3 UCISSORE回収候補者
「さて、どうするか……。まぁとりあえず奉仕センターが先決だろうな。あぁー、くっそ……また二番区まで戻るのか」
今朝歩いた道を引き返すと考えただけで、一気に胃痛が戻ってくる。
……確か二番区を出た頃はまだ真っ暗で、ここ十五番区に着いたのは9時頃だったよな。 どんなに急いでも戻っても、今日の奉仕受付時間には間に合わない。
「一体どうすれば……」
――ダメだ……。
考えれば考える程腹が減って、これじゃ二番区へ戻るまで体力が持たなくなる。
「よっしゃ! 理想の都市と聖夜の魔女に振られた記念だ! 十五番区ご自慢のバゲットでも食うか!」
俺はさっきの出来事を吹き飛ばすように、勢いよく立ち上がった。寒波のせいで手指の先と耳が真っ赤だ。
――そうだ。
しばらくはまた奉仕活動の毎日で、十五番区を拝める日も遠くなる。
「まぁ、いっくら俺でも、バケッド1個くらい買えるだろ」
俺は勢いよくポケットの中をかき回し、コインを集めた。
――1ルーニーとダイムが2枚、それから……。……あれ? それから……。
「えーっと、待てよ、半分? いや4分の1ってところか……。出店屋の兄ちゃんなら交渉次第でどうにか――って、バカか俺は」
出店屋なんて、この十五番区に存在するわけがない。ここ十五番区にあるのは、模範生が正装して入店するような店ばかりだ。
――第一、罪人ナンバーでは、どの店もID承認の時点でアウト、所持金の問題ではない。
「はぁ……。俺の全財産……コイン3枚の一番有効的な使い方は……?」
使い方によっちゃ、腹の虫の増殖と、俺が冷凍食品になる事態を防げる。
俺は頭を掻きながらコインを並べ、再び考え込んだ。
「……まず、飯の確保は無理だろうな。店に入れないんじゃ交渉も出来ねーし。おまけにバスも使えないとなると……行ける所までCab使って体力温存と寒さしのぎが定石かな」
BIANCOのほとんどの人たちは、全ての交通機関を無料で利用できる。模範者には相応以上の待遇を施すのがBIANCOだ。
この街でCabを使う人は、交通機関を使えない俺たちCナンバーか、一部の金持ち連中のどちらかしかいない。――チップも払えない、おまけに罪人ナンバーと関わると規約違反に課せられるという決まり上、ほとんどのCabは罪人ナンバーの乗車を嫌がる。
――当然だ。
俺が模範生でも、そうしている。
俺はしばらくの間歩き回り、奇跡的に停車しているCapを捕まえた。
「……これで行ける所まで乗せてくれるか? 1メータでもいい、とりあえず二番区へ向かって――」
「二番区までって……それに、その身なり……。お前さん、Colpevoleか? ――だったらお断りだね。そんなコイン3枚の為に、罪人との関わりを疑われるのはゴメンだよ。……悪いな。他を当たってくれ」
「そうか……、悪かったよ……」
――これも、簡単な事だ。
十五番区の人間相手に、例えコインを何枚突き出したとしても、俺が罪人ナンバーって時点で同じ人間として扱われるわけがない。
結局、俺は、今朝歩いた道を引き返すはめになった。――途中、自販機でミルクティを買い、冷え切った手を温める。
俺は、ミルクティが冷めないようポケットに入れ、なるべく人通りの少ない場所を歩いた。
今から二番区までの道のりを考えると、少しでいいから休んでおきたい。……出来れば、人目もカメラも気にしなくていい場所で。
それに、こういう人の少ない場所には、金儲けの話が転がっていたりする。
大抵は、認証カメラから死角のブロックで、紙袋を提げて突っ立っている奴が――
「おっ、BINGO!」
儲け話は、早々に見つかった。
俺は、わざとそいつを通り過ぎ、少し離れた場所から小声で話しかける。
「――探し人か?」
「はい、もう十年以上に……」
お互い背を向けた状態のまま、そっと紙を受け取る。
その紙には、探し人の顔写真と、連絡先のIDが印刷されていた。
「報酬は?」
「$100紙幣を十枚と、ありったけのルーニーも……」
「そりゃまた……、さすが十年の重みだな。……何か情報があれば連絡する」
