127 返事を聞かせて
私はまたしても特訓を受けるため、王宮に一時的に滞在することになった。
期末テスト対策をするためなのは言うまでもない。
予想はしていたけれど、アルード様をまっすぐ見ることができない。
告白されて……キスまでしてしまったし!
「中間テストについてはよくやった」
クルセード様が褒めてくれた。
普段は怖くて近寄りにくいので、余計に嬉しい。
「だが、期末テストは同じようにはいかない。対魔物と対人は全く違う」
魔物にも知能があるが、その行動は読みやすい。
しかし、人間は知能が高いために戦術を駆使してくる。
嘘の行動で騙すようなこともするため、相手の行動が読みにくい。
魔法を使った対戦になるのもある。
魔物に当てるよりも人間に当てるほうがずっと難しい。
浮遊魔法、移動魔法、飛行魔法を使える者は機動力があるので当然当てにくい。棒立ちであっても相手が人間だと思うと攻撃できなくなってしまう者もいる。
特に女性はその傾向が強いので、覚悟を決めろと言われた。
「一番重要なのは、狙ったところに必ず魔法を当てることだ」
攻撃魔法は当たらなければ意味がない。
「動く相手に当てるのは難しい。はずしても仕方がない。だが、動かない相手に対しては必ず当てる。これを徹底しろ!」
この方法は雷魔法や氷魔法の使い手がよくやって来る。
雷魔法でしびれさせて動きを封じ、とどめの攻撃魔法を撃つ。
氷魔法で足の機動力を奪い、とどめになる攻撃魔法で終わりにする。
「例にあげると、イアンとエリザベートのペアだ。風と雷なら、普通は雷で攻撃し、風が支援に回る。だが、あの二人は逆だろう。イアンが攻撃を担当する。エリザベートは支援だ」
イアンが攻撃して相手を追い込み、エリザベスが得意の雷魔法でしびれさせ、とどめの攻撃をして終わらせる。
この方法で雷と風のペアは勝ち抜く。
雷と風を一人で使えるアレクサンダー様は相当すごかったらしい。
「私は暇でした」
アレクサンダー様と組んだのはヴァリウス様。
一応、ヴァリウス様が支援役をすることになっていたけれど、王族の成績は関係ない。
なので、アレクサンダー様が一人でやっているのを見ているだけ。
そのほうがアレクサンダー様の評価が良くなるのでいいと判断した。
「必ず一回は魔法を使わないといけないので、準備中に防御魔法をかけました。それ以外は終わった後に回復魔法をかけたぐらいですね」
アレクサンダー様が苦労人だということは感じていたけれど、学生時代からだったというのをますます実感。
「ルクレシアは火魔法と風魔法と雷魔法を使えるようにしっかりと復習しなさい」
空耳でなければ、雷魔法というのが聞こえた。
「雷魔法も、ですか?」
「練習していますね?」
風魔法を死に物狂いで練習したので、雷魔法は放置だった。
「申し訳ありません! 風の中級魔法を覚えてからと思っていたので、結局できていません!」
「前に言ったはずですが?」
ヴァリウス様から許さないオーラがじんわりと溢れ出した。
「兄上、中級の風魔法のほうが有用です。中間テストで役立ちました。あれがなければ戦術も成果も変わっていたはず。雷魔法はこれから練習すればいいと思います」
アルード様がかばってくれた。
「絶対に練習しておきなさい。忘れないように」
「はい!」
「大丈夫だ。雷魔法がどの程度なのかは全員知っている。いきなり高い目標を設定されても無理だ。自分が使える魔法を活用すればいい。使えなければ使えないで別の作戦を立てる。攻撃役も一人でなければならないわけではない。二人でもいいだろう? 力を合わせれば、必ず期末テストも良い結果を残せる」
「はい!」
やっぱりアルード様の応援は最高だった。
アルード様が大丈夫だと言ってくれるだけで大丈夫だと信じられる。
「頑張ります!」
「死ぬ気で頑張れ」
クルセード様の口調は谷底に突き落とすので這い上がって来い的な感じ。
魔王系王子様による特訓が始まった。
週末。
魔法学院は休み。
一日中特訓だと思っていた私は魔力の休養日だと聞いて驚いた。
「休養日? 本当に?」
「本当だ」
シャツ姿でリラックスしたアルード様が微笑んだ。
「何もしなくていい。毎日のように魔力を消費している。ゆっくり休む日も必要だ」
「そうですね」
「何かしたいことはあるか?」
私は考え込んだ。
「王都図書館に行きたいのですが、馬車を貸していただけますでしょうか?」
「王宮図書館ではダメなのか?」
「土日は閉館です」
王宮図書館の開館時間は平日のみ。土日は閉館。
魔法学院から帰るとすぐに宿題か特訓になるので、王宮図書館に行く時間が全くなかった。
なので、土曜日でも開いている王都図書館に行こうと思った。
「王族はいつでも利用できる。王宮図書館でよければ行こう」
「ありがとうございます!」
アルード様が魔法で王宮図書館の扉を開けてくれた。
「私も読みたい本を探す。好きに過ごせばいい」
「わかりました」
対人戦に役立ちそうな本を探すことにした。
杖の使い方の本を見つけたので、読んでみることにした。
「近距離攻撃……」
魔法使いが持つ杖は魔力の補充用か魔法を使うためにある。
でも、武器としての強度があれば、近接攻撃に使える。
「鎚術や棒術と同じように……無理ね」
