105 氷の催し
二学期の期末テストが終わった。
ネイサンと一緒に勉強をすることで、私の才能をより磨くことができた気がした。
テスト勉強も一緒に頑張ったので、満足のいく結果が出た。
総合で三位。女子で一位。
ネイサンは総合で八位、男子で五位に入った。
得意の魔法陣だけでなく、火魔法の実践テストも大成功。座学も私と一緒に勉強した成果が出ていた。
「ルクレシアのおかげだ! 三学期は特級クラスになれるかもしれない!」
「普通に考えたら、三学期は特級クラスでしょうね」
「クラスメイトになれるかもしれないな?」
「そうね」
休み時間、上級クラスからわざわざ私に会いに来ていたネイサンは喜びを隠さなかった。
「本当に感謝する! この恩は必ず返す!」
「ネイサンが自分で頑張ったからでしょう? 私に恩義を感じる必要はないわ。教室に戻る時間を考えて」
「移動魔法がある」
「上級の生徒が特級のクラス内にいると目立つわ。特級クラスになったらいくらでも話せるでしょう?」
「そうだな。また来る!」
ネイサンは満面の笑みで教室を出て行った。
「ゼイスレードといつから親しいのよ?」
エリザベートが不審そうに尋ねてきた。
「二学期からよ。火属性でペアなの」
「そういうことね」
「ネイサンは幸運ね。ルクレシアのおかげで成績が上がって」
「私のせいではないわ。ペアの課題やテストについてはわかるけれど、それだけが良くても総合順位は上がらないわ」
「そうね。でも、二学期は結構波乱だったわ」
魔法陣のせいで成績が悪い者が多く、順位がかなり入れ替わった。
「アヤナは最悪ね」
アヤナは魔法陣がうまくできず、総合で二十位。女子で十位。
アルード様のおかげで特級クラスには残れそうだけど、本人は相当落ち込んでいた。
「魔法陣嫌い……」
「簡単ですが?」
レベッカは魔法陣が得意らしく総合で六位、女子で二位。
一学期の期末テストで悪かった分を取り返した感じだった。
「冬休み、どうなるかしらね?」
エリザベートがほのめかしたのは、王家からの招待。
「アヤナは危ないかもしれません」
「レベッカだって前は酷かったじゃない!」
「新しい者が来そうです」
イーラは成績をかなり落としている。前回のことも含めると招待からはずされるのは間違いない。
「どうなるかしらね」
私も婚約者候補からはずされた時点で招待の対象外。
国王陛下はアルード様に私と交流しないように言っていたぐらいだし、冬休みに招待される可能性は極めて低いと思った。
冬休みになった。
私とアヤナには王宮に招待されなかった。
その代わり、王太子殿下が主催する催しの招待状が届いた。
王宮にある巨大な池を凍らせてスケートを楽しむらしい。
「アルード様が招待状を手配してくれたに決まっているわ」
「そうね」
「大丈夫? 巨大な池って、大噴水のことじゃないわよね?」
「それは大丈夫。別の場所にあるわ。そもそも凍っているから溺れないわよ」
「それもそうね!」
「でも、寒いのがね……野外でしょう?」
「そうねえ」
スケートをするかどうかはわからないけれど、転んだ時に怪我をしないよう厚着をしていくことにした。
「いざとなったら私の回復魔法で治すから!」
「光魔法の使い手がいると本当に安心だわ」
「火魔法の使い手がいても役立たないわよね」
「そうね。体温調整の魔法なんてアヤナには必要ないわよね」
体温調整の魔法をかけると寒くなくなる。
「絶対必要! 火魔法の使い手がいるのは最高ね!」
コロッと態度を変えたアヤナが可愛く思えた。
天気は晴天。
びっくりするほど大勢の招待客がいる。
全員が池でスケートを楽しめそうな感じではなかった。
最初はプロのダンサーが美しいスケートとダンスを披露したのを観賞。
そのあと、希望者は自分で魔法をかけるか氷魔法の使い手にかけてもらい、自由にスケートを楽しんでいいことが伝えられた。
「靴に氷魔法をかけて滑るなんて」
「そうよね」
私とアヤナはこそこそ話。
そこにネイサンがやって来た。