「ありがとうございます……」
実に事務的な会話だが、BIANCOでは一切の広告行為を禁止している為、個人の広告配布はペナルティに課せられる。
俺は受け取った紙を眺めながら、更に裏路地へと進んだ。
「……もう十年以上って。普通はとっくに諦めるだろうけど……」
写真の男は、さっきの女より少し、いや結構な年をくっている。かなり美味しい話だが、残念ながらこの顔は見たことがなかった。
十五番区で秘密裏に人探しをするって事は、大体がCナンバー絡みだ。身内を探したいなら、情報センターで血縁証明をしてID検索届を出せばいい。
それが出来ないって事は、表立って検索届を出せない理由があるか、もしくは、残された家族に迷惑をかけないよう、血縁関係を外して行方不明になったか……。
何れにせよ、十五番区で生きていけなくなった人間は皆二番区に集まってくる。
――毎度毎度、奉仕活動で一緒になる奴、金貸しをしている奴、変な顔見知りになって一緒に飲んだり悪さをしたり……。意外といろんな奴の顔を覚えていたりする。
奴等にとっては、俺のようにフラっと十五番区に来たCナンバーは、有力な情報を持っているかもしれない、有難い存在だ。
もちろん俺にとっても、人探しをするだけで金を貰えるのは、かなり有難い。
「そう考えると、惜しいよなぁ……、この話。年寄りの知り合いも作っておくべきだったかな。それとも、早く奉仕活動を終えて、次こそまともな職に就きなさいって、神のお示しか……」
今の状況から考えると、間違いなく後者だろう。
――通過儀礼祭はもうすぐだ。
今は余計な事に首突っ込むより、さっさと奉仕活動を終わらせて、罪人ナンバーを取り消してもらう方が先決だ。
職はそれから……儀礼祭までに探せばいい。
俺は見つめていた紙を丸め、もう片方のポケットへ突っ込んだ。
「金にはならなかったけど、まぁカイロ代わり位には……」
そして、俺は、気休めの紙クズをカイロ代わりに、裏路地を抜けて旧市街地の十四番区に出た。
「しばらくこの街に立ち寄る事は無いのか……」
十四番区の高台から見下ろす十五番区は、他の何にも勝る絶景だった。
例え、大嫌いな街であっても、この景色をしばらく見る事が出来ないと思うと、名残惜しい気持ちが生まれるのだ。
結局俺は、休憩がてら、この景色をバックに朝のミルクティを嗜むことにした。
ここの橋の欄干は、最高の観賞場所なのだ。
俺は、欄干に飛び乗り、大きく伸びをした。
「――やっと解放された……」
思いっきり息を吸うと、一気に疲れが抜けていく。――同時に、寒風が鼻に入り込んできて、思わず体が震えた。
「高台はやっぱさみーな……」
――まだ少し温かいミルクティの缶を頬に当てると、じんわりと缶の温もりが伝わってくる。
その快感に、思わず時の流れを忘れる。
――と、その時。
俺は、周りが騒がしくなっている事に気付いた。
「……ほら……」
「本当……」
通行人達は、足を止め、各々に話し始める。
「ん? 何だ?」
━聖都市BIANCOの皆様おはようございます━
「――げっ!」
聞き慣れた声に、思わず体が反応する。
俺は、自分のブレスレットが静かに眠っていることを確認し、安堵の溜息をついた。
――ふと十五番区を見下ろすと、中心塔のスクリーンに、デモムービーが流れ始めていた。
━世界の先駆けとなるべく、試験運用都市として選ばれたこのBIANCOでは……━
「……もう10時30分か。さすが十五番区、全てが時間通りだ」
━全市民が秩序を守り、個々を尊重し、都市の安全と平和を維持することを誓います━
「――誓います……」
「――誓います……」
四方八方から、誓いの言葉が聞こえくる。
――振り返ると、全員が足を止め、胸の前にブレスレットを掲げて一礼していた。
「えっと……」
この物々しい光景、久々に見ると何と言うか――
「……異常?」
一礼を終えた模範生達は、何事も無かったかのように、再び歩き出す。
あまりにも自然な流れに、異常なのは、この光景を『異常』と感じる俺の方なのか……とさえ思えてくる。
