112 春になって
魔法学院で卒業式が行われた。
期末テストの総合で一位だったベルサス様と女子で一位だった私が在校生の代表として挨拶をした。
二年生の一部も見送りのために出席していたけれど、アルード様の姿はない。
氷竜は発見されなかったけれど、氷竜が飛んで来るかもしれないということで北部に不安が広がっている。
王太子殿下の率いる軍の一部が不安解消と治安維持のために滞在期間を延長したため、アルード様も一緒に現地に残っているらしかった。
「王太子殿下とアルード様がいるおかげで、北部に広がった不安の解消も早いだろうって」
ハウゼン侯爵は軍務大臣なので、軍の情報を知っている。
アレクサンダー様も王太子殿下と一緒に北部に行っているため、家族に通達された内容を教えてくれた。
「氷竜は本当にいなかったの?」
アヤナが尋ねた。
「いなかったと聞いているわ。まあ、いても討伐するのは難しいかもね? 冬の氷竜は強くなってしまうらしいから」
氷竜は寒い季節ほど強くなる。
人間は寒さに弱い。
結果として最も討伐しにくい。
「北部の山脈を監視することになったらしいわ。氷竜が巣を作って居座ろうとしているなら、あらためて討伐軍が派遣されるみたい」
「当分の間、再派遣は無理ね」
マルゴットが言った。
「どうしてよ?」
「今回の討伐軍の出費が予想以上に多かったからよ。国王陛下は討伐命令を出したことを後悔しているらしいわ」
「よくそんなことを知っているわね?」
「ブランジュと言えばお金だもの。国王陛下がお金に困った時に頼るのはうちなのよ」
マルゴットは皮肉気な笑みを浮かべた。
「アルード様も現地に行かれているし、婚約者候補の実家であるブランジェに協力しろというのはわかるわ。というか、こういう時のために私が婚約者候補なのよ」
マルゴットの姉は王太子の婚約者候補だった。
でも、王太子の得意な魔法が風になったので、反属性の土だったマルゴットの姉は婚約者候補からはずされた。
そのままだと王家とブランジュ伯爵家のつながりが切れてしまうため、マルゴットがアルード様の婚約者候補になった裏事情が説明された。
「私がアルード様と結婚したら、ブランジュはますます王家に利用されるわ。何かにつけてお金を出せってうるさいでしょうね」
「大富豪で資金調達のためのコネも強いからそうでしょうね」
「お金があったらあったで大変ねえ」
「アルード様と結婚できたとしても、お金で王子妃の座を買ったって言われるわ。お姉様が王太子殿下の婚約者候補であれば、自由に恋愛することができたのに!」
マルゴットは不貞腐れた。
「そんなことを言うってことは、マルゴットの本心はアルード様狙いじゃないってこと?」
アヤナがズバリ聞いた。
マルゴットが私のほうをちらりと見る。
「……最初は純粋に喜んでいたわ。アルード様と仲良くなって相思相愛になれるよう頑張って来たのよ。でも、アルード様はいつだって公平。誰か一人を特別扱いすることはないの。つらいに決まっているでしょう!」
「辞退できないの?」
「王家の決定に逆らったらどんな処罰があるかわからないわ。無理よ」
「最悪」
アヤナも不貞腐れた。
「ここだけの話だけど、婚約者候補に選ばれるなんて思ってもみなかったし、大迷惑でしかないわ!」
「魔法学院にいる全員が知っていることよ」
「でも、コランダム公爵家が後見になったのは良かったでしょう? スピネール男爵家では頼りないわ」
「それだけは感謝しているわ。だからこそ、ルクレシアが不憫なのよ。重病でもないし完治したのに婚約者候補からはずされるなんて。本当は水を克服したせいじゃない?」
「そんな感じがするわよね」
「あの事故について王家は十分に配慮した。これ以上の責任は取らないってことでしょうね」
「その話はやめてくれない?」
話題にされたくなかった。
「私としてはアルード様の友人になれたことを喜んでいるの。婚約者候補だった時よりも自由だし、話しやすくもなったわ」
