117 ミーティング
「早速だが、これが中間テストだ」
クルセード様から渡されたのはハンドレッド領に生息する魔物の資料。
現地や魔物の情報についてはテスト問題として教えられるため、答えとして魔物をできるだけ多く倒すよう言われた。
「魔物討伐で良い成果を出すほど成績が上がると思えばいい。アルードは関係ないが、ルクレシアはしっかりと査定される」
「クルセード様とヴァリウス様の二人が評価をするのでしょうか?」
「俺は案内者だ。評価者はヴァリウス。俺が言うのもなんだが、ヴァリウスは厳しく評価するだろう」
「覚悟しています」
「では、黙読しろ。読み終わったらアルードと話し合え。ヴァリウスは評価者だけに助言は一切できない。俺には何でも聞いていい。案内者として教えられることは教える」
「クルセード様に何でも聞けるのは公平なことなのでしょうか?」
「問題ない。なぜなら、ハンドレッド領の魔物について詳しく解説できる者がほとんどいないからだ」
「クルセード様はハンドレッド領について詳しいのですか?」
「砂漠地帯は高度な魔法の練習地だ。ついでに魔物討伐をしていた」
「なるほど」
「すでにテスト問題は出ている。資料を読め」
黙読の時間が始まった。
「読み終わりました」
「私も大丈夫だ」
アルード様のほうが先に読み終わっていたらしい。
「今日は移動だけのようですね」
「そうなる」
「砂漠に泊まるというのは想定外です」
「この馬車に泊まる。大型なのはそのせいだ」
向い合せの座席はソファベッドとして使うことができ、後方には荷物や必要品等を入れるトランクルームがある。
「ホテルのような場所に泊まると思っていたので、そのための荷物を用意してしまいました」
「討伐後はケージャンにあるホテルに宿泊する。荷物はそこで開ける」
「食事はどうなるのでしょうか?」
「ホテルにいる時以外は軍用の携帯食だ」
軍用の携帯食を食べるとは思わなかった。
討伐軍などに参加した場合を想定しての食事を経験するためかもしれない。
「一応教えておく。この馬車は高機能だが、さすがにハンドレッド領は遠い。そこで兄上の魔法で高速飛行をしている。魔力をかなり消費するため、兄上と馬車の警護はクルセードが担当する。早朝から討伐開始。どのような状況であっても夕方までに必ずケージャンに移動してホテルに泊まる」
「わかりました」
ヴァリウス様は目を閉じたまま寝ているように見えたけれど、実際は馬車の移動のために魔法を使っている最中だった。
「魔物討伐のやり方だが、私が砂漠に結界を張る。その気配を察知した魔物が集まってくるため、それをルクレシアの火魔法で処理する」
「わかりました」
「数が多い場合は範囲魔法で一気に片付けたほうがいい。だが、魔力消費には注意してほしい。途中で休憩を取れるかどうかはわからない。魔力を使い切らないようにしろ」
「はい」
「防御魔法、浮遊魔法、移動魔法などの支援系は全て私のほうで担当する。攻撃はルクレシアの担当だ。状況次第で私も攻撃する」
「はい」
午後。ハンドレッド領に到着した。
ヴァリウス様の魔法のおかげで予定よりも早く着いたので、オアシスの側にあるケージャンで夕食を取ることになった。
ケージャンは異国情緒の溢れる都市。
現在はディアマスが自国領として管理しているけれど、古い時代は砂漠の民と呼ばれる人々が住んでいた。
でも、魔物が多くなってしまったことで砂漠地帯に住めなくなった。
オアシスの付近にあった都市のほとんどは、時代が過ぎると共に廃墟と化した。
でも、砂漠の端にあるケージャンには現在も砂漠の民の子孫が住み続けている。
「ディアマスらしさが全くありません」
「そうだな。砂漠の民の文化を今も伝える貴重な場所になっている」
「不思議な場所ですね。思っていたよりも人が多いです」
「ディアマスが魔法で守っているからだ」
ケージャンは都市国家だったけれど、ディアマスの領土になることで魔物の脅威から守られるようになった。
「ディアマスの魔法が人々の命と生活を守り、希望になっているのですね」
今回の中間テストは魔物討伐の成果によって評価される。
