101 交換
月曜日。
属性別授業になり、生徒たちは自分の作成した魔法陣とペアを組んだ相手の魔法陣を交換していた。
火魔法は攻撃系の魔法なので、安全な場所でなければ火災につながってしまう。
教本サイズの人がほとんどだったので、訓練室で発動させろと先生に注意されていた。
「五枚にしたわ」
私はネイサンに魔法陣を描いた魔法紙を渡した。
「他人に余剰分を与えてはいけないって注意されたのよ。魔法陣は改ざんできるしょう? 何かあった時に私の魔法陣が元になってしまうと困るから」
「そうか」
「だから、ネイサンも五枚だけでいいわ」
ネイサンは自分が持って来た魔法陣を見比べた。
「どっちがいい?」
五種類の魔法陣が二枚ずつある。
でも、見た目の印象が全然違った。
「どちらがいいと思うの?」
「わからない。俺はどっちでも発動できるが、他の者が発動するとなると勝手が違う。相手にとって発動しやすい魔法陣でなくてはならない。だから、すこしだけ変えた」
相手が発動しやすいように魔法陣を描くなんて……。
全く考えてなかった。
「こういうのは直感だ。どっちだ?」
「線が細いほうがいいわ。魔力が綺麗に速く流れそう」
もう一つは線が太い。確実にしっかりと魔力が流れそうな気もするけれど、遅いような気がした。
「そうか。速さを感じるのか」
ネイサンは意外だという表情になった。
「正直に言うと、太い方を選ぶと思った。確実に発動しそうな安心感があると思った」
「そうね。でも、どっちでも発動できるなら、速くて綺麗なほうがいいでしょう?」
「そうだな」
「私もこんな風に描けばよかったわ。教本通りに描いてしまったのよ。大丈夫かしら?」
「問題ない。手本にできる完成度だ」
「同じ魔法の魔法陣なのに、描いた人によって印象が違う。自分で意図的に変えることもできるなんて魔法陣は奥深いわ」
「そうだ。魔法陣は奥深い」
ネイサンは私が選ばなかった魔法陣を見つめた。
「これはどちらかというとコランダム公爵令嬢の描いたものに近い。だが、意図的に太くした。そうすることで確実にしっかりと発動させることができるようにしたつもりだ」
「わかるわ」
「コランダム公爵令嬢の魔法陣は小さいながらもはっきりと描かれていて、円陣の中に配置された術式も非常に美しい。教本とは違った術式が組み込まれているな」
「私の魔法陣は効果が高いから、危ないと思ってサイズ調整の術式を入れたわ」
「難易度が高い術式も描けるのか。すごいな」
「アルード様に教えてもらったのよ。私の友人のアヤナがペアなの。魔法陣を教えてもらえると聞いたから、私も助言してもらおうと思って」
「そうか」
「訓練室で発動させるなら、小さくしなくても良かったわね」
「そうだな」
「ルクレシア、サイズ調整をしたのか?」
先生が私たちの話を耳にしてやってきた。
「おお! さすがだ! 小さい魔法陣の中に術式が美しく収まっている。しかも、難易度の高い術式を書き入れる場所もバッチリだな?」
「自分用に教本サイズで作ったのですが、練習塔でかなりの効果があると感じました。危ないので友人にサイズ調整の術式を教えてもらって組み込みました。教本通りのものでなければダメでしょうか?」
「本来はそうだが、これはより難易度が高いものだからな。発動できるならいい。ネイサン、発動してみろ。サイズを調整したのであればここでも大丈夫だろう」
「わかりました」
「全員注目! ルクレシアがサイズ調整をする高難易度の魔法陣を作成した。ネイサンでも発動できるか見守ってやろう」
そんなふうに言われると恥ずかしい……というか、発動できなかったら名誉にかかわりそう!
