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Binaco  作者: 水瀬いちか
10/20

10 ドッペルゲンガー

「ノ……」

「う……ん……」

「ゼノ……」

 ――この声、……ルイ? 帰ってきたのか?

 慌てて目を開けると、ルイが扉の前に立っていた。

「……ルイ! 何処行ってたんだよ!」

「……見付けたんだよ、ゼノ」

「見付けたって、何を……?」

 ルイは、ニッコリ笑って両手を広げた。

「探しに行くって言ったでしょ? 失くしてたピース、やっと見つかったんだ!」

「ピースって、……パズルの?」

 そして、両手を広げたまま、ゆっくりと俺に近付いてくる。

「そうだよ! 必ず見つかると思ったんだ。ゼノが信じててくれたから、見付けられたんだよ。ゼノが、『きっと見つかる』って言ってくれたから……!」

「そ、そうか。……それより、ルイ――」

「それにね、ゼノ。俺達は呪われた運命だから、必ず出会うって決まってたんだよ」

「え……?」

 ――ルイの目は、さっきまでの無邪気な目ではなく、ゾッとする程無機質な目をして笑っていた。

「ルイ……?」

「だってそうだよね。失ったままじゃ、悲劇の画は完成しないんだよ。このままじゃ、呪われた運命の結末を見る事が出来ないんだから……」

「お、おい……。どうしたんだよ、ルイ――」

 ――一歩一歩近づいてくるルイから逃げるように、自然と体が後退りをしてしまう。

「……でもね、ゼノ。俺は、それを受け入れる準備が出来てないんだ。まだ、会いたくなかった……」

「何の事だよ……、ルイ……」

「分からない? どうして? 俺は嫌だったんだよ。まだこの運命に抗っていたかった……」

 ルイの濁った目が、ゆっくりと俺を捕えた。 ――俺を見下ろしながら、不気味な笑みを浮かべている。

「……だからさ、どうしたと思う?」

「どうしたって……」

「分からない?」

「ああ……」

 ――背中に、冷たい壁が触れる。

これ以上、もう逃げる場所が無い。

「……だからね?」

「……っ」

ルイは、腰を下ろし、緊張で固まっている俺の頬を撫でながら言った。

「……だから、殺したの」

「えっ……?」

 ニッコリ笑うルイの顔が、歪んでいく。

「殺しちゃったよ、俺……」

「殺……した……?」

 ――その時、硬直していた俺の体に、突然五感が戻ってきたような違和感を感じた。

頬を撫でるルイの手はやけに生温かく、錆びた銅の強烈な臭いがする。

俺の視界の隅で動くその手は――

「赤……い……」

「赤い? ああ、これ? ……ねぇゼノ。人の血って赤黒く濁って見えるのに、体に付くとこんなに真っ赤なんだね。俺、びっくりしちゃったよ」

「ルイ、お前……」

 恐る恐るルイの手を見ると、その手は鮮血で真っ赤に染まっている。

――手だけじゃなく、顔も、髪も、服も……。

「でもね、それよりびっくりしたのは……ゼノの事だよ」

「俺が、何……?」

「何で、俺の事疑ったの……? 信じてくれるって言ったよね?」

「何、を……っ」

「とぼけても無駄だよ」

 その時、俺の頬に冷たい刃先が触れた。

――ルイの片手が、俺の顎を押し上げる。

「うっ……」

「悲しいけど、仕方ないよね、ゼノ?」

 押し当てられた刃が、頬に食い込み、鈍い痛みが走る。

「――いっ……!」

「大丈夫。俺も一緒に見てあげるから。ゼノが逝くところ……」

 ルイの歪んだ顔が、ゆっくり近づいてくる。

その濁った目は、恐怖に引き攣る俺の姿を写し、頬を流れる俺の血の色を反射して赤く光っていた。

「バイバイ、ゼノ……」

笑みを浮かべるルイの綺麗な瞳が揺れる。

 そして、頬に食い込んでいた刃が一瞬離れ、鋭い音を立て振りかざされた。

「やめ……っ!」

 ――その時、俺の体が大きくグラつき、聞き覚えのある声が入ってきた。

「ゼノン!」

 ――ロマーノ……?

「……おい、大丈夫か!」

「う……」

 ――ゆっくり目を開けると、そこには、血相変えて覗き込むロマーノの姿が映った。

「ロマーノ、何で……」

「何ではこっちのセリフだ! 急にでっけー声出して……。それに、すっげー汗だ……。悪い夢でも見たのか?」

 ――夢……?

