100 親し気な王子
木曜日にアルード様と魔法を勉強する予定がなくなった。
水曜日にアヤナの魔法陣がダメ過ぎるとわかり、木曜日もアヤナに教えることになったからだった。
金曜日もアヤナはアルード様に魔法陣を教わるために王宮へ行った。
週末も同じ。
私も交換用の魔法陣で相談をするため、アヤナに同行することになった。
「二人共よく来た」
アルード様はとてもご機嫌の様子で、さわやかな笑顔を浮かべていた。
学校ではいかにも冷静な王子といった表情しかしないため、とても珍しい。
服装も客人を迎えるための上着系やローブ系ではなく、優雅で上品なシャツ姿。
私とアヤナを非常に親しい者として歓迎しているからこその装いといった感じがした。
「本日はお会いできて光栄です」
「堅苦しい挨拶はいい。木曜日は本当にすまなかった。ルクレシアとの約束のほうが先だが、あまりにもアヤナの魔法陣が酷かった」
アルード様は私との予定をキャンセルしたことを気にしている。
それでびっくりするほどフレンドリーなのかもしれない。
「お気になさらず。私こそアルード様に魔法陣のご相談をお願いしてしまって申し訳ありません」
「それこそ気にするな。ルクレシアの力になりたい。魔法陣でもなんでも言ってほしい」
「私とルクレシアの差を感じるわ……アルード様の態度が全然違うし!」
アヤナの愚痴は気にしない。
早速、魔法陣について相談することになった。
「自分用の魔法陣は作成できました。発動もできます。でも、交換用の魔法陣に問題があります」
基本的に魔法陣は魔力がある者であれば使える。
魔法陣を描く才能や魔法陣を発動させる才能はあるけれど、呪文で魔法を使えるような者であれば問題ないと思っていい。
でも、それは完璧な魔法陣を描くことが前提になる。
「アヤナに頼んだら発動できなくて……アルード様に発動を試していただきたいのです」
アルード様が発動できるのであれば、ネイサンに渡しても発動できるのではないかと思った。
「ルクレシア、これはダメだ」
アルード様は私の魔法陣を見るとすぐにダメ出しした。
「サイズが大きい。火魔法だけに、サイズ調整をしないと火災になる」
「訓練室で発動できるかどうかを試しますよね?」
「渡したらすぐに確認しようとする者もいる。教室で確認できるサイズのほうがいい」
「それもそうですね」
「私が描いたものを参考にすればいい。アヤナが手本にしている」
私はアヤナが手本にしている魔法陣のサイズを確認した。
「小さいですね」
「そのほうが円を描きやすい。だが、内側に多くの術式を書き込みにくくなる。課題に出された魔法陣であれば問題ない」
「大問題です」
アヤナはすがるような視線をアルード様に向けた。
「アルード様、さすがにこれは小さすぎます! 中の術式が描けません!」
「不器用だな。特待生だろう?」
「関係ないです! 魔法陣と魔法が使える才能は別ですから!」
「仕方がない。もう少し大きく描いてもいい。だが、できるだけ小さくしろ。魔力消費を抑えることができる」
「アルード様の魔力は豊富です。大きくても平気ですよね?」
「大きい魔法陣では課題がクリアできても、評価が悪くなる。小さな魔法陣を美しく描き、なおかつ自分でなくても発動できるようにしなければならない」
「難しいです……」
「黙って練習しろ。ルクレシアもサイズ調整をして描けばいい。魔法紙も魔法陣用のペンもある」
「ありがとうございます」
私もアヤナの向かい側に座り、課題の魔法陣を描くことにした。
基本的に魔法陣は一筆書き。一気に流れるように書かなくてはならない。
そうしないと、魔力も流れず、魔法陣が発動しなくなってしまう。
深呼吸をしたあと、私は一気に魔法陣を描いた。
「どうでしょうか?」
「美しい。迷いがないのも良かった」
アルード様は自分の椅子を私の隣に移動して、魔法陣を描くのを見守ってくれていた。