ドキドキする中、ネイサンが魔法陣を発動させた。
空中に赤い魔法陣が残り、ミニチュアサイズの炎の柱が立ち上った。
「おお!」
「小さい!」
「なんだか可愛い!」
「サイズ調整するとこうなるのか!」
同じクラスの生徒が驚きの声を上げた。
「素晴らしい出来栄えだ。よし、ルクレシアの魔法陣はサイズ調整の見本をかねて、全部ここで発動させよう」
残った四つの魔法陣についてもネイサンが発動させた。
無事成功したので一安心。
「サイズ調整は難しいだろうが、このように魔力がスムーズに流れるほど美しく力強い炎があらわれる。訓練室で発動できたとしても、どんな炎があらわれるかをしっかりと確認するように。イマイチな炎の場合は、魔法陣の描き方が悪い証拠だ。中間テストも魔法陣を描くことになる。手本を見ないで描けるようにしておけ!」
「中間テストも?」
「やっぱり」
「最悪」
「手本がないと無理!」
落胆の声が続々。
「今日は早いがここまでにする。訓練室で発動できるか試して来い。混んでいそうなら下校時間でもいい」
先生がそう言うと、生徒のほとんどがすぐに立ち上がり、訓練室に向かった。
「私も訓練室でネイサンの魔法陣を発動できるか試してくるわ」
「待ってくれ」
ネイサンに呼び止められた。
「サイズ調整の術式を写し取る前に、全部発動することになってしまった。あの術式を教えてほしい」
「いいわよ」
ネイサンはノートを取り出した。
さまざまな魔法陣や術式が書いてあり、授業用ではなく自主勉強用に見えた。
「ここに書いてほしい」
わたしは普通のペンでさらさらと術式を書いた。
「配置はここだったな?」
「そうよ」
「既存術式とのつなげ方についてなんだが……」
ネイサンは気になる点を次々と質問してきて、私の答えた内容をノートに書きこんでいた。
「魔法陣、得意なほうだと言ったわね?」
「それがなんだ?」
「好きなの?」
ネイサンはたちまち照れくさそうな表情になった。
「……まあな」
「このノートは勉強用というよりも、研究用ね」
普通はいかに教本通りの魔法陣を描くかを考える。
だけど、ネイサンは自分ではない者がどのように魔法陣を使うかを考えている。
どう描くかで魔法陣は変わるという特性を活かし、魔法陣を描く能力を向上していきたいという想いが感じられた。
「余分にほしいといったのは、私が描いた魔法陣を資料として残しておきたかったから?」
気まずそうな表情。つまり、正解。
「……じっくり比べたかった。他人の描いた魔法陣が自分のものとどう違うのかを」
「そうなのね。でも、普通に描いただけよ」
「どんな風に考えながら描く?」
「何も考えていないわ」
「何も考えていないのか?」
「そうよ。思う通りに描いただけ。だって、魔法ってそういうものでしょう? 考えれば考えるほどうまく発動できるわけではないのよ? 考えすぎてダメってこともあるわ」
「そうなのか?」
ええっ?