でも、本当に重要なのは魔物に対抗する手段としての魔法がいかに重要か、正しく使うことで人々を守れることを実感することだと思った。
「食事はもういいか? このあとは馬車に戻って寝るだけだ。何かあるなら今のうちだが?」
「どうして今日はケージャンに宿泊しないのかが気になります」
「魔物討伐の開始時間が早いからだ」
ケージャンは高くて分厚い防御壁によって魔物の侵入を防いでいる。
開門時間に合わせると、魔物討伐の開始時間が遅くなってしまう。
砂漠は日中の気温が高い。
できるだけ涼しい時間帯に魔物討伐をしたほうがいため、あえてケージャンには宿泊しないことを教えられた。
「現地の事情を考慮しているのですね」
「魔物討伐では魔力を使う。疲れるだろう? それで明日はホテルに宿泊できる」
「なるほど」
「水は貴重だ。風呂はない。だが、水浴びなら魔法か護符でできる。浄化魔法でもいい」
「魔法や護符のありがたみがわかりますね」
「そうだな」
ヴァリウス様もクルセード様も何も言わない。
食事をしてミントティーを飲んでいるだけ。
旅行ではなく中間テストなので、基本的には何でもアルード様と私で話し合ってしろということ。
馬車に戻ると、中に入ったのは私とアルード様だけだった。
「兄上とクルセードは外で過ごす」
「外で? どうしてですか?」
「寝る場所が二人分しかない」
なるほど。
「四つのベッドを備えている飛行馬車もあるが、魔力消費が上がるので使用しなかった。兄上もクルセードも砂漠で過ごすのを楽しみにしていた。気にしなくていい」
「そうですか」
私はベンチシートの上に横になった。
「クッションを枕にすればいい。夜は冷える。馬車に温度調整の機能がついているが、体調を崩さないように毛布を使え」
引き出しからアルード様がクッションと毛布を出してくれた。
「ありがとうございます」
「この馬車はクルセードが守ってくれる。安心して早朝まで寝るといい」
「はい」
私は毛布をかけた。
「明日、できるだけ多くの魔物を倒せるよう頑張ります。ここで生活する人々が少しでも安心できるように」
「気負う必要はない。ルクレシアの実力であれば難しくはない」
「砂漠なので火魔法を遠慮なく使えるのが嬉しいです」
「その通りだ」
「アルード様、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「氷竜、本当にいなかったのですか?」
「いなかった」
「そうですか」
「気になるのか?」
「そうです。とても心配でした。寒冷地の状況を考えると、氷竜が飛んで来る可能性は消えていません」
「その通りだ」
「アルード様は無理をしないでください」
「心配してくれるのは嬉しい。だが、私は王子だ。ディアマスを守る責務がある」
「わかっています。でも、王族だけでディアマスを守る必要はありません。ディアマスにいる全ての人々で守るべきです。対戦の時、絶対に守らなければいけないのは光魔法の使い手だと教えられました。回復役がいなくなると、攻撃役が安心して戦えないからです。だから、アルード様は前に出ないでください。魔物討伐でも同じです。私が頑張りますから」
「嬉しい。だが、ルクレシアが魔物討伐に乗り気ではないこともわかっている。女性であればそれが普通だ。ルクレシアこそ無理をしなくていい」
「いいえ。私はコランダム公爵令嬢。領地を守る責務を持つ者です。どれほど魔法が使えても、それを正しく使わなければ意味がありません。人々を守るために使うのは正しい使い方です。だから頑張ります。怖いですけれど」
「砂漠に生息する魔物は砂の中にいる。深度がわからないため、やみくもに範囲魔法を使っても意味がない。無駄撃ちはするな」
「はい」
怖い。不安。緊張してしまう。
その気持ちを誤魔化したくて言葉が溢れてしまった。
「大丈夫だ。私の光魔法は魔導士レベルだと言っただろう? ルクレシアのことは絶対に守る」
「はい」
私はアルード様を信じている。
だから、安心できる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
夜明けまでしっかり寝ておこうと思った。