確か、ルイが帰ってきて、ピースを見付けたって言って、それから……。

「血が……、真っ赤な……」

「血? ついてないけど?」

 ロマーノが汗を拭いてくれている間も、夢と現実の整理が出来ないままでいた。

――呼吸を整えようと思えば思う程、生々しい記憶が蘇る。

「……ロマーノ。……ルイは?」

「……ああ、まだ戻ってない」

 ロマーノは、綺麗に畳まれたままの毛布を見て言った。

――そうか……。

昨日は老いぼれと話した後、あの毛布を見ながら考え事しているうちに眠ってしまったのか……。

そして、ルイは、まだ戻っていない。

「……ロマーノ、怪我はどうだ?」

 軽く肩に触れた途端、ロマーノの顔が歪む。

「……っ」

「……まだ痛むのか?」

「いや、大丈夫だ……。ありがとうな、ゼノン」

 ――この反応からして、まだ相当痛むみたいだ。

「……それより、ルイの夢を?」

「ああ……」

「大丈夫か? そんなに思い詰めてるなら、俺も……」

「――いや、大丈夫だ……」

 ――何を焦っているんだ、俺は……。

老いぼれの言った通り、事は必ず終結を迎える。その間は、ルイを信じるって決めたじゃねーか。


それから俺は、ルイを探しに出る事にした。

 遅れて目を覚ましたヴァロアは、引き留めようとするロマーノを制止し、『気をつけて』と、一言だけ声をかけた。

 俺は、棟の中、ヒュッテの周辺を隈なく探したが、ルイを見付ける事は出来ず、一人屋上に来ていた。

「こんな狭い中で、どうして見つからないんだよ……」

 屋上からは、有刺鉄線に囲まれた狭い広場とヒュッテが見える。――時々ヒュッテの前に集まっている人達は、他のグループの奴等だろうか……。

同じ、理不尽な運命を強要された人達。

――だが、ここではポイントを奪い合う敵同士という事になる。

「出来れば、お目にかかりたくないな……」

 ヴァロア達が遭遇したという、他のグループの奴等の中には、あのセルティという子みたいに、幼い子もいるのだろうか……。

「……ゼノン」

 ――その時、懐かしい声が俺を呼んだ。

「ルイ……?」

 振り返ると、ルイが気まずそうな顔で立っていた。

「ルイッ! 何処に居たんだよ!」

「ごめん……」

 部屋を出て行った時のまま、シャツだけの寒そうな姿だった。

「ルイ、上着持ってきたから……。とりあえず、着て」

「ありがとう……」

 ルイに上着を着せ、俺達はベンチに座った。

「……昨日、ごめんな。無理矢理あんな事して、悪かったよ……」

「……ううん。俺も、嫌な態度取ってごめん。ゼノン、俺の事嫌いになった?」

「え……?」

 ――ルイの余所余所しい態度に、少し違和感を感じる。

「いや、そんな事……」

「……そう。良かった」

 俺達の会話はどこかぎこちなく、お互いが突破口を探している、という感じだった。

やがて、ルイがためらいがちに話し始めた。

「俺さ、……疑われてるんだよね」

「そんな事……」

「いいよ、気使わなくても。皆の思ってる事は、ちゃんと分かってるから」

「ごめん……」

「もう、受け入れて貰えないかな……」

「そんな事ない!」

「……え?」

「今はちょっとだけ、ほんの少しすれ違ってるだけだ。――皆……、神経が衰弱してるんだ。そんな時のロマーノの負傷で、少し疑心暗鬼になってるだけだ」

「でも……」

「俺は信じてる。――いや、俺だけじゃなくて、皆もきっと……。決して、ルイが裏切り者だって決めつけたいわけじゃないんだ。ただ、そうじゃないって確証が揃ってないだけで……」

「そう……」

「昨日、ロマーノとヴァロアがここから出た時の話をしてたんだ。成人組2人で飲みに行こうって。『ガキ3人はお留守番だ』ってさ。――ちゃんとルイも入ってる」

「へぇ……」

「だからさ、ルイを除け者にしたいわけでも、裏切り者だって決めつけてるわけでもないんだ。――ルイの口から本当の事を聞いて、早く解決したいって思ってるよ」

「ここから出たら……ね。――本当にそんな時が来ると思ってる?」

 そう質問したルイは、驚くほど冷めた目をしている。

「……思ってる。ルイが言ったんじゃねーか。『悲観したくない』、って……。だから、必ずここから出て、皆との約束を叶えたいって思ってるよ」

「約束?」

「ほら、ホットワイン御馳走して、いろんな味のソーセージ食べようってやつ。――ルイだって、二番区に来てみたいんだろ? あんなどうしようもない街で良ければ、いくらだって案内してやるよ!」

