16 予行練習(一)
ベルサス様から連絡が来た。
アルード様は自分のグループの全員を参加させるために協力してくれるということだった。
良かったけれど、これで秘策を実行するために動くことが確定。
発案者は私だけに、細かい部分の説明も再度しないといけないし、指揮も取らないといけない。
一日が二十四時間しかないと思ってしまうほど、時間に追われることになった。
日曜日。
予行練習の時間が近づくと、練習に参加する人たちの馬車がコランダム公爵邸に到着し始めた。
私は自分のグループとアルード様のグループで各班に振り分けられた人の一覧表を持っている。
かなりの人数のため、応接間では座る席が足りない。
舞踏の間にたくさんの席を用意していたけれど、余計に追加しなければならない事態になった。
なぜかといえば。
「アルード様……」
ベルサス様の馬車にアルード様が乗っていた。
側にいた使用人に向けて、緊急事態のサインを出す。
でも、浮かべるのは笑顔。
「馬車の護衛が多い理由がわかりました。ベルサス様からは何も聞いていないのですが?」
「忍んで来た。コランダム公爵家の屋敷を見に来ただけだ。気にするな」
気 にしないわけにはいかない。
「先に説明会があると聞いた。私も聞く」
「はい。ご案内いたします」
王族の案内をただの使用人にさせるわけにはいかない。
私が先導役を務め、アルード様ご一行を舞踏の間に案内した。
「アルード様がいらっしゃいました! お忍びだそうです!」
すぐにわかってしまうことなのでアナウンス。
すると、舞踏の間にいた生徒たちが一瞬で注目、着席していた人たちがすぐに起立した。
「自由席になります。お好きな場所へどうぞ」
「わかった」
「まだ到着していない者がいますので、私は一旦失礼いたします」
深々と一礼して舞踏の間を出ると、緊急事態だと知って駆け付けた執事に近寄った。
「アルード王子殿下がお忍びで来たわ! お父様とお母様に伝えて! それから舞踏の間の席を増やして! おもてなしの準備も想定数を増やさないと!」
「ただちに」
コランダム公爵家の執事は優秀だと思うので、細かい部分もうまく取り計らってくれると信じることにする。
「お嬢様、お客様が到着しました。ですが、先ほど到着された方の護衛がまだ玄関にいるのですが?」
アルード様に同行して舞踏の間に行ったのは護衛の一部、それ以外の護衛は玄関口などで安全確保の任務にあたるのではないかと思った。
「護衛のことは気にしないで。高貴な方の安全確保のためにいるだけよ。邪魔しないように使用人や警備関係者にも伝えて。無礼がないようにね!」
「わかりました」
急いで玄関ホールに戻り、護衛に一礼。
案内を待っているイアンとレアンのほうへ向かった。
「ようこそ、コランダム公爵家へ」
「護衛がいるってことは、来ているようだね?」
イアンが笑みを浮かべながら聞いてきた。
「何も聞いていなかったので驚いています」
「仕方がないよ。お忍びだし、安全確保のためだから」
レアンが慰めるように答える。
「ルクレシアが大変になるのはわかりきっている。一応、予行練習のことはベルサスに任せたらとは言った。でも、自分の目で確認したいって」
「そうですか」
「でも、そのほうがいいと思うよ。魔法を使うからね。コランダム公爵家の醜聞になりそうな事件が起きたら大変だ」
「アルード様がいれば何とでもなる。誤魔化すことも揉み消すこともできるよ」
確かに。そういう意味では心強い。
「護衛として魔導士も連れて行くって。魔法がうまくいかなかった時に助けてくれる。安心だよ」
「そこまでしていただけるのですか?」
「アルード様は自分のグループの全員をピクニックランチに参加させたいからね。ルクレシアのグループと一緒だから、かなりの人数になる。魔法学院で存在感を示すためのイベントにもなると思うよ」
なるほど。
アルード様は王子だけにすでに存在感があるとは思うけれど、全校生徒に注目されるピクニックランチでより確かな存在感を示そうと考えている。
それなら力が入るというのもわかる。
「ルクレシア」
カーライト様も到着した。
「来ているようだな」
カーライト様は護衛に視線を向けていた。
「気にするな。護衛は安全確保のためだ。邪魔はしない」
