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Binaco  作者: 水瀬いちか
7/20

7 赤い闇

警報音を前に誰も動けずにいる中、一番に動き出したのは、リノだった。

「……カギを……」

「……」

 ヴァロアは、無言で赤い方の鍵を渡した。

「取って……ください……銃……」

 開けられた扉の中には、鉛色に光る銃が乱雑に詰め込まれている。

俺達は、扉の前まで集まるものの、銃には触れられずに、立ち尽くしていた。

「……殺すのは……近距離……? 頭部か……心臓……? ……心臓なら……連射のリボルバー……そうじゃないと……死なない」

 ――渡された銃を、ヴァロアが受け取る。

「……それと……離れた所なら……これ……9ミリの……自動拳銃……一番当たるから……」

「……っ」

 見た目の小ささからは考えられない重さに、背筋がゾクッとする。

リノは、最後に自分の銃を選び、出口の扉へと向かった。

「……あと……あなた達は……服……」

 リノは、今朝渡されていた服に視線を向ける。

「着替えるのか……?」

「……はい……。ブレスレットは……必要ない……。……銃は……内ポケットに……。……カメラに映ると……殺される」

 俺達は、無言で着替えを済ませ、リノの後に続いた。

 ――スーツに着替え、内ポケットには銃をしまい、罪人を回収しに行く。これが映画なら、今からが一番盛り上がるシーンだろう。 だが、それが現実となると、唾を飲み込むのが精一杯で、ほんの五分先の事すら考る事が出来なかった。


しばらく無言で歩いた俺達は、やがて、見覚えのある場所に着いた。

ここに連行された時、車から降ろされた場所。……あの時押し込まれた車と、同じ車。

その車は、役人が使用している事が多い、ヴォルガという車だった。車の種類が確認出来るのだから、あの時よりは落ち着いているのだろうか……。

 そして、中から見覚えのない男が出てきて、後部座席の扉を開いた。

「……中へ。port17までお送りします」

「……」

 俺達は、車へ乗りこみ、回収対象のいるport17へ向かった。

車内では、未だ沈黙が続いている。

「……車のナンバーを見たか?」

 その静寂を破るように、ヴァロアが口を開いた。

「CC4444……嫌な数字だった」

「正しくは、エスエスと読む。――本来、政府の高官や、警察のトップクラスが使っているナンバーだ。……CCナンバー車に許されている特権は、ほとんどの規約違反をしても、ペナルティを命じられる事が無い。……つまり、このナンバーを持っている車に対して、普通の警察では何の手出しも出来ない。一体、どういう組織構成になっているのか、見当もつかないよ」

 ヴァロアは、こんな状況でも情報一つ見落とさなさい。あんなに奉仕活動に抵抗していたのに、一体今、どんな気持ちで車に乗っているのだろう。

しかし、今の俺には、皆の様子を伺う余裕など一切無かった。緊張のせいで、飲み込んでも飲み込んでもネットリとした唾が口の中に貯まっていく。

胸には固い拳銃が当たり、それに触れる度に心臓が跳ね上がった。


やがて、車は薄暗い路地裏で停車した。

「ここが二番区……?」

 青白い顔をしたルイが、辺りを見渡しながら小さな声で言った。

「ここは、ほぼ三番区だ……」

――二番区と三番区との境、port17。 二番区ですら生きていけなくなった人達が集まり、未だ荒廃し続けていくport17は、『見捨てられた街』と呼ばれている。

この見捨てられた街は、二番区の知識がある者は、決して近づかない最も危険な場所だ。 昼間でも、当たり前のように薬の常習者やホームレスが蔓延り、夜になると娼婦と密売人達の溜まり場になる。……昼夜問わず、port17を歩いて、浮浪者に絡まれなかった事はない程だ。

