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Binaco  作者: 水瀬いちか
6/20

6 招かれざる客

 騒がしい……。

――そうか。

俺は職を探しに情報センターに来て、そのまま疲れて眠ってしまったのか。

それにしても、この騒がしさは異常だ。

気付かない間に、またC落ちしてしまったのか?

「いてっ痛っいな! 俺は客だぞ! もっと丁重に扱え、クソ野郎!」

 ――何だ……?

「NO10029へ通しますか?」

「ああ? 何訳分かんねー事言ってんだよ! つーか誰と喋ってやがんだ! 俺はゼノンに会わせてくれっつってんだよ!」

 ――ゼノン……?

「了解しました。それでは、四人目の候補者として確保します」

「おーいゼノン! 何処だーゼノン!」

 ――この声……、まさか……!

俺は、嫌な予感がして慌てて飛び起きた。

「――こちらへ」

「おわっ! いってーな! だーから丁重に扱えって、何度言やー分かん……」

 押し込まれた無駄に体格のいい体、この癖毛の茶髪……!

「ロマーノ!」

「……ゼノン!」

 ――どうして、ロマーノがこんな所に……!

「ロマーノ! お前、どうして情報センターなんかに……!」

「何寝ぼけてんの。情報センターじゃなくて、ここ監獄の中」

「え……?」

「何? 昨日は抱き合って寝た仲だって言うのに、もう忘れちゃったの?」

 ――ああ、そうだ……。

俺は、Colpevoleの称号を破棄されて、監獄の中にぶち込まれて……。

……って、監獄!? 

じゃあ尚更、何でこんな所にロマーノが!

「おいロマーノ、説明しろ! 何でこんな所に居るんだ! 誰に連れて来られた!」

「ゼノン! お前こそ何でこんな所にいるんだ! さっさと帰るぞ!」

「はあ?」

「ゼノン、知り合いか……?」

「……ああ、まあ。二番区の知り合い……みたいなやつ」

「知り合いってなんだよ! ――お父さん、だろ!」

「……お父さん?」

「ちょっ!」

「いいか、ゼノン! 昨日二番区に出てから、なかなか帰ってこないと思えば……こんな所で、見ず知らずの奴と何してんだ! 一緒に帰るぞ!」

「ちょっ……ちょっと待て! まず俺の質問に答えろロマーノ! どうやってここへ連れてこられた! 今、お前のID称号はどうなってる!」

「……連れてこられた? お前こそ、さっきから何焦ってんだよ。……俺は、お前が帰ってこないから心配でよ。二番区で変な取引に巻き込まれちまったんじゃないかと思って、夜中探し回ってたんだよ。――そしたら、見た事ない施設を見付けて、とりあえずお前の名前叫んでたら、親切な男がお前に会わせてやるっつーから……案内してもらった」

