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Binaco  作者: 水瀬いちか
11/20

11 小さきモノ

「そうか、兄であったか」

「ああ……。ロマーノを襲った時も、ルイが離れた所で見張りをしている間に、ルイのふりをして襲ったみたいだ……」

「それじゃ、疑いは晴れたのじゃな?」

「ああ、二人もあの現場に来たから……」

「それで、ルイの状態は良くなったのか?」

「いや……」

 ――あの日からしばらくの間、ルイは放心状態が続いた。その間、俺達は交代で奉仕に向かい、ある程度のポイントを稼いでいたが、皆ルイを疑ってしまった罪悪感と、今のルイをどう扱っていいか分からず、妙に張り詰めた空気が流れていた。

そんな状況に気を使ってか、ルイは――

「気を使わなくていい、ってさ……」

「なるほど……」

「まぁ確かに、ロマーノなんて過保護すぎるくらいルイにべったりで、何から何まで世話焼こうとするんだよな。逆に気使われてる事に全然気付いてねーんだから……」

「良い事じゃないか。お前さん達のグループでないと、そうはいかんぞ。――誰かが心神喪失の時なんて、仲間を陥れる格好のチャンスになるもんじゃ」

「そんな事……」

「誰もそんな考えを起こさないお前さん達のグループは、本当に恵まれておる――という事じゃ。……正直、最初にお前さんと話をした時は、どうなるかと思ったがな」

「何が?」

「皆で協力してここを出るなんて事は、初めはどのグループも言うのじゃよ。――だが、足手まといになるヤツが出たり、思うように事が進まんくなると、必ず暴走するヤツが出てくるのじゃ。……そうなったら、そのグループは終わりじゃ。誰かが道を違えた後は、崩壊していくしかない」

「……」

「お前さん達は、そのままでおってくれよ。そうすれば、必ずここから出られる。――時にゼノン、グループ全体の達成率はどの様になっておるのじゃ?」

「それが……良く分からねーんだ」

 それから俺達は、合計で回収を五回、ID操作を四回行っていた。

――だが、回収に関しては、その度与えられるポイント数がバラバラで、今の達成率は38%と、基準が良く分からない。

「ID操作は成功ポイントが固定されているが、回収に関しては決まっておらん。強いて言うなら、その罪人がBIANCOにとって不要とされればされる程、回収時の成功ポイントが増すのじゃよ」

「もちろん、達成率100%にならないと出られないんだよな?」

「その通りじゃ」

「……ここに来て、もう一週間が経つ。って事は、もうすぐ聖夜の日で、それが終わると儀礼祭もすぐだ。……これじゃ、間に合わない」

「案ずるな、ゼノン。お前さん達は、ワシのようにはならんよ。こんな悲惨な所で、長居する必要はない。……必ず、その時は来る」

「でも、じじぃが言った通りなんだ。ここから出るには、罪を犯し続けるしかない……。もう充分、許されないだけの罪を犯したのに、まだ38%だ。――それ以上を強いられている」

「……そうだなゼノン、撤回しよう。それ以外にも道がある」

「え? それって……」

「――もう一つ質問じゃ。全員が一度は回収を行っておるのか?」

「……ルイの一件も含めれば、ヴァロア以外は全員……」

 俺は、その続きを口にすることが出来なかった。

――殺した。

そう言葉にすると、回収の時に関わってきた罪人の顔を、鮮明に思い出してしまう。

「……回収を一度も行っておらんのか。――ヴァロア・ドルチェ……納得がいくな。人を殺めるくらいなら、死を選ぼうとしてもおかしくない。……だが、そのままという訳にもいかんじゃろう」