「奉仕活動終了まで、車を待機させます。――リノ・パルヴィス。ご自身の命を、忘れないように」

「……はい……」

「リノ、一体どうするつもり……?」

「port17には、俺もゼノンも近寄らねーようにしてたんだ。ここは入り組んだ裏道が多い。たった二人を見つけ出すなんて……」

「……こっち……」

 リノは、そう一言呟き、薄暗い裏道へと入っていった。俺達も、黙ってリノの後に続く。

裏道は、進めば進むほど薄暗く、ウィスキーの匂いが充満していた。

道のあちこちには泥まみれのホームレスが屯し、ただ黙って死人の視線を浴びせてくる。 ……銃を突きつけられるより、この視線の方がよっぽど気味が悪い。

「ゼノ……」

 突然、後ろからルイの手が伸びてきて、俺の背中に緊張が走る。

「怖いよ……っ」

「ルイ……」

 俺の手を握るルイの手は汗ばみ、小刻みに震えていた。

 ――十五番区から出たことがないルイ。

初めての街が、二番区の……それも、見捨てられた街port17。おまけに、回収という名の殺しを行う為にだ……。

不安な気持ちは、顔を確認しなくても分かる。俺達の前を歩くヴァロアとロマーノの後姿からも、同じ感情を感じる。

しかし、ただ一人……、先頭を歩くリノからだけは、やはり何の感情も伝わってこなかった。

「……ここ……」

「……?」

 リノは急に足を止め、IDブレスを指差した。

「……同じ顔……」

 リノが指差したIDブレスからは、ホノグラフィーが起動し、回収対象者の情報が映し出されていた。

「こんな機能まで組み込まれていたのか……」

その男達は、黒い鞄を下げ、積み上げられた酒樽の影で話し込んでいる。スラング混じりの英語で、drugや、dealer以外はよく聞き取れないが、取引の話をしている事は間違いない。

次の行動が読めない俺達は、ばれないように息を潜め、別の酒樽の影に隠れてた。 

――耳の中に、ドクドクと心臓の音が響く。

それが自分の鼓動の音なのか、他の人の鼓動の音なのかも分からない位、鼓動が激しくなっていく。

「バレる前に……どうにかしなきゃだよね……」

 ルイは、声を震わせながら俺を見た。

「……分かってる。やるしか……ないんだっ……」

 ――誰かがやらなきゃ、永遠に終わらない。

参加すると決めた以上、いい加減覚悟を決めないと……。

 そして、俺は震える手を抑えながら、内ポケットへ手を伸ばした。

「……銃を取り出して、二人をめがけて引き金を引けばいい。それだけの事だ……」

 俺は、ゆっくり息を吐きながら、ポケットの中に忍ばせた冷たい銃を握りしめる。

「――ゼノン、よせっ!」

 だが、気付いたロマーノが俺の手を掴み、その手をポケットから引き抜いた。

「お前が撃つことはない!」

「誰かがやらないと、終わらない……!」

 ロマーノは、俺の両手を握り、やがて眉を下げて笑った。

「……俺がやる!」

「でも……!」

「隠れてろ……絶対に出てくるなよ」

 認証カメラの位置を確認しながら、ゆっくり内ポケットに手を忍ばせる。

そして、ロマーノが銃を握りしめ、相手の位置を確認した、その時――

「人間は、後……」

リノがロマーノの前に飛び出し、瞬時に引き金を引いた。

「うっ……! うわあああ……!」

「何だっ! 誰だっ! ……くそ、薬がっ!」

 リノの撃った弾が男達の鞄を打ち抜き、白い粉が雪のように舞い上がった。

「うわああぁ……薬がっ! 殺されるっ億単位の取引がっ……!」

 男の片割れは、地面に這いつくばり、必死に散らばった粉をかき集めている。

もう一人の男は、リノに銃を向け、大声で叫んだ。

「てめぇ! 殺されてーか!」

「……撃てばいい……」」

 リノは、怯む様子も無く、ゆっくりと男の元へと歩いて行く。その距離は10メートルもない。

――撃たれる……!

