135 不滅の魔法
「兄上のところへ行こう」
アルード様は私をエスコートしてヴァリウス様のところへ向かった。
「兄上に感謝します。うまく踊れました」
「良かったですね。私の婚約者候補が早速役立ちました。ルクレシア、褒めてあげます」
「ありがとうございます」
「座りなさい」
「はい」
「では、私も戻ります」
アルード様は自分の席に戻ると、くつろぐように足を組んだ。
「教えてあげましょう。足を組むのはくつろぐという意味ですが、立ちたくないという意味でもあります。ダンスはもう踊らないということです」
「なるほど」
ヴァリウス様もすでに足を組んでいる。席を立つ気も踊る気もない。
「今夜は楽しくなりそうです。ルクレシアと話ができます」
「どんな話になるのか気になります」
「無難な話題からにしましょう。勉強はどうですか?」
「魔法の練習をしています。もっと種類を増やしてアピールしようと思いました」
「中級ですか?」
「上級です」
「高度な魔法を使える才能をアピールするのは大事です。悩みがあるなら退屈しのぎとして聞きますが?」
「二学期は武器を使用します。それについては悩んでいます」
「武器は所持しているだけで構いません。全く使わなくても構いません」
「そうなのですか?」
「相手の魔法を邪魔する手段として武器を使えるだけです。女性は杖を持っているだけ、男性も腰に武器をぶら下げたまま魔法を使う者もいます」
「そうでしたか」
「アルードは魔法剣を使えます。盾役として前方に配置すればいいでしょう。近距離攻撃は全て防いでくれます」
魔法剣!!!
アルード様が使えるとは思わなかった。
「ルクレシアは後方から火魔法や風魔法を撃っていなさい。それで勝てます」
アルード様は防御担当なので後方にいると思っていた。
でも、盾役なら前方でいい。
安全な後方から攻撃魔法を撃つだけなら私にもできる。
武器対応は解決だと思った。
「手数の改善も課題だったはず。何か考えましたか?」
「連続撃ちをします。当たらなくても手数だけは増えます」
「有効でしょう。実戦と違ってダメージを与える必要はありません。攻撃の印象を与えるだけで評価されます」
「アルード様と組めたのは栄誉です。ふさわしい相手だと思われるように頑張りたいです」
「ルクレシアはよくやっています。魔法学院において女性では一位。私は実力主義です。実力がない者は認めません」
「そのお言葉を胸により励みます」
「いつでも王宮に来なさい。王太子の婚約者候補としてね。ついでにアルードと対戦の打ち合わせもできます。丁度良いでしょう」
「寛大なご配慮に感謝申し上げます」
「アルードが大切だからです。兄としてこの程度の配慮は当然のこと。アルードもそう思っているでしょう」
「兄弟関係が極めて良好のようで安心しました。それこそが国民の望みです」
「わかっています。無意味な争いは国を滅ぼします」
ヴァリウス様が微笑む。
「私の力を正しく使わなければ。ディアマスが滅ばないようにね」
ぜひ、そうしてください!
「アルードがずっとこっちを見ています。ルクレシアが気になるのでしょう」
「ヴァリウス様のことが気になっているのでは?」
「私の機嫌が良いからかもしれません。一緒にアルードの様子を観察しましょう。私はいつもアルードの様子を見て時間を潰します」
「大変有意義だと思われます」
「ルクレシアであればどうしますか?」
「時間潰しの方法ですか?」
「そうです」
「アルード様を見ます」
「私と同じですね」
「アルード様の友人になる時、推してほしいと言われました。私は幼馴染なので、アルード様を推すのは当然だろうと。ですので、私はアルード様を推します。応援する気持ちを込めてアルード様を見るということです」
「そうですか」
ヴァリウス様が笑った。
「推し方は人によって違います。わがままを言って困らせないように、勉強をきちんとするように、魔法を必死に覚えることでもいいのです。推しのためなら頑張れます。自分のためにもなるなんて、最高の推し活です」
「ルクレシアを婚約者候補に選んでよかったです。アルードの話であれば退屈しません」
「そうだと思いました」
「これからは私の役に立つよう励みなさい。そのために婚約者候補にしました」
「ご期待に添いたいのですが、今夜限定ではないかと内心気になって仕方がありません」
「当分はこのままでしょう。国王がうるさいのでね」
なるほど。
「今夜の主役はアルードですが、ルクレシアも注目されています。会場のほうは見ないほうがいいでしょう」
ヴァリウス様と話しているせいで、私の視界に会場のほうは映らない。
だけど、私とヴァリウス様が話している様子を強い視線で見つめている者は絶対に多い。
さすが悪役令嬢。
こんな形で人々から注目され、嫉妬され、憎まれ、すごいと思われるなんて。
ゲーム補正としか思えないわ!!!