「ちょっと待ってくれ! じじぃ、ヴァロアの事知ってるのか?」

「問題はそこではない。――いいか、ゼノン。ここから出たやつは数えきれん程おるが、回収を逃れて解放されたやつはおらんのじゃ」

「……じゃあ、ヴァロアに、一人でもいいから人を殺せって?」

「いや、その必要はない。……これは、少々忙しくなるな。しばらくは、ここに来れんかもしれん。……じゃが、わしには契約が……」

「……時間です。棟に戻ってください」

「この声……?」

「……ルイス。いつからそこにおった。まさか、全て吐かせて、わしの首を取るつもりだったんじゃなかろうな」

 ――じじぃがルイスと呼んだその男の声は、あの黒服の男の声だった。

「あなたとは契約を結んでいます。その前に、何か事を起こす気などありません」

「……ゼノン、悪いな。時間じゃ」

「待って! まだ話が――」

「――また会いに来る。……いいか、ゼノン。自分の犯した罪を忘れてはならん。その痛みを超えてこそ、本当に救われる日が来るのじゃ。決して、殺しになんて慣れるな」

「……速やかに退出を」

「分かっておるわ。老いぼれの戯言位、大目に見んか!」

 ――また会いに来る……、か。

次は、いつ話が出来るのだろう。

いつからか、俺にとって老いぼれとの時間は、心が休まる時間と言うか……。

まるで、父さんと話をしているみたいな懐かしい感覚で……。

だが、老いぼれは他の皆が寝静まった時しか現れず、皆が寝るのを待っている間に俺が寝てしまうという夜もあった。

「それにしても、今日の話……」

 老いぼれは、いつも大事な所で『時間じゃ』と言って、話途中で帰っていく。

――あの言い方……、どう考えても二人の事を知っているような口ぶりだった。

一番初めの出会いも、俺以外の誰かに話しかけたみたいだし。 

それも、次った時にちゃんと聞こう……。

また長い一日が、終わっていく。


――目が覚めた時は、既にヴァロアとロマーノが準備を始めていた。

「それじゃゼノン、頼んだよ」

「ルイ、夜はいつものバゲットでいいか? ちょっと奮発してチョコ入りの……」

「――いつもの安いやつでいいよ……。気をつけてね」

「あ、あぁ……。じゃあ、行ってくる」

 ロマーノのやつ……、気の使い方が下手というか、不器用すぎるというか……。

「あれ、いつまで続ける気だろうね?」

「え?」

 ――目を覚ました時からリノの姿は見えず、久々にルイと二人になっていた。

「ロマーノのあれ。すっごい気使ってるでしょ? なんか、気持ち悪い」

「……やっぱり?」

「ははっ、嘘だよ。優しくしてくれて嬉しいよ。――知ってた? ロマーノ、俺の毛布何度も掛け直したり、ちゃんとご飯食べてるか心配そうにチラチラ見てきてさ。――ははっ、落ち着きのないロマーノ見てたら何か可笑しくて、たまに笑っちゃいそうになるんだよね、心配し過ぎだよ、って! そしたらロマーノ、そんな俺の顔見て、すっごい嬉しそうな笑顔になるの。なんか可愛いよね」

「ロマーノ……。6つも年下に可愛いとか言われてんの……」

 ――いい加減、自分が気使われてる事に気付いてくれ……。弟として恥ずかしいから。

「ちょっとゼノの気持ち分かるな。――お節介で、鬱陶しいけど、あの笑顔見たら突き放せないんでしょ?」

「ああ、そうなんだ……」

「何か俺さ、末っ子になったみたい。あ、でもリノは弟かなー、可愛いし」

「ルイ……」

 ルイの口から、兄弟絡みの言葉が出るなんて……。俺は、これ以上触れない方がいいのかどうか分からなかった。

「……ゼノ、ちゃんと言っておくね」

「何を?」

 ルイは、俺に向き直り、穏やかに笑った。

「俺ね、もう大丈夫だから」

「ルイ……」

「ちゃんと皆にも言おうと思ってる。……いつまでも気使ってもらって、俺だけ留守番って言うのは、ちょっとね……」

「そんな簡単に切り替えられる事でもないだろ。無理して奉仕に参加する事なんて――」

「――それとね、ゼノにも言っておきたい事があるんだ」

 ルイは、俺の言葉を遮り、手を握った。

「ありがとう、ゼノ」

「俺は、何もっ……」

「ちゃんと聞こえてたよ、ゼノの言葉。俺、目の前が渦巻いて、物凄い耳鳴りがして、本当におかしくなってた。――でも、ゼノの言葉だけは、脳が選んで拾ってるみたいにちゃんと聞こえてたんだ」

「うん……」

「ゼノに銃を向けた時、本当に撃ったわけじゃないのに、胸が苦しくなった。俺、この人を失ったら、もっと苦しくて……多分、俺にとってすごく大切な人なんだって思ったんだ。何て言えば伝わるのか分からないけど……」