「この街に居ると、何が普通で、何が異常なのか分からなくなってくる。――だいたい、これ、十年前と同じ映像だよな? 毎朝毎朝同じ映像の為に電力の無駄使いしやがって……」
そんな金があるなら、尊重されてない二番区市民へ寄付してくれ……と、二番区代表Zさんの広告を流すなら話は別だが。
しばらくすると、BIANCOの街を映したデモムービーは消え、都市規約事項が流れ始めた。
━私達は、Modello=模範生としての誇りを持ち、下記規約事項を守ります━
「『守ります』ねぇ……」
僅かな時間差で、俺のブレスレットも映像を受け取る。俺のブレスレットは、扇形の光を放ち、スクリーンと同じ映像を映し出していた。
「それにしても、ホノグラフィーって言うの? すげーよなぁ……」
最新の製造技術、『ホノグラフィー』をブレスレットの中に組み込み、レーザー光とホノグラムシートを使い、対象の映像を三次元像として空気中に映し出す……という仕組みらしい。
俺は、次々と規約事項が流れてくるだけのつまらない画面を、指で弾き呟いた。
「……昔は、このホノグラフィーが大好きで……。つまんねー規約事項の映像も『文字が流れてくるのが面白い』とか言って、目輝かせてたっけ。――それに、俺だって昔は、あいつらと同じように……」
――俺も……誓っていた。
何を疑う訳でもなく、毎朝10時30分時にはブレスレットを胸に掲げ、誓いの礼を交わして。列を乱すもことなく、この街の掲げる理想に従い暮らしていた。
「俺の大嫌いな、あの目で……」
ホノグラフィー画面には、相変わらず長ったらしい文字ばかりが流れてくる。
「そうだ……俺だって、あの日までは……」
『――『誓います』ってゼノン、お前なー。誓いを交わすって事は、ゼノンが考えているより、重い意味があるんだぞー』
『分かってるよ、父さん。――指切りよりも、もっと大事な約束でしょ?』
『あぁ? あぁ、まぁ間違ってはいないけどもだ。ゼンノは物分りが良すぎるんだよなー。父さんがお前くらいの年の頃は、何で? どうして? ばっかり言ってたぞ! ……何かないのかゼノン! ほら、その夢中になってる規約の事でも……。つーか、そんなにホノグラフィーが面白いのか? 睨めっこしても、しばらくは規約しか流れてこないぞ』
『面白いよ。だってこれは、僕とBIANCOとの大事な約束だから。毎日、ちゃんと目を通さないと』
『やくそくぅ? 何それっ父さん聞いてない! 妬いちゃうー!』
『父さん、僕は真面目に話してるんだよ。それじじまるで、あいつらみたいだよ』
『あいつらって?』
『罪人ナンバーの奴らだよ。――約束を守れないから、BIANCOに守ってもらえない、可哀想な人達』
『……ゼノン。そんな風に他人を軽視する事は、父さん感心しないな』
『だけど、事実だよ』
『はぁ……またお前は。――それで? ゼノンのいう『約束』ってやつは?』
『うん。これだよ、この規約事項。僕達がこの約束を守れば、BIANCOは一生僕達を守ってくれるんだ。僕の事も、父さんの事も、この街がずっと守ってくれる。――だから僕は、約束を守る事を『誓います』って言うし、BIANCOも僕達を守ることを『誓います』って言ってくれるんだよ。それなのに……、どうして罪人達は守れないんだろう。――だから、捨てられたんだよ』
『ゼノン、お前が言っていることは正論だがな。人を隔てて考えるのは良くないぞ。人間はいろんな事情の中で生きてるんだ。足を踏み外す事だってある。……中には、意に反して外れちまった奴もいる。ゼノンは、そういう奴を救ってやりたいとは思わないか?』
『うーん、僕はそれより……中等教育までにAAクラスに入って、高等教育ではAAの特別枠で卒業したい! ――いつか僕も、都市計画のプロジェクトメンバーに入りたいし、通過儀礼祭ではAAクラス代表として表明スピーチもしたい!』
『……夢がねぇな』
『夢の話はしてないもん。僕の未来設計だよ。――それにねっ、Aクラスの中でも成績上位だから、このままいけばAAクラスに推薦できるだろうって、先生が言ってたんだ!』