「発動するか試す」
アルード様は早速私の描いた魔法陣を発動させ、紙が消える前に結界を作りだした。
空中に作り出された結界の中で激しい炎が燃えている。
「効果が強い」
発動はしたけれど、私の魔法陣で発動する魔法効果が強く、結界がないと危なくて試せないということがわかった。
「ルクレシアは優秀過ぎる。小さい魔法陣でも効果が強い。効果を弱める術式を加えたほうがいいだろう」
「なるほど」
「普通の紙に見本を書く」
アルード様は魔法紙ではない普通紙を持ってきて、効果を弱める術式を書いてくれた。
「このあたりに付け足せばいい。普通は効果を強める術式を入れるのだが」
「ほどよく効果を出すのは、魔法よりも魔法陣のほうが難しい気がします」
「そうだな。魔法陣と一緒に描かれているかどうかが全てだ。発動してしまったあとから調整することはできない」
書き直したものの、私の魔法陣の出来栄えが良すぎて効果が下がりにくかった。
なので、サイズ指定をして効果を出すという難易度の高い魔法陣を描くことになった。
「これでいいだろう」
ようやくアルード様の合格がもらえた。
「通常のものは効果がありすぎるため、サイズを指定したと言えばいい。評価も良くなる」
「そうですね」
「五種類必要だ。十枚渡すことになったようだが、五枚だけでいい。他人に余剰分は与えるな。魔法陣は改ざんできる。悪用された時、元の魔法陣をルクレシアが描いたとなると問題になる」
「確かにそうですね。五枚だけ渡します」
「相手にもそのことを注意してやれ」
「はい」
「アルード様、できました」
アヤナが魔法紙を差し出した。
「ルクレシア、どう思う?」
「下手ですね」
前々からアヤナの字はクセが強いと思っていたけれど、魔法陣も同じ。
「もっと丁寧に描け。一筆で書かないといけないというのに、途中で止まっている」
「手本を見ながらなので」
「覚えろ。手本を見なくても書けるようにならなければ、美しい魔法陣は描けない」
「五種類も覚えるなんて無理です!」
「これは回復魔法の魔法陣だ。これがあれば、回復魔法が使えなくてもいざという時は回復魔法が使える。魔物に襲われて怪我をした者を助けることができ、万が一に備えた護符にもなる。護符を丁寧に描かなくてどうする?」
「魔法でさっと治したほうが簡単なのに」
「それができない者のために護符も魔法陣もある。言っておくが、私の成績は関係ない。アヤナの成績だけが下がるからな?」
「王子様と組んで良かったようなよくなかったような……」
アヤナはひたすら魔法陣を描く練習を続ける。
私とアルード様は暇なので、魔法についてあれこれ話をしていた。
「そろそろ昼食だ。一緒に食べよう」
「よろしいのですか?」
「アヤナの魔法陣を見れば、午前中で課題が終わるわけがない。午後も練習するしかない」
「確かにそうですね」
「手本は渡した。あとはアヤナ自身が自分で描くしかない。木曜日の埋め合わせとして、午後はルクレシアに魔法を教える」
「ありがとうございます」
「浮遊魔法と移動魔法を使って庭園を散歩しよう。普段から慣れることでイメージしやすくなる。感覚を掴むことは発動の近道だ」
私とアルード様は昼食を食べたあと、浮遊魔法と移動魔法を使って王宮の庭園を散歩することになった。
彫刻や小さな噴水がある小庭園を見学したあと、ガゼボで休憩する。
「ほとんどの者はすぐ側にある庭園しか散歩しない。だが、浮遊魔法や移動魔法を使えば離れた場所にある庭園も見学できる」
「そうですね」
「浮遊魔法や移動魔法を建物内で練習するのは初期だけだ。使いこなすようになるほど広い空間が必要になる。私は庭園で練習していた」
「なるほど」
「疲れたらこのガゼボで休む。私のお気に入りの場所だ」
アルード様の表情はとても柔らかい。
学院で見る時とは本当に違う。