「――リノっ! よせ!」

 俺は、無意識にリノの元へと飛び出してしまっていた。

「ゼノ! 戻って!」

「チッ……! 何なんだよテメーら! ふっ……ふざけやがって!」

 男は、リノに向けて銃を構え、叫び声を上げながらその引き金を引いた。

それは、リノの僅か5メートル前から、真っすぐリノに向かって放たれる。

「――リノッ!」

 ダメだ、絶対に当たる……!

「……残念……」

しかしリノは、目の前で撃たれたにも関わらず、一切逃げる様子はなかった。

それどころか、真っ直ぐ男に向き合ったまま、一瞬体をぐらつかせ……、

「避けた……?」

 いとも簡単に、弾を避けて見せたのだ。 

しかし、リノに放たれた弾は――

「い……っ!」

「――ゼノ!」

 リノを通り過ぎ、俺の右足をかすめていった。

「ゼノンッ!」

「……っ」

 右足が俸のように固くなり、上手く立つことが出来ない。

「ゼノン! 大丈夫か!」

「あ、あぁ……」

地面にへばり込んだ俺の元へ、ロマーノ達が駆け寄ってくる。

――これで、全員集合してしまった……。

「チッ……、一体何人いるんだよ……! ふざけやがって……! 全員殺してやる!」

「……無駄……」

男は、怯む様子の無いリノを前に、銃を構え、声を震わせながら叫んだ。

「てめーら全員のがん首揃えて持ってかねーとなぁ……こっちが殺されんだよ! クソがっ!」

 ――再び銃を突きつけられても、一切怯む様子が無い。

リノは、男の顔から目を逸らさず足を進め、やがて男の前で足を止めた。

「……黙れ……」

「うぐっ……!?」

 手に持っている拳銃を、男の口に突っ込む。

「……大丈夫……痛くないよ……」

 そしてリノは、躊躇うことなく、その引き金を引いた。

「うっ……!」

 男の頭からは、水風船が爆発したかのように血飛沫があがり、地面にドッサリ倒れ込んだ。

――頭の断片が、至る所に吹き飛んでいる。

「……一人回収……」

「う……うわああああ! ――ナズ! うっ、嫌だっ……来るな!」

 その様子を目の当たりにしたもう一人の男は、掻き集めていた袋を引きづりながら、這うようにしてこっちへ逃げてきた。

「……逃げなくていい……痛くないから……」

 振り返ったリノの体は、返り血を浴びて真っ赤に染まっている……。

そして、ゆっくりと顔を上げたリノの目は、見た事が無い程爛々と輝いていた。無表情で歩いて来るその姿に、俺達は思わず息を呑む。

「……リノ……」

「どうしちゃったの……?」

「なあっ! あいつ、お前達の仲間だろ! 助けてくれよ、娘がいるんだ!」

 逃げてきた男は、俺にしがみ付き、何度も土下座をして命乞いをした。

――俺は、とっさに銃を取り出す。

「頼むっ、見逃してくれ! 家族の為にも、死ぬわけにはいかない!」

「家族が……?」

「そうだっ、9歳になる! 帰りを待ってるんだ、頼むよ!」

 ――9歳……。

父さんを失った時の俺と、同じ年だ……。

きっとその子には、まだ父親が必要なはずだ。奪う事なんて……――

「――う、うわああ……来るなっ! 来るなよっ……!」

 顔を上げると、すぐ目の前にリノが立っていた。

男は、どうにか立ち上がり、足をもつれさせながら逃げていく。

「リノ……」

「……残念……逃げると……痛い……」

 リノは、俺が握っていた銃に手を添え、そのまま俺の手を男に向けた。

「リノ、何をっ……!」

「……30メートル……あなたの自動拳銃の方が……痛くない……」

「止めろっ! こいつには家族がいるんだ! 残された家族はどうなるっ!」

「リノ、やめてよ……」

「……距離……50……」

「リノッ! 止めろ、殺すなっ!」

「……これで……終わり……」

 そして、リノは俺の手に添えた指に力を入れ、握っていた銃から弾が放たれた。

――俺は、砲弾の反動でバランスを崩す。

「……っ!」

「う……っ! うわああぁ……っ!」

