152 魔法剣の威力
正式な書類が作られ、イグニス伯爵家からネイサンに二本の魔法剣が貸与されることになった。
ゼイスレード侯爵家はネイサンの実力を見込んでイグニス伯爵家が特殊な魔法武器を貸与してくれることに大喜び。
期末テストで勝つだけでなく、将来は英雄になれとはっぱをかけられたらしい。
「許可が出た!」
魔法学院で昼食をしていると、ネイサンが嬉しそうにやってきた。
「熱風の剣をチーム戦で使っていいそうだ!」
火の魔法剣と風の魔法剣の両方を使える剣のことだった。
「炎の魔剣はダメなのね」
「当たり前だ。あれは剣自体にかなりの力がある。試してきたが相当だ」
「魔物相手?」
「当然だ。飛行魔法で近場に行った。炎の魔剣は攻撃した対象から魔力を奪うようだ」
魔剣と呼ばれる魔法武器は通常の魔法武器とは全然違う。
特殊な能力があるのが多く、強くもある。
でも、その代わりに厄介な部分もあり、使用者の負担や制限になるようなことがあるらしい。
「燃えているだろう? あのせいで力を保持するにも使うにも魔力がいる。使用者から与えられる魔力だけでは補いにくいため、攻撃対象からも奪うのだと思う。ようするに魔力を奪う剣だ」
「魔物ならいいけれど、人には使えないわね?」
「その通りだ。あくまでも魔物専用だな」
「結界にはどうなのですか?」
一緒に昼食を食べていたベルサス様が尋ねた。
「試していない」
「アヤナの結界で試せばいい」
カートライト様は興味津々。
「アヤナ、試させてくれ!」
「練習の時にね。でも、気を付けないと練習塔にかかっている魔法も壊しちゃいそう」
「外でいい。庭に小さな結界を張ってくれれば、それだけを攻撃できる」
「思いっきりしないでね? 火災も破壊も困るわ」
得体の知れない魔剣だけに警戒した。
「最大限に注意する。俺のほうが魔法武器には詳しい。貸与されているものだけに慎重に使う」
「お願いね」
「正直、すごい剣を貸してくれるのは嬉しいが、壊したら弁償できないだけに怖い」
ネイサンは弁償が心配で仕方がない。
古い時代の剣は今の技術とは違うので、全く同じものを作ることはできない。
一番の問題は職人がいないこと。
強い魔法武器の作り方は秘術と同じ。口伝として師匠から弟子に伝えられている。
魔剣のほとんどは偶然の産物でできたものなので、作り方やできた時の状況を正確に口伝することができない。
「ネイサンはますます強くなれそうだ。羨ましい」
「カートライトもいずれ良い剣と巡り合えます」
「一生、騎士団の騎士剣を使っていそうな気がする」
カートライト様が苦笑した。
「代々伝わっている剣はないのか?」
「父上が使っている。当主の証だけに手放すわけがない。特別な剣が二本以上ある家が羨ましい……」
「ブランジュならたくさんの魔法武器がありそう。マルゴットに聞いてみたら?」
「持っていたとしても貸してくれる気がしない。土属性の武器でも困る」
「カートライト様と結婚するには風属性の特別な剣を用意すればよさそうね?」
アヤナがにやりとした。
「あながち否定できない」
全員で笑い合う。
「そういえば、アルード様は?」
食堂に来ているのはベルサス様とカーライト様だけだった。
「二人だけで練習なの?」
「二人で練習する日もある」
「いろいろと都合もあるので」
アヤナが結界を張った。
「どうぞ!」
内緒話もできるようにしたというよりは、聞きたいだけ。
「結界を張ればいいということではありません」
「そうだ」
「だって、怪しいじゃない」
アヤナはエリザベート、イアン、レアンのほうを見た。
いつもは側の席に座るのに、離れている。
しかも、遮音で会話が聞こえないようにしていた。
「エリザベートは父親が軍務大臣だし、兄が王宮の魔導士で王太子殿下の友人だわ。だからこその情報を知っているでしょう? 何かあったみたいに思えるわ。去年だって氷竜が来るかもって大騒ぎだったじゃない」
「私は王太子殿下の婚約者候補よ。何かあるなら知りたいわ」
「言えません」
「同じく」
幼少よりアルード様の側にいるだけあって、二人の口は堅い。