「……ふーん。そうだんだ……」

「……ルイ?」

「ううん、何でもないよ」

 そうニッコリ笑ったルイの笑顔は、いつもの無邪気な笑顔ではなく、夢の中で見たような無機質な笑顔で……。

俺は、違和感を感じながらも、心配そうな顔で送り出したロマーノ達の事が気になっていた。

「……とりあえず、戻ろう。みんな心配してる」

「……嫌だ」

「ルイ……」

「戻るのは、嫌だ。ロマーノ達に会わせる顔がないよ」

「ルイ……」

「……そうだ、ゼノン。今日の奉仕、一緒に行ってくれないかな?」

 ルイは、俯いたまま、遠慮がちにそう切り出した。

「何で……?」

「そりゃ、いつまでも避け続けることは出来ないけどさ。……戻るのは、もう少し時間が欲しいんだ。――だから、奉仕が終わった後、ゼノンと二人で戻りたい」

「……うん。――実は俺も、今日の奉仕はルイと二人で行きたかったんだ。ロマーノとヴァロアにも、了承してもらった」

「そうなの? 良かった……。――それじゃあ、後で合流しよ!」

「え、後で?」

「俺はいつも車に乗り込む場所にいるから……。奉仕の合図が出るまで、ゼノンは戻ってていいよ。それから合流しよう?」

「それなら俺も――」

「俺を探しに行ったまま帰ってこなかったら、二人が心配するよ。ロマーノは足も怪我してるんだからさ、ゼノンは戻ってよ」

「怪我、……ね」

「――ね?」

「分かった……」

 俺は、嫌がるルイを無理矢理連れて戻るわけにもいかず、後で合流する約束だけ取り付けて部屋に戻った。

 部屋で待っていたロマーノ達は、俺が一人で戻った事から察したのか、ルイの話には触れなかった。

「……見つからなかったわけじゃないんだ。見つかったんだけど、戻りたくないって――」

「……ルイらしいな」

 ヴァロアは、呆れたように笑って俺を見た。

「そうかな……。ルイだったら、戻ってくるかと思ったけど……」

「ゼノン?」

「……いや、いいんだ。――何れにせよ、後で合流する約束をしてきた」

「車の所でか?」

「ああ」

「それまで、どうするつもりなんだ?」

「……分からない。いろいろ思う事もあるのかもしんねーし、無理矢理戻すのもどうかと思って……」

 ――いろいろ思う事は、俺にもあった。

ロマーノが怪我をした日の事、老いぼれと話をした夜の事、夢で見たルイの事、そして、さっきのルイ……。

――それら全てが結び付けば、きっと答えが見つかるはずなんだ。


それから、どの位の時間が経っただろう。

考え事をしている内に、奉仕の合図を知らせる警報音が鳴った。

――俺の体に緊張が走る。

「ゼノン……」

 俺だけでなく、ロマーノとヴァロアも同じような顔をしていた。

――二人は、準備を始める俺を見て、苦い顔をして俯いている。

「大丈夫だ、ロマーノ。信じて待っててくれ」

「あぁ……」

「……一時間だ、いいな? それを過ぎたら、必ず迎えに行く」

 ヴァロアは、気が気でないという顔で俺を見た。

「ああ、分かってる。もし一時間過ぎても戻ってこなかったら……、その時は宜しくな、ヴァロア」

「何だよ、ゼノン! それじゃまるで……帰ってこれねーみてーじゃねーか!」

 取り乱すロマーノに、俺は、精一杯の笑顔を向けて答えた。

「大丈夫だ、ロマーノ。次戻った時は……、全て元通りだ」

「ゼノン……ッ、待て!」

 ――そうだ、次にここに戻った時は……、必ず全ての答えが出ているはずだ。

俺は、合流場所へ向かい、車に乗り込んだ。

「――遅かったね、ゼノン」

 車の中では、既にルイが俺を待っていた

「ああ……」

「緊張してる?」

「え……? うん、少し――」

「俺も。……こればっかりは、慣れないよね」

「ああ……」

 俺達は、回収場所に向かう少しの間、回収についての話をした。

「そうだ、回収対象について。……今回は、二人だ。――罪名は、銃器密売。場所は、また二番区のport17だ」

「そっか……」

「なんか、思い出すよな。――最初に奉仕に向かった夜の事や、リノの事もさ……」

「あー……、そうだね」

「それに、十五番区から出た事ないって言ってたのに、初めに行った所が、よりにもよって二番区のport17ってな……。ここから出たら、もっとまともな所案内するよ。――まぁとりあえず、二番区内の回収なら一応の土地勘はあるし、見付けられるはずだけど……って、ルイ、聞いてる?」

 ルイは、車の外をぼーっと眺めたまま、何が可笑しいのか、口元に笑みを浮かべている。

「聞いてるよ。……ゼノンは優しいなぁって思ってさ」

「……」

「ゼノン?」

「……俺は、優しくなんかっ……」

 ――反論しようとしたが、ルイは再び外を眺め、俺の答えの続きには興味がなさそうだった。

車が停車するまでの約十五分、再び長い長い沈黙が続いた。


車から降りた場所は、初めての回収の時と同じ、廃れた小道が続く薄暗い裏通りだった。 奥へ進めば進むほど、相変わらずウィスキーの臭いが充満していて、気分が悪くなる。

「この匂い、吐きそうになる……」

「そうだね……」

――その時俺は、妙な違和感に気付いた。

道のあちこちに蔓延る浮浪者達……。

以前、ここを通った時は、死人のような視線を浴びせてきていたのに、今回は違っている。――全員が、小さな悲鳴を上げ、這うようにして逃げていくのだ。

回収の現場を見られていたのか……?

だが、彼等の視線の先は俺ではなく、明らかに俺の後ろを歩くルイの姿を見て……。

「ルイ、……何か変じゃないか?」

 俺は、逃げていく浮浪者達の姿を目で追いながら、ルイに話しかけた。

「……」

「浮浪者達が、怯えて逃げて……」

 ……後ろを歩いているはずのルイの気配を、全く感じない。

「……ルイ?」

 俺は、立ち止まり、ルイの様子を確認しようとした、その時だ……。

ルイが突然、後ろから抱き付いてきた。

その反動で、一瞬体のバランスが崩れる。

「――っと、危ねぇ……。どうした?」

「怖い、ゼノン……」

「……」

「……ゼノン?」

 俺は、後ろから抱きしめるルイの腕に手を重ね、大きく息を吐いた。

「……怖がりで、すぐに抱き付いてくる所は、ルイとそっくりだな」

「ゼノン……?」

「その『ゼノン』って呼び方。それはハズレだ。ルイは俺の事が大好きだから、特別な呼び方してんだよ」

「……」

「それに……」

 俺は、もう片方の腕を掴んで言った。

「こんな物騒な物頭に突き付けて、『怖い』はねーんじゃねーか?」

 ――その手には銃が握られ、俺のこめかみに押し当てられている。

「……何の事? 意味分かんないよ……、ゼノン……」

 ゆっくりと銃のスライドが引かれ、弾薬が薬室に押し上げれる音が鳴る。

「……何でスライドが引けるんだろうな。さっき渡した上着には、弾を外した銃を入れておいたんだけど」

「へー……。いつから気付いてた?」

「……今日、お前が俺の前に現れてから。違和感しか感じねーよ」

 そいつは、片手で銃を押し付けたまま、俺の耳に唇を当てる。

「えー、どんな所? ちゃんとルイを演じてたと思うんだけど?」

 ――ルイとそっくりな声で、変な錯覚を起こしそうになる……。

「……残念。確かにルイは生意気だけど、もうちょっとマシな喋り方だ。笑った顔も、もっと可愛いぜ? ……それに、ロマーノの足の怪我の事もそうだ。あれはロマーノに口止めされたはずだよな。――ルイだったら、絶対に言わねーよ」