「このバッカ野郎が……!」

「何だよ! 俺はお前が居ないから眠れ……じゃなくて、心配してわざわざ!」

「……わざわざ監獄の中に案内してもらうバカがいるかよ」

「……え、監獄?」

「ゼノ……。誰この子。お父さんいるとか、聞いてないよ」

「こんな若い父親がいるか!」

「何だよゼノン! お兄ちゃんでもいいっつってんだろ!」

「……ゼノ。お兄ちゃんいるとも聞いてないよ」

「兄貴でもねーよ! 俺には家族はいないし、いらねーよ! ……そうやって、一人で生きてきたんだ……」

「ゼノン……」

「……何だよ。弟とかもっと無理だからな」

「……彼氏でもいー――」

「――死ね!」

「ちょっと、整理していいか? ……とりあえず、彼はゼノンの……」

「……知り合い」

「……知り合いで、誤ってここに連れて来られた」

「……自らでしょ。バカじゃないの」

 ルイは、明らかに気に入らないという顔をしてふてくされていた。

「あぁ? 何だお前!」

「やめろルイ。……すまない、悪気はないんだ。……怒らないでやってくれ」

「悪気しか感じねーぞ……」

「……引っかかるのは、通信の内容だ。四人目の候補者って言ったよな。――だが、ここには既に四人いる」

 ――確かに、俺とヴァロアとルイとリノでちょうど四人のはずだ。

「№10029。候補者の四名が揃いました」

 その時、ちょうど通信を終えた男が俺達の監獄の前に現れた。

「え……?」

「現在を以って、C29572ロマーノ・ウジエッリのColpevole称号を破棄。新たにUccissoreとして、奉仕活動への参加を命じます」

「何だ? 奉仕活動って」

「ちょっと待ってくれ。昨日の時点で、既に四人集まっていた。彼を巻き込む必要なんて……」

「リノ・パルヴィスは戦力外。生きる事を放棄した人間です。元より彼は換算していません」

「は……?」

 黒服の男は、手元の書類に視線を落としたまま、淡々と話を続けた。

「No00129の奉仕参加者は、ゼノン・バリオーニ、ヴァロア・ドルチェ、ルイ・ザネッティ、ロマーノ・ウジエッリの四名で行います」

「ちょっと待てよ! 昨日は、確かにリノも……みんなでここを出るって!」

「ポイントを共有する、と?」

 一瞬書類から目を離し、俺達に視線を移す。

「そうだ! みんなで話し合って……」

「それでは、NO00129はポイント共有で登録します。――ロマーノ・ウジエッリ、構いませんんね?」

「あぁ? ……別に構わねーよ。ゼノンも一緒なんだろ?」

 そして、再び書類に目を落とし、何かを書き加えだした。

「ロマーノッ!」

「何だよゼノン。奉仕活動なら、今まで散々やってきただろ」

「違う! 今までのような奉仕活動じゃねーんだよ!」

「じゃあ何だよ? BIANCO中のトイレ清掃よりひでー奉仕か? あれはきつかったよなー。しばらく糞の匂いがこびりついて、トイレって聞くだけで吐きそうだったぜ」

「ロマーノ! いいから今すぐ拒否を……っ」

 ――拒否なんかしたら……どうなる?

「……ゼノ。拒否なんかしたら……殺されるよ」

「気持ちは分かるが、彼をここから出したいなら、従うしかない……」

「NO10029の奉仕活動は夕方より開始されます。こちらのモニターを――」

 男は、天井から吊るされているモニターを指差した。

「新たな回収対象者が登録された時点で、各部屋に回収対象者が割り振られます。こちらのモニターも、夕方には登録が完了しリンクされる予定です。奉仕の開始は、回収対象者一覧が表示された時点から。各々の銃を持って、こちらの部屋で待機するように。……それと、リノ・パルヴィス。本日の奉仕には、貴方も参加するように。……いいですね?」

「……はい……」

「何故リノを連れていく必要がある。戦力外と言い切るのであれば、わざわざ連れて行く必要はないだろう」

「必要はあります。――何故なら、彼が、殺しに長けているからです。元優秀な回収者より、人間の殺し方を学んでいただく必要があります」

 忙しく部下達に指示を飛ばしながら、片手間で答える。

「リノが……?」

「お、おい……殺すってなんだよ」

「そうです。――ですが、それも昔の話です。今の彼は、命令に従事する生き方しか出来ません。あなた方を殺せと命じれば、躊躇なく殺しますよ、彼は。……ですから忠告したのです。彼と心を通わそうなどと、無駄な事は考えないように、と――」

 男は、無機質な目で、俺の事を睨み付けた。

何故ここまで、俺とリノの接触を避けようとするんだ……。気に入らない……。

「でも、昨日は……約束したよね? 皆で出ようって!」

「……くだらない。そもそも、どんなに回収に参加しようと、リノ・パルヴィスにはポイントは付きません。そういう契約ですので。彼がここから出るなんて、不可能の一言に尽きます」

