118 二人だけの中間テスト
「ルクレシア。起きる時間だ」
私を優しく呼ぶ声がした。
いつもと違う。侍女の声ではない。男性の声だった。
「寝顔が可愛い……」
ん?
「ゆっくり寝かせてやりたいが、中間テストだからな」
中間テスト!
その言葉で一気に目が覚めた。
「おはようございます!」
「……おはよう」
やや驚いたあとで優しく微笑むアルード様の姿が目に映った。
馬車の中は暗く、ぼんやりとした灯りの魔法があるだけ。
でも、アルード様の特別さはどんな状況でも感じ取ることができる。
世の中の女性たちが夢中になる王子様だけに。
「申し訳ありません! 寝坊をしてしまいました!」
「大丈夫だ。夜明けになったばかりだ」
「カーテンも開けていません。よくわかりましたね?」
「ノックがあった。起きろという合図だ」
「なるほど」
毛布を畳み、クッションと一緒に引き出しに戻した。
「外気温はここと違う。体温調整も兼ねて防御魔法をかけておく」
光の防御魔法は高度になるほど様々な効果が付与される。
なので、他の属性の防御魔法よりも圧倒的に便利。
「おはようございます」
外に出ると、クルセード様がいた。
「兄上は?」
「馬車の上で昇る太陽を見ている。二人も上で朝食を食べろ。置いてある」
「わかった」
浮遊魔法で馬車の上に行くと、ヴァリウス様が水を飲んでいた。
「兄上、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう。朝食はそれです」
小さな箱が二つと水の入ったボトルが二本置いてあった。
「砂漠は楽しめたのでしょうか?」
「月も星も綺麗でした。ここは変わりません。雄大な自然と魔物だけの場所です」
「クルセードと散策されたのですか?」
「クルセードはこの馬車を守らなくてはなりません。私だけで散策しました。魔物は倒していません。獲物は十分にいるでしょう」
「そうですか。ルクレシア、ここに」
ヴァリウス様とアルード様の間に座るよう言われた。
「真ん中ですか?」
「魔物があらわれても守りやすい」
アルード様の言葉でハッとする。
ここは魔物の生息地。
いつ魔物があらわれるかわからないというのに、私は周囲を警戒していなかった。
「申し訳ありません。何も考えていませんでした」
「気にするな。起きたばかりだ。魔物がいるような場所で眠ったことなどないだろう? ルクレシアにとっては初めての経験だ。ペアを組む私や一緒にいる者が気をつければいい」
「アルード様と組むことができて本当に良かったです」
「軍の携帯食も初めてだろう? 学生時代に様々な経験を積んだほうがいい」
「氷竜の捜索に協力した学生は一足先に経験を積めましたね」
「私の勝手な推測として話すが、兄上なりの仕返しだ。調査でいいのに父上は討伐にした。討伐の費用は多額でも仕方がない。費用をできるだけ上積みするため、将来性のある学生に経験を積む機会を与えた」
仕返しの方法がすごい。
単に支出を増やして国王陛下を困らせるということではなく、有望な学生たちを向上させるために使うというのが。
「兄上は学生を雑務に配置しなかった。おかげで学生は大喜びだ。期待に応えるため、全力で任務についた。当然、兄上の支持者が増える。王宮、騎士団、軍、公的職種への就職希望者も増える。合格すれば、それらの全てに兄上の支持者が配置されたのと同じだ」
さすが王太子。何もかも計算の上でしている。
着々と次代に移行する礎が築かれていると感じた。
「兄上はディアマスの王太子だが、誰よりも国王にふさわしい。父上のように光だけを優遇しない。全ての属性を認め、多くの才能を評価する」
ヴァリウス様は複属性使いを優遇している。
実力さえあれば身分は問わない。
それは一部の貴族や光属性の者だけを優遇する国王の政策に不満を持つ人々に歓迎されている。
「朝食を食べなさい。時間が過ぎてしまいます」
「はい!」
「話過ぎてしまいました」
私とアルード様はビスケットを食べ、水を飲んだ。
「古城で食べたパンに似た味がします」
「魔法植物を使ったビスケットだ」
