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Binaco  作者: 水瀬いちか
2/20

2 COLPEVOLE―罪人―

「うわ……すっげー人……」

 久しぶりの十五番区は、まだ開店前の時間にも関わらず多くの人で溢れていた。

 BIANCO中心街の十五番区には、ブティック、食品、家具、世界中から輸入されたあらゆる高級店が軒を連ねている。BIANCOに来た観光客は、この十五番区を訪れ、食や買い物で腹を満たしていく。

 そして、すっかり骨抜きにされた奴等は皆、口を揃えてこう言うのだ。

「ここはまさに理想の都市だ」

 ――と。


 俺は、その理想の都市とやらに陶酔する事も無く、人の流れに逆らって情報管理センターへと急いでいた。

 途中、眠っていた店にちらほらと灯りがともっていくのを見て、もうAM9時が近い事を確認した。

 穏やかに揺れるオレンジの灯りは、冷え切った誰をも暖かく迎え入れるのだろう。

 ――だけど、俺の視界に差し込む灯り達は、体を激しく揺らして警告してくる。

「私達がお前を受け入れる事など決してない」

 ……と。

 あちこちから突き刺さる灯りが不快で、俺は更に足を速めた。

 十五番区に着いてからどれ位歩いただろう。ただただ無心で歩く俺の意識の中に、可愛らしい子供の声が入り込んできた。

「ママー! せいやのひには、だれがプレゼントをもってきてくれるのー? イエスさまー?ベファナのまじょさんー? サンタクロースー?」

 鼻を真っ赤にして、嬉しそうに飛び跳ねている。

「そうね、イエス様を信じ、罪の赦しを受け、善き行いに勉めるのです。主が義と認めてくだされば素晴らしい恩恵を受けるでしょう」

 ……子供への答えにしては難しすぎるだろ。

――案の定、子供は少しの間首を傾げ、次はブロックの赤い部分だけを踏むという新しい楽しみを見付けていた。

「ほら走らないで。ベファナはいい子に過ごした子にだけプレゼントを、悪い子には炭を与えるのですよ! 走らない!」

 ……はは。

どうりで、俺にはプレゼントをくれないわけだ。理想の都市も聖夜の魔女も、誰にでも微笑えむ神でも無ければ、慈悲深い牧師様でもない。

……常に与える相手は選ぶってわけか。

 そもそも、クリスマスなんて物を意識したのはもうずっと前の事で、すっかり忘れていた。この人の多さとディスプレイの気合の入れ方、何と言うか……。まだ先の話なのに浮き足立って――


 ―Dec・30th通過儀礼の祭り

     一般・参加国への開放日とする―


 俺は、飛び込んできた文字に思わず足を止める。

「通過儀礼祭……」

 多分、今、ここに居る誰よりも浮き足立っているのは俺かもしれない。

クリスマスよりまだ先の話だけど、俺には無関係なクリスマスとは比べ物にならない程、この日を心待ちにしていた。

「来た……遂に通過儀礼祭だ……。これで俺も成人ナンバーを貰える、もうガキじゃない

! 堂々と煙草も吸えるし、酒と姉ちゃんが出る店にも行き放題だ! サンキューベファナ! 最高のプレゼントだ!」

 嬉しさのあまり、つい口に出していた。それも、よりにもよってベファナへの感謝を……。 

だが、今日感謝せずにいつ感謝する? 

だって俺は、この日を迎える為に、BIANCOでの暮らしを耐え忍ぶ事が出来たんだ……。

 BIANCOでは年に三回、一般観光客を主とし、都市計画参加国の視察も兼ねた開放日を設けている。

 四月の復活祭、六月のBIANCO創立記念祭、そして十二月の通過儀礼祭。特に通過儀礼祭は、聖祭として最も重んじられている日である。

成人を迎える人々は皆、この通過儀礼を以って成人と認められる為、二十歳に限り個々の誕生日は存在しない。

 ……まあ聖祭と言っても、都市計画本部と公安局のつまらない話を聞かされ、AAランク卒業者の決意表明、そしてBIANCOへの忠誠を誓い成人ナンバー授与ってだけの、祭りとは呼べない毎年恒例の事務的な行事だ。