「そうね。一緒に氷を滑って楽しんでいたわ。婚約者候補だったらルクレシアだけを誘うなんてできないわ!」
「公平に扱うため、婚約者候補の全員を誘うか、誰も誘わないかのどちらかよね」
「アルード様と個人的に親しくするという意味では、婚約者候補よりも友人のほうがいいわよね」
アヤナはにやりとした。
「ルクレシア、妹として応援しているから頑張ってね! 私のことは気にしなくていいわ。貧乏生活の期間を減らせるだけで十分よ。卒業したら光魔法で稼ぐわ!」
「アヤナらしいわね」
「婚約者候補になってもならなくても性格や進路は同じのようね」
エリザベートとマルゴットが苦笑した。
「アヤナのたくましさが羨ましいわ。三年生は対戦の授業があるから余計にね。特級クラスの生徒は上級魔法についても習うでしょう? これまで以上に頑張らないと」
「知識については教えてもらえるけれど、実際に使えるかどうかは別だしね」
上級魔法は誰でも使えるような魔法ではない。
知識としての授業や筆記テストはあるけれど、実技のテストはない。
魔法使いとしての一生をかけて習得を目指すのが上級魔法ということになる。
「誰と組むかも考えないとね。まあ、私にはルクレシアがいるからいいけれど!」
「ずるいわ!」
「コランダム公爵家がアヤナの後見をしたのはそのためかもね?」
私は思い出した。
アルード様との約束を。
「アヤナ、ペアは組めないわ」
「えっ! どうしてよ?」
「離宮に招待された時、アルード様に一緒に組もうって言われたのよ」
三人で組むならベルサス様とカーライト様と組めばいい。
でも、二人のうちどちらかとペアを組むと、組まなかった方が周囲に何かと言われてしまう。
そこでペアの相手については私にしたいと言われたことを話した。
「ひどい王子様だわ! 私の知らないところでそんな密約をしているなんて!」
「でも、アルード様らしい理由よね」
「そう言われたら断れないわよね」
エリザベートとマルゴットが嬉しそうに微笑む。
「私と組めばいいわ!」
「私と組んでよ!」
ペアを組みたいエリザベートとマルゴットが即座に申し込んだ。
「無理」
「どうしてよ?」
「理由を言いなさいよ!」
「古城に招待された時、魔物に攻撃をうまく当てられなかったからよ。ルクレシアと組めないなら、できるだけ良い成績が取れそうな相手と組みたいわ」
わかりやすい。
「エリザベートとマルゴットのことは友人だと思っているから、本気の助言をしてあげるわ。魔物討伐の経験がある男子と組むのよ。ベルサス様かカーライト様がいいけれど、あの二人で組むのは確定だから、イアンとレアンを狙いなさいよ」
「双子で組むに決まっているわ!」
「そうよ!」
「兄弟で風同士よ? そのせいでペアの許可が出ないかもしれないわ」
ペアを組む相手を決めたら申請をするけれど、問題があるとみなされると許可が出ない。
そして、学院側がペアの相手を決める調整ペアになってしまう可能性がある。
「調整ペアになるのを避けるため、自分で妥協するよう話すのよ」
「嫌がりそう」
「断られてしまうわ」
「じゃあ、もう一つ助言してあげる。二人には王宮の魔導士になっている兄と姉がいるでしょう? 自分と組めば、魔導士から助言をしてもらえる、練習にも付き合ってもらえるとアピールするのよ」
アレクサンダー様は雷と風の複属性使い。戦術にも詳しい。
風使いであるイアンやレアンは、教えてもらえるならいいと思うかもしれない。
マルゴットの姉は土。反属性に対抗する方法、反属性同士が組むペアについての知識が得られる。
「必ず勉強になる、経験値を増やせるって言えば、心が動くかもよ?」
「一応、聞いてみるわ」
「そうね。一応だけど」
エリザベートとマルゴットは納得した。
「アヤナ、本当にごめんなさい。まだまだ先のことだと思っていたせいか、すっかり忘れていたわ」
「大丈夫。気にしないで。私と組みたい人はたくさんいるはずだから」
にやりとするアヤナ。
絶対に何かあると思った。




