111 護符作り
午後の授業は属性別の授業に変更。
氷竜捜索への支援物資として護符づくりをすることになった。
「北部は寒い。火属性の護符は非常に喜ばれる。できるだけ沢山作ってほしい」
火属性の生徒が担当するのは体温調整魔法の護符。
つまり、使い捨てカイロ。
火魔法が使える人は自分でかければいいけれど、そうでない人は護符を使うことによって低体温症を防げる。
黒板に描かれた魔法陣と指定サイズを確認しながら護符をたくさん作った。
エリザベートが緊急茶会を開くというので、帰りはハウゼン侯爵家に向かう。
「支援物資の作成について学ぶことができたのは良かったけれど、魔法陣は嫌だわ……」
アヤナはぐったりしていた。
「光属性は回復魔法の護符?」
「そう。結界でも防御でもいいって。火属性は?」
「体温調整魔法の護符よ。雷や土は?」
「捕縛用の護符よ。治安が悪化すると犯罪行為が増えるでしょう? 魔物や通常動物に遭遇した場合にも使えるわ」
「土は塹壕の護符よ。簡易的なシェルターとして使えるわ」
「シャベルで掘らなくても穴ができるやつよね?」
「壁もできるわよ。落とし穴の護符とは違うわ」
土魔法は地味なイメージがあるけれど、そういう魔法や使い方があるのかと思った。
「氷属性はどうしたのかしらね?」
「冷凍保存魔法じゃない? 食料の」
「使えそうな気がするけれど、北部はそもそも寒いわよね?」
「冬だから相当寒いわよ。でも、こっちのほうから食料を運ぶ時に使えるわ」
「そうね。必ずしも現地で使うとは限らないわよね」
「現地にいなくても支援物資の制作で協力できるのはいいと思ったわ」
「もしかして、当分の間護符作り?」
アヤナは明らかに嫌がっていた。
「どうかしらね。でも、三年生の対戦時に使うための護符作りも必要だし、春休みの宿題にもなるって聞いたわ」
「魔法陣三昧なんて嫌だわ……」
「いつまで捜索が続くのかによるかもね」
「たぶん、学生は短期間で戻るでしょうね。緊急でもないのに学校を長期に休むのはよくないでしょうから」
「そうよね」
中間テストまでは三年生の対戦時にも使える魔法陣を学びながら、支援物資の護符製作がひたすら続いた。
中間テストは対戦用の魔法陣の制作と筆記試験。
アヤナは魔法陣を苦手としていたけれど、毎日のように護符製作をしたおかげで魔法陣を描くのに慣れて来た。
見た目はまだまだ怪しいけれど、魔法陣の効果が高いので評価が悪くならなかったともいう。
そして、二年生の最後に習う中級魔法の授業が始まると、男子生徒が戻って来た。
「ルクレシア!」
ネイサンが生き生きとした表情で話しかけて来た。
「本当に心から感謝している! 三学期から特級クラスになれたおかげで氷竜の捜索に参加することができた!」
ネイサンはずっと上級クラスだった。
初めて特級クラスになったことで氷竜の捜索に参加できる対象者になれたため、募集を聞いてすぐに申し込んだらしい。
「参加できなかったら兄や姉に何を言われていたかわからない」
「良かったわね。でも、大変だったでしょう?」
「そうでもない。最初は拠点での支援活動だった」
王太子殿下が率いる軍が北部の山脈やその周囲を捜索。
発見された場合は個体の強さによるけれど、基本的には即討伐に移行するという通達があった。
しかし、氷竜が発見されなかったため、少しずつ捜索範囲を拡大。
発見される可能性が低い場所には軍の引率者と一緒に学生も派遣された。
「俺は火魔法と風魔法が使える。すぐに捜索するほうに回された」
複属性使いは中途半端だと言う声もあるが、現場としては非常に便利な存在。
特に今回は火属性と風属性を得意とする人材が歓迎されており、両方の属性を使えるネイサンは学生でも重用されたらしい。
「今回の経験で火魔法の重要性を実感した。俺は三年生になっても火魔法を選択して能力を向上させようと思う。氷竜が来たら火魔法の使い手は一人でも多いほうがいいからな」
「そうよね」
ぜひ、頑張ってほしい。
そして、隠し能力を使えるようになってほしい。
ネイサンのためにも、ディアマスのためにもなる。
「よく帰って来た!」
担任が教室に入って来た。
「氷竜捜索に協力した全員に対し、心からの称賛と感謝を伝えたい。この経験は必ず将来役に立つ。おそらく得意な魔法や技能によって従事した内容が違うと思う。今日はそれを順番に話してもらい、全員で情報や知識を共有しよう」
男子が戻ったことにより、特別な授業に変更された。
ネイサンからも聞いたけれど、学生専用の仕事があったわけではない。
個別の能力次第で任される仕事が違っていた。
突然の募集、たくさんの応募者がいたにもかかわらず、王太子殿下の率いる軍はきちんと参加者の能力を活かすための配置をしていた。
しかも、基本的には拠点配置としながら、魔物の捜索活動、都市や町の治安維持活動、住民対応など、幅広い経験ができるようにしていた。
学生が戻る時にはわざわざ王太子殿下から見送りの言葉があり、このような経験は一生の誇りになるだろうと言ったらしい。
そのことを嬉しそうに話す男子たちを見れば、いかに強い影響を受けたのかがわかる。
全員が王太子殿下の信望者。いずれは王宮に就職したいと思っているように見えた。
「本当に素晴らしい。王太子殿下のお言葉通り、男子は一生の誇りになる経験ができた。だが、学院にいた者たちも平常時とは違った体験ができた。それについても順番に話してもらおう」
まずはアヤナが三年生の時の対戦や今回の魔物捜索を支援するための魔法陣を学び、実際に大量の護符製作をしたことを話した。
光属性の授業では回復、防御、結界の護符作りを担当したことも説明された。
その次はエリザベート、マルゴット、私、レベッカの順番で各属性での護符作りを説明した。
「補足する」
担任のほうから、風属性と水属性の生徒が作った護符についての説明があった。
「実用的な魔法陣の制作は有用だ。最初は手本を見ながら作るだろうが、いつでもどこでも作れるように覚えておくと非常に役に立つ。期末テストは中級魔法になるが、男子は魔法陣の制作について同じ属性の者から教えてもらい、春休みに制作できるようにしておけ。春休みの宿題になるからな?」
「期末テストもあるのに春休みの宿題の話とか」
「早速過ぎる」
「学生の現実に引き戻された!」
文句と不満が飛び交うけれど、笑顔が浮かんでいるので大丈夫。
ようやく学生らしい日常に戻ったという安心感が漂っていた。
「お前たちは二年生だけにまだ一年ある。だが、三年生は王宮などの採用試験を受けるために大変だ。男子は経歴的な優遇があるかもしれないが、採用試験に対策するための時間がない。筆記試験では普段の学力がものをいうだろう」
確かに。
期末テストよりも就職のための試験のほうがより重要で大変なのは間違いない。
「学生でいられるのは今のうちだ。魔法学院で学べる時間を大切にするように」
担任の言葉に全員が頷く。
なんとなく、私の視線は教室で唯一の空席――アルード様の席に向いたのだった。




