120 ケージャン
馬車に戻ったあと、ケージャンに移動した。
宿泊するのはケージャンの最高級ホテル。
これは王族が泊まるからではなく、テストで消耗した心身を休める安全な場所を確保するためだった。
馬車から取り出した荷物が部屋に運ばれたけれど、クローゼットには砂漠の民の伝統を伝える美しい衣装が用意されていた。
ホテルが用意した貸衣装で、滞在中に異国気分を盛り上げる部屋着や外出着として活用できるという張り紙がある。
せっかくなので現地人になった気分を味わおうと思い、貸衣装を着ることにした。
「……とても綺麗だ」
夕食を食べるレストランに行くため、アルード様が迎えに来てくれた。
「アルード様も砂漠の民の衣装にされたのですね」
「ケージャンをより深く理解するため、着たらどうかと兄上に言われた」
「そうですか」
「少しだけ待ってくれないか?」
「何かあるのでしょうか?」
「心を落ち着けたい」
アルード様は明らかに照れていた。
「できるだけ露出が少ない衣装にしたのですが……ダメですか?」
長いローブのような衣装だけど、胸の部分が広めに開いている。腰の中央からはスリットがあって、着用しているズボンが見えるようになっていた。
「そうではない。見慣れない姿だからだ。本当に美しい」
アルード様は深く息をついた。
「移動しよう」
「はい」
移動中のアルード様は私をチラチラ見ては照れ直している。
真面目な性格なので、異国風の衣装は刺激的に見えるのかもしれない。
アルード様の態度のせいで、だんだんと私も恥ずかしくなってきた。
「気になるなら見ないでください」
「足が見える」
「ズボンのことですよね?」
「普通はスカートの下に隠す」
「ディアマスとは違いますね。ケージャンの女性はズボンを隠さず着用します。ゆったりとしたものや膨らんだものですが」
「靴もはっきりと見える」
「よくないでしょうか?」
「ここはケージャンだ。現地の文化を大切にするため、ディアマスとは違う装いでも理解を示したい」
「私もそう思いました」
「見れば見るほどディアマスとの違いを感じる。気になってしまうが、ルクレシアをずっと見ていると歩けない」
「それでちょっとずつ見ているのですね?」
「宝飾品がないのが残念だ」
貸衣装は用意されていたけれど、さすがに宝飾品はない。
中間テストのために来ているので、高額な貴重品は持って行かないことになっていた。
「よく考えたら、イヤリングがある」
アルード様は自分がつけているイヤリングをはずして、私につけてくれた。
「本当は衣装に合った宝飾品を贈りたいが」
「魔法具ですよね? 私がつけてもいいのですか?」
「問題ない。魔力を補給するために持って来たが、あくでも予備だ。使わなければ宝飾品と同じだ」
レストランの席はソファ席で横並び。
二人分の用意しかなかった。
「二人だけですか?」
「私たちはペアで派遣されている」
「そうですけれど……四人一緒に食事をするのだと思っていました」
「兄上とクルセードは別だ。向こうにいる」
反対側で後方のソファ席だった。
「こちらのほうが良い席です。いいのでしょうか?」
「私たちは初めてだが、兄上たちは何度もここに来たことがある。目立たないようにしたいらしい」
「そうでしたか」
「砂漠の民に伝わる音楽や舞踊がある。それを楽しみながら食事ができる」
「それでこのような席なのですね」
レストランにいる客の全員が砂漠の民の衣装を着ているので、やはりこの衣装を選んで正解だと思った。
「料理も独特だ。珍しい」
「砂漠の民の料理なのでしょうか?」
「砂漠の民の国が交易で栄えていた頃は、都市を治める者や大商人が贅沢な暮らしをしていた。そのような料理を食べやすくしたものではないか?」
アルード様と話しながら食べるのが楽しい。
「ディアマスでも並んで食事をすることはあるが、椅子は別々だ。このようなソファ席だと、ルクレシアとの距離が近くなった気がする」
「私も同じように思いました」
「もっと近づきたい」
「あまりくっつくと食事がしにくいです」
「親しくなりたいということだ」
「ペアを組むぐらい親しくなっています」
「とても嬉しい。最高の相手だ」
「そんなことはありません。ベルサス様やカーライト様のほうが上です」