 だが、この忠誠を誓った者に与えられる成人ナンバーという物は、いろいろと都合が良い。

 ――まず、未成年ナンバーが規制されている店に入った時の、あの忌々しい警報音を聞かなくて済むようになる。

 そして、俺にとって一番助かることは、未成年ナンバー所有時についたペナルティポイントを帳消しにしてくれるって事だ。つまり、ID承認の時に表示される犯罪歴が綺麗さっぱり無くなる。

『忠誠を誓った者には成聖の恩恵を、寛容な赦しを……』

 ――ってわけだ。

 だが、もちろん例外もある。

通過儀礼を受ける時に、例外とされるペナルティポイント数を抱えているとなると、ちょっと厄介だ。

 つまり俺は、そろそろその『例外』に適用されそうな状況なわけで、通過儀礼祭の前にその容赦範囲を超えるわけにはいかない。

――何が何でも……。

 俺は戒める様に自分に言い聞かせ、再び歩き出した。


「……着いた。情報センターだ」

 そもそも、何で国営の、おまけに利用率ナンバー1の施設が街の端っこにあるんだよ。 ――案の定、まだ開放時間から間もないというのに既に大勢の人が並んでいる。

 この情報センターは、市民IDに関わる全ての情報や他の国営施設、交通、求職、あらゆる情報の検索が出来る施設だ。

 俺は、例の例外を逃れる為にも、ここで一刻も早く職を見付ける必要がある。何せこのBIANCOには、まどろっこしい都市規約が山ほど存在するわけで、俺はどうもこの都市規約とは相性が悪い。

「まあ、今日中に職が見つかればあの忌々しい女からお咎めを受ける事もないわけだし……。あぁ、思い出すだけで胃がキリキリしてきた」

 俺は、少し大げさに胃を擦りながら施設に入った。――実際、ここの所飯もまともに食ってない。

「あー暖ったけぇー……」

 施設の中は、胃痛も空腹も満たすほどの暖かさで、凍った手足も、おまけに鼻水までも解凍されていく。

「えーと、求職情報の受付けは……と」

 この暖かさのせいで、睡魔まで襲ってくる。

━おはようございます、C10775━

「はいおはよーさん。……おっ、あったあった! えーと、求職情報は……B棟の、フロア5……――って、はっ? 今、Cって……」

 ――だが、『それ』は、俺に混乱する間も与えず騒ぎ出した。

 ウォーン!! ウォーン!!

 フロア内の人達の動きが一斉に止まる。

「出た……。お馴染みの警報音……って事は、次はあのクソ女が――」

━警告します。十五番区情報センターの認証システムより入館不適合者と認証されました。警告します。C10775ゼノン・バリオーニに対して……━

「おい、何だっつんだよ毎回毎回!」

━『COLPEVOLE=罪人ナンバー所有者の施設・交通機関の利用』は、BIANCO都市規約1―3に違反する為、直ちに退館されるよう要請します━

「聞け、人の話をっ! ――間違いだ! 前回の奉仕活動はとっくに終了しただろうが!」

━C10775の現在のペナルティポイントは4。違反内容は次の通りです。第1に、規約1─|4『成人ナンバー未所得者の飲酒喫煙行為及び指定場所以外での……━

「げっ……! 認識されてたのか……! 誰だよあのブロックは死角だっつったの!」

━第3に、規約2─|3『故意で他人・物件に物を投げつける行為』に該当する行動が認……━

「……はぁ? 投げつける行為って、思い当たんのはコーヒー缶投げたくら……い……――チッ! 入る予定だったんだよ! あの時はちょっと手元が狂って! ……その、看板に当たっちまっただけで……」

━新たに第4として、規約1|─3『COLPEVOLEナンバー所有者の施設・交通機関の利用に該当する行為』が認識された為、ペナルティポイント1追加。現在のペナルティポイントは5です。――これに従い、C10775に対してレベル5の奉仕活動を命じます。速やかに情報センターから退……━

「うるせぇ! 分かったよ、出ればいいんだろ出れば!」

 ――何が入館不適合者だ! 

国営の無料開放施設が、どの面下げて市民追い出してやがる!

