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Binaco  作者: 水瀬いちか
16/20

16 星の無い空

ロマーノのおかげで、昨日のような夜を過ごす事も無く、俺は眠りに就くことが出来た。

例えどれだけ頭を悩ませても、こうやって今日という日は訪れる。儀礼祭だって、待ってはくれない。

――ここを出る事。儀礼祭の事。儀礼祭の後の事。それに、リノとヴァロアの事。

考えなきゃいけない事は山程あるけど、進んでいく時の中で、これ以上立ち止まる事は出来ない。

……老いぼれの死を、無駄にはしたくない。

「79%……。儀礼祭まであと4日……」

 ――十年前からの契約。

それが何を意味するのかは、やっぱり分からなかった。……それじゃ、まるで俺がここに来る事が分かっていたかのようだ。。

「分かんねぇよ、じじぃ……」

 ――聞きたい事、沢山あったのに……。

老いぼれが居なくなった今、どれだけ考えても核心に触れる答えなんて出なかった。

でも、今俺に出来る事――それだけは分かっている。立ち止まってはいられない。

ヴァロアとリノとも、ちゃんと話をする必要がある。この状況でバラバラになってしまう事が、一番怖いんだ……。

 ――その時、俺のブレスレットが奉仕の合図を知らせた。……今までは、モニターから響くけたたましい警報音が奉仕の合図だったけど、この部屋には何処にも監視モニターがついていない。

「……ここまで扱いが変わるとはな。まぁ、あの警報音を聞かなくていいのは有難いけど……、またこのクソ女の声を聞かなきゃなんねーのか……」

 BIANCOでは、IDブレスの音声は女性ガイドで統一されている。昔からこの声には世話になってきたけど、今ほどこの声にうんざりした事はない……。

「今……、俺に出来る事……」

 俺は、そう警めるように呟き、重い腰を上げて扉へ歩いた。

「おお、ゼノン! ちょうど迎えに来たところだ!」

 扉を開けると、少し驚いた様子のロマーノが立っていた。俺の顔をじっと見て、やがて安心したように頬を緩ませる。

「……昨日よりは顔色いいな。眠れたか?」

「ああ、おかげさまで」

「何だよ、付き合わせて悪かったって!」

「いや、俺も助かったよ。……昔の話聞けて、ちょっと嬉しかったし」

「そ、そうか?」

 俺は、顔を赤らめながら歩くロマーノを引き留めた。

「……その前に、ヴァロアに会いたい」

「ヴァロアに……?」

 一瞬顔を曇らせ、ロマーノも立ち止まる。

「……話が出来なくてもいいから、ちゃんと会ってから行きたいんだ。……今までだったら、どんな時でも毎日顔合わせてたけど、今のままじゃ……このままじゃ、俺達、バラバラになるような気がするんだ」

「話が出来なくても……、いいんだな?」

「……そんなに悪い状況なのか?」

 ――ヴァロアが、話さえ出来ない状況……。

冷静さを失っていた二日目のヴァロアを思い出し、あの時の恐ろしさが蘇ってくる。

「いや……、ヴァロアはヴァロアなんだけどよ……。まぁ、会ってみたら分かるよ」

「……いい。それでも、会いたいんだ……」

「……分かった」

 俺は、ロマーノに連れられて、ヴァロアが休んでいる部屋に入った。

――部屋の中は、そこにいるだけで気疲れする程の重苦しい空気が漂っている。部屋のカーテンは閉めきられ、ベッド横のスタンドライトが、ぼんやりと部屋全体を照らしていた。

