表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Binaco  作者: 水瀬いちか
18/20

18 賭け

「奉仕っ……!」

「鳴ってないよ。……おはよう、ゼノン」

 目が覚めた俺を、優しい声が迎えた。

「おは……よう」

 ソファに腰かけたヴァロアが、ニッコリ微笑んで俺を見ている。一晩経ってヴァロアも随分落ち着きを取り戻したようだった。

「眠れた?」

「うん……まぁ……」

 ベッドから出ようとして、腰に手を当てた瞬間――ポケットから硬い違和感を感じた。

「え、何……?」

「なんだ?」

「……これ、手に当たった」

「俺のブレスレットも外れてないし、……ID操作用のブレスレットはルイが持っているし……。これは……?」

「……?」

「ゼノン、心当たりある?」

「心当たりって……」

『……それと、じじぃベファナからもう一つプレゼントじゃ』

「……っ!」

 俺は、慌ててズボンの中を確認した。

いろんな事があって、すっかり忘れてしまっていた。あの時老いぼれから貰ったブレスレット……、ずっとポケットに入れたままだったんだ……。

「……じじぃから……貰ったんだ」

「ジュイド・パルヴィスから……?」

 ヴァロアは、乱れた俺の服を直しながら、真剣な目で質問した。

「何の為のブレスレットだ?」

「……これで、ID管理室に入れるって……。一回きりだとか何とか言ってたけど……」

「ID管理室……」

 ヴァロアは、眉間にシワを寄せ、質問を続けた。

「ID管理室に行って……、何だって?」

「それが……直観で動けって……。それしか聞いてないんだ……」

「ID管理室……」

「何か気になる事が……?」

 ヴァロアは、何かを確信したように、ブレスレットを眺めていた。

「俺がこの施設にアクセスした時、……唯一入り込めなかったのが、ID管理室のPCだ……」

「え……?」

 ――そうか……。

ヴァロアは、本当はこの施設の事を知っていて、自ら捕まったって……。

「……こんな施設知らないだなんて、嘘を吐いていて悪かった。……あぁ、この施設の事は知っていたよ。……だが、この施設の目的や構成――核心に触れる事実は、本当に知らなかったんだ。……十四番区出のエリートを何人雇い入れても、このID管理室のPCにだけはアクセス出来なかった。きっと、ID管理室のPCが、この施設の要の情報を担っている……と、考えてもいいだろう」

「要の情報って……?」

「覚えているか? 俺達のIDは、ここの職員に引き抜かれて、一時預かりになっている……って言ってただろう? 多分、ここに収監されている人たちのID、回収対象者のID、ID操作対象者のID、……それから、俺達がここを出る際も、何らかのID操作が行われるはずだ。それを管理・実行しているメインPCがあるはずなんだ」

「それが……ID管理室に?」

「推測にすぎないがな。多分、九割方BINGOと考えてもいい」

「そこに入るブレスレットを……、何で俺に……」

 ――老いぼれに確かめようと思っても、もうそれは出来ない。

「……分からない。それに、ID管理室に入った後の事も、俺達には何一つ情報がない」

「……直観で動け、って言われても……」

 ヴァロアは、少しの間考え込み、ブレスレットを眺めながら、こう切り出した。

「これは、賭け……だな」

「賭け……?」

「俺達には、二つの道がある」

「……これを使うか使わないかって事?」

「……一つは、稼いできた奉仕の回収率を100にする事だ。……ジュイド・パルヴィスのポイント譲渡のおかげで、回収率は80を超している。加算されるポイントがその度違う事は大きなリスクだが、運が良ければ儀礼祭までに100になるかもしれない。……だが、もう一つリスクがある。100になったからって、本当に出してくれるとは限らない。俺達は、この施設の職員共が死んでも隠したい情報を持っているんだ。そう簡単に出してくれるとは……、思い難い」

