
「ビビが用意してくれました。つけてくれるのかと思ったら、ルクレシアに頼むよう言われました。お願いできませんか?」
「もちろんです」
私はコサージュを受け取ると、ベルサス様の左胸につけた。
「ビビが喜ぶ姿になったと思います」
「ルクレシアの慈悲深さに感謝を」
ベルサス様は私の手を取ると甲に口づけるような仕草をした。
「人気者は大変だ」
カートライト様が笑った。
「イアンの番だよ!」
レアンに背中を押され、イアンが前に来る。
「カートライトが持って来た」
イアンが差し出したのは黄緑の花のコサージュ。
「譲ってくれた。つけてもらうのが思い出になるって」
「さすがカートライト様、騎士らしいです」
私は黄緑の花のコサージュをイアンの左胸につけた。
「お礼を言わないとね?」
「まずはルクレシアに。ありがとう」
イアンは私の手を取ると、甲にキスをする仕草をした。
「イアン、貸しだからな?」
「それは約束しない。でも、感謝している。思い出ができた」
「ルクレシア、もういいか?」
「お待たせして申し訳ありません」
私はアルード様からバラのブーケを受け取った。
「最初に踊るのは私だ。そのためにブーケを持っていた」
「ヴァリウス様、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。アルードを喜ばせてあげなさい。卒業するのはアルードとルクレシアです。二人が一緒に楽しむ様子を私は楽しみます」
「俺も保護者として楽しむ」
クルセード様がいてくれるのが頼もしい。
ヴァリウス様の不機嫌を予防してくれそうだと思った。
卒業パーティーの始まりが宣言され、音楽が鳴り始めた。
「踊ろう」
「はい」
私とアルード様はダンスフロアに移動して向き合った。
「ルクレシアとであれば安心して踊れる」
「私もアルード様とであれば安心できます」
「三回連続で踊りたい」
「それはダメです」
「やはりダメか」
「当然です。意味を教えたのはアルード様ですよ?」
「そうだった」
ダンスが終わったので保護者のところへ戻る。
「上手でしたよ。初級魔法のように慣れていました」
「ありがとうございます」
「褒めていません。初級だと言ったではありませんか。卒業パーティーですよ? 楽しまなくてはいけません。だというのに、遠慮してどうするのです?」
ダメ出しされてしまった。
「あれぐらいしなさい」
ダンスフロアのほうを見ると、アヤナとオルフェ様が踊っていた。
オルフェ様はただで目立つのに、アヤナを持ち上げてくるりと回っている。
まるでアヤナに羽があるかのように軽やかな印象だった。
「魔法の練習ばかりだからです。もっとダンスの練習もしなさい」
「はい」
「もう二回踊ってきなさい。中級分と上級分です」
ノルマ……。
「わかりました。行こう」
「はい」
ヴァリウス様に言われたらそうするしかない。
私とアルード様は二回ダンスを踊った。
これで三回連続同じ相手と踊ったことになる。
社交場のルールにおいて、私とアルード様は恋人同士だと宣言したことになった。
「頑張りましたね。ですが、まだですよ。今日は楽しまなければ」
ヴァリウス様に連れられてダンスフロアに向かう。
普通に踊るのかと思ったら、浮遊魔法をかけられた。
全員、ダンスフロアで踊っているのに、私とヴァリウス様だけはっきりと浮遊しているので目立っている。
それに加えてドレスがやけにふわふわしている。
私よりも風に揺れるドレスがダンスをしているみたいだった。
「クルセードも踊りますか? 見ているだけではつまらないはず」
「ネイサン!」
呼ばれたネイサンは浮遊魔法と移動魔法で駆け付けた。
「何か?」
「俺の代わりにルクレシアと踊れ。一回でいい」
ネイサンは顔をしかめた。
「ダンスは苦手だ」
「大丈夫だ。ルクレシアがリードしてくれる」
笑ってしまった。
周囲にいた皆も同じ。
「行きましょう! 私がリードしてあげるわ!」