「ヴァロア……?」

「……誰だ……」

……その声の先には、ソファーに腰掛け、手の中に顔を埋めるヴァロアの姿があった。

――とりあえず姿が見られただけで、何だか安心する。

「俺だよ、ゼノン」

「あぁ……、ゼノンか……」

 顔を覆っていた手が、ゆっくり離れていく。

「……っ」

「心配かけて悪いな、ゼノン。……俺は大丈夫だ」

 ――ヴァロアは、俺を見るなりいつもの笑顔を浮かべたが、その顔には全く生気が無い。 今までの聡明なヴァロアの面影が、一切無くなっていた。

「ヴァロア……、ちゃんと寝てるのか……?」

「あぁ、心配ない」

「でもっ、そのクマ……」 

 ――目の下には、くっきりと色素沈着の跡が出来ている。

……いや、クマだけではない。

ヴァロアの顔は、どう見ても健康な人の顔ではない。――目は虚ろで、顔は青白く、一切の生気が感じられない。

「クマ……? いや、いつも通りだよ。俺は何も変わらない。心配する事なんてないよ、ゼノン」

 ――まるで仮面をつけているかのように、笑顔を崩さない。

「いつも通りって……、そうは見えないって」

 ――不自然で仕方がない。

「……それに、いつも通りじゃなくて当然なんだ。無理に今までのヴァロアでいようとしなくていい。……でも、せめてちゃんと寝て、食事も取っ――」

「――今までの、俺……? ……って、なんだ……?」

「え……?」

 ――その瞬間、張り付いていた仮面に、ひびが入ったように笑顔が崩れていった。

「……今までの俺って、一体何を想って、何の為に生きてきたんだ……? ……分からない。空白なんだ……、この十年間が……」

「ヴァロア……!」

「俺には……、やらなきゃいけない事が……。でも、もう何も無いんだ……。どこにも、それが無い……」

「……っ」

 ――ヴァロアは、再び手の中に顔を埋め、ブツブツと独り言を繰り返している。

「……ずっとこの調子だ。今は仕方がないと思って、様子を見ているんだけどな」

「……」

 ――元気なわけはないと思っていた。それは勿論覚悟の上でこの部屋に来た。

……だけど、生きる意味すら失っているなんて……、正直想像していなかった。

老いぼれを擁護する形になった俺の立場で、ヴァロアに掛ける言葉なんて……。

「なぁ、ヴァロア……」

 ――俺は、顔を覆っているヴァロアの手に、そっと触れた。

「……誰だ」

「ゼノンだよ……。……ヴァロア、分からなくてもいいから、聞いて欲しいんだ」

 ――それでも、例え分からなくても、響かなくてもいい。

ただ、老いぼれがくれた言葉――

『生きる希望さえ失わなければ、何度だって歩むべき道に戻れる』

 この言葉だけは、届いて欲しい……。この言葉は、道を踏み外してしまった俺達にとっては、まさに救いの言葉だった。

「……ヴァロア、誰かが言ったんだ。――俺達の明日は、誰かを恨む為でも、罪を重ねる為でも、その罪に苦しむ為の明日でもない、って。……じゃあ、何の為だろうって思った。今までの生活から、急にこんな所に引きずり落とされて、イカれた奉仕に参加して……。まるで、本当に重犯罪者になったみたいで。……そんな俺達に、どんな明日が待ってるんだろうって思った」

「明日……?」

「そうだ、明日。……でも、まだ分からないんだ。まだ答えが出ない。……だからこそ、見てみたいと思った。いつかここを出て、そこに本当に、恨みも、罪も、苦しみもない明日が待ってるなら、俺はどんなに苦しくてもここで立ち止まらないって……、そう決めたんだ。……それでも一つ確かな事は、俺を待ってる未来の中には、ヴァロアがいる。ロマーノも、ルイも、リノも。なんたって、初めての夜に約束したからな」

「俺が、いる……? 俺には……見えない。何も……何一つ……。俺の中には昨日も、明日も無い……。空っぽなんだ……。俺が何処に居るのかさえ……分からない、見えない」

 ヴァロアは、俯いたまま俺の手を強く握った。――握られた手に、どんどん力が込められていく。

「……必ず、そこに連れて行く。……だから今は、立ち止まってられない。この先どんな事があっても、明日を生きる希望だけは失っちゃいけないんだ……」

 ――半分、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

まだどこかで、全てを受け入れられない自分がいる。この理不尽な状況に、座り込んで駄々をこねたい自分がいる。

……でも、それじゃ俺の時間はそこで止まってしまうんだ。今までの全てが、無駄になってしまう。

「ゼノン、そろそろ行かないとまずい」

「……帰ったらまた会いに来るから。頼むから、食事だけは取ってくれよ」

「……」

 ――当然、返事はなかった。俺の言葉が届いたかどうかさえ分からない。

でも、それなら何度でも声を掛ければいい。 何度でも手を差し伸べればいい。

「ヴァロア、少し休め。寝れば楽になる」

「また後で、な……」

「……」


 部屋を後にして、奉仕に向かう車の中でも、俺はヴァロアの事が頭から離れなかった。

俺にはロマーノが居てくれた。ロマーノのおかげで、空虚な時間を過ごさずに済んだ。 でも、ヴァロアは今、一人で何を想っているんだろう。――きっと、虚しくて苦しくて、埋まらない心の穴が広がっていっている。俺だって、ロマーノが来る前はそうだった。

そう思うと、早く奉仕を終わらせたいという焦燥感に駆られる。

「右頬に傷……、port4の裏通り……」

「おい、ゼノン」

 俺は、車を降りるなりIDブレスを起動して、回収対象者の情報を確認した。

「ちゃんと認証カメラの位置を確認しろ。……お前らしくない。そんなに焦っても、事は良くならないだろ」

「あ、ごめん……」

 ――位置情報と顔の特徴を頭に叩き込み、急いでIDブレスを終了させる。

 そんな俺の様子を横目に、ロマーノは溜息を吐きながら、カメラの位置を確認した。

「……それに、ヴァロアの事なんて言えないだろ。お前もちゃんと飯食ってくれよ。せっかく、食事が出されるようになったんだから」

「……ごめん。昨日と今日は食欲無くて……」

 ――自然と、進める足が速くなる。

「やっぱり、ちょっと痩せたんじゃねーか?」

「さぁ、どうだろう……」

 ――すれ違う人の顔を確認する事に必死で、ロマーノの声が頭に入っていなかった。

「ただでさえバケッドしか食ってなかったんだから、ちゃんと飯食え。お前がそんな状況だと、俺も気が気じゃ……って、おいっ! 危ないっ!」

「え……?」

 ――ロマーノの声で、とっさに顔を上げると、十字路から現れたバイクがすぐ前まで迫っていた。

「……っ!」 

――当たる……! 