 乾いた音と共に、男は地面に倒れ込んだ。 男にはまだ意識があり、悲痛な呻き声を出しながら苦しんでいる。

「……痛かったね……逃げる……から……」

 苦しむ男を悲しそうな目で見つめながら、ゆっくり男に近付いて行く。

「でも……あと10秒……すぐに……死ねる……」

 その言葉通り、10秒も経たない内に、男は動かなくなった。

そして、リノは男の横で腰を下ろし、腕付近で何かを始めている。

「ねぇ、リノ……。何してるの……?」

 ルイが恐る恐る声をかけると、リノは手を止め、ゆっくりと立ち上がった。

「……IDブレスを……」

「……っ!」

「リノ……ッ!」

 そう言ったリノの手には、切り落とされた……男の手首が握られていた。――手首の端からは、どす黒い血が大量に滴り落ちている。

「……大事な物……だから……」

「何て事を……っ」

「リノ……、笑ってる……?」

「え……?」

 ――初めて見たリノの笑み……。

それは、返り血を浴び、切り落とした男の手首を握り、暗闇の中で静かに笑う――俺が望んでいたリノからは、あまりにもかけ離れた姿だった……。

リノは、握っていた手首からIDブレスを外し、手首を投げ捨てた。

そして、俺達にIDブレスを見せ、弱弱しく微笑む。

「……僕は……役に立てた……?」

リノの血だらけの手の中には、黒い血がこびり付いたIDブレスが二つ握られている。 そのブレスレットを、大事そうに俺達に差し出した。

「受け……取って……」

「……っ!」

「……ポイント……」

「リノ、どうして――」

 それは、上手く言葉にならない。

混乱と、足の痛みと、咽返る血の匂いのせいで、頭がクラクラする。

「……僕は……嬉しい……」

「どうして……!」

 ヴァロアが、リノを睨み付ける。

「……誰かの為に……人を殺せた……」

「人を……殺せただと?」

「ヴァロア……」

「だから……受け取って……」

 リノは、微笑みながら、俺に差し出したままの手を、ヴァロアに向けた。

――泣いているようにも見える笑み……何て下手くそな笑い方……。

「――ふざけるなっ!」

「……っ!」

 ヴァロアは、リノを怒鳴りつけ、手の中のIDブレスを撥ね退けた。――飛ばされたIDブレスは、死体の方へと転がっていく。

「そうやって、今まで何人殺してきた!」

「ヴァロア……」

「リノッ! それはお前の意思か!」

「……僕、は……っ」

 リノは、怯えたような目をして、ヴァロアから目を逸らした。IDブレスを握っていた自分の赤い手を見て、今にも泣きそうな顔をしている。

「ヴァロア! どうしたんだよ!」

「クソッ……」

 怒りに震えるヴァロアに、ロマーノが声を掛けた。

「……ヴァロアって言ったな? この子がしなくとも、誰かがやらなきゃいけなかった。――そうだろ?」

「……っ」

「奉仕を受けるって事は、俺達が考えてたよりも、ずっと重い。……それを、この子が一人でやってのけた。感謝しようとまでは言わねーけどよ……。怒鳴りつけても、どうにもならねー。これが、人を殺すって事だ……」

「ロマーノ……」

「……すまない。……ああ、その通りだ、ロマーノ。……リノ、すまなかっ……」

 ヴァロアは、片手で顔を覆いながら、リノに触れようと手を差し出した。

「……っ!」

 だが、リノは体をビクつかせ、その手を全身で拒否した。ヴァロアを見る目に、恐れの色が写っている。

「……リノ。怒鳴ったりしてすまなかった……。許してくれないか……?」

「……」

 だが、リノは何も答えず、ただ静かに立ち上がる。

「リノ……?」

 そして、転がったIDブレスを拾い、再び光を失い、誰も映さなくなった目で俺達の方を振り返った。

――そして、ただ一言呟く。

「……回収……終了……」


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