「……その契約はいつまでだ」

「一生です」

「……彼は、いつからここにいる」

「答える必要はありません」

「五人で参加するって特別ルールは?」

「不可能です」

「……だよね」

「リノ……。昨日、確かに約束したよな? 必ず生きて祝杯を飲むって……」

「……はい……」

「リノ・パルヴィス。ご自分の選択に、今更未練があると?」

「……いえ……」

「リノッ!」

「おいゼノン、どうしたんだ! 他人の事で必死になるなんて、お前らしくない!」

「……っ」

 ――くそっ……。

昨日の一件で、ほんの少しでも四人の関係が変わったと思っていた。

だけど、リノだけは何一つ変わっていない。 初めてリノを見たあの瞬間から、リノの中には感情というものが存在しないままだった。

「奉仕活動の際は着替えていただきます。その服のまま行動されると、BIANCO警察側の目に触れる事になりますので」

「……どこまで隠密な組織なんだよ」

「表向きは情報管理施設に過ぎません。明るみになると都合が悪いので」

 そう言って、男は監獄の中に厚手の洋服を投げ込んだ。

「都合が悪い、ねぇ……。そんな言葉で片付けられるのか、俺達の運命は」

「奉仕活動は先程申した通り、モニターに一覧が表示されてから開始されます。それまでは、自由に過ごしてくださって構いません」

「――このブレスレットは?」

 ヴァロアの手には、投げ込まれた洋服と、IDブレスが握られていた。

「ID操作用のブレスレットです。我々が使っているコンピューターと同様、ブレスレットの中に特殊な光波を組み込んでいます。――市民に配布されているブレスレットは、磁石で言うとマイナス、認証カメラがプラス。これらは、二つが揃って初めて機能するもので、単体ではお互いを干渉する事も出来ません。――このブレスレットに組み込まれているのは、認証カメラに使われている光波よりも更に複雑なプラス光波。市民のIDブレスに干渉しながら、認証カメラの光波を打ち消す事が出来る、特殊なブレスレットです」

「それならっ――」

「――使うのは、ID操作の際だけです。回収時には使わないように」

「どうして? このIDブレスがあれば、認証カメラをごまかせるんでしょ?」

「それなりのリスクがある為です。ちなみに、ID操作成功時のポイントは1ポイント。それも、ID操作が許されるのは、罪人の数が5パーセントを下回っている時のみです。それ以外の時にModelloのIDを操作する事は、ペナルティ対象になります。――セルティ・オスカーナの様に、ID操作のみで奉仕を逃れようだなんて、無謀な足掻きはされないように」

「ゼノン、回収とかID操作とか……、何の事だ?」

「説明は後だ、ロマーノ。――それより、ID操作なんて複雑な事、一体どうすればいい。電子操作の知識なんてねーぞ」

「あなた方が、裁けばいいのです」

「――裁く?」

「あなた方は、常にこのBIANCOという街に裁かれ、特にゼノン・バリオーニ、ロマーノ・ウジエッリの二名は、罪人としてさぞかし粗陋な生活を強いられてきましたね。――次はあなた方が、裁けば良いのです。あなた方にIDを操作された模範生は、その瞬間から二番区のゴミとしての人生を強いられる事になります。それがどういう人生かは、ご自身の身を以って、嫌と言う程体験してきたはずです」

「あぁ、結構いいもんだぜ」

 ロマーノは、皮肉っぽく笑って見せた。

「ID情報を抜き取れば、その人間に纏わる全情報が表示されます。その情報を元に、転落するに値する模範生にはペナルティをつけ、全うな人生を送ってきた模範生はパス……というのはいかがでしょう。 安心してください。どの人間のIDを操作するかに関しては、ペナルティは一切存在しません。――いずれにせよ、罪のない人間の人生を狂わす行為なのですから、善悪を問う問題でもありません」

「罪のない……人間の……」

「そうです。それでも、あなた方はここから出たい。罪のない人間に罪を擦り付けてでも、ポイントを稼ぎたい。――それなら、迷いや恐れは捨て、奉仕活動に従事する事です。……特に質問が無ければ、説明は以上になりますが」

「……」

「……」

「それでは、奉仕開始時には服を着替えて、この部屋で待機するように。――以上です」

 実に事務的な説明を終え、男は部屋を後にした。

残された俺達は、揃ってリノを見ていた。

「はぁ……」

 指をクロスさせ、顔を覆い俯いていたヴァロアが、大きな溜息を洩らした。

「リノ……。どうして反論しなかった?」

「……」

「……お前には一生ポイントが付かないってのは、お前の意思で契約したことなのか?」

「……」

「黙ってないで何か言えば? 意思が無いって答えは無しね」

 リノは、膝の中に顔を埋めて、体を更に小さくした。

「……僕は……許されない……」

「何が許されないの?」

「……生きる事……です……」

「どうして?」

「……大事な人を……殺した……二人」

「殺した……? ――人間を、か?」

「……はい……」

「それで、この収容所に?」

「……」

「だから、ここから出ないの?」

「……許されない……」

「……何それ。そうやって、ここで死人みたいにに生きていけば許されるの? 罪が償えるの? バカじゃないの」

 立ち上がったルイに驚き、皆が顔を上げてルイを見た。

「ルイ!」

「だってそうでしょ? あいつらの犬みたいに、命令されたら人殺してさ。今だって充分最低な生き方してるじゃん。……それなら、ここから出て、もっと全うな償い方しなよ。本当に許されたいなら、ちゃんと生きなよ、リノ!」

