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もう恋なんてしない!と思った私は悪役令嬢  作者: 美雪
第三章

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104 ベッドの上



 木曜日。


 王宮に行く水曜日と木曜日はアルード様の馬車に乗せてもらっている。


 移動時間にアルード様と話すけれど、友人になったことでとても話しやすくなった。


「昨日の講義はどうだった?」

「浮遊魔法の練習でした。お昼寝のやり方です」


 アレクサンダー様は私の浮遊魔法がかなり上達したので、より熟練していくために必要なことを教えてくれた。


「空中で態勢を変える訓練だな」


 普通は立ったまま浮遊魔法をかけるため、歩いたり走ったり上下に移動したりという基本的な動きを練習する。


 でも、浮遊魔法の使い方はそれだけではない。


 空中に浮いたまま寝たり、逆さまになったり、ぐるぐる回ったりと、いろいろな動きができる。


 そういったことをいつでも自由自在にできるとバランス感覚が鍛えられ、飛行魔法も安定するということだった。


「浮遊魔法には慣れたと思っていたのです。でも、寝てみろと言われて困りました」


 まずは浮いて、それから座って横になろうとしたけれど、グラグラ揺れてしまってそれどころではなかった。


「うまくできなくて、強引に寝る態勢にさせられました」

「強引に?」


 アルード様が表情を変えた。


「まさか……押し倒されたのか?」

「違います。抱き上げられて、そのまま手を離して空中に浮かんだ状態になりました」

「落ちたら危ない!」

「大丈夫でした。魔導士が浮遊魔法に失敗するわけがありません」

「それはわからない。なんらかの事情で落ちてしまう可能性がある」

「大丈夫でしたから。そのまま体を伸ばして雲になれと。ぷかぷか浮いているようなイメージをして力を抜けと」

「うまくできたのか?」

「難しかったです」


 浮遊魔法は慣れているはずなのに、いつもと違う態勢になった途端、動けなくなってしまった。


 起きてみろと言われたけれど、足を抑えていない状態で腹筋をするようなものなので、体が全然起こせなかった。


「屋敷で練習しろと言われましたが、浮遊魔法を自分でかけると余計に難しくて」

「私が教える」

「アルード様が?」

「今日も移動魔法を発動させるためのきっかけを作れるようなことをしようと思っていた。だが、浮遊魔法の練習のほうがよさそうだ。コツを掴めばすぐだからな」

「コツがあるなら教えてほしいです」


 昨日はベッドの上で腹筋するような練習だけしかできなかったので。


「わかった。特別な練習方法を教える」

「ありがとうございます!」


 この時の私は特別の意味をわかっていなかった。





 アルード様が私を連れていったのは魔法を練習する部屋ではなかった。


「ここで練習する」


 大きくて立派な天蓋付きのベッドがある。


 つまり、ここは寝室。


 わからなくはない。私も寝室で練習した。


 でも、アルード様が私を寝室に連れていくとは思ってなかった。


「ベッドに横になれ。私が浮遊魔法をかける」

「でも……ここはアルード様の寝室ですか?」

「そうだ」

「いつも使われているベッドでは?」

「そうだ。だから気にしなくていい」


 いえいえ、気にしますって!


「無理です! 私がアルード様の寝室に立ち入るだけでも相当なことです。なのに、ベッドで横になるなんて!」

「ルクレシアならいい。特別に許可する。魔法の練習のためだ」

「でも……普通は清潔な服装で使用する場所ですよね? 私は学校帰りです。靴だって汚れています」


 魔法がかかった。


「浄化魔法をかけた。大丈夫だ」


 便利! でも、それならいいということではなくて!


「恥ずかしがらなくていい。ここなら何かあっても安全だ。床の上に落ちて怪我をすることもない」


 わかるけれど……!


 私の胸がドキドキして止まらない。


 ルクレシアの体が興奮してしまっている。


 それもわかるけれど、落ち着いて! 私もルクレシアの体も!


「平日だ。あまり時間がない。浮遊魔法を練習するのか? しないのか?」


 負けた。


 浮遊魔法の練習をしたい気持ちに。


 アルード様のベッドに乗り、仰向けに体を倒した。


「これでいいでしょうか?」


 アルード様は答えない。


「ダメですか?」

「……少し待て」


 アルード様は片手で顔を隠している。


 でも、照れているのが明らか。


 えっと……今更では?