あっという間に朝食は終わり。
水分補給は重要なため、ローブのポケットに水のボトルを入れておくよう言われた。
「兄上、魔物討伐を開始します」
「わかりました。今から全ての言動が評価の対象になります。終了を宣言するまで、気を抜かないように」
「はい!」
「わかりました」
アルード様が次々と支援用の魔法をかけていく。
本当に魔物を討伐しに行くのだと思った。
「ルクレシア」
アルード様が私の手を握った。
「大丈夫だ。どんな時も私が一緒にいる。これは二人で取り組む中間テストだ」
「はい」
「最初の移動については抱き上げる。その方が早い」
アルード様が私を抱き上げた。
「首に手を回せ」
「はい」
「出発する」
アルード様が走り出す。
あっという間に空中。
砂漠の上を疾走しているのか飛行しているのかわからないぐらい速い。
移動魔法を習得するためにさんざん同じ経験をしてきたので、ドキドキはしない。
眼下に広がる砂漠の景色に気分が上がっていく。
ここに棲みつく魔物を倒せるだけ倒してやろうと思った。
「切り刻め!」
風の中級魔法を行使した私はきっと悪役令嬢らしい表情をしている。
そして、魔法で切り刻まれる魔物の様子を見ると、残虐非道の悪女に見えてしまうかもしれない。
でも、これは中間テスト。容赦なく魔物を倒す。
魔物の好物は魔力。
砂漠に出現した魔力の塊である結界は魔物にとってのご馳走なので、どんどん魔物が増えて来る。
それを私が倒すのだけど、火魔法で燃やすとアルード様は何度も結界を張り直す必要があるし、魔力消費が増えてしまう。
そこで死に物狂いで覚えた風の中級魔法で魔物を倒し、倒した魔物をエサ代わりにして他の魔物を集める作戦をしていた。
「このままずっと風魔法ですか?」
「いや。次は燃やしていい」
魔物討伐についてはアルード様の経験値が上なので、作戦や指示は全てアルード様に任せていた。
「同じ場所にいるとだんだんと魔物が集まりにくくなる。移動して倒す総数を多くする」
「なるほど。でも、これだけ多くの魔物を数えるのは大変では?」
評価をするのはヴァリウス様だけど、正直どうやって倒した魔物を数えるのかわからない。
「魔物討伐に慣れると、見た目でこの程度というのがわかる。魔物を倒した魔法の術者が感じ取る方法もあるが、ルクレシアにはわからないだろう?」
「感じ取る?」
全くもってわからない。
「攻撃魔法が当たった時に何か感じないか?」
「攻撃が当たった感覚はあります。でも、倒したかどうかはわかりません」
「一撃で倒せば、当たった数は倒した数だ」
「そうですね」
「慣れれば自分でカウントできるが、誰でもできるわけではない。気にするな。一体でも百体でも関係ない。魔物は全部倒すだけだ」
タイミングを見て中級の火魔法を使った。
全部は倒せないかもしれないと思ったけれど、余裕で倒せた。
さすが悪役令嬢。強い。
浮遊状態で見下ろしながら、適時魔法を使うだけなので簡単。
魔物はアルード様の結界やエサの魔物に夢中なので、空中にいる私には攻撃してこないどころか目もくれない。
楽過ぎてびっくりした。
「弱い魔物をひたすら倒すような討伐ですね。簡単に思えてしまいます」
「普通の人間にとっては強い魔物だ。魔法のおかげで弱く感じる」
「そうですね」
「それに浮遊魔法が使えるからだ。安全な位置から魔法を使える」
確かにそうだと思った。
地上にいたら、魔物に襲われてしまうかもしれない。
これほどの余裕や安心はなさそうだった。
「ジーヴル公爵領やモルファント公爵領は飛行する魔物が多くいる。空中でも安全とは言えないどころか、空中が戦場になる」
「そうなのですね」
「空中戦には風使いが必須だ。カーライト、イアン、レアン、ネイサンがいるので大丈夫だろう」
「そうですね」
「移動する」
アルード様が私を抱き上げた。
「最初の移動だけでは?」
「できるだけ多くの場所に行きたい。移動時間を短縮してみる」
「なるほど」
お姫様抱っこで移動しながら、砂漠のあちこちで魔物討伐をすることになった。