「……」

 ルイの言葉で、リノは出会った当初の、光を宿さない目に戻ってしまった。

部屋には、再び沈黙が落ちる……。

その重苦しい空気を破るかのように、未だ指で顔を覆ったままのヴァロアが、昼食を取ろうと提案した。――指の隙間から見えるヴァロアの顔は、相当疲れ切っている。

やはり、昨日一日の睡眠では重なった疲れは取れなかったのだろうか……。


そして俺達は、金庫から金を抜き、昨日立ち寄った売店へ向かった。

「おっ! ヒュッテじゃねーか!」

 ヒュッテを見付けたロマーノは、昨日の俺と同じような反応を見せた。

「おいゼノン! ヒュッテだぜ! 一緒に店番した時は、楽しかったよなー、ホットワイン飲み放題で!」

 興奮する様子も、ほとんど同じだ。

俺は、ロマーノに同調する気になれず、味気ないバケッドを片手に、屋上へと向かった。

イラついている原因はいくつもある。

――ロマーノがここへ来てしまった事、リノが未だに何の感情も持たない事、これから始まる奉仕活動への恐怖……。数えきれない不安要素が、俺の疲労を倍加させていた。

そもそも、リノの中に人間らしい感情なんて存在するのだろうか……。いくらリノを説得しても、感情が残っていないのであれば、人形に希望を持てと言っているのと同じ事だ。

 だけど、ヴァロアが触れようとしたあの時……確かにリノの目には……。

「何しに来たっ!」

「……っ!」

「居るんだろ。出てこい、ロマーノ」

「ゼノン……」

 ――相変わらず隠れるのが下手だ。

ロマーノのせいで、今まで何度認証カメラにしょっぴかれたことか。

「急にゼノンの姿が見えなくなったから、他のやつに聞いてよ。――昔からお前、高い所好きだろ? バカと煙は高い所がなんとかっつってよ! だから、屋上にいるんじゃねーかと思って……」

「そうじゃない」

「……あ? ――あぁ、後、ルイとか言うやつが、『ゼノとはどういう関係なの』とかしつこく聞いてきて参ったぜ。ありゃ、相当懐いてるな、お前に」

「そうじゃない! 何でこんな所に来た!」

「……何度も言っただろ。お前の事が心配だったんだよ、ゼノン。お前の保護者なら、当然だろ?」

 そう言って、俺の隣に腰を下ろした。

――ロマーノと隣に並んで座るなんて事は、日常茶飯事だったはずが、酷く懐かしく感じる。

「……保護者面してんなよ。いい加減やめろっつってんだろ、それ」

「何言ってんだ! お前は俺の弟だろうが!」

「……弟になった覚えなんてねーよ」

「俺は覚えてる! 十年前、二番区でお前を拾った時から、お前は俺の家族になった。お前に何かあった時は、駆けつけるのが家族ってもんだろ!」

「――それで、こんな所までのこのこ乗り込んできたのか?」

「悪いか?」

「……バカじゃねーの」

 ――いつもこうだ……。

俺の為なら、どんな危険な事だって、後先考えずに行動してしまう。

「お前! あのガキみたいな事!」

「兄貴だって言い張るなら、ちょっとは真面目に状況を考えろ! ここは、お前が思ってる様な奉仕をする場所じゃない! ここは……っ!」

「……人を殺すんだろ?」

「ロマーノ……」

「分かってたさ。お前より長く二番区に住んでるんだ。外観を見ただけで、ただの情報管理施設じゃない事くらい分かる。……ここにお前がいなけりゃ、どんな手使ってでもさっさと逃げ出してるよ」

「……だったら!」

 ――さっさと逃げ出せ!

と言おうとした俺を、手で遮った。

「さっさと逃げ出せって? バカ言うな」

「どうして!」

 ロマーノは、ニッと笑って続けた。

「俺の弟が、変な施設に捕まって、人殺しを強要させられるっつーんだ。このマヌケ野郎が。兄貴の俺が守ってやらなくてどーする」

「ロマーノ……」

「お前は嫌がるけどな、ゼノン。俺はお前を拾った時に誓ったんだ。お前が成人ナンバーを貰うまでは、兄貴として、絶対にお前を守ってやるって。……だから、俺がここに残るのは、俺の意思だ。ここが危険な所なら、尚更だ。お前を放って逃げるなんて、俺の選択肢には無い」