「ふーん。何だ、ルイってそんなに信用されてるんだ。あの引きこもってパズルするしか能がない不適合者が、ちゃんと仲間とか作ってるんだね。――ふっ……、ダメだっ、面白いっ……!」

 そいつは、クックと喉を鳴らしながら笑い始めた。――耳にかかる吐息と、こめかみに当たる銃の感触に、背筋がゾクゾクする。

「ルイの真似なんかして近付いてきて、一体何のつもりだ……。 ロマーノに傷を負わせたのも、お前だろ?」

「ピンポーン、正解。――あれ、ルイだと思ったでしょ? 君達の関係グチャグチャになった? ルイの事、裏切り者だと思った? ねぇ、ルイどんな顔してた?」

「……残念だな。お前の望むような状況にはなってねーよ。少なくとも俺は――」

 その時――

物凄い力で首を掴まれ、俺は勢いよく壁に押し上げられた。

「うっ……!」

 俺の首を掴む指は、バキバキと音を立てるほど強く食い込んでくる。激しい圧迫に、全身が悲鳴を上げる。

「ぐっ、う……っ!」

 ――まるで、全身の血液が止まってしまったかのような激しい痺れが襲い、首に走る激痛のせいで目を開ける事すら出来なかった。

 ――何だ、この力……。

こんな小さい体の……何処にこんな力が!

「そうなんだよねー、ねぇ何で? 何でルイは絶望的な状況に陥ってないわけ? 信じてるとか、ここから出たら……とか、何そんな希望に満ちた話してるわけ? 全く解せないんだけど、……ねぇ何で!」

 微かに見える男の顔は、笑いながら目を見開き、楽しそうに質問しているようにも見えるが、どこか余裕の無い表情をしている。

「何でって……っ! ――仲間……だからだろっ……!」

「仲間ぁ? それじゃあ、君の言う仲間が、大事な仲間を殺そうとしたんだよ? それなのに、仲間だから信じるっていうのは、矛盾してない?」

「殺そうとしたのは……ルイじゃ、ない……っ! お前、だろっ……!」

「俺だってルイだよ。ルイと同じ顔して、同じ声をしてるんだから。――君だって騙されたでしょ? ……ねぇ、ゼノ?」

 ――ルイと同じ顔、同じ声、同じ呼び方……。少しでも気を緩めると、悪魔みたいな顔で笑うこいつが、ルイに見えてしまう。

「ぐっ……! ルイは……っ! お前みたいな……腐った顔で笑わねぇ……よ……」

 俺の言葉に、男の眉がピクッと動き、掴みあげる指に力が入る。

「ぐっ……ああぁっ……!」

 凄まじい力で掴みあげられ、地面から足が離れる。

「あははは、それは正解だよーゼノ! ――でもルイってバカでしょ? 疑われないように、次の日はわざわざナイフ持って来てるの、傑作だよー! そんな事しても無駄だと思わない? 俺達は呪われた運命なんだよ? 逃げ切ろうなんて絶対に許さないよ、ルイ……」

「ぐっ……あっ……!」

「でもこれで終わり。――君が死ねば、ルイの立場は絶望的になるよね? 一緒に奉仕に行ったはずが、君は誰かに殺されちゃったんだもん。――一番に疑われるのは、ルイになる。……それに、もう誰も擁護してくれる人がいなくなるんだから。ルイは思い詰めて、自殺でもしちゃうかなー。――それはそれで愉快な結末だよ! まさに呪われた運命に相応しい終わり方だ、是非見てみたいなー」

「あぁ……俺も……っ! ……憎まれ口を……叩けないルイ……見てみたいけどな……! それは無理だっ……」

「……どうして?」

「俺の所は……過保護な親がっ……いるからな……! 帰りが遅いと……心配でっ……駆けつけてくるんだよっ……」

「あぁー……あのでっかい男ね。――安心してよ。その前に、ちゃんと殺してあげるから……さぁ!」

「ぐああぁっ……!」

「ははっ情けない声ー」

 ――ヴァロア、頼む……! 

俺は、遠ざかる意識の中、ヴァロアと交わした言葉を思い出していた。

 ――『一時間経ったら合流する』。

ヴァロアは必ず来てくれる。……ただ気がかりな事は、どうかヴァロアだけで来てくれ。

「来る……なよ……、ルイ……」

「ルイ? ルイは必死で俺を探してる所だよ。無理無理、ルイにそんな行動力は無いしねー」

「はっ……あぁ……」

「でも、初めて君の仲間を襲った時はさ、血相変えて俺の事追いかけてきて、ちょっとビックリ。ルイにあんな行動力ってあったんだね。何が傑作って、俺達は同じ顔なんだよ? 戻った時には、当然自分が疑われるって普通分かるよねー? おかげでその後は計画通りだけどさ。……それに、俺的には、感動の再会だったけどねー。俺を見た時のあの血の気の引いた顔っ! あー写真に撮って持ち歩きたい位愛おしいよ、あはははっ」

