121 最愛の弟
アルードとヴァリウスの話です。
王族が宿泊するのに相応しい最上級の部屋。
「どうしたのです?」
ソファに座ったヴァリウスが戻って来たアルードに話しかけた。
絶対に聞かれると思っていたアルードは、部屋で盛大なため息をついた。
「ルクレシアと喧嘩したのですか?」
「アヤナとネイサンはペアです。親しい証拠だけに、恋人関係になるよう応援するのはどうかと話しました。ですが、ルクレシアは嫌がりました」
「なぜです?」
「アヤナの気持ちを優先したいそうです。アヤナは良い成績にしたくてネイサンを誘っただけでした」
「ネイサンのほうは違うかもしれません」
「本人たちに任せるそうです」
「きっかけが必要かもしれません。作ってあげればいいではありませんか」
「誘導するようなことはしたくないそうです」
「そうですか」
「ルクレシアはアヤナを大切にしています。ネイサンのことも。友人だからこそ、余計なことはしたくないようです」
「そのようですね」
「私もルクレシアの友人です。結婚したくない婚約者候補が四人もいて困っています。だというのに、ルクレシアは減らすことに協力してくれません。理由はわかっています。私よりもアヤナやネイサンのほうが大事だからです」
弟の心の中がどうなっているのかを兄は察した。
美しく清らかな場所に黒々とした感情が生じている。
「私はアルードの味方です。ネイサンを片付けてあげましょうか?」
「片付ける? どういう意味ですか?」
「邪魔者は魔物のエサにします。魔物討伐に命を懸けるゼイスレードなので簡単ですよ」
アルードはすぐに首を横に振った。
「絶対にやめてください! ルクレシアが悲しみます!」
「アルードが慰めてあげればいいではありませんか」
「卑怯です! 兄上にそんなことをしてほしくありません!」
「愛する弟のためならどんな願いでも叶えてあげたくなります。本心を言いなさい。本当はどうしたいのですか?」
「わかりません。今はただ……悔しくて。アヤナにもネイサンにも負けたくありません」
「そうでしょう。わかります」
ヴァリウスはアルードの側に行くと慰めるように抱きしめた。
「人生には試練がつきものです。悔しいのであればもっと強くなりなさい。アヤナとネイサンはペアを組んでいます。どちらもアルードにとっては邪魔者。二人まとめて倒せばいいではありませんか。対戦で実力の差を見せつけてやりなさい。何かが変わるかもしれません」
「それについては考えました。ですが、ルクレシアの気持ちは変わりません。アヤナとネイサンに優しい言葉をかけ、心から励ますでしょう。友情が強くなるだけです」
アルードの言葉はヴァリウスの予想と同じ。
良くも悪くも。
「可能性を信じなさい。諦めることは未来を閉ざすことです。アルードの望みは必ず叶います」
「私の希望は消えかけています。父上のせいで!」
間違いではない。
そして、アルードがそう思うことは、ヴァリウスにとって極めて都合の良いことでもあった。
「そうですね。私とアルードの父親は愚かです。ディアマスを治める国王でありながら、その座にふさわしい器がありません。魔物のエサにしなくてもいずれ自滅するでしょう」
「私の味方は兄上しかいません」
「私がいれば大丈夫です。ずっと側にいます。アルードは最愛の弟、唯一の家族ですからね」
幾度となく繰り返してきた言葉。
それはアルードが生まれた時から変わらない。
絶望を希望にするための魔法であり、誓いであり、呪いでもある。
「私が必ずアルードを守ります。アルードの希望もね」
「いつまでも守られるだけではいけません。私が兄上を守ります。そのために光魔法を鍛えています」
「まだ成人していません。甘えなさい。兄だからこそ、そうしてほしいのです」
「わかりました」
「ところで、魔法の絨毯はどうするのですか?」
おとぎ話に出て来る魔法の絨毯を模した乗り物に乗り、空からケージャンの夜景を楽しめるように手配していた。
「ルクレシアを誘ったのですか?」
「誘えませんでした」
「私と一緒に夜間飛行を楽しみますか?」
「そんな気分ではありません」
「では、私があれを使います。いいですか?」
「兄上の好きにしてください。私は自分と向き合います。この苦しみを抑えなくてはいけません」
「本当にアルードは……素直ですね」
愛が強く、深く、美しい。
それゆえに苦しんでしまう。
そんな弟をヴァリウスはどうしようもなく愛しいと感じた。
お読みいただきありがとうございました。
次回はルクレシア視点のお話に戻ります。
よろしくお願いいたします!