「……」

 ――ずるい……。

俺は、疲れているせいで、相当弱っているみたいだ……。いつもなら、大口を叩いて突き返してやれるのに、何故だか今日はそれが出来なかった。

「人を……殺せって言われてるんだ……」

「ああ、上等だ。お前を守る為なら、人の一人や二人、殺す覚悟だ」

「……怖いんだ、俺……」

「ああ、知ってる。お前は口は悪いし、態度だけはでかいけど、優しいやつだからな。……守ってやるさ」

「……ここを出るだなんて、不可能なんじゃないかって、何度も思うんだ……」

 ――そうだ、疲れているせいだ……。

昨日から緊張しっぱなしで、不安だったせいで……。

「誰だって思うさ。お前が弱いんじゃない」

ロマーノの声を聞いて、何だか安心して……。

「顔上げろ、ゼノン。……全く、図体ばっかでかくなりやがって、何て情けねー顔してんだ!」

「……っ……」

「……泣かなくていい。今までだって、あぁーやべーんじゃねーかって思う事何度もあったろ? 麻薬の裏取引に巻き込まれちまった時なんて、結構本気で殺されるんじゃねーかと思ったぜ? 頭のど真ん中に銃突き付けられてよ。……だけど、生きてる。死ぬわけねーじゃねーか。俺が死んでも守るんだ、お前の事を」

「……うん……」

「今回だって、そうだ。お前は、死なない。必ず守ってやる。――俺も死なねーぞ。お前の儀礼祭を見届けるからな」

「……っ……」

 ――情けない……。

よりにもよって、ロマーノの前で泣いちまうなんて……。

横目でロマーノを見ると、何故かロマーノも顔を赤らめて、頭を掻いていた。

「あぁー、……仕方ねぇ! 本当は内緒にしておくつもりだったけどな! ……買っちまったんだよ、俺……」

「……何を?」

 ロマーノは、少し大げさに顔を覆って、指の隙間から俺の事を見た。

「……ピカピカのスーツ」

「……はっ?」

「いや! お前の儀礼祭だろ! ちょっとだけでも見に行きてーじぇねーか! でも、保護者は、正装で参加する決まりがあるみてーだしよ! そのっ、ちょっと奮発して……」

 ――顔を赤らめていた原因は、これか。

らしくねー事しやがって……。まるで、娘の自慢をしている父親みたいなマヌケ面で……、デレデレしている姿に、こっちまで恥ずかしくなってくる。

「ふっ……、ははっ……! バカじゃねーの? そんな金もねーくせに」

「――バっ! 笑うなよ! 弟の儀礼祭だ、当然だろ! 無事成人ナンバー貰ったら、『今までありがとう兄貴』、くらい可愛い台詞の一つでも言えよ!」

「……バーカ」

「なっ!」

「……考えとく」

「……あぁ、頼むよ。だから、いいか? 儀礼祭の前に、そんな弱っちー事言うな。お前が信じなくてどうする。親父さんとの約束なんだろ? 守ってやれ、親子の約束は絶対だ」

「……あぁ、そうだな。ごめん、俺……相当参ってたみたいで。おかげで、目が覚めたよ」

「よっしゃ! それでこそゼノンだ!」

 ――いつもそうだ。

俺が迷っている時、ロマーノは必ず、俺が探している答えに導いてくれる。兄貴兄貴ってうるさいけど、いつからか、口で言い返す程嫌では無くなっていた。

「ところで……」

 ロマーノは、少し言いづらそうに口を開いた。

「何だ?」

「十年前……、お前がC落ちしちまった時、事件に巻き込まれたっつっただろ?」

「あぁ、その話か……」

「その時の少年、生きてるのか?」

「さぁ……知らねーよ。顔も覚えてねーんだ。……まぁ、俺が生きてるんだ。あの子も何処かで生きてるんじゃねーか……」

 ――正直、思い出したくなかった。

あの時の記憶は、自分の中で消し去った過去だ。その事は、ロマーノも察しているせいか、今までこの話を聞こうとはしなかっただけに、ロマーノが十年前の事件の話をした事に少し驚いていた。

「そっか……。いや、特に何があるってわけじゃねーんだけどさ……」

 ――その時、背後に気配を感じ、俺達はとっさに振り返った。

「――リノ! いつからそこに……?」

 そこには、俺達二人を無言で見つめるリノの姿があった。

「……ゼノ、連れてきてって……」

「ルイか?」

「……はい……」

「ルイ……。ああ、あのガキんちょか。ゼノン、本当に懐かれてるな」

「……どうだろうな。懐かれてるっつーより、犬かなんかと勘違いされてる気がするんだけど……」

「まあ、犬みてーな名前だしな、ゼノンって」

「うるせーよ。……リノ、わざわざ使いっぱしりみたいな事しなくていーんだぜ。嫌なら断ってもいいんだからな?」

「……命令……」

 ――リノにその言葉を使うなんて、なんてヤツだ……!