反射的に目を閉じた瞬間、ロマーノの腕に引っ張られ、俺はロマーノの体の中にすっぽり収まっていた。

「……おいおい、勘弁してくれよ……。こういう終わり方だけは、シャレになんねぇ」

「……ごめん」

「はぁ……、まぁ無事だったからいいけどよ」

 ロマーノは、腕から離れようとした俺の手を止め、強く抱きしめた。

「……しっかりしろ、ゼノン。今できる事をするって決めたんなら、まずは自分の事に目を向けろ。飯も食わずに、ただ焦ってポイント稼いでも、ロクな事になんねぇだろ?」

「……ごめん、俺、焦ってるつもりはなかったんだけど……」

「充分焦ってるって。……そりゃ、気持ちは分かるけどよ、俺はお前に何かあったら、後悔どころの話じゃない。……ゼノン、今日は先に戻ってちょっと休め」

「嫌だ!」

「『嫌だ』って、お前……」

「俺は、大丈夫だから……。ちゃんと気を付ける……」

 ――焦っているのも、注意力が欠けているのも、ロマーノの言う通りだった。……それでも、先に進む事ばかりを考えてしまう。

……どうしてこんなにイラついてるんだ、俺は。

「……分かったよ、ゼノン」

「……」

「その代わり、頼むから無茶はするな。いいな?」

「うん……」

 多分、ロマーノには全て見透かされている。 ……そう思うと、何故だか無性に泣きたい気分になった。

結局俺は、何でも分かってくれるロマーノに甘えている。ロマーノを解放してやりたいとか言いながら、ロマーノの優しさに甘えきって、いつまでも弟から卒業できないのは、俺の方だ。

「ゼノン……?」

「……っ」

「……まぁ、あれだ……」

 ロマーノは、そんな俺の胸中を察したのか、俺から手を離し、優しく頭を撫でた。

「先を急ぐからこそ、焦らず行こうぜ? こういう時は、慎重に近道を探す方が安全なんだ。……あと、あれだ! 俺達の家帰ったら、一番に体重測れ! お前絶対痩せたぞ!」

「……体重計、ないだろ俺達の家。いつも、奉仕のメディカルチェックで測ってたから」

 俺は、ボサボサになった髪を直しながら、ぶっきらぼうに答えた。

「あぁ、そうだっけか? ……そうだ、メディカルチェック! 担当のババァが、『あなたは丈夫そうだから』とか言って、いっつも俺にだけ重労働押し付けてきてよ! 俺はもっと華奢な体が良かったぜー」

――痛い……。

ロマーノの優しさが、何故か胸をざわつかせる。

「よし、成人の祝いだ! 帰ったら、体重計買ってやるよ!」

「……そんな金ないだろ」

「何言ってんだよ! お前よりかは高給取りなんだから大丈夫だって!」

 ――俺の為……。

その気持ちが嬉しいはずなのに……、心の奥に隠してある腫物を、チクチク刺してくる。

「……高給取りって……、奉仕の終了時に貰える僅かな賃金だろ。……俺より高給取りって事は、俺より奉仕レベルが高いって事だ」

「まぁ、そうとも言うな。でも、こう考えてみろ? ペナルティも解除されて、おまけに賃金も貰えるんだぜ? どうせ二番区出身の俺達を雇い入れる企業も無いんだしよ、手っ取り早く金稼げるじゃねーか!」

 ……そして、相変わらず嘘が下手なんだ。

誰よりも、modelloに、十五番区という地に憧れている。

それなのに、いつまでも二番区で罪人として暮らしている理由を、……俺は知っている。

「いい加減にしろよ。俺は……、同じように落ちこぼれてくれだなんて頼んでない!」

「ゼノン……?」

 ……だから、決めていたんだ。

ロマーノが安心できるように、早く全うな道に戻る……。

その為に、成人ナンバーを貰って、早く自立しようって……。

「ごめん、何でも……ない」

 行動で示すまでは、口にしないって決めていたのに……。

「……それよりさ、ロマーノ! ルイとリノの事なんだけど、二人はっ――」

「……ゼノン。……昨日の夜、何て言おうとしてた?」

「え……?」

 ロマーノは、足を止め、真っ直ぐ俺の目を見た。

「昨日の夜、成人ナンバーを貰った後は……って、何か言いかけてたよな? あれ、何て言おうとしてた?」

「それは……っ」

 俺も足を止め、返す言葉を探しながら俯いた。

「成人ナンバー貰ったら、出て行くってか?」

「……っ」

「俺を楽にさせたい? それとも、ただ俺から離れたい?」

「……」

「答えろっ、ゼノン!」

 ――どうして……、そんな切羽詰まった顔するんだよ。

俺は、ただロマーノを……。

「……離れたい、ロマーノから……」

 ……楽にさせたい。

「ゼノン……」

 でも、『楽にさせたい』って言うと、『苦じゃない』って言う。……そうやって、いつだって俺の為に、自分の事は諦めてきたんだ。

俺は、ロマーノには十分救われてきた。この街に捨てられた俺を拾ってくれたあの日から、その気持ちは増すばかりだった。……でも、その気持ちが増せば増すほど、止まらない、もう一つの……――

