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11 荷物持ち



「ルクレシア様、少しよろしいでしょうか?」

「何かしら?」


 極めて珍しいことに、アヤナから話しかけられた。


「実は前に言っていた件といいますか、本のことで……」

「ああ、あれね。借りたくても借りられない本があるのかしら?」

「そうです。ですが、ルクレシア様がお持ちかどうかわからないので、紙に書いてきました」


 アヤナが小さなメモ用紙を差し出した。


「私の字は綺麗ではないのでお恥ずかしいのですが」

「気にしなくていいわ」

「あとで見てください。ここで見せびらかされるのはさすがに避けたいのです」

「気にし過ぎだと思うけれど、そうするわ」


 私は化粧室へ行く時間を利用して、アヤナのメモ用紙に書かれていることを確認した。


 確かに字が汚い。本のタイトルも記載されている。


 それに加え、別のことも書かれていた。


 ゾーイの館に寄り道を。


 ……ゾーイの館って? どこにあるの?


 コランダム公爵家と魔法学院を往復するような毎日しか送っていない私に、こんな場所を指定されてもわかるわけがない。


 全ての授業が終わると、私はできるだけ冷たい表情をしてアヤナの席へ向かった。


「アヤナ」

「何か?」


 私はポケットから取り出したメモ用紙をビリビリと二つに引き裂いた。


「字が汚いわ。読めないほどにね」


 アヤナは引き裂かれた二枚のメモ用紙を見つめた。


「申し訳ありません」

「書き直しなさい。私が読めるように。それから手間を取らせた罰として、私のカバンを持ちなさい。帰宅するまで荷物持ちを務めるのよ!」

「さすがにそこまで怒らなくても」

「ダメよ! 責任を取りなさい!」


 私はアヤナの言葉をわざと遮った。


「自分の字が汚いという自覚があるなら、もっと丁寧に書くべきでしょう? しかも本を借りたいという立場だわ! なのに、あんなメモ用紙を渡すなんて……もっと良い紙を使うべきではないの? 私は公爵令嬢、アヤナは男爵令嬢なのよ? 便箋に書いて渡すのが常識ではないかしら? なのに、ただの切れ端のような紙に書くばかりか、字も汚いなんて無礼だわ! だけど、一応は友人だった気がするから、荷物持ちという罰だけで済ませてあげる。わかったわね?」


 私はカバンを差し出した。


「受け取りなさい。これはマナーをわかっていないアヤナのミス、自業自得よ!」


 アヤナは私を睨みつつ、カバンを受け取った。


「馬車乗り場へ行くわ。しっかりとついてきなさい。荷物持ちとしてね!」


 私はそう言うと馬車乗り場へ向かった。


 アヤナがついて来てくれるか心配だったけれど、大丈夫だった。


「どうぞ」


 迎えの馬車の前に立った私にアヤナがカバンを差し出した。


「何を言っているの? 私が帰宅するまでと言ったでしょう? 屋敷に入るまで持ちなさい!」

「ええっ?!」


 さすがのアヤナも驚いたらしい。


「さっさと乗りなさい!」


 私は先に迎えの馬車に乗り込んだ。


 それに続き、アヤナが乗り込んでくる。


 扉が閉まり、馬車が動き出した。


「どうしてこんなことを?」


 アヤナはわざと私がこうしたことをわかってくれていた。


「悪役令嬢として目覚めてしまったわけ?」


 やっぱりわかっていない。


「ゾーイの館なんて知らないし、寄り道できないわ。だから、一緒に馬車に乗れるように考えたのよ。そうすれば一緒にゾーイの館に行けるでしょう?」

「そういうことね……」


 アヤナは深いため息をついた。


「びっくりしたわ。私をいじめる気はないとか言っていたくせに、ずっと放置だし」

「一人にしてほしいと言っていたでしょう? 何か考えて連絡すると言ったのはアヤナでしょう? だから大人しく待っていたのよ」

「いきなり悪役令嬢らしくなるから、中身が本物になったのかと疑ってしまったわ」

「本物も何も、私がルクレシアよ。で、ゾーイの館ってどんな店? どこにあるの? 御者に伝えないと行けないわ」


 アヤナはまたしても深いため息をついた。


「確かに私のミスね。ゾーイの館を知らないなんて思わなかったわ」

「ゲームに出てくる店?」

「わかっているじゃないの!」

「前に言ったと思うけれど、私は入学日の直前に転生したの。コランダム公爵家と魔法学院を往復するだけの毎日だし、ゲームだってプレイしていないわ! 場所がわかるわけがないでしょう!」