「……ちゃんと伝わってる」

 俺は、繋いだ手に力を込める。

「もちろん、カイを失った事は辛いよ。カイがした事も、俺がした事も、一生忘れる事は無いと思う。――でもね、あの時ゼノの事まで分からなくなって、カイにした事と同じ事してたら、俺一生笑えなかったと思う。……こうやって今、ゼノが隣に居てくれるだけで、俺は救われてるんだよ」

ルイは、俺の胸に顔を埋め――泣いていた。

「だから、ありがとう。ゼノ……」

「うん……」

 俺は、ルイの華奢な体を抱きしめた。

――こうやって抱くと、ルイの細さに改めて気付く。

「それとね、もう一つ言っていい……?」

「ああ、何でもどうぞ」

「……ここから出ても、一緒に居てくれる?」

「当たり前だ。ここから出たら、皆で二番区で飲もうって約束しただろ」

「そうじゃなくて、その後も……。たまに皆で会ったり出来る? それとも、皆元の生活に戻ったら、忘れていくのかな。ここで出会った俺の事なんて……」

「忘れるわけないだろ。いつでも二番区へ来ればいい。俺も、会いに行くよ。……絶対に忘れない」

「行くよ、毎日行く……」

「……ああ」

 ――忘れるわけがない。

ここで出会った三人の事も、ここから出る為に、自分達が選んだ道も――

『いや、忘れるのじゃよ。そういうもんなのじゃ』

 ふと、老いぼれの言葉が脳裏を過る。

「忘れて……たまるか」

 俺は、ルイの体を強く抱きしめ、何度も自分に言い聞かせた。


その夜、ヴァロア達が帰ってきてからも、リノの姿は見えないままだった。

「ロマーノ、普通のバゲットでいいって言ったのに……」

 ロマーノは、ルイのバゲットだけチョコ入りを買って帰ってきていた。

「あぁー……あれだ、ほら。たまには違う味の物食べたほうが、気分転換になるだろうと思ってよ……。それに、ヴァロアも、まだ金に余裕あるっつってから安心しろ!」

「え……? あ、ああ……」

 金庫に金を片付けていたヴァロアは、ふいを付かれた様子で慌ててロマーノに合わせた。

「――ははっ、ルイ、そんな目をしなくていい。チョコ入りのバゲット一個くらいどうって事ないさ。いつも同じ安バゲットじゃ、腹も心も満たされないだろう」

 しかし俺は、その後金庫を見て、小さく溜息を漏らすヴァロアを見逃さなかった。

 ――あれは、ロマーノのでまかせか……。

「そろそろきついのか?」

 俺は、ヴァロアの隣で耳打ちする。

「――いや、まだ大丈夫だ。気にしなくていいよ、ゼノン」

 ヴァロアは優しく笑ってそう言った。

「そっか……」

 ――そりゃ、俺は一文無しで何の役にも立たねーけどさ……。もう少し頼ってくれてもいいのに。

ヴァロアは、いつも皆に気を回してばかりで、人一倍気疲れしているはずだ。

「それよりゼノン、リノはまだ戻らないままなのか?」

「ああ。リノ、何処行ってんだろ……」

 目を覚ました時から、ずっと出たままだ。

「探しに行こうぜ。外はもう冷えてきてるだろうし、直に真っ暗になる」

 俺達は、バゲットを食べ終えないまま、リノを探しに行く事にした。

ところが俺達は、リノを探す間もなく、ヒュッテの前に立っているリノを発見した。

「何してんだ、あいつ?」

「あれ? バゲット貰ってる……。何でタダで貰えるの?」