「……本当に、感謝してるんだ。あの日、俺は一度死んで……、ロマーノが手を差し出してくれた時、あの瞬間からもう一度新しい人生が始まった。……でも、あれから十年が経って、俺ももう二十歳として認められるんだ。だから……」

「……今更出て行って、お前に何が出来るっていうんだよ……。お前に何かあった時、誰が傍にいてやるんだ……、誰が守ってやるんだっ……。それはいつだって……、俺の役目だっただろっ!」

 ……これだ。

この言葉を聞く度、どうしても考えてしまう。……あの時、俺を拾わなかった方が、ロマーノは自由に自分の人生を生きれてたんじゃないかって……。

「だからっ……、それにうんざりだって言ってんだよ! 俺を守る守るって、誰がそんな事頼んだ! 俺はロマーノに守られていたいわけじゃないっ、大事な宝物のように扱われたいわけじゃない!」

「大事な弟を大事に扱って何が悪い! 宝物なんかじゃない、俺にとって命よりも大切な、たった一人の家族だ! そいつを守る為なら……俺は何だってする! 例えお前が俺から離れようとしても、俺は認めないぞ! うんざりだって言われても構わない! 俺はいつまでも、お前を守れるたった一人の存在でいたいんだ!」

「……だからっ、そういうのがっ……」

 どうして、そこまでするんだよ……。 

どうして、俺の為なんかに自分の命捨てる覚悟までするんだよ……。

おかしいだろ、そんなの……。

だって、俺達は……――

「本当の兄弟でもないのに!」

「……っ!」

「……俺を拾って、誰からも必要されてなかった自分に、初めて存在意義が出来た、……自分を必要としてくれる人が出来た。だから、俺の存在を手放したくない、ただそれだけだ! ……だって、そうだろ? 俺が居なくなったら、お前はまた、孤独で独りぼっちな自分に戻るんだから!」

「……お前……。それ、本気で……」

 ――本気……なわけがない。

それなのに何で……、何で傷つけるって分かってるのに、こんな言葉しか選べないんだ……。

「……そうだよ。俺とお前は、……所詮赤の他人だ! どんなに本当の兄貴ぶったって、ただあの時、俺を拾ったってだけで……、それ以上でもそれ以下でもねぇじゃねーか! ……俺は、お前に保護されたかったわけじゃない……っ! 兄貴面して、バカの一つ覚えみたいに守る守るってさ……! こんな事なら、あの時お前に拾われなかった方が良かった! ……その方が、俺もお前ももっと自由に幸せに生きれたんだ!」

「……それがっ……、お前の言いたかった事か、ゼノン……?」

「……っ」

 ――なんて顔するんだよ、ロマーノ……。 そんな顔、一度だって見せた事なかっただろ……。

何で、そんな泣き出しそうな顔して、声まで震わせて……。

「……ああ、そうだ」

 ――俺は、どうして……。

「そうか……。ははっ、俺は……全然ダメだな……。そんな思いをさせてたなんて……」

……ただ、ロマーノを安心させてやりたかっただけなんだ。

「……悪かったよ、ゼノン……。愛情も……一つ間違えると、相手を苦しめる事になるんだな……。俺……、家族が出来たのなんて初めてだったからさ、分からなくて……、下手くそで……、お前を苦しめた……。大切なものを、大切にする方法も分かんねぇなんて……、他人だって言われて当然だな……」

 ……こんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。頼むから、そんな泣きそうな顔で笑わないでくれ……。

俺は、今この瞬間、ロマーノの前に立っている自分の存在が憎くてたまらなかった。

こんな形で、ロマーノを傷つけた自分を、自分の言葉を、消し去りたい……。

ロマーノの前から、逃げ出したい……。

「ロマーノ、ごめん……。違う、違うんだっ……俺は、ただ……」

「いいんだ、ゼノン……。あんな事言わせて、悪かったよ。あんな風に怒鳴ったりとか、お前らしくないよな。……その位、いろいろ背負わせてたんだなって分かったよ……。ごめん、な……」

「……っ!」

 ――何で、また謝る……。

突いたら、今にも涙が零れそうな顔してるくせに……。そんな苦しそうな顔して、何の為に笑顔を作る必要があるんだよ。

……見たくない。

「俺さっ……! あっちの通り探すから、別々で……、行動しよう」

「おっおい、別々ってっ……」

「車の場所っ! ……終わったら、……そこで落ち合おう……」

「ゼノンッ……」

「じゃあっ、また後でっ……!」

 俺は、ロマーノの顔を確認する事なく歩き出した。

――卑怯だって事は分かってる。

言ってはいけない言葉だって分かってたくせに……、傷付けるだけ傷付けて、ロマーノの傷付いた顔を見ると耐えられなくて逃げ出すなんて……。

「……最低だ……」

 落ち合う前に、どうにかロマーノに謝る方法を考えなきゃ……。

もちろん、謝って何がどうなるわけではない。一度口に出した言葉を無かった事にも出来ない、絶対に……。

「本当の兄弟じゃない……、か……」

 あの日、絶望の中に居た俺に、ロマーノだけが手を差し伸べてくれた。信じていたはずの十五番区からも振り落とされて、道行く人達はまるで俺が見えていないようで、……自分の存在が、無くなってしまったかのようだった。俺だけがこの世界から放り出されたかのような……。