「ルクレシア!」
「ネイサン! 招待されていたの?」
「当たり前だ。ゼイスレードは魔物討伐に欠かせない貴族だからな」
思い出した。
王太子殿下の公務は魔物討伐なので、ゼイスレード侯爵家は関係者。
「むしろ、ルクレシアとアヤナが招待されていることのほうが驚きだ」
コランダム公爵家は第二王子派。王太子派ではない。
「アルード様の配慮かもしれないって話していたのよ」
「そうかもしれない。ところでルクレシア、一緒に氷を滑りに行かないか?」
「どうしようかしら……」
ルクレシア・コランダムがスケートをできるのかどうかを知らない。
「子どもの時は喜んで滑っていただろう?」
そうなのね。知らないけれど。
「盛大に転んでアルード様に回復魔法をかけてもらうって息巻いていたじゃないか」
恥ずかしい。アルード様目当てなのがわかりやすすぎる。
「もうそんな年齢ではなくなったわ」
「久しぶり過ぎて不安なのはわかる。でも、俺と一緒なら大丈夫だ。スケートは得意だからな」
「どうしてよ? 火属性なのに」
「火属性だからこそ、氷なんか怖くない。俺は風属性でもある。移動系は得意だ」
「そうなのね」
「ちょっとだけ滑ってきたら? 厚着してきたでしょう?」
「でも、王太子殿下が主催する催しなのよ? 盛大に転んだら名誉にかかわるわ!」
「俺が一緒なら転ばない。なんなら、ルクレシアは浮遊していればいい。俺が引っ張ってやる」
ああ、その手が!
「そうするわ!」
「行こう!」
一応、池の側にいる人に氷魔法をかけてもらったけれど、自分で滑るつもりはない。
浮遊魔法でちょっとだけ浮いて、ネイサンに引っ張ってもらうだけで十分。
「行くぞ!」
ネイサンは私と手をつないだ状態でスイスイと氷の上を滑ってく。
私はそれにひっぱられる感じで空中を移動する感じ。
「曲がるぞ! 手を離すなよ!」
ぐるっとカーブを勢いよく回る。
ネイサンと手を離すとどこかに飛んでいきそうな気分。
「ネイサン、速いわ!」
「ゆっくりはつまらない!」
ほとんどの人はゆっくり滑っているのに、私とネイサンは結構なスピードを出していた。
風属性の者はスピード狂が多いのを忘れていた。
「止まって! 目が回ってしまうわ!」
「わかった」
ネイサンは急停止。
その反動で私がどこかへ行ってしまわないように、しっかりと抱きしめてくれた。
「面白くて速度を出してしまった。大丈夫か?」
「大丈夫よ。アヤナも誘ってくれない? 見ているだけでは可哀そうだわ」
「わかった」
私とネイサンは池の端にいたアヤナのところへ行き、交代を持ちかけた。
「アヤナも滑るか?」
「やったー! 楽しそうだから気になっていたのよね」
「アヤナは浮遊魔法をかけられないから、ネイサンのほうでかけてあげて」
「わかった」
「行って来るわ!」
今度はネイサンとアヤナのペアで滑りに行ってしまう。
「ルクレシア!」
名前を呼ばれて振り返ると、エリザベートがいた。
「会えてよかったわ!」
「エリザベートに会えそうだとは思っていたのよ」
ハウゼン侯爵家は王太子派。アレクサンダー様も王太子殿下に仕えている。
「向こうで話しましょう」
「何かあるの?」
「ここでは話せないことよ」
そうなのかと思いながら、エリザベートと一緒に私は移動した。
「聞いて! 最悪なのよ!」
エリザベートは王宮から招待され、冬休みの勉強会に参加していた。
今回招待されたのはエリザベートとマルゴットだけで、他の三人は平民だった。
貴族につながる平民ばかりのため、マナーはしっかりとできている。
やる気もあり、講師だけでなくエリザベートやマルゴットにも質問するほど熱心。
でも、エリザベートは自分の身分に合った者としか交流しない。それがハウゼンの家風でもある。
マルゴットも基本的には同じ。ブランジュのお金目当てに近づいてくる人は多い。王宮の招待で一緒になっただけの相手を簡単に近寄らせたくはない。
二人は新しい招待者である平民三人に付きまとわれるような気がしてしまい、精神的なストレスがたまる一方だということだった。