 ――目の前で高笑いをする姿が、だんだん白く霞んでいく。息がある間に、どうにか間に合ってくれ……ヴァロア。

だが、その時――

「――カイッ!」

 ――俺の恐れていた声が叫んだ。

「ル、イ……っ?」

 白く霞む視界の中に、薄らとシルエットが浮かんでいる。

「カイ! ゼノから離れて!」

「あれー? ルイじゃん」

 俺を掴み上げていた手が、パッと離れる。

「ガハッ……! ……ハ、ハァ……」

 ――俺は、その場に崩れ落ち、焼けるように痛む喉をおさえて咳き込んだ。

「ルイ、何で来たのー?」

 男は、銃を回しながらルイの方へ近づいて行く。――向かい合う二人は、どっちがルイだか分からくなる程同じ顔をしていた。顔だけでなく、背丈も、髪の色も、全てが同じだ。

「ずっと探してた……、カイ……」

「知ってるよ。昔から、ルイは俺の事が大好きだもんねー? 俺の行く所行く所着いてきて、本当、そういう所可愛いんだから」

「ルイ……逃げろ……! そいつ……、おかしい……!」

「……ゼノ」

 ――あの力……。華奢な体からは考えられない程、異常な握力だった。

「カイ……。どうしてこんな所にいるの? どうして俺の前に現れて、こんな事するの?」

「どうして? え、嘘でしょ? 本当に分からない?」

 カイという男は、ニッコリ笑いながら、一歩一歩ルイに近づいて行く。――後退りするルイの姿は、夢の中で見た俺と同じだった。

「……分からない。急にいなくなって、こんな所で会うなんて。……ずっと心配してたんだよ、カイ……」

「そういう所はご健在なんだね、ルイ。あーあ、参ったなー。ルイまで来るとは思わなかったから、これは追加しなきゃだなー」

 カイは、歩きながらポケットから何かを取り出し、自分の首に押し当てた。

「カイッ……何、それ――」

 カイが投げ捨てたそれは、小型の注射器。

「何? それは愚問だよ、ルイ。こんな体で、自分より大きな人持ち上げられるわけないでしょ? それも片手でだよー、無理無理!」

「それって……っ」

「そんな驚いちゃっていやだなー。ドラッグだよ、ドラッグ。――分かるよね?」

「嘘だよ……」

 カイは、ルイの怯えた反応を見て顔をキョトンとさせ、やがて腹を抱えて笑い出した

「あはっ……あははは! ははっ――ダメだっ、お腹痛いっ……!」

「何が可笑しいの……?」

「ルイってさー、本当、綺麗な所しか見ようとしないよね、昔から。――そういうの何て言うんだっけ? 純真無垢? 清廉潔白?」

「カイ、変だよっ……」

「残念、それ以上逃げる所は無いよ。――俺はルイみたいに頭よくないからさぁ、これ以上堕ちる所なんてないんだよ。このport17だって、何度来たか分からないよ。こわーいなんて嘘。ここでドラッグして、浮浪者狩りするのが俺の日常だよ。分かる?」

「……っ」

「分からないか。……じゃあ質問を変えるね。――ルイはどうしてこんな所にいるでしょう?」

「……収容所の人に、ID操作されたから」

「残念はずれー! 間違ったルイへ――」

「え……?」

「罰ゲームッ!」

 ――その瞬間、勢いよくルイの首を掴んで、高々と持ち上げた。

「うっ……カ、イッ!」

ルイの華奢な体は、壁に押し付けられ、壁がミシミシと音を立てる。

「ルイッ!」

――くそっ……! 

全身が麻痺して、上手く動けない……!

「あははっ、ルイにも分からないことあるんだね。――いいよ、お兄ちゃんが教えてあげる」

「お兄……ちゃん?」 

あの狂気に満ちた男が、ルイの兄……?

「正解は、俺がルイのID操作したからだよ」

「カ、イ……ッ! 今……何て……っ」

「俺が貰ったの、ルイのID。だってさ、ここに来て説明受けたでしょ? 次は俺達が、不要な人間を裁けばいい、って。俺、一番にルイの顔が浮かんだんだよねー。不要な人間……まさにルイの為の言葉だ。ピッタリすぎて笑っちゃうよ!」

「嘘……だっ」

「あれー? 何で喜ばないの? 昔は俺の行く所は何処でも行きたがってたじゃん。喜んでよ、今は俺と同じ所にいるんだよ?」

 ――嘘だろ……、まさか兄弟で……?

「まぁ俺が出来るのは罪人に落とすまでだったんだけど、急に警報音が鳴って捕まっちゃったわけ。そこからは自分の運の悪さを恨んでね? ――って言っても、俺にとっては願ったり叶ったりだったけどねー」

「くっ……カ、イ……」

「ねぇルイ……。俺達は同じ日に生まれて、同じ姿をして、同じ物を食べて、同じように育ってきたのに、どうして俺達の運命はこうなんだと思う? どうして俺とルイはこうも違うんだと思う?」

「ぐっ……何を――」

「それはね、俺達の運命が呪われてるからだよ。双子で生まれた俺達は、どちらかしか幸せになれない、呪われた運命なんだよ」

「うっ、うぅあ……!」

「苦しい? あーあ、可哀想に……。ルイの可愛い顔が、こんなに苦しそうに歪んじゃって……ははっ、あはははっ」

「ぐっ……全然っ、苦しくない……」

「……やーめた」

 その言葉と同時に、カイはルイの首から手を離した。

――突然手を離されたルイは、大きな音を立てて地面に倒れ込む。

「ガハッ……」

 カイは、地面で苦しみ悶えるルイの上にまたがり、真っ赤に腫れ上がった首に手をかけた。

「うっ……!」

「さっきの話の続き。どうして、どちらかしか幸せになれないか教えてあげる。――何故なら、俺達はどんなに姿形が似てても、同じように大きくなる事は出来ないんだよ。絶対にどちらかが優れて、どちらかが劣る。……そして、必ず周りはそれに気付いて比べだす。……二人が幸せになる未来なんて、俺達の間には存在しないんだよ」

