160 ノーザン
ノーザン王国に来た。
迎えの飛行馬車は三台。
アルード様、男子五人、女子三人で分かれて乗った。
到着したのは王城で、ノーザンの第二王子オルフェ様が出迎えてくれた。
「アルード、よく来てくれまた。心から歓迎します」
白銀の髪に白磁の肌。透き通るような水色の瞳。
聖人か神官のような雰囲気をまとった男性だった。
「相変わらず無自覚な表情だ」
「喜ばずにはいられません。アルードが来てくれたのですから」
オルフェ様は優しく微笑んだ。
「クルセードが意地悪をするのです。ヴァリウスが怒っていると聞きました」
「確かに兄上は怒っていた。氷竜が来た」
「私のせいではありません。氷竜が勝手に飛んで行ったのです。クルセードも討伐に力を貸してくれません。ハイランド領空内に入ったら倒してやるというのです」
「そうだと思った」
オルフェ様とアルード様は知り合いらしい。
アルード様の態度はクルセード様に対するものと似ていた。
「積もる話はあとにしたい。今回は中間テストとして派遣された」
「好きなだけ氷竜を倒していってください。歓迎します」
「白剣虎か北方熊でもいい」
「浮遊魔法の使い手が多いので、氷竜だけでいい気がします」
「氷竜を倒してほしいだけだろう?」
「アルードだけで倒せるはずです」
「それでは意味がない」
なかなか話が終わらない。
「オルフェ、話が長い」
「仕方ないので部屋に案内します。そこで説明を」
移動した部屋にはクルセード様がいた。
「やっと来たか」
「オルフェの話が長かった」
「だと思った。アルードが来るのを待ちに待っていた」
「じらすのがうまいのです。ディアマスの王子は揃いも揃って」
全員着席したあと、ノーザン王国を代表する氷竜、白剣虎、北方熊を討伐することをクルセード様が教えてくれた。
「全部倒してみたいだろう?」
「はい!」
元気よく答えたのはネイサンのみ。
「素晴らしい勇者がいます。ぜひ、お願いします」
オルフェ様が微笑むと、ネイサンは明らかに動揺していた。
ゼイスレードで厳しい扱いを受けていたネイサンは人に優しくされることに慣れていない。
オルフェ様の見た目が男女共に魅了してしまうほどの美しさだというのもある。
「三チームいるからな。全員で手分けすることも考えたが、オルフェができるだけ氷竜を狩ってほしいというため、全員で倒すことにした。そのほうが俺も面倒をみやすい」
クルセード様が引率役とわかっただけで安心してしまいそうになる。
でも、クルセード様は厳しい。容赦ない。特訓でそれは体験済み。
中間テストとしての魔物討伐なので、手助けはしてくれないと思った。
「資料は来るまでに確認しているはずだ。明日から開始する。今日はよく寝ておけ。解散だ」
アルード様やクルセード様がいるので、今回の派遣者は全員王城に泊まれる。
通常、中間テストで派遣されただけの場合はホテル宿泊なので待遇が違うとのことだった。
「王城に泊まれるなんてすごいけれど、気を遣うわね」
私が部屋で荷物を開けていると、エリザベートが来た。
「もう荷物を片付けたの?」
「ルクレシアの部屋を確認したくて」
エリザベートは周囲を見回した。
「やっぱりいい部屋よね」
「違うの?」
「アヤナと同じ部屋なのよ? 二人部屋というだけで良くないに決まっているわ」
「そうだけど」
「ここは一部屋しかないけれど、家具が良いから客間ね。たぶんだけど、王太子の婚約者候補への配慮だわ」
「そうなの?」
「私とアヤナはアルード様の婚約者候補なのにあまりいい部屋ではないわ。でもルクレシアは違う。王太子殿下が自分で婚約者候補を選んだことは周辺国にも知られているはずよ。理由はいろいろとあるでしょうけれど、普通に考えれば将来的にルクレシアが王太子妃だと思うもの。学生だからといって変な部屋を割り当てるわけにはいかないわ」
「そうかもしれないわね」
「ノーザン側がどんな風に接触してくるかわからないわ。お兄様からも気をつけるよう言われているの。ルクレシアの補佐役のつもりでいろって」
アレクサンダー様なりに考えてくれていたらしい。
「それなのにアヤナが変なのよ。元平民だし図々しいから言葉遣いや礼儀作法に問題があるのはわかっていたわ。他国に行くわけだし、絶対に注意するよう列車で言ったのよ。でも、王城に着いたら全然ダメね。緊張してしまっているわ」
