12 友人として
「おかしいわ……絶対に」
アヤナがぼやいた。
「どうしてこんな中身がルクレシアなのか」
「さあね。でも、そんなの知らないわ。私は私よ。自分が進みたいほうへ行くわ。それだけよ」
「じゃあ、確認だけど、アルード様が他の婚約者候補とくっついてもいいのね?」
「いいわ。全然。恋愛感情なんてないの。ただ、実家や両親のために王子とは親しくしていたいだけなのよ。学友でいいってこと」
「他の攻略相手についてはどう?」
「別に。正直、誰が攻略相手なのかわからないし」
「一人も?」
「アルード様はわかるわ。ベルサス様、カーライト様。隣の国の王子も」
「クルセード様ね」
「そうそう。あとは双子?」
「イアンとレアンね。他には?」
私は考え込んだ。
「……推しの話がほとんどだったから。スチールの中にいた人について、ちょっとしたことを教えられたりというのはあったわね。でも、全然出てこないわ。興味もなかったし、名前を覚える気もなかったし」
「その他大勢ってことね」
「ここはゲームアプリと同じ世界だけど、別に恋愛しないといけないわけではないでしょう? 必ず誰かとカップルにならないといけないゲームなの?」
「そうでもないわ。失敗してバッドエンドの場合もあるから」
「そもそも恋愛面で頑張るのは主人公。悪役令嬢ではないわ」
「悪役令嬢も頑張っているわよ? 主人公の邪魔をするのは同じ相手が好きだかよ。ライバルってわけ」
「でも、私に好きな人はいないわ。ライバルになりようがないわよ」
「現状としてはそうね。でも、だんだんと誰かを好きになっていくかもしれないわ」
「可能性はあるわね。でも、今は全然よ。これは確定。勉強第一! 魔法資格の取得が最優先!」
「恋愛ゲームのアプリなのに」
「今の私にとってここは本当に生きている世界、ゲームではないわ。失敗したからといってリセットはできないもの」
「それもそうね」
「情報提供に感謝するわ。でも、恋愛方面での進行については気にしていないの。アルード様が他の誰かとくっついても問題ないわ」
「わかったわ」
「ところで、アヤナのほうはどう? 一人だとイベントが発生する?」
「まあ……なくはないわね」
歯切れが悪そうな感じがした。
「余計なお世話かもしれないけれど、私のせいでアヤナの評判は悪い気がするの。単に一人でいるだけだと、バットエンドになってしまうかもしれないわ」
「否定はしないわ。その可能性については危惧しているのよ」
「だから、遠慮しないで頼って! 友人として協力するから!」
アヤナは私をじっと見つめた。
「本当に?」
「本当よ。ルクレシアが主人公をいじめたり酷いことをしている女性であることは知っているわ。でも、私ではないもの。私は私の考えたようにするだけよ。そもそも、知らないシナリオ通りにふるまうなんてできないわ。セリフだって知らないのよ?」
「でも、大まかにはだいたい合っている感じがするわよ?」
「どこが? 何か決まったセリフでもあるの?」
「そうねえ……貧乏でしょう?とか」
「事実を指摘しただけだわ」
「そうだけど、悪口にしか聞こえないのは事実よ」
「私が悪役令嬢らしくしたほうがいいって言ってなかった?」
アヤナはムスッとした。
「そうかもね」
「一緒にランチを食べる?」
「お金がないわ。本当に貧乏なの。有料ランチは高すぎるわ」
「私が出すわ」
「やめて。みじめになるから」
「一緒にお弁当を食べるのはどう?」
「自分のグループがあるでしょう?」
「事前に伝えるわ。皆でお弁当にすればいいでしょう?」
アヤナがまじまじと私を見つめた。
「……グループ全員でお弁当にするの?」
「そうよ」
「ダメよ。反対されるわ。お金があるなら有料ランチのほうが楽だから」
「週に一回ならどう? たまには気分を変えるのもいいわよね?」
「人数が多いでしょう? 野外で食べるとしてもベンチは取り合いだし、全員分を確保するのは大変よ?」
「敷物を使えばいいわ。ピクニック形式よ。貴族だってピクニックをするわよね?」
「まあ……そうね」
「ピクニックランチを主催するわ。楽しいイベントとして一緒に楽しみましょうよ。問題は天気ね。雨だったら魔法植物園にするかも」
「私の場所を取る気?」
「他に思いつく場所があれば。いいところを知っている?」
アヤナが考え込んだ。
「天気が良ければ中庭でいいと思うわ。敷物を使うなら、とにかく広い場所のほうがいいでしょうし」
「そうね。私もそのつもりだったわ」
「雨の日は……体育室か舞踏室」
「それは事前に使用許可を取らないとダメよね?」
「そうね」
「誰に許可を取ればいいの?」
「知らないわ。担任に聞いて。職員室にいる先生でもいいし」
「職員室はどこにあるの?」
アヤナは私を睨んだ。
「魔法学院に入学して結構経つわよね? 知らなすぎじゃないの?」
「授業で行く場所は覚えているわよ? だけど、ピクニック用の場所なんて考えたこともないし、思いつかないわ。職員室の場所を知らなくても問題なかったわよ?」
深い深いため息。呆れているのがわかる。
「授業の種類が増えれば、足を向ける場所も増えるわ。そうしたらわかるようになるわ。職員室のような場所もね」
「気の長い話ね」