「ルイの野郎! 来るなら自分で来いっつーの! ……ルイは何してる?」

「……動けないって……」

「何かあったのか?」

「……苦しい……って……」

「――ロマーノ! 戻るぞ!」

 俺は、理由を聞くよりも先にリノの手を引き、急いで監獄へ戻った。

――本当に、どうかしている……。

たった一日の付き合いなのに、何で他人の為にこんな必死に走ってるんだ……。

「――ルイ! 大丈夫か!」

「あ、ゼノ遅いよー!」

「……は?」

 振り返ったルイは、退屈そうに胡坐を組み、紙をビリビリと破いていた。

「お前……、苦しいって……」

「……え? ああ、これだよ、パズル」

「パ、ズル……?」

「一回目は余裕だったんだけど、更に二分割したら合わなくなっちゃって。……だけど、もうクリアしたから、今、もう二分割してるところだよー」

「なっ……!」

「……良かったじゃねーか、何もなかったんだから」

「そうだけど……」

 ルイは、俺達の勘違いにも気付かず、楽しそうに紙を並べ直していた。

「あれ……? つーかその紙! 俺のじゃねーか!」

「バレチャッタ」

「何だよその棒読み!」

「ほら、勝手に破ったら怒られるって言ったろ?」

 ヴァロアは、言わんこっちゃないという顔をして、ルイに笑いかけた。

「えー……でも、この紙屑は立派に命を果たしたてくれたよ。――俺の退屈しのぎっていう、立派な命を。……そもそも、ゼノが居なくなっちゃうからいけないんだよ」

 ルイは、ブツブツ文句を言いながら、せっせと手を動かしている。細かくに破られた紙は、既に原型を取り戻しつつあった。

「何だよそれ……」

「――出来た! よし、もう一回……」

「ゼノン、すまない。一応注意はしたんだが」

「……いや、どうせ役に立たない紙だったからいいけどさ……」

 ――第一、もうどうしようもない位細かく破られている。

「……そうか。――ところで、何が書いてあったんだ?」

「あー……、金になり損ねた情報だ」

「ああ、人探しのあれか。外れだったのか?」

「外れだ。年寄りの知り合いは少ないからな、誰かに回そうと思ってたんだけど……」

 ロマーノの質問に答えながらルイの手元を覗くと、さっきまでバラバラに置かれていた紙は、綺麗に元の形に戻っていた。

「……ビリビリに破られちまったな」

「……ああ。もう手遅れだ」

 ――ルイは、再び紙を掻き回しながら、不機嫌そうな顔でこちらに向き直った。

「……てゆうか、どこ行ってたの?」

「屋上……」

「何しに?」

「いろいろ……」

「『些細な事でも報告し合う事』、だよね?」

「些細な事っつったって……、そんな細かい事まで報告する約束はしてねーよ!」

「……泣いてたなんて言えねーもんなぁ?」

 ロマーノは、憎たらしい笑みを浮かべ、俺の耳元で囁いた。

「黙れ!」

「事実だろー?」

 ムキになる俺を見て、楽しそうに言葉を返す。

「うるさい!」

「そこ! 何いちゃついてんの!」

「いっ……! いちゃ……っ」

――その時だった。

ウォーーーーーン!!

「――っ!」

天井からぶら下がっているモニターが赤く光り、警報音が響きだした。

━NO10029に、回収対象者が二名登録されました。繰り返します。NO10029に、回収対象……━

 その瞬間、全員が喋るのを止め、息が詰まるほどの重たい沈黙が流れた。

――これが、奉仕活動開始の合図……。

 やがて、音声は止み、モニターに回収対象者の情報が流れ始めた。

「C30145……C02009……両者共に、罪名は麻薬密売……二番区のport17」

「三番区との境だな……。確かにあの一角は、よく取引が行われる場所だ」

「本当に……始まるの……?」

「……ルイ、今更――」

「――分かってる! ……ごめん、分かってるから……」

 ルイの気持ちは、痛い程理解できた。

だけど、俺達には、選べる選択肢なんて何一つ残されていない。

 ウォーーーーーン!!

――静寂の中鳴り響く警報音は、本当の地獄の始まりを知らせていた。


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