「アヤナが緊張?」
違和感があった。
「オルフェ様のせいね。初めて会う人は魅了されてしまうから。あの方は歩く災難よね」
「不穏な言い方ね……」
「ディアマスに来た時だってそうだったでしょう? その魅力に虜になってしまう人が続出したでしょう!」
「……そうね」
わからないけれど、わかるふりをしておく。
「ルクレシアは何度も口説かれていたでしょう? 気をつけなさいよ!」
え……。
嫌な予感しかしなかった。
夜。
寝る支度をして休もうとすると、ドアがノックされた。
「誰ですか?」
「私だ。話がある」
アルード様だった。
ドアを開けると、周囲を警戒するような視線を向けた。
「どうされたのですか?」
結界を張られた。
「ルクレシアを守りに来た」
アルード様がため息をついた。
「私が見張っている。寝ていい」
「それはどういう意味でしょうか?」
「オルフェが来たら困るだろう? ルクレシアは兄上の婚約者候補だ。ノーザンの王子との醜聞は困る」
わからなくはない。
「でも、私の部屋にアルード様がいることだって醜聞ではないのですか?」
「兄上に守るよう頼まれたと言えばいい。オルフェがルクレシアを口説いていたのは知られている。当然の対応だ」
私になる前のルクレシアはオルフェ様に口説かれていたらしい。
でも、ルクレシアはアルード様の婚約者候補。それでも口説いていたのだろうかと疑問に思ってしまった。
「明日は魔物討伐だ。ゆっくり休め」
「でも、アルード様は起きているのですか?」
「ソファで寝る。結界の維持練習になる」
一晩中、結界を張っているつもりなのだと思った。
当然、魔力消費が多くなる。
「アヤナを呼びます。私のベッドは大きいので一緒に寝ます。それならアルード様が見張っていなくてもいいですよね?」
「私ではダメなのか?」
えっと……?
「ルクレシアのベッドは大きいのだろう? 端の方でいい」
恥ずかしさで爆発しそうだった。私の顔が。
「じょ、冗談はやめてください! 心臓に悪いです!」
「冗談ではない。本気だ」
「ダメです! 私はヴァリウス様の婚約者候補です!」
「兄上と結婚する気なのか?」
「国王陛下がうるさいのでしばらくは活用すると言っていました」
「そうだな」
アルード様は頷いた。
「ルクレシアが魔法学院を卒業するまではそうだろう」
「もしかして……私が卒業してから結婚について考えると言ったからなのでしょうか?」
「そうだ」
やっぱり。
「ディアマス中の独身男性がルクレシアを狙っている。王太子や第二王子も例外ではない。やはりルクレシアは傾国の美女だな?」
「結界を張っているので言いたい放題ですね」
内緒話をするための結界が張られていた。
「早く寝ろ。アヤナは呼ばない」
「魔力負担が多いです」
「構わない。私は王族だ。魔物討伐などしなくても卒業できる」
「でも」
「自分でベッドに行け。それとも私にベッドまで運んでほしいのか?」
「自分で行きます」
「それでいい。おやすみ」
「おやすみなさい」
私はベッド行き、毛布をかけた。
でも、アルード様がいると思うと眠れない。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「やっぱりダメです!」
私は起き上がった。
「アヤナを呼んできます!」
「呼ばなくていい。そうなるとエリザベートが一人になる。危ない」
「女性が一人になるのは危ないと?」
「当然だ。オルフェだぞ? 誰のところに行くかわからない」
オルフェ様って……どんな人なの?
本当のルクレシアなら知っていると思うけれど、私は知らない。
「では、女性三人で寝ます。それならいいですよね?」
大名案!
「……アヤナだけでなくエリザベートにも負けるとは。女性同士の友情がいかに強いかがわかった。早く寝ろ」
アルード様が目を閉じる。
却下ということ。
「私が結界を解かなければどうしようもない。ルクレシアにできる選択は一人でベッドに寝るか、ベッドの端を私に提供するかだ」
さすがに一緒のベッドを使うのは……。
想像しただけでドキドキしてしまう。余計に眠れる気がしない。
「ごめんなさい」
少しでも眠れそうなほうを選択した。