「私はゲームの基本情報を知らないせいで覚えることがたくさんあるわ。毎日が大変なの!」
「そうでしょうね」
「ゲームをするのと、一日二十四時間を生きるのでは時間の流れが違うに決まっているわ。ゆっくり、でも過ぎ去ってしまえばあっという間。後悔しないようにね」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「お互いに自分の信じる道を歩きましょう。それが幸せになる選択かどうかはわからないけれど、誰かに強制されて歩かさるよりもましだと思うわ」
「そうね。それについては激しく同意するわ」
「今後のために聞いておくわ。ゾーイの店の住所を教えて」
「住所……」
「まさか、知らないの?」
「場所は知っているのよ。なんとなく歩いていたら辿り着いたから」
「曖昧過ぎるわ!」
「住所を調べておくわ」
「そうして。ところで、メモに会った本は本当に借りたいの?」
「そうよ。ある?」
「調べてみるわ」
「ありがとう」
初めて言われた気がする。アヤナから。
嬉しい。
「図書室にあるといいけれど。なければ購入するわ」
「そこまでしなくてもいいわよ」
「貧乏でしょう? 魔法関係の本なら私も読むわ。だから、購入するの。貸し出すだけだもの。問題ないわよね?」
「本をくれないのね。売ろうと思ったのに」
「当たり前でしょう? 古本屋に売ったら許さないわ! 貴重な本だったら、両親に怒られてしまうもの!」
「心に留めておくわ」
話していると、屋敷についた。
「このまま乗っていなさい。家まで送らせるわ」
[てっきりここから歩いて帰るのだと思っていたわ」
「悪役令嬢であればそうするわね。でも、私は違うから。アヤナは荷物持ちの役目を立派に果たしたのだから、歩いて帰る必要はないわ」
「そうよね。そのぐらいは当然よね。一応は友人だし」
内鍵を開けようとした私はその手を止めた。
友人。
アヤナからそう言ってくれたことで、ようやく認めてもらえたと思った。
一応ではあるけれど、本当の友人になるための一歩、前進、もしかしたらそれ以上かもしれない。
だから、私も友人としての一歩、前進、それ以上のものを示したい。
「アヤナに教えておくことがあるわ」
「何?」
「両親に婚約者候補の資料をもらったの。アヤナの名前もあったわ」
「えっ?」
アヤナは驚いた。
「私が? どうして?」
「王家は光魔法の使い手の家系だわ。アルード様は光魔法の使い手だから、結婚相手も光魔法の使い手がいいと思っているふしがあるのよ」
アヤナはアルード様と同じ年齢。魔法学院の特待生になった光魔法の使い手。
身分が低いのは難点だけど、得意な魔法の属性については好条件。
そのせいで婚約者候補になりそうな女性として目をつけられていることを話した。
「少なくとも、私の両親はアヤナのことを婚約者候補に選ばれそうな人物だと思っているわ」
「そんな! 困るわ! 私はアルード様を狙ってはいないのに!」
「そうでしょうね。でも、主人公が攻略相手の誰かとくっつくとして、最もその可能性が高いのは王子のアルード様ではないの?」
「そうだけど……まさか、補正が?」
アヤナは動揺していた。
「誰とも仲良くならないから、勝手にアルード様のルートになっているとか?」
「それはわからないわ。シナリオについては全然知らないし、アヤナに分析してもらうしかないわね。でも、気を付けて。必ずしもゲーム通りに進むとは限らないし、かといって大まかに見ればゲームのシナリオ通りってこともあるわけでしょう?」
「じっくり考えてみるわ」
「そうしてみて。ではまた明日。ごきげんよう」
「ごきげんよう。ルクレシア様」
私は内鍵を開けると、使用人がドアを開けた。
「おかえりなさいませ」
「友人からカバンを受け取って。中にいるから」
「はい」
「このまま馬車で家まで送ってあげて」
私は調書にあったスピネール男爵家の住所を伝えた。
「さすがに歩いて帰るようには言えないわ。学校での評判にかかわるもの」
「かしこまりました」
私が屋敷に入ると馬車が動き出す。
「おかえりなさいませ」
出迎えの使用人が頭を下げた。
「疲れたわ。お茶を用意して。部屋にね」
「はい。すぐに用意させます」
自分の部屋に戻った私はソファに深く寄りかかるように座った。
ほどなくして、使用人がお茶を持って来る。
「図書室に本があるかどうか確認してほしいの。タイトルは」
アヤナがメモ用紙に書いていたタイトルを教える。
「友人に貸してもいいものかどうかも調べて。無理なら購入したいわ。その場合の金額も調べて」
「かしこまりました」
「急いでね」
「はい。お茶を淹れたあとに調べます」
お茶を淹れたあと、使用人が頭を下げて部屋を出て行った。
私はお茶の入ったカップに手を伸ばす。
「この香りは……ハニーハニーラブリーティーね! どうしてこんな商品名にしたのよ! もっと短くしてくれればいいのに!」
私が勉強するのは魔法学院で学ぶことだけではない。
公爵令嬢として必要な知識についての勉強もある。
休日も勉強漬けなのは、十五年をかけてルクレシアが知り得た知識を、十五歳の途中からルクレシアになった私が覚えなければならないからだった。