「ですが、私とカーライトが知っているのは父親から聞いたからではありません」
「期末テストに関係するからだ」
ヒントはくれた。
やっぱりアルード様に何かあった。そうとしか思えない。
「アヤナ、王宮に行きましょう。王太子殿下に訓練場を使えるか聞いてみるわ」
「そうこなくっちゃ!」
「どうして俺の名前がない? チームメイトだろう?」
ネイサンが不満そうに尋ねてくる。
「もちろん、ネイサンも誘う気だったわ。一緒に行きましょう。三人で練習するなら塔より王宮のほうがいいわよね」
「わかった!」
午後の予定が決まった。
王太子殿下の婚約者候補として謁見の申し込みをすると、すぐに許可が出た。
でも、アヤナとネイサンは廊下で待つよう言われ、私だけが部屋の中に入ることができた。
「用件は?」
アルード様も一緒にいる。
何か話していたらしい。
「期末テストが近づいたので、広い練習場で連携訓練をしたいのです。ネイサンが特殊な剣を持っているので、王宮の訓練場が使えないかと思って聞きにきました」
「特殊な剣とは?」
「二種類あるのですが、テストで使えるのは一つだけです。イグニス伯爵家が所有している熱風の剣です」
一本で火と風の魔法剣を使えることを説明した。
「炎の魔剣も貸与しているのですが、それは剣自体が強すぎてテストでは使えません。魔物から魔力を奪う剣だとか。結界を破壊できるかどうかも試したいと思っています」
「そのような剣を屋内で使うべきではありません。屋外にしなさい」
訓練場の使用はダメだった。
でも、それは想定内。
ヴァリウス様かアルード様に会って何かあったのか知りたいというのが目的だった。
「気になるので見てあげましょう。ネイサンも同行させなさい」
「アヤナも同行させていただけませんか? ネイサンの魔法剣で自分の結界が壊れるかどうかを知りたがっています」
「いいでしょう」
許可が下りたので、早速浮遊魔法と移動魔法で屋外の練習場所に移動した。
「アヤナが結界を張りなさい」
「はい!」
中央にアヤナが結界を張る。
ネイサンが火の魔法剣で攻撃した。
「嘘でしょう?」
普通に剣を叩きつけて攻撃しただけなのに、アヤナの結界は傷ついていた。
「この剣は魔力を込めやすい。数回で壊れるかもしれないな?」
「風にしなさい。両方使えるはずです」
ネイサンが風の魔法剣に変えて、再びアヤナの結界を攻撃した。
完全に結界が壊れてしまった。
「二撃だなんて! その剣、強すぎるわ!」
ネイサンの魔法剣であってもアヤナの結界はなかなか壊れない。
でも、熱風の剣は二撃。明らかに剣のおかげだと思った。
「使用順序を逆にしてみなさい。アヤナ、結界を」
アヤナが結界を張った。
ネイサンが風の魔法剣で攻撃する。でも、結界は傷つかない。
「風は平気かも?」
今度は火の魔法剣に変えて攻撃。
「傷ついたわ……火のほうが強いってこと?」
「熱のせいです」
ヴァリウス様の言葉に全員がハッとした。
「確かに熱風の剣ですね」
火の魔法剣にした時、剣が熱を持つ。
それは普通のことだけど、この剣は熱を攻撃として対象に伝えやすい。
その結果、攻撃対象は触れた以上に火傷のダメージを受ける。
結界も同じ。高熱が伝わって傷ついた。
風の魔法剣の時には熱がない。熱攻撃ではないので結界は簡単には傷つかない。
「この剣は二属性ですが、基本的には火の魔法剣用です。熱によって対象にダメージを与えやすくしておき、斬撃能力の上がる風の魔法剣で倒すという戦法ができるようになっています」
「良い剣を貸与されたな」
アルード様が微笑む。
「ルクレシアとイグニス伯爵家のおかげです」
「お母様のおかげです。イグニスのコレクションを期末テストに活用するよう助言してくれたので」
「もう一つの魔剣の威力も試しなさい。アルードの結界で試します」
アルード様が結界を張った。
「緊張する……魔剣のほうが壊れないか不安だ」
弁償が怖いネイサンは不安そう。
「遠慮していては真の性能がわかりません。全力で攻撃しなさい」
ネイサンが炎の魔剣に魔力を流すと刃の部分が炎を拭き出した。
「燃えている剣なのか」
