164 帰り道
帰国日。
オルフェ様が国境まで送ってくれた。
話があるということで、アルード様の馬車に乗り込んでいた。
「アルード、また会いましょう」
「待っている」
国境の門でアルード様とオルフェ様は笑顔で別れを告げた。
なんとなく、ノーザンに来た時よりも仲良くなっていそうな雰囲気に見えた。
オルフェ様のおかげで国境にある検問での審査はなし。すぐに通ることができた。
あっという間にディアマス。
迎えの馬車が来ていた。
「お帰りなさいませ」
伝令として魔導士が来ていた。
「飛行馬車なのか?」
アルード様は眉をひそめた。
「アルード様だけは別です。また氷竜が来ました」
「わかった」
私たちは予定通り列車で王都に戻ることになったけれど、アルード様は氷竜を討伐しに行ったヴァリウス様と合流するとのことだった。
「ノーザンに行ったせいか、私たちも氷竜を討伐しに行かなくていいのかしらって思ってしまうわ」
エリザベートがつぶやく。
「俺も思った」
ネイサンはアルード様に同行したいと言ったぐらい。
でも、私たちは現在魔法学院の中間テストを受けている最中。
自己都合で抜けると卒業できなくなる可能性があるため、絶対にダメだと言われた。
帰りの列車に乗り込んだのは八人。
私とアヤナは一緒の個室になった。
「元気を出して」
アヤナは見るからに元気がなかった。
「ようやく運命の人と会えたのに残念ね」
アヤナの顔が真っ赤になった。
「わかっちゃった?」
「アヤナが別人みたいになっているのよ? わからないほうがおかしいわ」
アヤナの推しはオルフェ様だった。
「結界を張ってくれる?」
「もう張っているわよ!」
アヤナは顔を隠した。
「最高だったわ……本物を見てしまったのよ? すごいわ! もうなんていうか……聖人! 神官! 私にとっては神よ!」
アヤナが勢いよく語り出す。
ゲームでは冬休みのイベントで会える可能性がある。
ノーザンから氷竜のことを伝えに来るのがオルフェ様。
二年生と三年生の冬休みに会える可能性がありそうだとアヤナは思っていたけれど、結局は会えなかった。
魔法学院の在学中に会えなかったら、卒業後にお金を貯めてノーザンに行くつもりだった。
オルフェ様は氷竜討伐をしているので、氷竜の討伐の協力者になるような仕事をすれば会えると思っていたらしい。
「会えただけで奇跡なのに、今はもう寂しくて仕方がないの。ずっとノーザンにいたいぐらいなのに、ディアマスに帰らないといいけないなんて……悲しくて仕方がないわ」
「そうね。でも、卒業してからノーザンに行けるわよ」
「そうだといいけれど」
アヤナはため息をついた。
「私はアルード様の婚約者候補なのよ?」
「そうね」
「強制的に結婚させられてしまうかもしれないじゃない。国王陛下の勅命が出たら逆らえないわ!」
「その場合、アルード様はハイランドに行くそうよ。その時、ノーザンに送ってもらえないか聞いてみたら?」
「愛の逃避行みたいで勘違いされそう」
「結婚が嫌で逃げたのに、愛の逃避行のはずがないでしょうに」
「そうだけど……ルクレシアはどうするのよ? このままじゃ王太子妃よ?」
「まだわからないわ」
私は落ち着いていた。
「王家が絡んでいるのよ? 私がこうしたいって思ったってその通りにならないわ。国王陛下とヴァリウス様とアルード様がどうするかで決まるわ」
「それでいいの?」
「今はね。これ以上は卒業してから考えるわ」
「悠長ね」
アヤナは呆れた表情になった。
「でも、仕方がないっていうのはわかるわ。ルクレシアを巡る縁談争いが勃発しないためには、ヴァリウス様がキープしておくのが一番だろうしね」
「学生でいられる時間はあと少ししかないわ。三学年全員で魔物討伐なんて……魔法学院って普通の学校とは全然違うわね」
「そうね。実力差だってかなりあるのにどうするのか」
「ゲームではどうなの?」
「卒業旅行みたいな感じ」
主人公と好感度が高くて脱落していない攻略対象者全員が参加する。
ミニゲームがいくつも発生するので、誰とするのか選ぶ。
「私には関係ないけれど」
アヤナが推しているオルフェ様がいるわけでもなければ登場するようなイベントでもないため、アヤナは興味を持っていなかった。
「参加しないと卒業できないから参加するだけ。成績も関係ないわ」
「そうなの?」
「三学年全員なのよ? どうやって評価するのよ? たぶんだけど、二学期までの成績でほぼ決まりね。首席はベルサスよ」
「そうね」
私も首席卒業者はベルサス様だと思っていた。
「女子はルクレシアね。私は活躍できていないから。光魔法なんて、回復する人がいないと全然アピールできないわ!」
「使える属性や魔法の種類によって不利になってしまうわよね」
「そうね。でも、仕方がないわ」
アヤナは大きく息をついた。
「三年もあるなんて思ったけれど、意外とあっという間だったわ」
「そうかもね」
「大人になっちゃったしね。十八歳よ!」
アヤナはにやりとした。
「ルクレシアはキスしちゃったし。私もオルフェ様とキスしたい!」
「アヤナがオルフェ様と結ばれるよう応援しているわ」
「ありがとう。でも、相手は王子様。結ばれるのは難しいとは思うけれど、推し活動ならできるはずだから!」
アヤナは強気。
そういう性格だけど、今は一生懸命強がっていると思った。
「アヤナ」
私はアヤナの側に行く。
「ギュっとしてもいい?」
「なんでよ?」
「応援したいから。姉として」
「……まあ、いいけれど」
ちょっと照れたような表情をするアヤナが可愛い。
私は心を込めてアヤナを抱きしめた。
「アヤナと会えて良かったと思っているの。主人公だからじゃないわ。この世界で不安だった私にとってアヤナは友人以上の存在だったわ。今だってそう。何もかもうまくいくとは限らないのはわかっているの。私だって大変な状況だしね。でも、可能性を信じましょう。私たちにはきっと素敵な未来があるって」
「そうね」
アヤナも私を抱きしめた。
「ありがとう。お姉ちゃん」
嬉しい。恥ずかしい気もするけれど。
そもそも誕生日が一カ月程度違うだけだし。
「アヤナにも可愛いところがあるじゃない」
「今更? どう見ても私は可愛いわよ! 主人公なんだから!」
ゲームの主人公はゲームをしている人によって違ってくる。
でも、私にとっての主人公は今ここにいるアヤナ。
図々しくて、狡いところもあって、だけど好きな人には一途で、出会った途端真っ赤になってしまう女性。
本心を見せ合い、一緒に笑い合える相手でもある。
そんなアヤナが大好きだった。