これが本当の、プライベートのアルード様なのだという感じがする。
「ルクレシアは浮遊魔法を使える。それだけでもすごいことだが、移動魔法を使えるようになればより世界が近くなる。とはいえ、子どもの頃から練習していても習得できない者が大勢いる。気長に練習すればいい」
「そうですね」
私もそんな気がしていた。
魔法はすごい。覚えたいと思う。
だけど、すぐに覚えられるわけではない。
悪役令嬢の能力をもってしても習得が難しい魔法がたくさんある。
浮遊魔法を短期間で使えるようになっただけでもかなりのこと。
移動魔法についてはじっくり時間をかけて習得すればいいのではないかと思えるようになった。
「アルード様のおかげで焦る気持ちがなくなりました。早く習得したいという気持ちだけがずっと空回りしていたのですが、もっと時間をかけていい。日々の中で移動魔法につながるようなことをしていけばいいと思えるようになりました」
「それでいい。そもそもルクレシアは走るようなことがないだろう? 必要度も少ない。飛行魔法のほうが重要かもしれない」
「そうですね」
「そろそろ戻ろう。アヤナの様子を確認しなければならない。三人でお茶をしよう」
「わかりました」
アルード様と手をつなぐ。
魔法がかかった途端、私の体も心も軽くなる。
「本当に軽いです。どこまでもふわふわと飛んでいってしまいそうな感じです」
「自由に大空を駆け回り、はるかかなたへ行ってしまいたいと願った。その気持ちが魔法になった」
「王子の責務は大変そうです。そのせいでしょうか?」
「そうだな。だが、移動魔法を覚えた甲斐があった。ルクレシアに教えることができる。自分で使えない魔法を教えるわけにはいかない」
「確かに」
「行こう。アヤナが待っている」
私とアルード様は空を走りながら王宮へ向かう。
でも、やはり足の速さが違うというか、私はアルード様のように走れない。
結局、アルード様が私を抱き上げて走ってくれた。
その速度差に驚くしかない。
同じ魔法をかけても、かける対象でここまで違うのかと思ってしまう。
いかにアルード様が優れているのかと共に、ここまで到達した努力のすごさを実感した。
「やっと帰ってきたわね!」
アヤナは魔法陣を描き上げていた。
「アルード様、できました。これで大丈夫だと思います!」
「ルクレシア、この魔法陣をどう思う?」
「護符としてこれをくれると言われても、発動するのか不安です」
「その通りだ。だが、私には魔法陣を発動させる能力がある。光魔法を得意としているだけに、光魔法の魔法陣を発動させるのも得意だ。ルクレシアには無理でも、私の調整力で発動させることができそうではある」
アルード様がアヤナの描いた魔法陣を発動させた。
「やった! 発動したわ!」
万歳をするアヤナ。
「どう考えても発動したのはアルード様のおかげよ?」
「ギリギリといった感じだ。休憩にするが、もっと練習しろ、これでは中間テストも期末テストも大変だ」
「え?」
私もアヤナもアルード様を見つめる。
「もしかして、中間テストも期末テストも魔法陣ですか?」
「当たり前だ。三年生になると対戦がある。それまでに補助として使う護符を用意できるよう魔法陣の作成技術を学ばなければならない。短期間しかないだけに、高成績を取るにはかなりの努力がいるだろう」
私もアヤナも大きなショックを受けた。
「もうダメだわ……冬休みに招待されないどころか特級クラスも怪しいわ!」
「諦めないで。魔法紙を用意してあげるから。魔法陣の練習をしなさいよ」
「ルクレシアは何でもできてずるいわ。羨ましい……」
アヤナはがっくりとうなだれてしまう。
でも、そのあとに用意された美味しいお菓子を食べて元気になった。
私もアヤナが羨ましい。
主人公ならではの才能と図太い神経があれば、もっと生きやすくなる気がした。




