168 次へ進みたい
アルード様が指揮した全体作戦は順調に進み、無事終了した。
「大規模作戦になっちゃったわねえ」
「そうね」
私としては得意な火魔法で活躍できたので嬉しい。
ネイサンも火魔法の練習を必死でしていただけに、豪快に使える機会ということで喜んでいた。
でも、残念なこともある。
「魔法栗の木、なくなっちゃったわねえ」
撤収予定に合わせて燃やせばいいと思っていたけれど、全体作戦で燃やすことになってしまった。
「でも、ビスケットの缶が貰えたわ」
先生たちに魔物の発見及び駆除の報告をすると、成果としてビスケットの缶が貰えた。
自給自足だという説明だったけれど、魔物を倒せば携帯食料が手に入るので、頑張って魔物を探して倒せということだったらしい。
「でも、魔法栗のほうが美味しかったわ!」
それには激しく同意。
「このあとはしばらくビスケットと魚だけになってしまうのね……」
「それは大丈夫だ」
ネイサンがやって来た。
「魔法栗がある」
「木は燃やすっていっていたわよね?」
「木は燃やたが、その前に栗は全部収穫しておいた」
私とアヤナとエリザベートは女性用のテントで寝ていたので知らなかったけれど、男性陣が魔法栗を全部収穫しておいたらしい。
「じゃあ、魔法栗を食べられるの?」
「そうだが、魔法栗を集めて入れるためにテントをひっくり返して使った。つまり、栗を消費しないとテントが使えない。今夜は三学年全員でキャンプファイアーをして、魔法栗と魚を食べるということでいいか?」
「三年生全員で? 足りるの?」
「魔法栗は足りる。だが、魚は釣りに行かないとない。エリザベートたちが雷魔法の使い手を連れて川へ行けばいいだろう」
「川の魚が全滅しない?」
「季節的に産卵は終わっている。今いる魚は全部釣っても平気だ。柿の木や普通の栗の木を見つけた生徒もいる。それぞれが持ち寄れそうなものを持ち寄ることになった」
「ビスケットの缶を持って来る人が一番多いかもね?」
「そうかもしれないな」
夜。
川辺に三年生全員が集まり、キャンプファイアーと夕食会が行われた。
各生徒が持ち寄ったものは驚くほど多かった。
というのも、お金を持って来るのは禁止ではなかったので、近隣の食品店に行って普通に食べ物を買っている生徒が大多数だったことが判明。
真面目に自給自足していたのは一組だけと聞き、脱力してしまった。
「お金で食料を買ってもいいだなんて、そんな説明聞いてないわ!」
「お兄様も教えてくれなかったわ!」
アヤナもエリザベートも大激怒。
「お姉様は教えてくれたわよ? むしろ、大金を持って行って買った食料を他のチームに分けてあげると喜ばれるって」
マルゴットの姉のイザベラ様はしっかりとアドバイスをしていた。
「抜け道です。禁止事項として明記されているわけではないので、罰則はないというだけでしょう」
「必需品は用意していいということになっていた。金が絶対に必要だということであれば、持って来てもいいということになる」
「ずるいなあ」
「ずるいよねえ」
「いいんじゃないか? そのおかげで食べ物が多くある」
ネイサンの言う通り。
期末テストとして三年生全員による魔物討伐ができたし、キャンプファイアーと夕食会も開催することができた。
今夜はそれを素直に喜べばいいということになった。
「じゃあ、頑張って!」
「よろしくね!」
「頼む!」
「任せます」
「ルクレシアが適任だ」
「他にいないよね」
「魔法学院における首席料理人だから!」
ようするに焼き係。
「三年生全員の夕食なのよ? 私だけでは絶対に無理! 総動員するわ!」
火使いは焼き係、水使いは洗い係、光使いは浄化係、風使いは食材を運んだり切ったりと、得意な魔法ごとに役割分担を指示した。
私のいた特級クラスは一年生の時に焼肉屋をやったので、あの時と同じような作業の担当にしたのもあり、生徒全員が協力して夕食を準備した。
「点火するわよ!」