『すげーじゃねぇかゼノン!』
『……へへっ、僕がAA代表として通過儀礼祭に立った時は、酒屋のお姉ちゃんに自慢していいよ! ――そしたら父さん、モテモテになれるね!』
『バッカ野郎! んな事言わなくても父さんはモテモテなんだよ! これだから、まだ成人ナンバーも貰ってないガキは! ……はは、でもまぁあれだ。代表スピーチなんて大それた事しなくても、お前が成人ナンバーを貰う日だ。そりゃ自慢するさ。――その時はお前も来い! 成人の祝いに、父さんの武勇伝を見せてやろう! ……って、まだまだ先の話だがな!』
『いたっ痛いよ父さん! もうっ……』
――まだまだ先の話だった。
――AA代表として表明スピーチも夢じゃなかった。
それが、気付けば儀礼祭はもうすぐで、今や『捨てられた可哀想な人達』で、通過儀礼祭に参加できるかも危うい状態で……。
「何で今更こんな事……。模範生だった頃の事なんて、父さんがいた頃の事なんて、今更思い出しても……」
――状況が違いすぎる。
罪人に向けていた過去の自分の言葉が、今や、全てが自分に向けてられている。
「BINCOに守ってもらえない、可哀想な人達――か」
虚像の街を理想と信じていた昔の俺が愚かだったのか、それとも、その虚像にすら振り落とされた今の俺が愚かなのか……。
「くだらねー……」
昔の記憶に浸った所で、今の状況は何一つ変わらない。
俺は、再び自分のブレスレットに目を落とした。
━奉仕活動未終了者一覧
該当する者は期日内に奉仕活動を行う事
PP1・C24225
PP3・C63029
PP5・C10775
PP5・C153……━
「こっちだよなぁ……、考えるべき事は――」
俺は、ガクンと首を下げ、溜息をついた。
━聖都市BIANCOの更なる繁栄、
そして、永久なる愛の祝福と共に……
素晴らしい一日を━
「……素晴らしい一日を」
俺は、残っていたミルクティを飲み干し、ホノグラフィー画面が消えたのを確認して、欄干から降りた。
「……素晴らしい一日どころか、俺の歴史上、結構最悪な一日だったっつーの。……っよ、とっ――」
そして、軽く着地した、その時――
――チャリン
着地と同時に、ポケットからコインが飛び出した。
「ああぁー! 俺のダイム! 俺の全財産!」
コインは、不安定に転がりながら橋の下へと落ちて行く。
「最っ悪だ……」
ダイムを失った今、俺は本当に一文無し状態……。
俺に残った物といえば、ミルクティの空き缶と、金になり損ねた紙屑、それとレベル5の奉仕活動だけだ。
「嘘だろ……」
十五番区に着いた時と、十五番区を去る今、たった数時間でここまで壊滅的な状況に陥るとは……。いろんな不運が凝縮されすぎて、さすがにダメージがでかかった。
「クッソ……!」
俺は持っていた缶を思いっきり投げ捨て、そのまま欄干に両肘をついて項垂れる。
「ついてない……今日。またペナルティ追加か……? もう、どうでもいいや……」
これ以上の最悪なんて、早々お目にかかれるもんじゃねー。
━C10775、警告します━
――来たか。
完全に脱力しきって、欄干にへばりついていると、例の如く、あの女が騒ぎ出した。
ブレスレットの警告も、いつもに増して鬱陶しく感じる。
「……うるさい。ペナルティ6も7も8も、この状況が最悪な事には変わりねぇだろ。お次は何だ? レベル7の奉仕か? 8か? ややこしいんだよ、この街の規則は――」
━警告します。C10775、十五番区port14にて規約2―3『故意で他人・物件に物を投げつける行為』に該……━
「相変わらずの忠誠っぷりだなぁ。『該当する行為が認められた為、ペナルティポイント2を追加』、だろ?」
俺は、相変わらず疲れた笑みを浮かべながら、投げ捨てる様に言った。
━認められた為、ペナルティポイント109238……を追加。AM10時53分を以って、Colpevoleの称号を破棄。新たに、BIANCO指定第一級犯罪者としてUccisole称号へと変更します━
「……はっ?! ちょっと、待っ――」
ウォーーーーーーン!!
