151 イグニス伯爵家
土曜日の朝早く。
飛行馬車に乗って私とアヤナとネイサンはイグニス伯爵領に向かった。
「なんだか魔物討伐に行った時みたいじゃない?」
「俺もそう思った!」
アヤナとネイサンはドキドキワクワクが止まらない状態。
確かに一学期の中間テストだった魔物討伐を思い出すけれど、私は王族三人と一緒だったのでドキドキワクワクな気分はなかった。
「今のうちに仮眠しておかないと」
「ドキドキしちゃって眠れないわ! ジーヴル公爵領に行く時も全員でずっと話していたのよ!」
「資料を見たあと、ベルサスが詳しい解説をしてくれた」
「領地の特産物とかもね」
「魔鳥が美味だと言われた」
「カートライト様とネイサンが喜んじゃって……肉なんか食べ慣れているでしょうに」
「王都では味わえない美味さだと聞いたからだ。実際に美味かった」
「タマゴも美味しかったわ」
「バーベキューも良かった。またしたい」
「冬休みにできたらいいけれど、外は寒いから」
冬休みは氷竜かもしれないのに……。
そう思いながら、私はクッションを整え毛布をかける。
「寝るの?」
「体調不良か?」
「寝不足の顔でおじい様と会うわけにはいかないわ」
一人冷静な私はしっかりと寝ることにした。
「ルクレシア、よく来た!」
おじいさまが満面の笑みで迎えてくれた。
「お久しぶりでございます。急に押しかけて申し訳ありません」
「なんと! ずいぶんと成長したな? 別人のようだ!」
普通に挨拶しただけなのに。
まあ、中身は別人だけど。
「友人を紹介します。コランダムで後見をしているアヤナ・スピネールと友人のネイサン・ゼイスレードです。魔法学院でチームを組んでいます」
「勝つために来たのだろう?」
「そうです。おじい様が素晴らしい武器を持っているとお母様から聞きました」
「コレクションはあるが、魔法学院で使用するには制限がある。性能によっては許可が出ない」
「そうなのです」
「まあ、普段使いにするようなものもある。所有者を設定しないとまずいものもある」
「たくさんお持ちなのは知っています。だからお母様に行くよう言われたので」
おじい様は魔法武器をコレクションしている。
代々伝わる魔法武器もあるけれど、縁者やオークション等で貴重な品を手に入れているらしい。
「これはどうだ? 非常に高価なだけで魔法効果はない」
「重いです」
「軽量化の魔法を使え。それはいいはずだ」
「確認しないとですが、元から軽量のほうがいいです」
「ルクレシアは魔法文字が得意だろう? 自分で彫ればいい。自作した杖は使えたと思ったぞ?」
「そうなのですか?」
「昔はそうだった。今はわからないが」
おじい様はいくつかよさそうなものをすすめてくれた。
「魔法剣もあれば見せていただきたいのです。火と風の両方を使える剣があると聞いて」
ネイサンが持っている剣はゼイスレードのものなので火の魔法剣しか使えない。
アルード様に貸してもらっていたのは騎士団の剣で、それは風の魔法剣専用だった。
「本当に両方の魔法剣を使えるのか?」
「そうなのですが、剣のせいで試合中は一属性しか使えません」
「そうか。だが、貴重な品だけに壊されたくない」
ネイサンは動揺した。
「無理して貸してもらわなくてもいい。俺は二人が無事イグニス領を往復するための護衛のつもりでいる」
「お母様が勝ちたがっているのよ。おじい様、お母様のために貸していただけませんか?」
「言い出したら聞かないからな」
おじい様は苦笑していかにも古めかしい剣を出した。
「これだな」
「さすがに……古くない?」
思わずアヤナが発言した。
「貫禄がある。名のある魔法剣はこのようなものだ。なかなか使い手がいないせいで古くなる。新しい使い手が魔力を注ぐと変化する」
「さすがゼイスレードだ。魔法剣についてわかっている。だが、魔力を注ぐだけではダメだ。火と風の両方で魔法剣を発動させないといけない」
「わかった」
ネイサンは古めかしい剣を持つ。
魔力を流しているらしく、火の魔法剣が発動した。
「まずは火にした。このまま風に変えていいのだろうか?」
「そうではないか? 使えないためにわからない」
「やってみる」
しばらくすると、風の魔法剣に変化した。
「すごい……本当に一本で二種類の魔法剣になる!」
「これが真の姿か。やはり素晴らしいものだ」
同一人物が火と風の魔法剣の両方を使えないといけないため、イグニスには使用できる者がいなかった。
でも、今は違う。
ネイサンのおかげで古めかしい剣は綺麗な剣になっていた。
「いかにも古そうな剣だったのに新品みたいだわ!」
