01 すべては突然に
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「君とは結婚できないから別れるよ。そろそろ本気で結婚できそうな女性を探さないとだからね」
突然、何の前触れもなく恋人にそう言われ、傷つかない女性はいるのだろうか。
私は傷ついた。
言葉にできないほど深く。
「二度と連絡しないでほしい。しても無駄だから。じゃあ」
さっぱりしたという表情で去っていく彼の後ろ姿を見ながら、私は叫んだ。
「ふざけないでよ! 私の時間を返して!」
絶叫。
「もう恋なんてしない! 全部無駄なのよ! 幸せになんかなれない!」
心の底からそう思った。
そして、目を開けた瞬間、またしても突然の状況に驚くことになった。
「え……?」
私は夜の公園にいたはず。
なのに、景色が全く違う。
立派な噴水から水が流れる庭園らしき場所にいた。
「ここは……どこ?」
「お嬢様!」
メイド服を着た女性が慌てたように駆け寄って来た。
「やっぱり庭園にいたのですね! 夜の散歩はご遠慮くださいと申し上げたはず! お部屋にお戻りください!」
お嬢様?
困惑する私は女性に手を引かれて気づいた。
豪華なドレスを着ている。
貴族と呼ばれるような人たちが着ているような衣装だった。
「私……もしかして……」
異世界に来てしまったのかもしれない。
私の名前はルクレシア・コランダム。
コランダム公爵家の長女で十五歳。
そして、悪役令嬢。
鏡で自分の姿を見た時、なんとなく既視感があった。
そこで一生懸命考えたところ、職場の人がはまっているゲームアプリのことを思い出した。
それは主人公が魔法学院に入学し、次々と出会う男性の中から好きなタイプの人を攻略していくという恋愛もの。
昼休みの話題がゲームに登場する人物の押し活についてだったため、なんとなくは知っている。
スチール写真も散々見せられたため、主人公をはじめとした登場人物のビジュアルについてもわかっている。
そのおかげで自分が悪役令嬢に転生したようだとわかったけれど、実際にゲームをしていたわけではないのでわからないことが多い。
主人公が男性たちと親しくなるのをことごとく邪魔しようとする悪役令嬢については余計に。
とにかく邪魔、嫌な相手、敵という悪口しか聞いていない。
そんな悪役令嬢になってしまうなんて!
私はどうすればいいのかと必死に考えた。
そして、出した結論は一つ。
「魔法学院に入学しなければいいだけよね?」
そうすれば、ゲームとは関係ない人生を送ることができる。
主人公にも男性たちにも会わない。
楽勝だと思った。
なのに。
夕食の話題で魔法学院の話題が出た。
「コランダム公爵家の長女としてしっかりと学ぶように」
「完璧な装いをするのよ。そのためにドレスを特注したのだから」
厳格そうな両親からの圧が半端ない。
しかも魔法学院への入学式は明日。
回避しようもなかった。
いきなり悪役令嬢のルクレシアになってしまった私。
どうすればいいのかさっぱりわからないけれど、悪役令嬢の能力はすごいと聞いていたので、なんとかなると思うことにした。
特注のドレスを着て完璧な支度をしたあと、両親と一緒に豪華な馬車で魔法学院へ向かう。
そのあとは案内された席で座っているだけで入学式が終了。
両親たちは保護者の集まりがあるため別行動。
私は成績ごとに分かれたクラスの教室へ行けばいいということだった。
同じく教室へ向かう女性たちと一緒に移動していると、ピンクの髪をした女性を見つけた。
「髪がピンク……」
いかにもゲームの世界らしいと思った瞬間、ピンクの髪の女性が振り向いた。
「あっ」
主人公発見。
「変な色ですわね」
「本当に」
「恥ずかしくないのかしら?」
「他の色に染めればいいのに」
一緒に移動していた女性たちが悪口を言い出した。
すると、主人公が私たちをきっと睨みつけた。
「髪の色で差別するなんて! 世界にはピンクの髪の女性がたくさんいるのよ! 失礼だわ!」
見た目は可愛い系の少女。
でも、目を吊り上げて言い返すタイプらしい。
「まあ! なんて口の利き方かしら?」
「身分差をわかっていないわ!」
「ルクレシア様は公爵令嬢なのよ?」
「そうよ! 無礼だわ!」
えっ、私?
確かに髪がピンクだと言ったけれど、見たままを言っただけ。
ピンクの髪が悪いとは言っていないし、思ってもいない。
勝手に周囲の女性たちが悪口を言っただけ。
なのに、私が主人公の悪口を言い、それに言い返した主人公を周囲が悪く言うというような状況になってしまった。
「どうした?」
「騒がしい」
「説明しろ」
タイミングよく三人の男性があらわれた。
確か王子のA、宰相の息子のB、騎士団長の息子のC。
「アルード様!」
「ベルサス様!」
「カーライト様!」
周囲にいる女性たちのおかげで名前を思い出した。
「この女性がルクレシア様に無礼を働いたのです!」
「ルクレシア様はアルード様の婚約者候補ですのに!」
「きっと田舎者の貴族か平民です!」
「由緒ある魔法学院に入学を許可された者とは思えません!」
周囲にいる女性たちが怒りをあらわにしながら状況を説明した。
「ルクレシア、間違いないか?」
アルード様が私に確認する。
私は首を横に振った。
「いいえ」
「では、違うと?」
「偶然ピンクの髪の女性を見つけたので、珍しいと思っただけなのです。ですが、そのことを周囲が勘違いしてしまったらしく、悪く捉えてしまいました。あちらの女性は自分の髪を悪く言われて怒りました。当然です。この誤解は不用意な発言をした私にあります。ごめんなさいね?」
私は主人公に微笑みかけた。
「貴方の名前は?」
「アヤナです」
「えっ!」
私は驚いた表情で主人公を見つめた。
アヤナって……彩菜? 亜弥奈? 他の漢字も当てはまりそう。
「アヤナ?」
「名前なの?」
「家名?」
「貴族の名前らしくないわ」
「まさか、髪の色だけでなく名前でも差別されるのですか?」
アヤナと名乗った主人公が私を睨んできた。
「そうではなくて……」
「驚いてしまっただけだろう」
アルード様がそう言った。
「珍しい名前だ。私も驚いた。クラスはどこだ?」
「特級です」
さすが主人公。優秀らしい。
「そうか。私と同じだ。一緒に来い」
アルード様はそう言うと私のほうに顔を向けた。
「ルクレシアも特級クラスだろう?」
「はい」
「一緒に来い。移動する」
周囲にいた女性たちは同行の許可がないと考えたのか、頭を下げて私たちを見送るだけだった。
あの場に留まらずに済んだのは良かったけれど、移動する全員が無言状態。
早速主人公と攻略対象になる男性たちに会ってしまった私は緊張するしかない。
もしかして、あれが主人公と悪役令嬢が出会うイベント?
それとも攻略対象と出会うイベント?
今更ながら、考えるのだった。