 ――確かに……。

ここでの事をリークされれば、この施設は終わるだろう。いや、それどころか、BIANCOの基盤が崩れてもおかしくない。

「でも、じじぃは……、ここから出たやつは、全てを忘れて、modelloとして幸せに暮らしてるって……」

「全てを忘れて……?」

「……って、言ってたけど……」

「……全てを、忘れて……。そんな事、可能なのか……? 記憶の操作まで行っているとは……、思い難いな。本当にそんな事が行われているとしたら、この組織は本当に狂っている。都市計画本部にばれたら、間違いなくこの組織は消されるだろう。……それどころか、BINACOは都市計画から外される」

 淡々と独言を繰り返すヴァロアを見ると、出会った当初のヴァロアを思い出す。

「ゼノン、ぼーっとして、大丈夫か?」

「あっ、ごめんっ大丈夫。……それで、二つ目の選択っていうのは?」

 俺は、慌てて記憶巡りを終わらせて、話を進めた。

「……二つ目は、このブレスレットに全てを賭ける。ID管理室に侵入して、ここを出る為の操作を全て自分達でやってしまう。……上手くいけば、何の介入も受けずにここから出る事が出来るし、儀礼祭にも間に合う。わざわざこのブレスレットをゼノンに預けるくらいだ、それなりのメリットがあるんだろう。……だが、当然リスクもある。ID管理室の場所、侵入した後の事、ここを脱走する事、俺達には何の情報も無い。もし、途中で見つかったら……、それこそ終わりだろうな」

「儀礼祭前で見つかったりしたら……、本当に終わる……な」

 ここまで耐えてきたんだ。ゴール目前で失敗するわけにはいかない、……絶対に。

「ゼノンは、どうしたい?」

「え……?」

「ゼノンは、どっちの賭けに出たい?」

「俺は……っ」

 ――どっちを選んでもリスクがある。

儀礼祭は二日後だ……。

 何より、今の俺は儀礼祭の事で頭が一杯で……、冷静な判断をするには焦り過ぎている。

「俺は……、正直焦ってる。儀礼祭には絶対に間に合いたいんだ……。出来るなら、老いぼれのブレスレットに賭けて。今すぐにでもここを出たいと思ってる。……でも、これは俺だけの問題じゃない。今まで集めてきたポイントは、皆で集めてきたものだ。……だから、焦った俺の判断で、道を間違えたくない……」

「はぁ……、俺も同じだよ。思いがけず舞い込んできたもう一つの選択肢に、正直戸惑ってる。正しい判断が出来るかって言ったら、……自信が無い。……こういう時、意外と頼りになるって言ったら……」

「……ルイ」

「――だな。……決まりだ、すぐに部屋に行こう」

 ヴァロアは、そう言うなり立ち上がり、ドアの方へと歩き出した。

俺達は老いぼれから預かったブレスレットを持って、ルイとリノの部屋へ移動した。


リノは、落ち込んだ素振りを全く見せない……というか、ごくごく通常営業で……。

ルイは、俺達の顔を見るなり、涙を浮かべて喜んだ。どれ程心配をかけていたかと思うと、報告が遅くなった事に後ろめたさを感じる。

「顔色も良くなったね! 本当に……本当に良かった! ……でも、何で二人で部屋に来るの? 二人で会ってたの? 何してたの?」

「えっ……と」

 ――うっ……、さすがルイだ……。一緒に寝ていたのはさすがに気恥ずかしさがある。

「……実は、ゼノンが気になる物を持っていてな」

 ヴァロアは、すかさず握りしめていたブレスレットを差し出した。

「……気になる物? そのブレスレット?」

ナイス、ヴァロア……。

 ヴァロアは、これを得た経緯、俺達が選ぶ事が出来る選択肢、互いのメリット・デメリットの話を掻い摘んで行った。

ルイは、特に質問をする事も無く、ただ黙って話を聞く。

そして――

「ゼノンは、どうしたい?」

「ヴァロアと同じ事聞くんだ……」

「え? そうなんだ?」

 ヴァロアが、ニッコリ微笑んで返す。

「俺は、これを使えるなら、……使いたい。奉仕が無い日だってあるんだ、加算されるポイントだって毎回違う。それに賭けるには、あまりにもリスクが高い。……それに、それだけじゃない……。この手で誰かの命を奪うのは……、これ以上犠牲を生むのは……」