そんな中で、たった一人だけ……ロマーノだけが、俺を見付けてくれた。

今でも覚えている。雨の中、あの少年と出会った後だ。知らない間に二番区に辿り着いて、行き場も無く一人座り込んで震えている俺に、ロマーノが『一緒に帰ろう』と声を掛けてくれて…、…俺より少し大きい、小さな手を差し出してきたんだ。……その手が驚くほど温かくて、俺は何故だか涙が止まらなかったのを覚えてる。

そして、独りぼっちだった俺達は、孤独や悲しみを分け合って……、いつからか、俺達の間に『他人』という繋ぎ目は無くなっていた。

それなのに、俺は……――

「……俺だって、大切だよ……誰よりも」

 どうして、こんな簡単な言葉を伝える事が出来ないんだ。……あの時のロマーノの顔が頭から離れない。

「今頃、どんな顔して……」

 ――その時、突然背後から誰かに抱きしめられた。

「えっ……」

「……よかった……」

 この声……、この大きな体……――

「……ロマーノ?」

「あぁ……よかったよ、……ゼノン」

「良かったって、何が……。後で落ち合おうって言った、……だ……ろ……」

 ――え……?

「ロマ……」

 俺を抱きしめていた手から力が抜け、ロマーノの体がゆっくり地面にずり落ちていく。

「何……だ、よ……これ……」

 恐る恐る振り返ると、俺の背中にはベッタリと血が付き、その血の先を追うと……、俺の後ろで、ロマーノがぐったりと倒れ込んでいた。

「ロ、マー……」

「見付けましたよ、NO10029のuccisoleを二名……いや、その人はもう終わりかな? あははっ」

 その声は、通りの入口の方から……、ぼんやりとシルエットだけが浮き出ていた……。

「何…で…っ」

「何で? ああ、説明が必要ですか? ……答えは、フェアじゃないからですよ」

「……っ」

 ――言葉が、出ない……。

「NO10029の誰かが、僕達のメンバーを殺してくれたそうで。カイくん、性格には問題ありだけど、僕達のグループでは一番回収率の高い重要な子だったんですよ。……まぁ簡単に言うと、数合わせ……ですかね? メンバーを減らされたまま、そちらだけがさっさと出て行くっていうのは……、フェアじゃないでしょう?」

「そん……なっ」

「あぁ、結構です。ポイントまで奪う気はありませんよ。僕は、カイくんのように人道から外れた行動を取るのは嫌いですから……、なんてね? それじゃあ、僕の仕事はここまで。たっぷり褒めて貰わなくっちゃ。……あぁ、この後の『死なないでー』っていう茶番は、どうぞご自由に? 最後の時間って、大切ですよね。僕も見たかったなぁ、あのカイくんが大人しく眠ってる顔……あははっ」

「……消え……ろっ……!」

「もちろん、そのつもりです。これ以上長いする必要なんてありませんし。……それに僕、血の臭いは嫌いなんですよ。カイくんの事を思い出して、ゾッとする。……それじゃあ、お互い頑張りましょうね?」

「く……っ」

 男は、機嫌よく笑いながら通りからすぐに姿を消した。

 男の姿が消えた瞬間、全身の力を奪われたかのように、俺はその場に崩れ落ちた。

「何で、こ……んなっ」

 ――嘘、だよな……? 

これが、全部……、ロマーノの血……?

だって、さっき別れたばっかりで……、後で車の所でって……後で謝ろうって……。

「……ゼノ、ン……」

「ロマーノッ……!」

 ロマーノは、消え入るような声を出しながら、俺の方へと体を向けた。

「はは……、怒鳴られた……ばっかりなのに……。これじゃあ、またお前を……怒らせる、な」

「ロマーノ……、俺っ……」

「ごめん、な……ゼノン……」

「何が……、ごめんなんだよ……」

 ……『守られるのが嫌だ』なんて、偉そうな事言って――

「……例え、お前に……嫌われてもっ……、俺はやっぱり……」

 こうやってロマーノを傷付けるのは――

「……お前を守る……兄貴でいたい……」

 ……いつだって俺の方だ。

 ロマーノの背中から溢れる血が、俺の膝元に溜まっていく……。服に染み渡る生温かい感覚に、思わず涙が零れた。

「……うっ……」

「泣かなくて、いい……」

「……どうして、俺っ……」

 自分の感情ぶつけて、あんな別れ方さえしなければ……。

――いや、違う。十年前、俺がロマーノの手を取らければ、こんな事には……。

……でも、それでも、俺は思ってしまうんだ。あの時、ロマーノと出会えて――

「後悔、する……と思った……。あの時……お前を、拾った事……」

「……っ!」 

 ――それって……。

「……やっぱり、俺の事なんて……、拾わなければ……良かったって……?」

「あぁ……」

「……っ」

 ――ロマーノの手を取ったあの日の事……、初めて喧嘩をした日の事……、二人で星を探した幾度夜の事……、笑って過ごした数えきれない日々の事……。 

たくさんの記憶が、一気に押し寄せてくる。

「ごめんっ……。ごめん、ロマーノ……」

 