 先にドキドキしてしまった私はかえって冷静になった。


「浮遊魔法は自分でしなくていいのですよね?」

「私がする」


 アルード様は深呼吸をすると、ぐるりと回って逆側からベッドの上に乗った。


 そして、私と同じように体を倒して仰向けになった。


「えっと?」

「かけるぞ」


 私とアルード様の体が浮いた。


 ちらっと見ると、二十センチ程度の高さ。


「わかっていると思うが、私たちはベッドの上にいる。しかし、浮いている状態だ」

「そうですね」

「高く浮いているわけではないため、落ちても怪我はしない。大丈夫だ」

「わかっています」

「このまま二人並んで天蓋を見るのも新鮮だが、話がしにくい。そこで」


 アルード様は私のほうに体を向けた。


「このほうが話をしやすい。ルクレシアも同じようにできるか?」


 私も横を向こうとするけれど、できない。


 右肩が上がるように動くだけで、それ以上は無理。


「難しいです」

「そうだ。では、落とすぞ」


 浮遊魔法が切れて、ベッドの上に落ちた。


「ベッドの上であれば簡単なはずだ。浮遊魔法の時と同じようにしてみろ」


 それなら簡単だと思った私は驚いた。


 できない!


 右肩を上げることはできても、体をアルード様のほうに向けることができなかった。


「なぜできないかと言えば、ルクレシアのやり方が間違っているからだ。正しいやり方を教える」

「ぜひ、お願いします!」

「まず、肩だけを動かしても無駄だ。人間は肩の動作だけで全身を動かすことはできない。重心はどこにある?」

「お腹です」

「そうだ。まずは腹に力を入れる。だが、それだけでもいけない。勢いをつけたほうがいい」


 アルード様は起き上がった。


「ルクレシアの足に触れる。私が動かす」

「足?」


 アルード様は私の右足を少しだけ上げたあと、膝を曲げて傾かせた。


「この態勢のまま、腹にある重心を意識する。そして、右足でベッドを強く蹴ってみろ」


 言われた通りにすると、私の体は簡単に左側を向いた。


「体を横に向けることができただろう?」

「そうですね」

「浮遊魔法も基本はベッドにいる時と同じだ。腹の重心を意識して手足を動かす。それによって体の向きを変える」

「なるほど……」

「ルクレシアは泳げないが、水中にいる時と似ている。浮いていると一点に力をかけにくい。だが、自分の手足を動かすことで水の流れを作り、向かいたい方向に泳げる。空中も同じだ。何もない場所を足で蹴ると、空気の流れが変わる。それで自分の体の向きを変えることができる」


 アルード様の説明を聞いてわかったような気がした。


「体勢を戻せ。腹の重心を意識しながら、右足でベッドを蹴ってみろ」


 アルード様の言う通りにすると、簡単に体の向きを変えることができた。


「両足を曲げたほうが簡単かもしれません」

「自分の動きやすいようにすればいい。次は浮遊魔法をかける」


 私はベッドの上に浮いた。


「同じようにするだけだ」

「はい!」


 私はベッドの上にいた時と同じようにした。


「できました!」

「さすがルクレシアだ。すぐにコツを掴んだ」

「アルード様のおかげです」


 確かにコツがある。そして、コツを抑えれば簡単にできる。


「浮遊魔法は立った状態での動作が多い。それ以外の動作はこのように安全なベッドの上で練習するといいだろう。ベッドの上で左を向いたり、右を向いたり、起き上がったりする時に自分の重心を意識しながら、どこに力がかかっているのか、体のどこを動かせばいいのかを考える。空中でも同じようにすればいい」

「わかりました! ベッドで練習します!」

「浮遊魔法を切る」


 私の体がベッドの上に落ちた。


「このまま少しだけ休憩する。少し疲れた」

「わかりました」


 アルード様が私の隣に寝転ぶ。


「秘密の練習だ。自分のベッドに女性を連れて来てしまった」

「絶対秘密にします!」

「ルクレシアが私の恋人になってくれるなら、秘密にする必要はないが?」


 ドキッとした。ものすごく。


「私はアルード様の恋人にはなれないです。婚約者候補からはずされましたから」


 アルード様の手が私の手を握る。


「その方が良かった。自由だ。友人として一緒にいられる」

「そうですね」


 そのまま無言の状態が続く。


 でも、私の胸はドキドキが止まらない。


 アルード様に手を握られているせいで。


 全然休憩にならないわ!


 アルード様のほうに顔を向けると、アルード様は目をつぶっていた。


「アルード様? かなりお疲れなのですか?」


 アルード様は目を開けるけれど、天蓋を見つめたまま。


「……平日だ。遅くならないほうがいい」


 アルード様が起き上がる。


「私の馬車で送る」


 アルード様は自分専用の馬車で私をコランダム公爵家まで送ってくれた。


「また明日、魔法学院で会おう」

「はい。ありがとうございました」


 アルード様の馬車を見送る私は寂しさを感じていた。


 明日、魔法学院で会えるでしょう?


 それは私への言葉だったのか、それともルクレシアの体に対してなのか。


 正直わからなかった。



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