「マナー講座は去年も受けたのよ? なのに、またなのって感じなのよ!」
「わかるわ」
「成績が良かったレベッカが招待されなかったのはどうしてってことで、一日目はマルゴットと話をしていたの。でも、そのあとは地獄よ!」
「今日は? マナー講座はないの?」
「王太子殿下の催しがあるからお休みなの。私とマルゴットは招待されているから、ようやく息抜きできるって言っていたのよ!」
「そうなのね」
「ルクレシア!」
私を呼ぶ声が聞こえる。ドレスのすそを持ち上げて走って来たのはマルゴットだった。
「見つけたわ!」
「来たわね。遅いわよ!」
「挨拶回りをしていたのよ! 聞いて! 最悪なのよ!」
マルゴットからもエリザベートと同じ話を聞かされた。
二人にとって私は愚痴を聞く役目らしい。
「冬休みは招待されたくないわ!」
「私も同じ。マナー講座になんか呼ばないでほしいわ!」
「アルード様に言ったら?」
「言ったわ。でも、招待するのは国王だからって言われてしまったわ」
「国王陛下の招待じゃ断れないわ」
最初の一回目は光栄。でも、勉強する必要がないことのために何度も招待されるのは嬉しくない。
それが本音。
「今日は息抜きとして、氷を滑って楽しんだらどう?」
「アルード様の婚約者候補なのよ? 他の人と一緒に滑るなんてできないわ!」
「一人で滑るのは?」
「それこそ恥ずかしいわ!」
「誰にも誘ってもらえないって感じがするわ。不名誉でしょう?」
「私が一緒に滑ってあげたいけれど、スキルがないのよね」
私は思いついた。
「ネイサンはどう? 二人同時に引っ張ってくれそう。ペアではなくて三人で滑るならいいわよね?」
「なんですって?」
「どういうこと?」
「池に行くわよ!」
私は楽しそうに滑っているアヤナとネイサンに手を振って呼んだ。
「ネイサン、三人で滑ってくれない? エリザベートとマルゴットを右手と左手で同時に引っ張ってほしいのよ」
「なんだって?」
ネイサンはエリザベートとマルゴットをじろりと見つめた。
「二人はアルード様の婚約者候補だが?」
「アヤナもそうだけど?」
ネイサンはハッとした。
「そうだった……」
「もう遅いわね」
アヤナがにやりとした。
「でも、大丈夫。アルード様は私やエリザベートやマルゴットと結婚する気はなさそうよ。婚約者候補を決めたのは国王陛下であってアルード様ではないから」
「はっきり言われるとムカつくわね」
「そうよ! 失礼だわ!」
「王太子殿下の催しでしょう? クラスメイト同士、氷で楽しみなさいよ。ネイサンも二人に恩を着せるチャンスよ。ゼイスレードは英雄の家系で魔物討伐に欠かせない貴族だもの。第二王子の婚約者候補と一緒に滑ったところで何も言われないわ」
「アヤナは勝手だ」
「私も勝手でごめんなさい。でも、せっかく氷を滑ることが楽しめる催しだもの。一周でいいから二人を引っ張ってくれない? 困っている淑女を助けるのが紳士だわ」
「仕方がない。引っ張ってやる」
ネイサンはエリザベートとマルゴットに浮遊魔法をかけた。
「手を掴め。行くぞ!」
「ルクレシアがそう言うならしぶしぶ言って来るわ」
「何かあったらルクレシアの責任よ!」
「はいはい。いってらっしゃい」
エリザベートとマルゴットはネイサンの左手と右手を掴み、それぞれひっぱってもらいながら行ってしまった。
「両手に花ね」
「身体強化の魔法をかけたほうがよかった? 二人同時に引っ張るのは大変じゃない?」
「ネイサンは騎士になるために体を鍛えているわ。風魔法も使えるし、大丈夫じゃない?」
「それもそうね」
一週目はゆっくりだったけれど、二週目に突入。ネイサンは速度を上げた。
エリザベートとマルゴットの表情からいって楽しそうなので良かった。
「めちゃくちゃ楽しそう」
「そうね」
「私もまた滑りたいけれど、お腹も空いてしまったわ」
「今のうちに何か食べに行きましょうか」
私とアヤナは食べ物を求めて場所を移動した。