……やっぱり俺達は、出会わなかった方がよかったんだ……。


「……ゼ、ノン」

 ロマーノは、涙で濡れた俺の頬に、優しく手を伸ばした。

「……俺さ、お前を見付けた時……正直、迷ったんだ……。二番区で生きていく辛さを、嫌と言う程……分かってた……。ここじゃ……、誰も助けてくれない……。……奪い合う事はあっても……、助け合う事は決してない。孤独で……生きるには苦しすぎる街だ……」

「……っ……」

 ――弱弱しいロマーノの声を聞く程、涙が止まらなくなる。

「……このまま、お前を見なかった事にして……通り過ぎようかって……、何度も思った……。もしかしたら……、ここで死ぬ方が……この子は、幸せなのかもしれないって……」

「……通り過ぎてたらっ、……良かった……」

 ――通り過ぎてたら……、俺達は出会わずに済んだ。……でも、通り過ぎてたら……俺達は出会えなかった。

どっちが良かったかは、分かっているのに……。

「……でも、出来なかった……。誰からも見て貰えないお前が……、誰からも手を差し伸べて貰えないお前が……、まるで、自分に見えた……。きっと、痛くて……怖くて……真っ暗で……、世界から放り出されたような……絶望の中に……いるんだろうなって……」

「……っ……」

「……気が付くと、お前の手を取る選択肢以外……無くなってた……。でも……その代わり、決めたんだよ……。俺もまだ、ガキだったけどよ……。お前が、成人になるまでは……親として、兄貴として……絶対に守ってやろうって……。お前の小さな手を取った時……、誓ったんだ……。お前が……、こんな人生なら、あの時……あそこで死んだ方が良かった……、俺に拾われない方が良かったって……思わない人生を……絶対に見せてやろうって……」

「……っ!」

 俺は……、

『こんな事なら、あの時お前に拾われなかった方が良かった!』

って……。

「さっき…、…お前の後姿を見ながら……、俺の選択は……正しかったのか……、少し考えた……。……でも、何より……、俺が離れている間に……もしお前に何かあったら……、俺は本当に……後悔すると思った……。……成人の儀にも出してやれないまま……お前に何かあったら……俺は、お前を拾った事を……、お前を……成人にもしてやれなかった自分を……、お前の命を救った無責任さを……、本当に後悔する所だった……」

「ロマーノ……ッ」

 ――後悔って、俺と出会った事じゃ……なくて……?

ロマーノは、俺の頬をから手を離し、その手で自分の顔を覆った。

「さっき……、言ったよな? ……俺に……拾われなかった方が……良かった、って……」

「それは……っ」

 ロマーノの声が、震えている……。

そして、ロマーノと出会ってから一度も見た事ない……――大きな涙の粒が、指の隙間からポロポロと流れ落ちた……。

「……ごめんな、ゼノン……。お前は、俺に拾われなかった方が……良かったのかも、しれない……。でもっ……それでも俺は……、お前と出会えて……よかった……。お前と出会えた事は……、俺の人生で……一番の奇跡だったっ……。後悔なんて……出来ないんだっ……、どうしても……出来ないっ……」

「うっ、うぅ……」

「……お前の言う通り、なんだ……。救われたのは、俺の方だった……。俺が救ったはずの命に……、気が付くと俺の方が……支えられた……。守るものが出来た事が……、嬉しかったっ……。……この世界で、一番大切で……愛しくて……、何処にも行ってほしくなくて……。ずっとお前の事を……、この腕の中から……離したくなかった……。それでお前に……、窮屈な思いを……させた……」