アルード様が驚く。
見た目的にも普通の剣ではないことは一目瞭然。
「攻撃します」
ネイサンは両手で握りしめると力いっぱい結界に叩きつけた。
「さすがですね」
ヴァリウス様は満足そうな表情を浮かべた。
「アルードの結界は最強です」
アルード様の結界は壊れなかった。でも。
「その魔剣は厄介です。魔力を奪います。攻撃された場所が薄くなりました」
アルード様の表情は曇っていた。
「執拗に攻撃されると魔力を維持できなくて壊れます。修復するとしても負担が大きくなります」
「なるほど。魔力を奪うという部分が危険ですね」
ネイサンが動揺した。
「もしかして……使用禁止でしょうか?」
「私とアルードに絶対の忠誠を誓うのであれば特別に使用を許してあげましょう」
「誓います!」
即答。
「俺は騎士を目指しています! 王太子殿下とアルード王子殿下に忠誠を捧げます!」
「その剣の効果については黙秘しなさい。妬まれるだけでなく剣を欲しがる者に狙われます。私とアルードの父親である国王には絶対に言ってはいけません。ネイサンからだけでなくイグニス伯爵家からも取り上げられてしまいます。何かあれば私に報告を。いいですね?」
「はい!」
「所有者登録はしているのですか?」
「いいえ。貸与されているものなので」
「イグニス伯爵を呼び出して所有者登録をします。ネイサン以外は使えなくするほうがいいでしょう。後日、手続きをするので王宮に来なさい」
「わかりました」
「それらの剣は威力が強く、効果もできるだけ秘密にしたほうがいいものです。訓練場では使えません。下手をすると訓練場に不具合が出ます。外の練習場を使いなさい。アルードたちがここを使わなければいいでしょう」
「ありがとうございます」
私とアヤナとネイサンは深々と頭を下げた。
「ところでルクレシア、上級魔法は上達しましたか?」
ドキッとした。
「練習はしていますが、上達したかと言われると……発動率は良くなったと思います」
「詠唱短縮は?」
「上級はできていません。中級は結構できるようになってきたと思います」
「わざわざ長い詠唱をして発動に失敗するほど無駄なことはありません。改善に努めなさい」
「はい!」
「ここだけの話ですが、今年も氷竜が飛来する可能性があります」
やっぱりというか、今年こそ来そう。
「学祭が終わったあと、クルセードはノーザンに向かいました。冬の氷竜の強さを調べるためにね。魔法学院にいたのは季節が変わるまでの暇つぶしでした」
クルセード様がなぜ留学してきたのかがわかった。
「氷竜が飛来した場合は、私とアルードは討伐軍を率いて出発します。その場合、魔剣を持つネイサンを特別招集するので来なさい」
「はい!」
ネイサンは満面の笑みで即答。
さすがゼイスレード。命を懸けて魔物と戦うことを恐れない。
「そうなると期末テストのチームはルクレシアとアヤナだけになってしまいます。ですので、ルクレシアも来なさい。王太子の婚約者候補として少しでも役立つように努めるのです。残ったアヤナはベルサスたちと組めば丁度良いでしょう」
「王太子殿下に申し上げます! ルクレシアと一緒に私も参加したいです!」
アヤナが申し出た。
「私は光魔法しか使えないので、攻守で活躍できるあの二人にとっては邪魔です。それなら、光魔法で討伐軍の人や周辺地域の住民を助けたいです!」
さすがアヤナ。強い。そして、主人公らしい。
「アヤナは私の婚約者候補です。代表として特別招集するのはどうでしょうか? 回復役であれば役立ちますし、ルクレシアを一人にしなくて済みます」
「そのようなことをすると父上が喜びます。アヤナとの結婚を勅命で出すかもしれませんよ?」
「その時はハイランドに行きます」
本当にアルード様は変わった。
自分の気持ちを押し潰さず、表に出すようになった。
「クルセードだけでなくハイランド国王も歓迎してくれるのでよしとしましょう。三人は期末テストだけでなく、氷竜の討伐にも招集される準備と覚悟もしておくように」
「はい!」
「わかりました」
「仰せのままに」
今年の冬は本当の戦いが待っていると思った。




