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握手

〈繁茂するみどりいかゞはしきと云ひ 涙次〉



【ⅰ】


「シュー・シャイン」の報告に依れば、「養育魔」は魔界に帰つた、と云ふ。

 下手に人間界に居坐られるよりも、「シュー・シャイン」の導きを利用出來るやう、魔界にゐてくれた方が、好都合だ。それに、あの筍面では、人間(じんかん)では目立つてしやうがなからう。


 カンテラ、じろさん、魔界に出張つた。直ぐに、「養育魔」の居處は摑めた。問題はその先、である。


「やあやあやあ。カンテラさん、此井さん。お待ちしてをりましたよ」‐「養育魔」何故か友好的ムードである。今、彼は瀕死の狀態であらうにも関はらず。「あんた方には勝てつこない。それが分かつたんで、魔界の『子』を育てるのは已めにしました」と、「養育魔」は云ふ。ついでに、握手迄求めて來るではないか! カンテラ、形式的にだが、握手に應じた。


 と、

「莫迦め、俺と握手を交はした者は、悉く魔道に墜ちる、と云ふ事を知らんのか!?」勝ち誇つた顔の、「養育魔」。カンテラは(そんな姿、じろさんは初めて見たが)氣絶してゐる。じろさん、カンテラの躰を担ぎ上げ、急ぎ、人間界へと戻つた。



【ⅱ】


 流石にカンテラ、魔道に墜ちると云ふ事はなかつたやうだが、意識が回復しない。恐らく、人間サイドか、魔道か、の嚴しい撰択が葛藤を呼び、彼の心を蝕んでゐるのだらう。


 悦美「お父さん、カンテラさんは、だうなつちやふの?」じろさん「分からん。これでは灯油の補給も出來ぬ」灯油さへ彼の躰に入れゝば、こんな茶番には充分に對抗できるパワーを充填出來る筈なのだが...


 じろ「それにしても、聖さん、なんで握手の事、教へてくれなかつたんだ?」聖「それはわたしにも(あづか)り知らぬ事で」とは云ふものゝ、聖は「養育魔」の魔の握手について、よく知悉してゐたのである。彼女の心は揺らいでゐた。カンテラサイドに付くか、それとも「養育魔」の許に帰るか...


 じろさん、大まかな彼女の心の動きは、讀めてゐた。しかし、彼女がさう云ふやうでは、それに無碍に叛論は出來ない。



【ⅲ】


 と、云う譯で、「養育魔」、じろさん一人で對決する事となつた。魔界の處定の位置に、奴がゐてくれる内に、()つてしまはねば- これ迄のデータでは、トラブルはその大元となつてゐる【魔】を斃しさへすれば、大體復旧・解決する。「養育魔」を斃せば、カンテラも元通りになる公算は髙い。だがそれはイチかバチか、の試みであつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈握手には何処か魔感じ避けてきた私であるがそれは正しく 平手みき〉



【ⅳ】


 じろさん、氣を引き締める為に、黑装束・覆面姿になつた。事を魔界で起こすのなら、そんな異装に用はないのだが...


「おい、養育魔。貴様の命、實は風前の灯火だと、俺は知つてるぞ。諦めるなら、今、だぜ」-「此井、貴様こそ生身の人間の分際で、【魔】に盾突くとは、不埒千万!」だうやら、この二人、がつぷり四つな模様。だが-


 じろさんは今回、打撃系の技主体で攻めやうと、心に決めていた。カンさんが脇差しで刺した傷に、拳がヒットすれば、あいつもお陀佛だ。

 對する「養育魔」には、特にこれと云つた作戦はなかつた。

 それが勝負の分かれ目だつた。

 じろさんの突き、が、「養育魔」の傷に突き当たつたのである。「ごほつ、がほつ、ぐえ」-「養育魔」、白目を剥いて悶絶。じろさんゆつくり(とゞ)めを刺す事が出來た。



【ⅴ】


 カンテラ、まだぼおつとしてゐるやうだつたが、意識は取り戻した。「ん、俺ら、負けたの?」じろさん「いや、勝つたんだよ。暫くカンさん、お休みよ」カンテラ「うん。お言葉に甘えて」


 聖はすつかり自分が嫌になつてゐた。打算的過ぎるわ、わたし。だが、じろさんの「弱い者が殊更自分を責めない事」と云ふ言葉で、自死する事は回避した。然し、だうにもいたゝまれなかつた彼女は、何処かに人知れず消えた。



【ⅵ】


 悦美「兎に角カンテラさんにも云つて置きませう。お人好し過ぎるのよ、實は」じろさん「こりやまた厳しい」悦「だつてさうぢやない。世の中の人たちは、冷酷な男だと思つてゐるのよ。それを...【魔】と握手、だなんて」


 まあ、アンドロイドにも落ち度があるやうな、そんな初夏の日射しであつた。



 お仕舞ひ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈初夏の茶をぐいと飲むなり目の冴ゆる 涙次〉



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