私はネイサンの手を引いてダンスフロアに連れて行った。
「ステップに自信がないなら浮遊魔法をかけてもいいわよ?」
「平気だ」
「本当のことを言って。友人でしょう?」
「普通に踊れる。移動系は得意だ。遠慮していただけだ」
私とネイサンはワルツを踊る。
確かにネイサンは移動系が得意だった。
普通以上、力強いダンスだった。
「かなり良かった!」
クルセード様が喜んだ。
「さすが俺の代理だ!」
「ルクレシアのリードがあると思うと勇気が出た」
「そうですね。力強さを感じました。クルセードが喜ぶダンスでしたが、優雅さはありませんでした」
「優雅なダンスはヴァリウスが披露した。技巧的ではなかったが」
「ベルサス!」
アルード様がベルサス様を呼んだ。
「技巧的なダンスを披露してほしい。ビビに自慢話ができるだろう?」
「ルクレシアは疲れていると思いますが?」
魔法がかかった。
「回復魔法と身体強化魔法をかけた。平気だろう」
「ビビに自慢したいので、いいですか?」
「ビビのためならもちろんです」
今度はベルサス様と踊ることになった。
さすが魔法学院の首席。技巧的なダンスが何かをわかっていた。
ベルサス様のイメージは冷たい感じがするけれど、ダンスは全然違う。
上品。驚くほど技巧的なリードをしてくる。
何の打ち合わせもしていないので、私は流れに任せるだけ。それだけで綺麗に踊れる。
それはベルサス様のリードとタイミングが完璧だから。浮遊魔法がないのに軽やかでもある。
正直、ここまで踊れるのかと思ってしまった。
「さすがベルサスですね。素晴らしいダンスでした。これ以上は難しいかもしれません」
「私とならもっと素晴らしいダンスが踊れます」
「ダメです」
オルフェ様の提案をヴァリウス様が冷たく却下した。
「ルクレシアが何回踊ったと思っているのです?」
「六回です。あまりよい数字ではありません。もう一回踊ったほうがいいと思います」
「カートライト、ルクレシアと踊ってきなさい」
「はい。ルクレシア、私と踊ってくれるか?」
「喜んで」
数字合わせということでもう一回。
卒業パーティーはダンスパーティーだけど、踊り過ぎている気がした。
ところが。
「現在、ダンス回数のトップはイーラ嬢の七回です!」
私は第三位。同じ人とのダンスはカウントされないので、アルード様と踊った回数は一回として計算されていた。
「イアン! レアン!」
ヴァリウス様に双子が呼ばれた。
「ルクレシアと踊りなさい」
「わかりました」
「仰せのままに」
ノルマが増えた。
イアンとレアンと踊ったので、私は七人と踊ったことになった。
でも、イーラも他の男性と踊っている。すでに九人。
「私のルクレシアが一番です! 他の者が越えることは許しません! アレクサンダーも踊りなさい!」
エリザベートをエスコートしていたアレクサンダー様に命令が出た。
「ルクレシアと踊るか? 箔がつくぞ?」
クルセード様がアイン様たちにも聞いている。
「待つ時間が惜しいので私が踊ります」
オルフェ様が速攻で私の手を取って歩き始めた。
「でも、アヤナが……」
「大丈夫! 女性で一番にならないとでしょう!」
オルフェ様と踊り、アレクサンダー様と踊り、アイン様と踊り、ナハト様と踊り、クルセード様と踊って終わりになった。
体力的にそれが限界。
「今夜、最も多くの男性と踊った女性はルクレシア様です!」
「さすがルクレシア様!」
「一位です!」
「女性の首席です!」
「最高です!」
大拍手。
どう考えてもヴァリウス様のためのご機嫌取り。
だけど、王太子の婚約者候補としての名誉を守れたのは確か。
「これがもっとも正しい結果です。私とアルードに認められた女性はルクレシアだけです」
ヴァリウス様が私の頭を優しく撫でてくれる。
機嫌が直って何より……。
ディアマスの平和には絶対にかかせないことだった。
五章はここまで。




