124 突然の告白
「……許してほしいのは私のほうだ」
アルード様は魔法の絨毯に乗った。
「一緒に気分を変えに行こう」
アルード様がロープを掴んで魔法の絨毯を操作する。
先ほどは感じなかった風を感じていることに気づいた。
「元に戻ったようです」
「何か違ったのか?」
「帰ってくる時は風を感じませんでした。ヴァリウス様の髪は風で流れていたのでおかしいと思って」
「ルクレシアに結界を張ったからだろう。高速飛行の時は結界で固定したほうが安全だ」
「なるほど。結界でしたか」
「本来はゆっくり飛ぶ。ケージャンの美しい夜景、夜空に浮かぶ月や星の輝きを眺める」
「わかります。とても素敵ですよね」
「恋人と乗るのが定番だ。ロマンティックな気分になれる」
「そうですよね」
「オアシスに行こう」
アルード様は砂漠とは真逆の方向に向かった。
「見えました」
水面が黒い。光が反射している部分がキラキラと輝いていた。
「大きいです。湖ですか?」
「そうだ。地下水が湧き出ている。周辺の木が植えられているのが目印だ」
「遠くからでもオアシスだとわかりやすいですね」
「かつては生活水の全てをここから供給していたが、水路を作って輸送路にした」
船で多くの人や物資が運ばれることで、ケージャンは栄えた。
「水路を作ったら水が減ってしまうと思わないか?」
「そうですね」
「魔法を使って大規模な大工事をした。水路を川の支流とつなぎ、水量を確保した。飲料水は井戸から供給されていたが、現在は水道も貯水タンクもある。それを支えるのは魔法だ。護符も多用されている。安全な飲料水の輸送もある。ケージャンは天然の水に頼らなくてもよくなった」
「全ては魔法のおかげなのですね」
「そうだ。魔法は素晴らしい。人々を幸せにすることができる」
アルード様は優しく微笑んだ。
「ルクレシアのことも幸せにしてくれるだろう」
「そうですね。でも、今はアルード様のおかげで幸せです。ゆったりとした時間が過ごせます。アルード様の優しい表情を見ると、私の心が穏やかになります」
「怒らないようにしないといけないな」
「そうしていただけると嬉しいです。ヴァリウス様はすぐに不機嫌になるので」
「兄上はとても優しい」
「そのように言えるアルード様が羨ましいです。それだけヴァリウス様に優しくされている証拠ですから」
「兄上はどのようなことがあっても、私を心から愛してくれる。私も兄上を心から愛している。父上や母上が兄上を愛していないのであれば、その分を私の愛で満たしたい」
国王陛下と王妃様はアルード様を愛しているけれど、政略結婚だった前王妃の子どもであるヴァリウス様のことを愛していない。
それでもヴァリウス様は母親違いのアルード様を大切な弟と思い、心から愛している。
それがいかに愛情深いことであるかをアルード様は感じながら育った。
だから、アルード様は愛情深くなった。
「アルード様は愛そのものです。だから光魔法が使えるのだと思います」
「ルクレシアにも使える。愛の魔法が」
「使えません」
「光魔法については私もわからない。だが、人は誰でも愛という魔法を使える」
誰かを愛する気持ちは魔法と同じ。
不思議な力を与えてくれるということ。
でも、私は……。
「愛を優しさに変えれば使いやすい。笑顔も生まれる。愛の魔法は笑顔を生み出す魔法でもある」
「そうですね」
「だが、無理に使わなくてもいい。愛を心に秘めたままにすることも、閉じ込めてしまうこともある。それでもいい。必要とされる時まで、愛は待ってくれる。愛だからだ。愛とはそういうものだ」
必要とされる時まで、愛は待ってくれる……。
アルード様の言葉が私の心に溶け込み、ほっこりとした。
それは優しさのおかげ。愛の魔法がかかった証拠だった。
「もうすぐアルード様の誕生日です。成人すれば結婚相手について周囲があれこれいいそうです。婚約者候補も四人います。どうされるのですか?」
知りたくなった。
アルード様がどう思っているのかを。
「父上が決めた四人の婚約者候補と結婚するつもりはない。私が光魔法を使うためには愛が必要だ。父上や兄上を見ていると、愛のない結婚は残酷だと思う。同じようになりたくない。悲しみのあまり、光魔法を使えなくなってしまうかもしれない」
「納得です」
魔法の絨毯がオアシスの上空で止まった。
「ルクレシアに伝えたいことがある」
「何でしょうか?」
「愛している」
突然だった。
「私の初恋はルクレシアだ。親しくなるきっかけが欲しくて、大噴水のゲームで私にハンカチを渡す役にしてもらった」
驚きすぎて言葉が出ない。
「不慮の事故が起きた。皮肉にも私とルクレシアを強く結びつけるきっかけになった。私はルクレシアと結婚すると言ったが、子どもだけに婚約はできないと言われてしまった。諸事情を考慮した結果、婚約者候補になった」
「では……国王陛下が独断で私を婚約者候補にしたわけではかったのですね?」
「最終的には父上が決めたが、どのように決着をつけるのかの案を出したのは私だったと言える」
アルード様の気持ちを打ち明けるのは成人するまで待つよう言われていた。
好きだという気持ちがあっても、友人愛かもしれない。
男女の愛だとしても、互いに成長する過程で気持ちが変わるかもしれない。
成人する前に伝えたら、私を婚約者候補からはずすと言われてしまった。
他の相手についても冷静に検討するため、婚約者候補を増やされたことが説明された。
「何も言えなくてつらかった。だが、ルクレシアは私を愛している。成人するまで待ってくれると信じていた。だというのに、父上に裏切られた。ルクレシアを婚約者候補からはずされた」
真剣な表情をしたアルード様が私を見つめた。
「今更だと思うだろう。それでも私の気持ちを伝えずにはいられない。誰よりも愛している。一生大切にする。私と結婚してくれないか?」
人生を変える瞬間がある。
今夜はすでにその瞬間があったというのに、それ以上の瞬間が訪れた。
「嫌なら逃げていい」
アルード様の顔が近づいて来た。
何をしようとしているのかは明らかで。
私は逃げずに目を閉じた。
唇から伝わるのはアルード様の唇の感触。
キスしている。アルード様と。
どうしようもなく不安なのに、嬉しくもある。
わからなくなる。
自分の気持ちなのか、本物のルクレシアの気持ちなのか。
わかるのは、アルード様が伝えようとしている愛だった。