だが、俺の声は、一瞬にして轟音に掻き消されてしまう。
「……っ!」
通行人達の動きが一斉に止まる。
異様なほど甲高く響く警報音は、直接脳の中に入り込んでくるみたいだ。頭が割れそうに痛い。
「一体、何がどうなって……! こんな警報音、聞いたことが――」
自分の声も辛うじて聞こえるかどうか、という程の爆音だ。俺の中の全ての細胞が、この異常事態に反応しだしていた。
――頭が……、
――心臓が……、
――足が……、
全身で恐怖を感じる。
「違うっ、聞いてくれ! 俺はっ――」
━緊急警告・十五番区port4にて、第一級犯罪者を確認しました━
「何でっ……」
情けなくなる程、声が震えてしまう。
地面は波打ち、目の前の景色はグルグル回り、俺は立っている事が精一杯だった。
━十五番区全域に特別警戒体制を、Modelloの皆さんは直ちに緊急発信システムをONにして、安全な場所に避難してください━
ウォーーーーーーン!!
「緊急発信システムをつけろ! 早く!」
「走れ! 急いで家へ!」
その場に居た人達は悲鳴を上げ、まるで津波が来たかのように逃げ惑っている。
俺は、逃げ場を失い、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。
ウォーーーーーーーン!!
「うわぁーん……ママー!」
「急ぐんだ! 立ち止まるな!」
「……違うっ! 俺は何もっ――」
――響き渡る轟音と、人々の騒ぐ声、逃げ惑う足音で、頭の中がグチャグチャになっていく。
混乱しているせいか、聞こえるはずのない声までが聞こえてくる。――他の誰でもない、葬り去ったはずの、過去の自分の声が……。
『父さん、僕達はね……』
――違う!
「見るな! 俺達まで疑われる!」
「何で罪人がこんな所に……!」
『僕達は、許されたんだよ。BIANCOという船に乗ること事を』
「どうしてだよ……っ」
『最も安全で……』
――誰か……っ!
「ママー! こわいよ……っ!」
「絶対に目を合わすな!」
『綺麗で、優しくて……』
――誰かっ……助け……っ!
「ひっ! 近寄るな罪人!」
「こっちよ! バスが出るわ!」
『世界中が羨む船』
――父さんっ、どうして……?
ウォーーーーーーーン!!
━警告します。市民の皆様は直ちに……━
『罪人達はね、父さん……』
――どうして俺は……、
『……乗ることが許されなかった、可哀想な人達』
――こっち側にいるんだ……?
訳も分からず、立っているのがやっとで、恐怖を前に出来る事なんて何一つなくて……。
これじゃ、あの時と全く一緒だ。あの日と、あの子の時と。
ウォーーーーーーン!!
脳の配線が混線しているのか、過去の記憶と現実がぐちゃぐちゃになっている。
自分が今、何処の次元に居るのかさえ分からなくなっていた。
……この警報のせいだ。
『M10775……あなたの――』
――こんな時に思い出すなんて……。
「U10775。ゼノン・バリオーニですね。BIANCO指定第一級犯罪者として、あなたを連行します」
「……っ」
――ただ一つ分かる事は、あの時も、今も、俺は何も変わっていない。
どんなに自分の運命を呪っても、所詮運命に抗する力も無く――ただ、淘汰されるだけだ。
あの日と、同じように……。
『あなたの命に、価値はありますか……?』
「俺はっ……!」
「回収者を確保しました」
――こういう時、十年経っても、やっぱり俺は……同じ名前を呼ぶんだ。
「U10775、こちらへ――」
「……っ」
――助けてくれよ、父さん……。