 ――腹が立つ……。

俺は、叫び出したい気持ちを抑える為、大きく深呼吸をして出口へと向きを変えた。

「Cナンバーですって……」

「罪人じゃないか。なんでこんな所に……」

「見るなっ……罪人と関わると俺達まで」

 ――|腹が立つ……。

どいつもこいつも……聞こえてるんだよ、痛いくらいに……。

 無駄に広い造りのおかげで、反響した声が全身をめがけて突き刺してくる。――次々襲ってくる冷罵を振り切ろうと、いつの間にか握っていた拳は、爪で真っ赤にうっ血していた。

「……何だよ。もうおやすみの時間か?」

 さっきまで煩く騒いでいたブレスレットは、既にそのお役目を終え、大人しく腕にぶら下がっている。

こっちは、お前のせいで睡魔もふっとんじまったっていうのに……。

 ――警報音、罪人、視線、冷罵……短時間でこんな惨めな姿を晒すことが出来るのも、俺くらいだろうな……。

「罪人は、とっとと二番区へお戻りくださいって事か……」

 ところが、出口へ向きを変えた俺を、無邪気な声が引き留めた。

「……おにいちゃん、いいこにしないと、ベファナのまじょさんからプレゼントもらえないんだよー! おにいちゃんは、わるいこなの?」

 何だ……? 

こいつは、先の通りにいた子供……?

 ――ははっ、子供って強いな。此処にいる大人は皆、罪人ナンバーって聞いただけで縮み上がって、まともに目も合わせられないっていうのに……。

 まだ、『罪』の意味を知らない子供の眼には、俺に対する恐怖も、迷いもなく、俺の顔を覗き込んだままその答えを待っていた。

「……お兄ちゃんはな、悪――」

「――アンジェ!」

 ――子供の髪を撫でようと膝を折った瞬間、母親が息を切らして走ってきた。青ざめた顔で子供の手を掴み、胸の中に引き寄せる。 

「アンジェ……! あなた、何て事を!」

「ママー……?」

 ……何だよ。

――これじゃ、俺がナイフでも持って、『今から二人の命を奪います』て、脅迫でもしているみたいだ。

 母親は、上ずる声を押し殺し、精一杯の力で子供を抱き込んでいる。

「あれ程……、あれ程ママの言いつけを守るようにと……!」

 身動きが取れない子供は、母親の腕の中からこっそり俺を見て、また母親へと視線を戻した。

「ママー、アンジェもわるいこ? もうプレゼントもらえない?」

「――シッ! アンジェ、お願いよ……!」

「……っ」

 ……分かっている。

――ここから早く出ればいいだけだ。

一秒でも早く、罪人が視界から消えてくれる事を、ここにいる誰もが望んでいる。

俺は、無数の視線を浴びたまま、出口へと歩き出した。その気配に、母親が小さな悲鳴をあげる。

「――ごめんなさいっ……、ごめんなさい……ごめんなさ――」

 ……一体、誰に向かって謝ってるんだ。

俺か? それとも、その高そうなブーツに向けてか? ……バカにするにも程がある。

 俺は、必死で謝っている母親の前で足を止め、子供の背丈まで体を落とした。

「アンジェ……だったな、名前。……大丈夫だ。この街もベファナの魔女も、模範生には優しくしてくれる。――きっと素敵なプレゼントを貰えるから、心配すんな」

 髪をクシャクシャと撫でてやると、さっきまで泣きべそをかいていた顔に笑顔が戻った。「ほんとー?! へへっ、おにーちゃんももらえるといいねっ、プレゼント!」

「ああ……そうだな」

 そう一言返し、ニッと笑って見せた。

「――父なる神よ……、どうか、どうか私たちの罪を御赦しください……。子なる神よ、どうか娘の罪を――」

「くそ……っ」

 俺は、母親の顔を見ないよう俯き、急いで出口へと向かった。慣れない笑顔なんか作ったせいで、未だ気持ち悪い笑みが顔に張り付いたままだ。

「――ばいばい! おにーちゃん!」

 出口のガラスには、大きく手を振る子供の姿が反射している。

――同時に、そこに映っている自分の情けない顔が、より一層惨めで笑えてくる。

その後ろに映る親子の姿は、どんどん遠くなっていくのに、まるで母親の声が張り付いているみたいに耳から離れなかった。

「――罪、か……。俺と話した事が神に赦しを乞う程の罪だったら、罪人の俺は、誰に赦しを乞えばいんだよ。まさか神様まで不適合者ー失格! とか言わないだろうな」

━C10775、素敵な一日を━

「……どーも」

 ガラスに反射していた気持ち笑みを浮かべたままの悪い俺の顔も、神に祈願中の親子も、他のギャラリーの姿も消え、代わりに俺を出迎えてくれたのは、つい十分程前まで天敵だったはずの寒風だった。


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