「違うっ……俺だって、一緒なんだっ……! ロマーノと出会えて……、ロマーノと家族になれて……、良かった……。後悔なんてっ……!」

「……それじゃあ、ゼノン……」

 ロマーノは、両手で顔を覆い、嗚咽を上げながら絞り出すような声を出した。

両手の隙間から、次々と涙が溢れ出てくる……。

「俺はっ……、こう思っても……いいのか……? 俺とお前は……、出会って良かったんだってっ……」

「当たり前だっ……」

「お前はっ……、後悔してない……? 俺に拾われた事……」

「どうやったって…、…出来ない……」

「それじゃあ……、もう一つ……。……お前は……俺が兄貴で……良かった……?」

「……っ……ロマーノが、良かったっ……。お前以外……、考えられないだろっ……」

「そうか……、良かった……」

 静かな通りに、俺達の声だけが響いて……、本当に、この世界に俺達しか存在いしていなかのように思える。

「……薄々気付いてた……。成人を迎えたら……、お前が出て行くって……言うんじゃねぇかって……」

「うんっ……」

「お前が……大人になる事……、嬉しいようで……やっぱり、寂しかった……」

「うんっ……」

「でもっ……、大事だからこそ……俺の手の中から……放してやらない……と、な……」

ロマーノは、俺の手を握り、静かに言った。

「ゼノン……あれ、しようぜ……一等星探し」

「そんな事、言ってる場合じゃっ……」

「俺が負けたら……、罰ゲームだ。……お前はもう、立派な……大人になったって認める……。過保護な兄貴を……卒業するよ」

「……え?」

「……俺が勝ったら……、やっぱりまだ……この手から……放してやらない……」

「……俺は、いつも勝てない……」

「ああ、……そうだな……」

「今日も……見付けられない……」

「だろう……、な……」

「ロマーノの罰ゲームは……、無しだ……」

「……そうか、良かった……。まだ、俺の手の中から……放さなくていいのか……」

 ロマーノは、安心したように笑って、目を閉じた。

――いつか一緒に見た夜のように、数えきれない星達が夜空を輝かしている。こんな沢山の中から、一等星を探す事なんて……、出来るわけがない。

やっぱり今日も、俺が負けるんだ……。

「……ロマーノ、目閉じてないで……、ちゃんと……探せよ……」

 押し殺しても、声が震えてしまう。

止めようとしても、涙が溢れくる。

「……これじゃあ、俺の方が先に……見付けちまうだろ……。俺を手放して……、いいのかよっ……」

「……それは困る……」

 ――俺の手を握る手の力が、どんどん弱くなっていく。ロマーノにはもう、時間が残されていない……。

ロマーノの言う『卒業』――それはきっと、……『さよならの言葉』。この力が尽きる前に、最後に別れの言葉を言おうとしている。

このまま俺のロマーノも見付けなかったら、ロマーノはそれを言えないまま……。

「……っ」

 ――くそっ……こんなの卑怯だ……。弟に嘘つかせるなんて、兄貴として失格だ……。

俺は、込み上げてくる涙を抑え、小さな光を放つ……何百の星を見上げた。


 ――見付けたくない……。

言いたくなんてない……。

さよならの言葉なんて……――


「……見付……けたよ、ロマーノ……。俺の勝ち……、一等星だ……」

 