「ネイサンは違うの?」
「じっくりよく考えて描く。魔法も同じだ。イメージをすることが重要だろう? 曖昧なイメージではダメに決まっている」
「そうね」
「だからできるだけ詳細にイメージする。当然だろう?」
言葉としては合っている。だけど、なぜか違和感があった。
「これから訓練室に行っても混んでいそうだから、下校時間に付き合ってくれる? 発動できなかったらネイサンは再作成だから」
「わかった」
私とネイサンは下校時間に訓練室で会うことにした。
特級クラスの授業が終わったので訓練室に行くと、他にも多くの生徒が魔法陣の発動を確認していた。
端っこで不機嫌な表情をしているネイサンを見つける。
「ネイサン!」
私が呼ぶと、すぐにネイサンはノートから顔を上げた。
「来たか」
「待たせてしまったかしら? ごめんなさいね」
ネイサンは上級クラス。ホームルームがすごく早いと評判の先生なので、絶対に待たせることになるだろうとは思っていた。
「ノートを見ていたから問題いない。そっちは?」
「アヤナよ。よろしくね」
同じ馬車で帰るので、アヤナも必然的に一緒。
「アヤナって呼んで。ネイサンって呼ぶから」
「図々しい」
「お姉様、助けて!」
アヤナがさっと私の後ろに隠れた。
「ちょっとアヤナ。わざとらしいわよ?」
「目つきが怖くて。さすがゼイスレード侯爵の孫って感じ」
アヤナは知っているようだった。
「知り合いなの?」
「全然。でも、ゼイスレードは有名でしょ? ディアマス最強の魔導士を何人も輩出している英雄の家系だもの」
そうなのね。
「コランダム公爵家は火の系譜でしょう? 親しくしていないの?」
「特に聞いたことはないわ」
「そうなのね」
「コランダム公爵令嬢、魔法陣を発動させてほしい。無駄話はしたくない」
「そうよね」
私は渡された魔法紙を取り出した。
「へえー。迫力がありそうな魔法陣を描きそうなのに、繊細なのね」
アヤナはネイサンの描いた魔法陣を見てちょっと驚いたようだった。
「別のもあったのだけど、こっちのほうがいいと思って」
「ルクレシアの好みで選んだのね」
私が魔法陣を発動させると、激しい炎の壁があらわれた。
「立派ね」
私がプールで魔物に襲われた時に出した炎の壁よりもずっと。
「そうねえ。でも、他のはわからないわよ」
私はネイサンから渡された全ての魔法陣を発動させた。
繊細な魔法陣なのに、出現する炎はどれも荒々しくて激しい。
ギャップがあって、不思議だった。
「どれもすごい炎ね。やっぱりゼイスレードって感じ。なのに、上級クラスなんて変なの」
確かにこれだけ立派な魔法があらわれるのであれば、ネイサンの魔法もこれに匹敵するようなものだと考えていい。
でも、ネイサンは上級クラス。
魔法の技能があるなら少々座学が悪くても特級クラスになれるはずなのに、おかしいと感じた。
「うるさい。誰にでも得手不得手がある。魔法陣のほうが得意なだけだ」
「もったいないわ。ゼイスレードは代々魔物と戦う家系よね。魔法の技能がイマイチなんて困らない?」
「お前には関係ない!」
「関係あるわよ。ゼイスレードが優秀な魔導士を輩出してくれないと、ディアマスの魔物討伐力が落ちてしまうわ」
「ゼイスレードだけで魔物を討伐しているわけではない。多くの魔導士がいる。俺一人ぐらいいなくても平気だ」
「魔導士を目指さないの?」
「目指したくても技能がなければどうしようもない。騎士になるつもりだ」
「そうなのね」
「強力な魔法陣を描けるなら問題ない。それで魔物を討伐できる」
「わかるけれど、魔法も練習しないとじゃない?」
「うるさい!」
アヤナは私のほうに顔を向けた。
「ルクレシア、教えてあげたら?」
「え?」
急に何を言い出すの?
「ルクレシアは火属性で一番の実力者よ。一年生の時もルクレシアに教わったおかげで次々と魔法に成功できた人がいたじゃない? 教えてあげたら、ネイサンの魔法が向上するかもよ?」
「そうなのか?」
ネイサンが私のほうに顔を向けた。
「一回でいい。教えてくれないか?」
「そんなこと言われても……月並みなことしか言えないわよ?」
「ペアだろう? 俺の成績が悪いとコランダム公爵令嬢の成績も悪くなるが?」
それは困る……。
「魔法陣には自信がある。何かあれば力になる。それでどうだ?」
「いいじゃない。火魔法の使い手同士のほうが相談しやすいこともあると思うわよ?」
「仕方がないわね」
私はネイサンに一回だけ魔法を教えることになった。