「さぁ……、売れ残ったやつじゃないか?」

「なるほど、その手があったか……」

 ――やっぱり、そろそろきつかったのか。

「まぁ、とりあえず見つかったんだし連れて帰るか。……おーい、リ――」

「――ストップ、ゼノ!」

 リノの名前を呼ぼうとした俺を、ルイが引っ張った。

「痛ってぇ……何だよ、ルイ!」

「シッ! ……見てよ、あれ。あのリノがソワソワしてる」

「ソワソワ? 気のせいだ……ろ――」

 ――そう言われてみると、バゲットを大事そうに抱え、うっすら笑っているようにも見える。

「あのリノがだよ?」

「確かに、リノのあんな顔は見た事ないが」

「あれってさ、絶対に……」

「絶対に……?」

「逢引だよ」

「逢引ぃー?!」

 俺とロマーノは、口を揃えて聞き返した。

「シーッ! だって考えてみてよ。ここに女がいないとは聞かされてないし、リノ最近穏やかでしょ? 彼女が出来たのかも!」

「ねぇねぇっ! それはねぇよ! 絶対にねぇ!」

「ロマーノと一緒にしないでよ。リノは容姿端麗、まともに喋ってナイフさえ隠しておけば絶対モテると思うし」

「バッ……、俺は可愛い弟が成人を迎えるまでは、ふしだらな行為はしねーって決めてんだよ!」

「……自分がモテないのを俺のせいにすんなよ。よく酒屋で惨敗したって泣きながら帰ってきてたじゃねーか」

「てめぇゼノン! 裏切るのか!」

「事実だろ」

 言い争う俺達を遮り、ヴァロアがニッと笑ってリノを見た。

「まぁ、あれだ……。コソコソ尾行するのは趣味じゃないが、仕事の癖でな。――素行調査……コソコソされると、追いたくなるのが人間の性だ」

「ヴァロアッ!」

 ヴァロアは、完全に頬を緩ませている。

「よし、決まりだね!」

 ロマーノとルイが、先陣切ってリノの後を追う。

「――ロマーノ! もっと静かに歩いてよ、バレるじゃん!」

「お前こそもっと小声で喋れよ! 気付かれるだろーが!」

 二人は、コソコソと小声で喋りながら罵り合っていた。

「ははっ、ルイすっかり元通りだな。安心したよ」

 後ろを歩く俺達は、二人の楽しそうな姿を見ながら後を追った。

「……だな。ただ、ロマーノがルイ以上にテンション高くなってるのが、恥ずかしくて仕方ないけど」

「弟としてか?」

「ヴァロアッ!」

「素直じゃないな、ゼノンは」

 

その時、俺達は妙な違和感に気付いた。

「あれ……足音が……?」

 静かな施設の中には、俺達の足音だけが響いている。

「まさか……」

――リノは、俺達の足音にぴったり合わせて歩いていた。

「……あの……」

 やがて、リノが気まずそうに振り返る。

「えっ俺? 違う違うっこれはルイが!」

「俺じゃないよ、ロマーノだよ」

「てめぇ!」

「……何……でしょうか……」

「……」

 ――どうして皆して黙り込むんだよ! 

さっきまでの勢いはどうした!

「リノ……この際だからはっきりさせようか」

 ――ナイス、ルイッ!

「……今から彼女と逢引する予定なの?」

 ――まぁ、答えは分かってるんだけどな。

リノが他人に、しかも女に心を開くなんて、天地がひっくり返るほどありえない事だ。

「……うん……」

「――えっ?」

 ――嘘だろ? リノに彼女……?