「屋敷内の安全を確認して回るのでしょうか?」
カーライト様は騎士団長の息子。
警備関係のことを知っていそうなので聞いてみる。
「さすがにそれはない。基本的にはアルードの側についている者が守る。だが、馬車を使って来ているだけに、玄関口や馬車にも護衛が配置されるだけだ」
「なるほど」
「護衛へのもてなしは無用だ。任務中の飲食物は自前で用意したものしか取らない。茶や軽食を出す必要はない。かえって迷惑だ」
「わかりました」
執事に伝えておかないと。
「コランダム公爵夫妻はご在宅か?」
「います」
「挨拶も不要だ。お忍びのため、できれば伝えないでほしい。ただのクラスメイトとしての経験をしてみたいと言っていた。俺からルクレシアに伝えることになっていたのだが、父上から今回の警備についての説明が長くなり、到着が遅くなった」
「大変です!」
すでに執事が緊急事態として伝えに行ってしまった。
「もっと早く来てください!」
「悪かった。だが、父上のせいだ」
カーライト様が言い終えるよりも早く、私は二階に向かって走り出した。
「緘口令よ! 私のクラスメイトとその友人が来ただけ! わかったわね!」
「かしこまりました!」
私の指示を聞いた使用人たちが走っていく。
両親を止めるために二階への階段を駆け上がると、執事の姿が見えた。
「緊急よ! 来て!」
すぐに執事が走って駆け付ける。
「お父様とお母様に伝えてしまった?」
「はい。着替えたあとにご挨拶されるそうです」
よかった! 着替えのおかげで時間がかかる!
「ダメなの! 挨拶は不要ですって! お忍びの外出だから、何も知らないふりをしてほしいそうよ。ただのクラスメイトとしてのもてなしが体験したいらしいわ」
「さようでございますか。ですが、すでにご来訪については伝えてしまいました」
「そうね。だから、挨拶はしないよう伝えて。護衛へのもてなしや飲食物は無用、かえって迷惑らしいわ」
「わかりました」
両親に伝えるのは執事に任せ、私は階段を駆け下りる。
まだ、双子とカーライト様がいた。
「お待たせして申し訳ありません。案内しますので」
緘口令を伝えるために使用人がいなくなってしまい、舞踏の間へ案内されていなかった。
「大変だな」
「カーライト様のせいです」
思わず嫌味。
「すまない。馬車ではなく馬で来ればよかった。それならもっと早く到着できた」
「私こそ申し訳ありません。つい言葉が過ぎました。こういう時こそ冷静にならないと」
「さすがルクレシアだね!」
「大人だよね!」
中身は大人なので。
そして、舞踏の間に到着。
「ああ……」
落胆の声が出たのは、両親がアルード様に挨拶していたから。
「恨むなよ?」
そう言うカーライト様に向けて、私は恨めしい顔を披露した。
説明会が終わり、庭で予行練習をすることになった。
芝生が広がる場所にしたのは、中庭と同じような場所にしたかったから。
最初のほうは問題なかったけれど、最後のほうで私が失敗した。
火魔法が強すぎてしまい、対象物だけでなく芝生にも火がつき、一気に燃え広がりそうになった。
でも、すぐにアルード様の側にいた魔導士たちが魔法を行使。
燃え広がらないように風が吹き、水が出て、氷が続々……対応の早さに驚かされた。
「すみません……考えが甘かったです」
「下からではなく上から燃やしたほうがいいですよ」
魔導士の一人に言われた。
フードを深くかぶっているせいで顔は見えないけれど、優しそうな口調だった。
「ろうそくのような感じです。だんだんと下に燃えるようにすればいいでしょう」
「なるほど」
「芝生に燃え移らないようある程度の高さを残して消火します。残った根元は別処理にしたほうが安全です」
「そうします」
私は素直に頷いた。
「すみません! 大変申し訳ないのですが、もう一回します! 上から燃やして、芝生に燃え移らないような高さを残した状態で消火しますので!」
「ルクレシア」
見学していたアルード様に呼ばれた。
「何か?」
「消火の号令は私が出す。ルクレシアは上にいる。下のほうは見えにくいだろう?」
「そうですね。お願いします」
再度、予行練習。
今度はバッチリ。問題なし。
本番は改善した方法で行うことになった。