延焼予防のために伐ってあった木を山積みにした巨大なキャンプファイアーも完成。
「学祭の時よりも大きいわ!」
「迫力があるわね!」
「とても立派なキャンプファイアーだわ!」
「特別な思い出になるわね」
私の言葉に誰もが頷きながら笑顔を浮かべる。
「今夜はたくさん食べる!」
「肉があるのが嬉しい」
「ネイサン、もっと魔法栗焼いてよー!」
「魔法栗係だよー!」
それぞれが笑いながら、このひと時を楽しむ。
「ルクレシア」
鉄板焼きの係になった私のところにアルード様が来た。
「手伝う」
アルード様は熱した岩の上に並べた肉を器用に裏返した。
今回は魔法で洗って浄化消毒した岩を利用した石焼き料理。
魔力の扱いに長けていれば、トングも必要ない。
「焼けているだろうか?」
「大丈夫です」
焼肉は大人気。
なので、焼いても焼いても次々と生徒が来て持っていってしまう。
めちゃくちゃ忙しい。
「そろそろ誰かと交代してもらおう。食事をしていない」
「そうですね」
すでに食事をしていた火魔法の使い手に頼み、石焼きの係を交代してもらった。
「何を食べたい?」
「何でも。お腹が空きました」
私とアルード様が向かったのはすぐ側で焼かれていたソーセージのコーナー。
それから焼きキノコ、焼きトウモロコシ、焼き栗、パンを貰いに行った。
「コーヒーを飲むか?」
「そうですね」
ジュース、炭酸飲料水もあったけれど、最後に温かい飲み物を選んだ。
「ご馳走様でした」
何気に充実。
「美味しかった」
「そうですね」
「ルクレシアのおかげだ」
「私が焼いた肉を食べていませんよね?」
「一緒にいるだけで食事が美味しくなる」
「そういう意味でしたか」
「こうしていられる時間は貴重だ。もうすぐ学生生活が終わってしまう」
「そうですね」
期末テストが終わったあとは成績発表と大掃除と卒業式。
魔法学院に入学してからの日々をじっくり振り返ることもできないまま、あっという間に終わってしまいそうだった。
「魔法学院ではかけがえのない時間を過ごせた。だが、このままでいたいとは思わない。次へ進みたい。そう思えるのもルクレシアのおかげだ」
アルード様が優しい表情で私を見つめる。
「どんな未来になるのかはわからない。だが、私もルクレシアも幸せになれる。すでに願ってある」
「そうですね。でも、学祭の花火にどこまで願いを叶える力があるのかもわかりません」
「私が叶える。愛する女性を幸せにできない者がディアマスの国民を幸せにできるわけがない。王子の務めを果たすためにも、ルクレシアを幸せにする」
「ありがとうございます。私もアルード様を全力で推しますね」
その時だった。
夜空に光る星が流れるように落ちていく。
「流れ星です」
突然だったので、見つけたと思うだけで終わってしまった。
「願った」
アルード様がそう言って微笑む。
「ルクレシアの幸せを。流れ星の加護も加わった」
一瞬の出来事。
だというのに、私のことを願ってくれたアルード様の気持ちがどうしようもなく嬉しい。
「アルード様にお願いをしてもいいですか?」
「どんなことだ?」
「アルード様の肩に寄りかかってみたいのです」
「眠いのか?」
「誰かに寄りかかることができるって……贅沢で幸せなことだと思ったので」
「ルクレシアの願いを叶えたい」
アルード様との距離を縮めるように座り直すと、私はアルード様の肩に寄りかかった。
「これでいいのか?」
「そうです」
「オプションもあるが?」
オプション?
「どのようなものですか?」
アルード様の手が私の手に重ねられた。
「いつでも寄りかかっていい。側にいる」
「素敵です」
オプションも、こうして過ごすひと時も。
ゆっくり、少しずつ……進んでいる。
それは時間のことであり、私とアルード様の関係のことでもある。
どんな未来になるのかわからない。でも、このままでいたいとは思わない。
次へ進みたい。
そう思えるのは、アルード様のおかげだった。