「まじかよ……」

「まじで彼女……?」

「……みたいな……もの……」

「まじで……?」

結局俺達は、当たり前のようにリノについて行った。……と言うか、有無を言わさずと言った方が適切だろう。

「それで、どんな人なの?」

「……すごく……良くしてくれる……」

「へー、リノは年上好きなんだー」

「俺も好きだぜ、年上!」

「……相手にされてねーけどな」

「俺はこの年になるとどうもダメだな、年下が好みだ」

 話をしながら歩いていると、すぐに有刺鉄線に囲まれている広場に着いた。

「……いた……」

 ――リノは、俺達を置いて更に奥へと進む。

「え? どこ?」

「誰もいねーけど……」

 そして、しゃがみ込み、地面にバゲットを置いた。

「……おいで……」

「――おいで?」

 ヒュッテの裏から、それは姿を現した。

「……犬?」

「……は?」

 ――茶色いフワフワの犬が、千切れんばかりに尻尾を振って現れた。

「何だ、犬かよ!」

「げっ……」

 ロマーノとルイは、それぞれの反応を見せる。

「まぁ、でも……可愛いなー。ほら、来いっワンコ!」

 ロマーノは手を差し伸べ、どうにか気を引こうと試みていた。

だが、その犬はロマーノを通り過ぎ――

「ひっ……!」

「ルイ?」

 ――ルイの足元へ、匂いを嗅ぎに来た。

 ルイは、俺の後ろに隠れ、物凄い力で服の袖を引っ張る。

「痛い、痛いって! どうしたんだよ!」

「俺じゃないよ! この子がくっついてくるから……! あっち行って、ほらっ、ロマーノの方行って! シッ!」

「……まさかルイ、怖いのか?」

「こんな犬っころが怖いとかっ! ありえないよ! バカゼノッ!」

「バカゼノ……?」

「こんなに可愛いのにな、よしっおいで――」

 ヴァロアは、ルイにすり寄っている犬をそっと抱き上げた。

――あやしている姿が、とてもよく似合う。

俺は、ヴァロアの腕の中で大人しく抱かれている犬の顎を撫でた。

気持ちよさそうに目を閉じ、尻尾を振っている姿は……、確かに可愛い。

「可愛いな、……こいつ」

「――リノ、この子の名前は?」

 ヴァロアが愛おしそうな目で犬を見ながら尋ねた。

「……アルド……」

「アルド……?」

「どうした、ゼノン?」

 ――アルド……。

久しぶりにこの名前を聞いた……。

「……俺の、父さんの名前だ」

「へー、ゼノのパパと同じなんだ。リノ、何でアルドにしたの?」

「……アルド……バリオーニ……」

「え? そうだけど……」

「……っ」

「そりゃ、ゼノのパパだから同じファミリーネームだよ。――で、何でアルドにしたの?」

「……大事な人の……名前」

 リノは、アルドを悲しそうに見つめ、バゲットを与えた。

「つーか! 何で俺の前は素通りしてルイの方に行くんだよ、アルド!」

「犬にも分かるんだよ。見る目あるね、アルド」

「怖がって触れもしないやつが、何言ってんだよバーカ!」

「……アルド、これあげる。食べていいよ」

 ――アルド……。

この名前を、俺は何度記憶の底に押し込めた事か……。

「あっ、バカ止めろ! それはお前にあげたチョコバゲ――」

「うわあぁ! 指っ……指、パクって……」

 指を舐められたルイは、再び俺の後ろに隠れ、アルドの様子を伺い出す。

「ははっルイ、そんな大声出して驚かせたら可哀想だ。……よしよし、怯えなくていい」

「怯えてるのは俺だよ! ってゆーか、もう帰ろうよ! 逢引は終わり! 行くよ、ゼノ!」

「――痛っ、痛いっつーのルイ!」

 ルイは、強引に俺の手を引き、ズカズカと来た道を引き返した。

――戻りながらも、アルドの事が気になっているのか、チラチラ振り返っている。

「……明日は、ナッツ入りのバゲット持って行こ。ナッツとか食べられるのかな……」

 ――ルイの独り言が聞こえて、思わず吹き出してしまう。

「……ふっ、はははは!」

「――何っ!」

「いやっ、意外と気に入ってたんだなって思って、あの犬の事っ。――ははは、ダメだっ!」

「違うよっ! 明日はナッツ入りのバケット持ってこいって脅されたの、あの犬にっ!」

 握っていた俺の手を振りほどき、更にズカズカと歩いて行く。

「ははっ、何だよその理由っ! 大体犬にナッツはダメだろ!」

「何だ何だ、兄弟喧嘩かー?」

「おー、ルイは随分ご立腹だな」

 遅れて追いついた成人組二人が、ルイの様子を見て茶化す。

「いやそれがさ、ルイのやつ――」

「――ゼノッ!」

「ははは、分かるぞ、ルイ! ゼノンはたまに、配慮が足りねーからな!」

「ロマーノ、ついて来ないでくれるっ!」

「何だよ! 戻る場所が一緒なんだから仕方ねーだろ!」

 ギャーギャー騒ぐルイとロマーノを見ながら、ヴァロアは安心したように表情を緩めた。

「ルイ、元に戻って安心したよ。今日二人の時、何かあったのか?」

「いや、普通に話しただけだ。皆にも、もう気を使って欲しくないってさ」

「そうか。何はともあれ、良かったよ」

 俺は、そう言って笑うヴァロアの後姿を見送り、未だアルドから離れていないリノに声を掛けた。

「――リノ、戻ろう」

「……はい」

 リノは、名残惜しそうにアルドの頭を撫で、立ち上がった。

「またね……、アルド……」

 ――アルド……。

久しぶりに聞いた父さんの名前……。

もしも父さんが生きていたら、俺はまだ十五番区に住んでいて、こんな所とも無縁だったのだろうか……。

「それでも、人生には生きる価値がある……。……だよな、父さん?」


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