期末テストで良い結果を出したいけれど、今から武術を習っても無理。
悪役令嬢でもさすがに不可能だと思った。
「良さそうな本が見つかったのか?」
アルード様がやって来た。
「二学期からは武器を使えると聞いたのです」
「そうだな。だが、魔法で押してしまうほうが楽ではある」
「そうですね」
「相手が武器で攻撃を仕掛けてきた場合、受ける武器がないと逃げることになる。持っておいたほうがいいだろう」
武器の攻撃から逃げながら魔法を詠唱して撃つのは難易度が上がる。魔法に失敗しやすい。
逃げてばかりだと減点対象になるため、判定で負けやすくなるので注意らしい。
「一学期と二学期では戦い方が変わる。二学期の期末テストは三人でチームを組んで戦う」
「そうですね」
「前にも言ったが、私はベルサスとカートライトとチームを組む」
「私はアヤナとネイサンと組みます」
「強そうだ」
「アルード様のチームこそ」
「私とルクレシアのペアはいずれ解消される。一緒にいられる時間は限られている」
「そうですね」
「もっと増やしたい。魔法学院でもそれ以外でもいい」
アルード様の思いつめるような表情にドキッとした。
「私の気持ちは伝えた。返事は急がないと言ったが気になってしまう。本当は早く知りたい」
それはわかっている。
実は大変な状況になっているわけだし。
「逃げなかった」
そうだけど。
「逃げたくても逃げられなかったのか?」
そうではないけれど。
「私が王族だから遠慮しているのか?」
それは……ある。
「どんなことでもいい。ルクレシアの本心を教えてくれないか?」
「私とアルード様はペアです。気まずい雰囲気になりたくなくて」
本音を少しだけ言った。
「断りたくても言えないと思っているのか?」
「怒りませんか?」
「絶対に怒らない。ルクレシアがどう思っているのかが知りたい」
「今は勉強に集中したいです」
本心。まぎれもなく。
「対人戦に集中しないと負けてしまいます。私は魔物に対しても人間に対しても魔法で攻撃することにためらいがありました。ようやく魔法を正しく使うためには必要な訓練だと思えるようになりました」
でも、まだまだ。
小さい頃から戦闘訓練や討伐経験を持つ者との差は歴然。
「卒業するまでは勉強を最優先にしたいのです。卒業したら結婚について考えたいというのが私の意見です」
「卒業する前に十八歳になる。成人だ。結婚できる。縁談が多くあるだろう。決めなくてはいけなくなるかもしれない。それでもか?」
「まだ決めたくありません。今は十七歳です。結婚できません。卒業するまでに何が起きるかわかりません」
「ルクレシアよりも先に十八歳になる者は違う。すぐに結婚相手を決めたいと思うだろう」
良い相手をできるだけ早く確保して結婚する。
それがこの世界の常識。
「アルード様も成人されます。だから私にプロポーズしたのですよね?」
「そうだ。父上も王家も政治も貴族も関係ない。私の気持ちを伝え、真剣に考えてほしかった。ルクレシアと結婚して夫婦になりたい」
「いいのですか?」
私は尋ねた。
「自分の気持ちだけでプロポーズしても?」
「いいに決まっている。誰もが愛する相手と結婚したい」
「でも、家のために結婚する人もいます」
「そうなりたくない」
「わかります。でも、王子ですよね?」
私は聞きたかった。
「自分の気持ちを大切にするのは当然だと思います。でも、そのせいで多くの人々を失望させてしまってもいいのですか?」
「どのような選択をしても、反対する者がいるだろう。それなら自分が望む選択をしたい。結果がどのようなものであっても受け入れる。覚悟している」
「強いです。アルード様は」
私にはその覚悟がない。
「私にはコランダム公爵家の長女としての責務があります。国王陛下に逆らったらどうなるかわかりません。私だけではありません。両親も弟も、一族も、アヤナも連座になるかもしれません。領民にも影響が出るでしょう。多くの人々の命運が変わってしまいます」
決めたくない。言いたくない。
でも、アルード様はすぐに返事を欲しがっている。
「ごめんなさい」
言ってしまった。
「断るということか?」
「そうです。申し訳ありません。アルード王子殿下」
「わかった」
アルード様は微笑んだ。
無理やりなのがわかる。
「大丈夫だ。怒らないと言っただろう? ルクレシアの本心が知りたかっただけだ。返事をしてくれたことに感謝している。ルクレシアを愛しているからこそ迷惑はかけたくない。この話は終わりだ。これからは友人として側にいる。期末テストではペアを組む者として。それはいいだろう?」
「はい」
アルード様は大きな息をついた。
「大丈夫だ……友人でも嬉しい。以前よりもずっと近くにいられる」
回復魔法がかかった。
優しい。温かい。
それは相手を思う気持ち。
アルード様の愛が魔法に伝わっている証拠だった。
「好きなだけ勉強すればいい。ここの本は読み放題だ。もう一度期末テストに役立ちそうな本を探してくる」
「わかりました」
アルード様が去っていく。
寂しい。だけど、見送るしかない。
国王陛下が望まないのに、アルード様と結婚できるわけがないから。
「本当に……ごめんなさい」
アルード様に。
そして、本当のルクレシアに。
私には心から謝ることしかできなかった。