「極めて貴重な品だが、使い手がいないのでは古めかしいだけの剣になってしまう。ゼイスレードが責任を持つのであれば貸与する。その剣をゼイスレード侯爵に見せて話してみろ。信頼できる貴族間で魔法武器の貸し借りをするのは普通にある。さすがに口約束だけでは無理だけに、正式な書類を作成したいと伝えてほしい」
「わかった」
「特別にコレクションを見せてやろう」
おじい様の自慢が始まった。
ネイサンは興味津々で喜んでいるのでいいけれど、私とアヤナは蚊帳の外って感じ。
「とっておきの剣を見せてやろう」
非常に気分が良くなったおじい様は部屋を移動した。
「格が違う剣がある。だが、そのせいで使い手がいない」
「イグニス伯爵家は火の系譜で有名だ。だというのに使い手がいないのか?」
「火の系譜は守っているが、魔法ばかりで魔法剣を得意にする者がいない」
「なるほど。それは他の貴族にもあることだ」
属性の系譜を守るのが最優先。
それはできているけれど、受け継ぐ魔法武器を扱える能力者が育つかどうかは別。
「ゼイスレードと言えば魔物討伐だ。英雄を輩出している」
「誇りにしている」
「だが、やはり魔法になってきているだろう?」
「それはある。範囲魔法で片付けたほうが早い。負担も少ない」
「効率的だからな。だが、昔は違った。人の魔力総量も魔法の種類も少なく、範囲であっても狭かった。魔法剣で多くの魔物を倒すのが常識だった」
魔法は人と共に進化している。そのせいで魔法剣の必要性が薄れてしまっている。
現在では範囲魔法が多くあるので、余計に魔法剣の実用度が減っていた。
「かつての時代の魔法剣は強かった。その代わりに所有者も強くなくてはいけなかった。魔力消費がすごいが、強い剣がある。試しに持ってみるか?」
「俺でも持てるのか?」
「問題ない。所有者がいない状態だからな」
さっきよりも古い。ボロボロな感じの剣だった。
「これだ!」
「今にも壊れそう……」
「そうなのだ。魔法剣は使い手がずっといないと壊れてしまう。由緒正しい魔法剣が失われてしまうのを許したくない。ネイサンのおかげでこの魔法剣が生き返るのであればと思ったのだ」
「……さすがに歴史を感じる。俺が触れていいのかわからない。そんな感じがする」
「古すぎて魔力をごっそり奪われそうではある。無理をしなくていいが?」
「気持ちでしかないけれど、ネイサンに回復魔法をかけてあげたほうがいい?」
「おじい様、魔力を奪われると言いましたけれど、魔法剣を扱える者でないとダメなのですか?」
私は聞いてみた。
「どういう意味だ?」
「私とネイサンで半分ずつ魔力を補充したらどうかと思って」
「……考えたことがなかった」
「試してみれば?」
できるかどうかわからないけれど、私は剣を持って魔力を流し込んでみた。
「あ……」
確かに魔力が奪われていく。
「すごい食欲だわ」
「生きているの?」
「そんな感じがしてしまうほど魔力の減りがすごいわ」
「無理するな。さすがに古すぎる」
「きつくなったら無理やりにでも引き離して。なんかもう魔力が食べたくてたまらない感じなのよね」
「怖いわ……」
「ルクレシア、本当に無理をするな。これは相当古い。若い頃に持ったが、あまりにも魔力を吸うので危険を感じてやめたのだ」
「おじい様、私の魔力量を甘く見てはいけません」
これでも悪役令嬢なので!
上級魔法を何度も撃てる魔力量なので自信がある。
「綺麗になって来たわ」
「そうね」
「すごい力を感じる……」
「なんだか可愛らしいわ。懐いてくれている感じがするのよ」
「ペットじゃないのよ?」
「いや、特別な剣というのはそういうものだ。自分の魔力を与えることでなじむ。所有者に力を貸してくれる」
「だったらそろそろ交代しましょう? 使うのはネイサンだもの」
「最後は魔法剣を発動しないとだろうからな」
「わかった」
剣をネイサンに渡した。
「確かに……貪欲だ」
「でしょう?」
「魔力が干からびたら大変だ」
「無理しないで」
「わかっている。だが、そろそろ満腹のようだ。ルクレシアから魔力を奪ったせいだろう」
ネイサンが魔法剣を発動させる。
いつもは剣が赤くなるだけなのに、刃の部分に炎が出ていた。
「この炎は俺のせいじゃない。剣の性能だ」
「炎の魔剣と呼ばれている」
私とアヤナは顔を見合わせた。
ゲームと同じ名称!
「おじい様! ぜひこの剣を貸してください! ネイサンに使わせたいのです!」
「私からもお願いします! きっとこの剣はネイサンに巡り合うのを待っていたのです!」
「そうだろう。まあ、見るからに魔力消費がすごそうだからな。試しに使って見るといい。気に入ったのであれば、書類を作って貸与する。剣が朽ちるよりもずっといい」
「祖父と父に聞いてみる」
ネイサンと炎の魔剣が揃った。
氷竜が来ても大丈夫だと思ったのは言うまでもなかった。