「……そんな、事っ……」

「あるよ。ルイは気付かないよね、当然だよ。――ルイはいつだって、あの家に守られてた。俺が必死に努力しても出来ない事を、ルイは簡単にやってのける。俺が何日かけても解けないパズルを、数分で解いてみせる。俺が寝ずに勉強しても入れなかったAAクラスにも、簡単に入っちゃう。……いつからか俺は、ルイの隣に並ぶことが出来なくなった。――『カイくんはルイくんのお兄さんなのにね』って、その言葉を聞くのも苦痛で仕方が無かったよ。ルイの方が先に生まれてれば、俺だけがそんな風に蔑まれる事も無かったのに」

「カッ……イ……」

「だから俺は、少しでもあの家から離れたかった。少しでも、ルイから離れたかった。――それなのに、何処に行こうとしても『カイ! カイ!』ってくっ付いてきて……、俺はそんな無邪気なルイが大っ嫌いだったよ。ルイの存在全てが、疎ましくて仕方が無かった。俺はこんなにルイの事が嫌いなのに、俺の事が好きなルイも……大嫌いだった!」

「カイ、離して……っ」

「また泣くの? ……弱いね、ルイは。――まぁ当然か。ルイは外の世界も何も知らずに、あの家の中で、綺麗な物だけを見て育ってきたもんね。……ああ、でも、そうさせたのは俺だったけ? 昔、くっついてこようとするルイが嫌で嫌で、『パズル完成させてくれたら連れて行ってあげる』って言ったんだっけ? ――ねぇ、あれ完成したの?」

「……ま……だっ……」

「あはははっ、当然だよね! あれはいくらルイでも無理だよー。――だってあのピース、揃わないでしょ? あれさ、俺が持ってるんだよね、ほら――」

「……っ!」

「出来もしないパズルを、何年も何年もやってバカみたいだよ。――それも、俺のあんな一言を本気にして、何年も引き籠ってさー。もしかして、俺への当てつけか何か?」

「――違っ……」

「まぁいいよ。晴れてルイも、俺と同じ所に来たんだから。――それなのに……、それなのにさぁ。……ルイはまた、俺を置いて行っちゃうの? ちゃっかり仲間なんか作って、ここから出た時の約束なんかしちゃって、何ルイだけ幸せになろうとしてるの? 俺達は双子でしょ? やっとまた同じ場所に立てたのに。何でまた、ルイだけ先に行こうとするの? ――ねぇ、ルイ!」

「うああぁっ!」

「ルイ……。ルイだって、ここに来て思ったでしょ? ――自分の命が大切だって。その為に人を殺すんでしょ? 模範生のID操作もするんでしょ? 俺と一緒だよね……? ルイは今、俺と同じ所にいるんだよね……? それじゃあ、ここからもう一回始めようよ……、俺達二人が幸せになる未来……。落ちこぼれの俺と、優等生のルイが、やっと同じ場所に立てたのに……。置いて行かないでよ、ルイ……」

「カ、イッ……、泣い……て……るの?」

「――ルイ、俺の隣に居て……。俺達は、同じ日に生まれた双子なんだよ? 双子は双子らしく、同じ運命を歩まなきゃいけない。――そうでしょ?」

 カイは、ルイの上に乗ったまま、ルイの体を起こした。――ルイは、そのまま壁にもたれ、赤くなった首に手を当て呼吸を整える。

「ゴホッ……ハァッ……!」

「――ごめんね。苦しかったね。……すぐに、楽にしてあげるから……」

 カイは、苦しむルイを抱きしめ、片手でポケットを探りだした。

「まさか……まずい!」

 俺は、未だ痙攣したままの体を引きづり、ルイの元へと這っていった。

――ルイの方からは見えないが、あのポケットは、さっき注射器を出したポケットだ!

「ルイッ……、逃げろ!」

「ダメだよ、まずは帳尻合わせしなきゃ」

 カイは、注射器のキャップを外し、ルイの体を押さえつける。

「――止めろ……!」

 ――クソッ! 

どうにか間に合ってくれ……!