「……」

 部屋に、沈黙が流れる。

自分がおかしな事を言ったわけじゃない。 きっと、誰もが同じ事を思っている。俺達は、この奉仕に参加すると決めた時点で、同じ罪を背負っている……。

「……それじゃあ、せめてID管理室の場所だけでも調べようよ。本当は中に侵入して、その後の事も調べたいけどさ……、一回しか使えないんだったら、それも出来ないし。その後の事は、俺達の運に賭けるしかないよね」

 ルイは、妙に明るく提案した。

「……ゼノ?」

「いや、思ってたよりあっさりだなって……」

「んー、だって……、思い詰めても仕方ないでしょ? それに、俺もヴァロアと同じ。ポイントを稼ぐしかここから出る術が無いと思ってたけどさ、他にも選択肢があるなら、それに賭けてみたいじゃん? この方法なら、もう誰も傷付かない……。誰も傷付けなくていいんだからさ……」

「うん……」

「それで、日にちなんだが……、明後日の早朝でどうだろう。つまり、儀礼祭の朝だ」

「儀礼祭の……当日?」

 ――言い様のない焦りを感じる。

いや、焦っても仕方がないのは分かってるんだけど……。

「儀礼祭当日には、計画本部の幹部共がこぞって参加する。ここの重役共も、表向きは真面目な役職なんだ。接待やら会議やらで、当日は職員の数が減ってもおかしくない」

「……確かに」

「それまでは、ID管理室の場所を探す事に集中しよう。……で、どうかな?」

「うん、俺もその意見に賛成。リノも、いい?」

「……はい」

「ゼノは?」

「……うん、俺も」

「決まりだな。それじゃあ、決行は明後日の朝。……もう、迷ってられない。ここを出るぞ、必ずだ……」

 ――その言葉に、身が引き締まる思いだった。ただ漠然と思い描いていた、儀礼祭と言う日と、ここを出るという日が、すぐ目の前にある。

……大きなリスクと共に。


進むべき道と、実行の日が決まると、今やるべき事は必然と限られた。

俺達は、二手に分かれて施設内を隈なく探す事にした。……だが、いざ動き出すと、当然それを阻む問題にもぶち当たる。

まず一つ目の問題は、忠誠を誓っていないuccisoleの監獄の外には監視員がついている。いくら扱いが変わったからと言っても、あまり不審な行動は取れない。

もう一つの問題は、それらしき場所を見付けたとしても、ブレスレットを使って中に入る事は出来ないのだ。……このブレスレットは、一回きりしか使えない。

――結論、八方塞だった。

この日は、ただ闇雲に施設内をウロウロしただけで、目ぼしい部屋を見付ける事すら出来なかった。

「まぁ、明日一日あるんだ……。明日中に、どうにか突破口を見付けよう」

「あぁ……」

 実行の日までには、もう明日しかない。……そう考えるだけで、言い様の無い焦燥感に襲われる。

俺達は、明日の集合時間を決め、それぞれの部屋へ戻った。

「出られるの……かな。……本当に」

 ここに来て以来、穏やかに眠れた日なんて一日も存在しなかった。――罪を重ね、縛られ、失い……。自分の弱さを、醜さを、嫌と言う程感じてきた。自分が今まで、どんな日々を過ごしてきたかも分からなくなるほど……。

 それでも、良くも悪くもあと二日なんだ。「逃すわけにはいかない……」

与えられた一度きりのチャンス……。俺達は、もう何一つ、誰一人……失う訳にはいかない。

俺は、老いぼれから預かったブレスレットを握りしめ、戒めるように目を閉じた。

 ――必ず、明日中に見つけ出す……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