「休日はどうしているのよ?」

「勉強よ。特級クラスでいるためにはそれしかないでしょう?」

「ルクレシアなのよ? 何もしなくても楽勝じゃない? 魔法だって楽勝でしょう?」

「魔法は確かに楽勝ね。だけど、座学系はダメ。勝手に答えが頭に浮かんでくるはずがないわ。私の努力次第で成績は上にも下にもなるってこと」

「そうなのね。なんとなく全部わかる補正がかかっているのだと思っていたわ」

「そんなご都合主義の補正……あるの? アヤナは勉強していなくても成績がいいわけ?」

「普通程度にはしているわよ。だけど、中間テストは特に勉強しなくても大丈夫だったわ。満点ではなかったけれど、上位と思える点数が取れたし」

「主人公補正よ、絶対にそう!」

「悪役令嬢補正もあるわよ」

「そうかもね。でも、ゾーイの館が勝手にわかる補正はなかったわ」

「主人公が行く店だからかも?」

「だったらそんな場所を指定しないでよ! 悪役令嬢の私が行くわけがないし、ゲームもプレイしていないのだからわかるわけがないわよね?」

「そうね。やっぱり私のミスだわ。悪かったわよ」


 アヤナは素直に自分のミスを認めた。


「ゾーイの館というのは占い師の店よ。主人公の状況を占いという形で教えてくれるわ」

「攻略がうまくいっているかどうかとか?」

「そんな感じ。それで、自分の好きな相手を攻略するためのヒントとか、アイテムとかをくれるわけ」

「なるほど。主人公を助けてくれる人なのね」

「貴族も利用する占い師だから、ルクレシアが行ってもおかしくはないわ。話がある時はそこを待ち合わせ場所として活用するのはどうかと思ったのよ」


 アヤナにはゲームの知識がある。


 だからこそ、ゲームに登場する場所の中から、私と会ってもおかしくなさそうな場所を選んだことがわかった。


「なるほどね」

「占いはしなくてもいいのよ。店に行けば会えるわ。待ち合わせ場所ってだけ」

「覚えておくわ。でも、今はここでいいでしょう? 話があるのよね?」

「今のままでいいの?」

「というと?」

「アルード様のことよ。他の女性と親しくしているでしょう?」

「そうなの?」

「知らないの?」


 アヤナは怪訝な表情をした。


「気にしていなかったわ。勉強、グループ、婚約者候補のことを調べるのに忙しかったから」

「だったら知っているはずじゃないの?」

「主に過去系よ。現在進行形は別。アルード様は私以外の婚約者候補と親しくしているの?」

「マルゴットよ」

「マルゴット・ブロンジュ?」

「そう。入学した頃はルクレシアをランチに誘っていたでしょう?」

「そうね」


 アヤナと一緒にお弁当を食べなくなり、アルード様の友人たちと一緒に昼食を食べていた。


「でも、ルクレシアが友人を作ってグループが大きくなったから、席取りが大変になるということで別々のグループで食べるようにしたでしょう?」

「そうね」

「それからアルード様はエリザベートを誘うようになったでしょう?」

「そうなの? 知らなかったわ」


 友人たちと過ごす楽しいランチタイムに夢中で、アルード様のこともエリザベートのことも気にしていなかった。


「エリザベートはとても喜んでいたわ。ルクレシアとは気が合わないから自分を誘ったと思ったのかもね。それであちこちで貴方の悪口を吹聴していたわ」

「よく知っているわね?」

「それだけ噂になっていたってことよ。一人で昼食を取るために移動する時に、そのことを話している人たちがあちこちにいたわ」

「なるほど」


 一人で行動する利点として、自由に動きやすく情報収集もできるのだと思った。


「ところが、アルード様がエリザベートを誘うのをやめて、マルゴットを誘うようになったのよ。それで苛ついたエリザベートがルクレシアに八つ当たりをするようになったわけ」


 それで何かと絡んできたのかと納得した。


「教えてくれてありがとう。エリザベートが嫌みを言いに来る頻度が上がったのは、そのせいだったのね」

「ちょっと……噂を気にしていないのは神経が図太いからだと思っていたけれど、どんくさいだけなの? 大丈夫? 何も知らないうちに他の婚約者候補に出し抜かれるわよ?」

「別にいいわよ? 私はアルード様の婚約者候補であればいいだけで、婚約者にならなくてもいいわけだから」

「他の候補者がアルード様に気に入られたら、悪口や酷い噂をまき散らすわよ?」

「気にしないわ。それが真実かどうかは友人たちが知っているもの。私を陥れるためにわざと流していることなんて、誰にだってわかることだわ」

「余裕ね」

「そういうことではなくて、興味がないのよ。くだらないわ。よく考えてみて。まだ十五歳なのよ? 結婚できる年齢は十八歳。まだ三年もあるのに、今から結婚相手を巡って争うわけ? 三年間もずっと? 魔法の勉強そっちのけで? ありえないわ! 魔法学院にいる三年間は勉強優先! 恋愛は必要ないわ! むしろ邪魔よ!」


 アヤナは私をじっと見つめた。


「本気で言っているの?」

「本気だけど?」

「全然ルクレシアらしくないわ! 最近、悪役令嬢らしい感じがしていたのに、間違った方向に進んでいるわ!」

「私は悪役令嬢の立ち位置かもしれないけれど、本物の悪役令嬢にはなりたくないの! 普通の公爵令嬢、あるいは魔法使いのルクレシアになりたいわ。しっかり勉強すれば、魔導士になれると思わない? そのほうが夢もあるし、将来だって安泰よ。男性に構っている暇なんかないわ!」


 私は毅然とした態度で宣言した。


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