でも、負けない。
私は私。
ゲームに登場する悪役令嬢のルクレシア・コランダムとは違う。
「王太子殿下の婚約者候補に選ばれたあと、すぐにアルード様からダンスに誘われました。もしかして、私には傾国の素質があるのでしょうか?」
「気になるのですか?」
「王太子殿下が私を婚約者候補に選んだことで、傾国の美女になる野望を抱いてしまうのではないかと心配する人がいそうです」
ゲームでは複数の攻略対象相手を狙うこともできる。
それは対人関係のバランスを取ることで複数人の好感度を維持できるということ。
なので、ヴァリウス様の婚約者候補になっても師弟関係を逸脱しなければ、攻略対象者であるアルード様との友人関係を続けることができるはず。
「ここだけの話ですが、心配は無用です。なぜなら、私であればただの傾国にはなりません。良い方に国を傾けます。傾国の美女が人々に良い影響を与えたいなんておこがましいと思われるかもしれませんが、野望とはそういうものです」
「なるほど。どのように傾くかは重要ですね」
ヴァリウス様がおかしそうに笑う。
「早速ですが、ここに座ったことで私への縁談がなくなり、私を巡る争いがなくなることを願います。それが叶ったら良い方に国を傾ける傾国の美女です。野望も達成できます」
「ルクレシアは優秀ですね!」
ヴァリウス様の笑いが止まらない。
なぜなら、私は王太子殿下の婚約者候補に選ばれた理由を理解している。
それを傾国の美女の話を通して伝えたからだった。
「その願いは叶うでしょう。ルクレシアは良い方の傾国の美女です。野望の達成を褒めなくてはいけませんね?」
「王太子殿下が少しでも笑ってくださればと思って話しただけです。本当の野望は王太子殿下を楽しませることです」
「笑っていますよ。アルードのためにね」
やっぱり……。
本当は大嫌いな父親と継母がいるので気分が悪い。視界に入れたくもないので逆側にいる私に話しかけている。
会場にいる貴族が自分の様子を気にしているのもわかっているので、機嫌が良さそうにふるまう。
どんなことがあっても怒らない。できるだけ笑っていたい。アルード様を祝う空気で会場を満たし続けたいと思っている。
そんなヴァリウス様を私は支えたかった。
王太子の席にいる時間が少しでもつらくならないように、私のできることをしたい。
だって、ヴァリウス様は心から尊敬できる魔法の先生だから。
教え子がいて良かったって思ってほしくもある。
「王太子殿下の優秀さは誰もが知るところ。話し相手を務めるのは簡単なことではありません。ですが、私には特別な魔法あります。きっと大丈夫だと信じられます」
「どんな魔法ですか?」
「不滅の魔法です」
ヴァリウス様は眉を上げた。
「それはどのような魔法ですか?」
「言葉通りです。でも、不死身になるわけではありません。永遠の命が手に入るわけでもありません。私には使えない魔法です」
「ルクレシアには使えない? ですが、特別な魔法があると言ったではありませんか」
「私が心から尊敬する偉大な魔導士様が使えます」
それはもちろんヴァリウス様のこと。
「魔法の素晴らしさ、全属性の大切さ、無限の可能性を信じるよう教えてくれました。それは私の心にあった希望を強くしてくれました。この世に不滅なものなんてないという人もいるでしょう。ですが、私の心の中にあります。絶対に消えない希望が。世界で最も偉大な魔導士様がかけてくれた不滅の魔法の効果なのです」
ヴァリウス様の笑みはとても優しいものになった。
「世界で最も偉大な魔導士は心から喜んでいます。不滅の魔法を習得したことをね」
そのあとのヴァリアス様は私を安心させるようにずっと優しく気遣ってくれた。
アルード様の言う通り。
ヴァリウス様はとても優しい方だった。
四章はここまで。