「氷も風も攻守に使える。だが、私は防御担当だ。組んだ相手は攻撃担当になる。攻撃面しか評価されなくなってしまうだけに、最高とは言えない」
「防御面のアピールができないので、もったいないと思われてしまうわけですね」
「ルクレシアは攻撃担当、私は防御担当でいい。互いの役割に専念できるため、相性がとてもいい」
「確かにそうですね」
「討伐経験がある者とない者のペアになるのもいい」
ほとんどの者が対戦を念頭に置くため、攻守のバランスを考えてペアを組む。
でも、中間テストは魔物討伐。
魔物討伐に行った経験がない二人で組むと、実力を発揮できないことが多いので不利とのことだった。
「女性は魔物討伐の経験者が極めて少ない。女性同士のペアは学院の許可が出にくい。魔物討伐の経験がある男性と組むよう言われるだろう。男性同士のペアも女性と組むよう言われる」
「でも、ベルサス様とカートライト様は男性同士ですよね?」
「男性の生徒数が多いからだ。全員が男女のペアには慣れない。実力も考慮される」
中間テスト用の派遣先は多くあるけれど、魔物討伐の難易度が違う。
難易度が高い場所に行ける生徒がいないと困るので、実力者同士の組み合わせはそのままにすることが多いことがわかった。
「ペアになったことがきっかけで恋人になる者もいる」
「そのようですね」
「アヤナとネイサンは仲が良いのか?」
「一緒に魔法の練習をしているので、見かけよりも仲は良いと思います」
「私が知りたいのは異性としての親しさだ」
突然、恋愛話が発生。
ゲーム的な補正に違いない。
「特別な関係になりそうか?」
「個人的なことです。アルード様が気にされる必要はないように思いますが?」
「アヤナは私の婚約者候補だ」
忘れていた。
「アヤナとネイサンが想い合っているのであれば、アヤナを婚約者候補からはずすよう父上に話す」
なるほど。
「二人を気遣ってくださったのですね。でも、アヤナは良い成績にしたくてネイサンを誘っただけです」
「ネイサンのほうはどうだ? アヤナに気がありそうか?」
「わかりません」
「ペアを組んだ。見込みがあるのではないか?」
「アルード様はアヤナとネイサンをくっつけたいのですか?」
「私はアヤナと結婚するつもりはない。ネイサンにはゼイスレードとモルファントがついている。アヤナの身分を考えると、好条件の相手だと思うが?」
常識的にはそうかもしれない。
でも、アヤナには推しがいる。
ネイサンと無理やりくっつけるようなことはしたくない。
「好条件かどうかよりも、アヤナの気持ちを優先したいです」
「わかっている。だが、婚約者候補からはずれる許可をもらうには、相応の相手でなくてはならないだろう。ネイサンならゼイスレードとモルファントがついている。許可が出そうだ」
「わかりますけれど……アルード様はアヤナを婚約者候補からはずしたいだけですよね?」
「アヤナのことも考えている。仲が良い異性。好条件。婚約者候補からはずす許可が出そうな相手。だからだ」
「本人たちに任せればいいと思います」
「友人としてそれとなく応援してやればいい」
「何もしません。誘導するようなことはしたくありません」
私も誰かに誘導されたくない。
だから、アヤナのことを誘導するようなことはしたくない。
「アヤナとネイサンが幸せになるきっかけを作るだけだ」
「ただのお節介です! 自分に都合が良いからといって、私に協力させようとしないでください!」
ムカついてしまった。
アヤナとネイサンをくっつけたがるアルード様に。
「なぜ怒る? あの二人が特別な関係になることに反対なのか?」
アヤナに推しがいることは言えない。
誰かわからないし、まだ登場していない人かもしれないから。
「踊りが始まります」
砂漠の民に伝わる伝統舞踊のショーが始まった。
イライラを抑えるためにも、丁度良かったと思った。
ショーが終わるとデザートが出て来たけれど、アルード様は無言で食べ始めた。
強く言い過ぎたかも……。
気まずい雰囲気を変えようと思って話しかけてみたけれど、反応が薄い。
部屋まで送ってくれたけれど、アルード様は素っ気なかった。
一人になった私は深いため息をつく。
「だから嫌なのよ。恋愛なんて」
関わるだけで不幸になりそうな気がしてしまった。