――聞きたくないよ、ロマーノ……。


ロマーノは、ゆっくりと目を開けて、穏やかに微笑んだ。

「俺の……負けだな。……認めるよ、ゼノン……。もう、俺が必要ないくらい……立派になった……。……成人、おめでとう……」

「まだ……四日先だ……っ」

「……今日が、お前の成人の日だ……」

「勝手に……、決めんなよ……っ。あれは、どうしたんだよ……、高っけぇスーツ……買ったんじゃねぇのかよ……」

「ははっ……、着れなかったな、あれ……」

「着れるだろ……、四日後に……」

「……着れないんだ……。……今日……この罰ゲームで……お前を立派な大人と認めたら……、兄貴は今日でお終いだ……」

「……嫌だ、よ……」

「……泣くな、そんな顔見たら……卒業、出来なくなる……」

「……しなくて……いい……」

「……しなきゃいけないんだ……罰ゲームだから、な……。……今、ちゃんと言わせてくれ……」

「……だからっ、四日後に……」

「……すまない……。今じゃなきゃ……出来ないんだ……。……四日後には……、言ってやれない……」

「……罰ゲーム……、だからだよな……」

「……そうだよ……」

「これが……さよならだから……、じゃ……ないよな……」

「……罰ゲーム……、だからだ……」

 ――分かってる……。

俺達にもう、明日は来ない……。

 ロマーノは、もう力の入らない手を震わせながら、俺の涙を拭った。

「……出会ってくれて、ありがとう……」

「……俺のっ……方こそっ、……ありがとう」

「お前の兄貴になれて……、最高に幸せだった」

「俺も……、ロマーノのっ……」

「ゼノ、ン……」

 ロマーノは涙を流して目を閉じ、俺の体の中に倒れ込んだ。

「ロマー……」

「大好きだ……ゼノン……」

「う……っ」

「……聞かせてくれ、ゼノン……俺への、卒業祝い……だ」

「……俺もっ……、大……好き……」

「そ、うか……。良かっ……」

 俺の言葉を聞き終えると同時に、ロマーノの体から力が抜けた。俺に寄り掛かるロマーノの体が、急に重くなる。

「うっ……うぅ、ロマーノ……」

 俺は、もう息をしていないロマーノを強く抱きしめ、何も考えられずただ涙を流した。

「ロマーノ……、まだ逝かないで……」

 結局……父さんにも、ロマーノにも、成人ナンバーを、貰う所を見せてやれなかった。間に合わなかった……。

「まだ……だろ……、さよならなんて……」

 皆でここを出るとか偉そうな事言って……、俺は何も出来ず……いつも守られるだけだ。

自分の弱さが……憎い。

「ごめん……、ごめんロマーノ……」

「そこを退きなさい、U10775」

「え……っ」

 ――その声に顔を上げると、俺達のすぐ前に清掃班がズラリと整列していた。男達の脇には、見覚えのある清掃機が……。

「……っ」

「U29572の清掃を開始します。U10775、二度目の警告です。そこを退きなさい」

「……嫌だ……」

 俺は、ロマーノの体を抱きしめ全身に力を込めた。絶対に、絶対に離さない……。

「引き離せ」

「はい」

「……っ!」

 数人の男達が、俺の両脇を持ってロマーノから引き離そう力を込める。

「……止めろっ……離せ!」

「暴れるな!」

「おい、U29572を早く機械へ」

「はい」

「ロマーノに触るなっ! ……離せっ!」

 男達は、ロマーノの髪の毛を掴み、機械の方へと乱暴に引きずった。

「止めろっ、止めてくれ!」

 俺は、捕えていた男達を肘で殴り、男達の腕の中から必死で逃れた。

「ロマーノッ……ロマーノ!」

 引きずられていくロマーノの足に、僅かに手が触れる。

「……っ!」

「チッ……押さえ付けろ」

 その言葉と同時に、ロマーノの足を掴んでいた両手を後ろに回され、頭を地面に押さえ付けられた。――小石の突起が、頬に食い込み、激しい痛みが襲う。

「ぐっ……!」

「時間が迫っている……清掃の準備は?」

「設置が完了しました。いつでも始められます」

 男二人の物凄い力で、全身に力を入れて抵抗しても、僅かに顔を上げる事しか出来ない。

微かに視界に映る清掃機を見ると、機械の中に、ロマーノの足が……。

「……っ! ロマーノッ! 止めてくれ……頼むよっ何だってする! 俺は殺されても構わないっ! だからっ……」

「始めろ」

「止めっ……」

「――止めなさいっ!」

 その時、聞き覚えのある声が制止を掛けた。

「……ルイス・サンドラ。監察班の貴方が、直々に何の御用でしょうか」

「……今すぐ彼等から離れなさい」

「我々は規定時間内に死体を清掃する、という任務があります」

「彼を清掃する許可は出していない!」

「……許可も何も、我々の任務に例外はないはずですが? そう制定したのは、監察班の貴方でしょう?」

「離れなさいと言っているんです……。警告を無視するというのであれば……貴方達を罰します!」

「……偉くなったものですね、貴方も……。貴方の噂は、こちらまで回っていますよ。……十年前、uccisoleを脱走させようとして処分された愚かな職員の、お仲間だったそうじゃないですか? ところが、同罪を問われた貴方は処分を前に怯み、友人を売った。……友人を見殺しにしてから十年、従事に従事を重ねてせっかく手に入れた幹部職ですよ? またuccisoleに入れ込んで、次はあなたが処分されますか?」

「……っ」

「前科のある貴方が、再びuccisoleに肩入れをした事と、規定通り死体を清掃した私達……罰に課せられるのはどちらでしょうか?」

「……聞けないと言うならば、ここで貴方を殺します」

「そうですか……。それでは私たちは、貴方に殺される前に任務を遂行して殉職の道を選びますよ。……やれ」

「はい」

 その瞬間、凄まじいエンジン音と共に機械が作動を開始し、清掃機が回転を始めた。

「ロッ……!」

「見なさい。この私が、死を選んでまで遂行した任務ですよ?」

 男は、俺の髪を掴み上げ、清掃機に押し当てた。

「……っ!」

――バラバラになっていくロマーノの体……もう既に体から引き離されたロマーノの頭部が、一瞬だけ俺の目に飛び込んできた。

「う……うぅ……っ」

 ――頭が真っ白になっていく。

全身の力も、感情も、全てが吸い取られていくように、無に堕ちていく……。

「――止めなさいっ!」

 ルイスは、男を突き飛ばし、倒れ込んだ俺の体を抱きとめた。

「……っ」

「ロ……ロマ……」

「くっ……」

 ルイスは、伸びきった俺の体を抱きしめ、ダランと垂れたままの俺の頭を、肩に押し当てた。

「ロマーノの……頭……がっ……」

「……っ」

「終わったか?」

「はい。……ですが、IDブレス以外の金属反応があります」

「……取り出せ」

「はい」

 しばらく沈黙が続き、やがて男は傷だらけになった時計を俺の前に投げ捨てた。

「ふっ、こんなボロボロの物。貰って喜ぶ人はいるんでしょうかね?」

「……」

「規定時間を50秒越えだ。急いで撤去を」

「はい」

「ロマ……ど……こ……」

 ぼんやり映る視界の中から、清掃機も男達も消え……再び静かな通りが戻る。

「……そ……こ……?」

俺は、僅かに残っている力で、男が投げ捨てていった時計に手を伸ばす。

「ロ……マー……」

 黒い革の……時計……。

被さった砂を、震える指で払っていくと……下手くそな文字で何かが彫られていた。

「……成人……おめ、で……とう……?」

 ロマーノから……俺に……?

成人の……祝いに……?

「……っ」

 喉が熱い……ポタポタと、枯れたはずの涙が溢れ出てくる。

「どう、して……こんな……形で……っ」

 四日後……用意していたスーツを着て……いつものあの笑顔で……俺に渡すはずだった時計……。

「……うっ……うう、ロマ……ッ」

 嗚咽を上げる俺の体を、ルイスが壊れる程強く抱きしめた。

世界が……真っ暗になっていく。

何百の星が……色を失っていく。

迎えるはずだった明日が……歪んでいく。

「うっ……ロマーノ……うぅ……っ、うわあああああ!」


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