俺は、出せるだけの力を込め、カイの腕に飛びついた。

「止めろ! こんな物ルイに打つなんて、絶対許さねー……!」

「邪魔するなら、俺だって君を許さないよ。自分の状況分かってる? 俺の力に敵うわけないよね?」

「――カイッ、止めてお願い!」

「ルイは……俺にしか懐かなかったのに……。君、ルイに何したの? ――ねぇっ!」

 ――それは、一瞬の出来事だった。

「ぐぁっ……!」

カイの振り上げた注射器が、俺の首元を切り裂き、俺は地面に叩き付けられていた。

首元がドクドクと脈打っている。

赤い……、夢の中で見たような鮮血が大量に流れ出してくる。

「ルイ……、離れろ……っ!」

「ゼノッ!」

「――あはははっ、だから敵わないって言ったのにー!」 

「カイッ! ゼノを傷つけて……許さないよ!」

「ねぇルイ……、おかしいよ。あれは他人だよ? またそんな目して、俺から離れて行こうとするなんて……。そんな事、許さないっ!」

「嫌だっ、止めて! ゼノッ、助けっ――」

「――止めろっ!」

 ――しかし、全ては遅かった。

カイが突き刺したそれは、ルイの首元に根元まで埋まり――注射器の中の液体が、どんどん流れていった。

「ルイ……ッ!」

「あ、あぁ……ゼ、ノ……」

「……っ!」

 ルイは、グッタリと壁に寄り掛かった。

 そして、ゆっくり俺を捕えたルイの目は、まさにカイと同じ目になっている。

「ルイ……これで俺達、やっと同じだね」

 カイが、ルイの事を抱きしめる。」

「もう一度、一緒に歩こう? 俺達はずっと一緒だよ、ルイ……」

「カ……イ……」

 ルイは、ゆっくりと腕を上げ、カイの事を抱きしめ返した。

「ルイッ! しっかりしろ!」

「……どうして?」

「どうしてって――」

 そう言って俺の事を見たルイは、まるで別人のようだ。

「ルイ……、お前……」

 ――虚ろな目をして、うっすらと笑みさえ浮かべている。目が合っているのに、焦点が定まっていない。俺の事を見ているようで、見ていない。

 言い様の無い絶望感が、俺を襲う。

「ねぇルイ……。これからは、ずっと俺の傍にいてくれるよね?」

 カイは、ルイの頬を撫で、ルイの髪にキスをした。

「……うん」

 ――ルイは、ゆっくりと頷く。

「マインドコントロール……」

 自我が無くなってしまったルイを、思い通りにコントロールしている……。

「――ルイ。それなのにね、あの男が邪魔するんだよ。ねぇルイ……彼を、殺してくれる?」

「……っ!」

「殺す……?」

「そうだよ。ルイは一度やってくれたでしょ? 俺の為に、ロマーノって男を殺してくれたんだよ? その時と同じようにやればいい」

「嘘だっ! ルイッ、しっかりしろ!」

「俺、が……?」

「そう。一回目は足を撃って、二回目は肩を刺したんだよ。ルイ、覚えてるでしょ?」

「俺が……殺した……?」

「違うっ、目を覚ませ! ルイはそんな事しない! 人を傷つける事なんて、絶対に! 怖がって、まともに銃も握れねーんだ!」

「カイ……? 俺は……」

「大丈夫だよ、ルイ。……これを握って、彼に向けて撃てばいいだけ。ルイは何だって出来るいい子だから、簡単に出来るよね?」

 カイは、ルイに銃を握らせ、その手を俺の方へと向けさせた。

「――ほら、ルイ撃って」

「撃つと……死ぬよ、この子……」

「それでいいんだよ。ルイには俺がいればいい。仲間だなんて綺麗事を言う偽善者は、必要ないんだよ。――ルイ、これも返してあげる。ずっとすれ違ったままで完成出来なかったけど、2人でここを出て、ちゃんと完成させよう? ルイもそれを望んでたんだよね」

「……本当? また、戻れるの? 俺達……」

「そうだよ、ルイがそのトリガーを引けばね」

「そっか……。これを引けば……」

 ルイは、俺に向けて銃を構え、ゆっくり銃のスライドを引いた。

――銃弾がセットされる音が響く。

「ルイ、頼むよ目を覚ませ! ……ヒュッテ。そうだ、二番区のヒュッテ! 皆で行こうって約束したよな? その約束も思い出せないのか! ――俺の事も!」

 だがルイは、虚ろな目をしたまま、ブツブツと独り言を言い始めていた。

「この子を撃てば……カイが戻ってくる……ピースも揃って……また2人で――」

 そして、トリガーに指をかける。

「ルイ……っ」

――ダメだ……。

このまま、いつトリガーを引いてもおかしくない。今のルイの中には、皆の事も、俺の事も、理性すら存在していない。

「くそっ……」

俺は全身に力を込め、その恐怖に目を閉じた。――この機に及んで考えていた事は、死への恐怖ではなく、正気に戻った時のルイの事。それを発見した時のヴァロアの事、残されたロマーノとリノの事……。

――デカイ口叩いておいて、皆との約束、何一つ叶える事が出来ていない。

リノは、無責任な俺の事をどう思うだろう。 ……やっぱり何も感じないかな。

それはそれで……寂しい――

「……っ」

ところが、俺が瞑想している間も、ルイは何のアクションも起こさなかった。

恐る恐る目を開けると、ルイは、銃を握る手を震わせ、静かに涙を流している。

「……カイ、撃てない……」

「――どうして!」

「分からない……、怖いんだ……」

「何で? 自分の手を穢す事が怖い?」

「違う……。俺が撃つと……この子は苦しむ」

「……は?」

「……出来ないんだよ」

「何で……? 理性が残ってるわけないよね……? 何でっ……、何でこんなにおかしくされても、ルイはルイのままなの? 俺と同じ所まで堕ちてきてよ、ルイッ! 足りないなら、いくらでも足してあげるよ、ほらっ腕出してよ!」

「いやだっ! ――あんた……誰? カイじゃない!」

「……はぁ? 何、違うところがおかしくなっちゃったの? 俺はカイだよっ! ルイの兄――」

「――違う! カイは……、俺の知らない事をいっぱい知ってて、いつも俺にいろんな世界を見せてくれる……! あんたみたいな化け物は、カイじゃない!」

「……ははっ、化け物ねぇ……」

 カイは、ルイの顎を掴み、自分の顔の前へ引き寄せた。

「……っ!」

「――ルイ、俺の目見てよ。自分の顔映ってるでしょ? ルイだってもう、同じ化け物の顔してるよ! 俺と何も変わらない!」

「う……っ!」

「それに……俺は俺だよ、何も変わってない!」

「……違うっ! カイは――」

「――違わないっ! 道を踏み外して、こんなに落ちぶれて、どうしようもなくルイを妬んで、憎んで、どんなに足掻いてもルイみたいになれない俺が、カイだよ! ルイの思ってるカイなんて、とっくの昔に化け物に変わったんだよ! ちゃんと俺を見てよ!」

「嘘だよっ……あんたはカイのふりした化け物! 化け物化け物化け物化け物――」

「ルイ……」

「お、おい! ルイ落ち着け!」

「化け物だっ! 化け物化け物化け物……」

「違うよ……、俺は……」

「うるさいっ!」

 ――まずい……。

ルイはカイに打たれた薬物のせいで、錯乱状態に陥っていた。

混乱して泣き叫び、完全に呼吸のタイミングがずれ始めている。

「――ハッ、ハァ化けっ……物っ、ハッ……化っけ……」

「――ルイ! 落ち着け! ゆっくり息しろ!」

「……ルイ」

「ハッ、……ハァ……」

「ルイ、俺はね……!」

 ――ルイは、ルイを抱きしめようと両手を広げたカイの胸に、銃を突きつけた。

「……そのっ、顔で……! ハァッ……見るなっ……!」

「ルイ……」

「……カイをっ、返っ……せ!」

「……ごめん、ルイ。俺はただ……」

「――返せえええぇーーっ!」

「ルイ! 頼む、落ち着いてくれ!」

「ごめん、ね……。ルイ……」

 カイは、突き付けられた銃に手を当て、もう一方の手でルイを抱きしめた。

「分かった……。カイの事、返してあげる」

「ううぅ……っ! 離っ――」

「――その代わり……。化け物に堕ちて、カイの事を喰った俺を、殺してくれる? ルイに優しくしてあげられなかった俺と、ルイの事を傷つけようとした俺と、ルイの好きな兄さんでいてあげられなかった俺を、殺してよ。……そしたら、カイを返してあげるから」

「ハァ……うっ……――」

 ――理性を失ったルイは、目の前の人間がカイだという事も判断出来ていない。――本当に、目の前の化け物を撃ち殺そうと言わんばかりに、目が血走っている。

「カイをっ……!」

「うん、返すよ……。約束する……」

「う、うわあああああぁ――!」

「止めろルイッ! そいつはっ――」

 ――しかし、その悲劇は止まらなかった。

 静かな路地裏に、乾いた銃声が響き渡る。

俺は、目の前で起こったそれに、声を出す事すら出来なかった。

「ル……イ、ごめん……ね」

ルイの放った弾は、直接カイの胸を撃ち抜き、ルイの全身は、赤い雨に打たれたかのように真っ赤に染まっていた。

「うっ……うぅ……っ」

 ――俺は、銃を握りしめたまま返り血を浴びたルイを、強引に抱きしめた。

そうしたのは、この状況に畏怖していたからではない。強烈な血の臭いのせいで、ルイは薬の離脱症状に陥っていた。

……正気に戻りかけている

「ゼノ、俺……」

「ルイ……」

「どうしよう……、俺……っ!」

「ルイ……!」

「俺がっ……、カイを……!」

「あれは、お前じゃない……」

「嘘だあああああーー!」

「ルイッ!」

 ルイは、俺の腕を振りほどき、もう息をしていないカイにすがりついた。

「カイ……! ごめんっ、カイ!」

 俺は、必死にカイを揺すっているルイを抱きしめる。

「ルイ……止めろ!」

「ねぇ、息してよ……!」

「ルイ……!」

「起きてよ、カイ!」

「ちゃんと見ろ! もう息してない!」

「嘘だっ……! 嘘だああああーー!」

「ルイ頼むよ……止めてくれ……」

 ――この絶望的な状況に、涙が出そうになる……。兄にIDを奪われてこんな所に引きずり込まれ、挙げ句薬物を打たれ、その混乱から兄を殺したルイ……。

ルイを抱きしめているだけで、その背中から絶望感が伝わり、涙が溢れ出してくる。

「ゼノッ、助けて……っ」

「……っ」

「理解できないんだ……。どうしてっ……どうしてこんな事に……?」

 俺は、強く、ただ強く抱きしめる事しか出来なかった。

――いっそこのまま、思考も感情も全て消えてしまえばいい。

そうすれば、ルイは……。

「……どうする事もっ……出来なかったんだ……。目の前にいるカイがっ……、怖くて怖くて、仕方なかったっ……」

「うん……」

「だって……昔の俺は臆病でっ……カイがいないと……うぅっ、何処にも……何処にも行けなかったっ……。カイはいつも……俺の知らない場所……行って……見た事ない物見てっ、いろんな事……教えてくれて……」

「うん……」

「カイが羨ましくてっ……俺もカイみたいに、うっ……なりたかった……。だからたくさん……勉強してっ……カイに負けないようにっ……」

「うん……」

「でもっ……ルイすごいねって……言われれば言われるほど……カイは離れて行った……」

「うん……っ」

 俺は、力の限りルイを抱きしめた。

「分かってたんだっ……カイがっ、あのパズル持ってた事……。……でも、気付かないフリして……ずっと待ってたっ、カイが戻って来てくれるのを……。怖かったら……変わっていくカイ追いかけるの……」

「うん……」

「気付かないふりしてっ……出来もしないパズル……何度も何度もやり直して……っカイを……ずっと待ってた……」

「うん……」

「でも……追いかけてっ、ちゃんと戻せばよかった……! ちゃんとあの家から出てっ……、カイの全部を見てっ……! それでも……例え……どんなカイでもっ……愛してるって……」

「ルイ……」

「そうしたら……っ、きっとこんな事には……」

「ルイ……」

 その時、絶望の中の俺達に追い打ちをかけるような足音が響いた。

「――二番区port17にて、一名の死体を確認しました。U30948を処理します」

「清掃班……!」

 その後ろから、ヴァロアと、ヴァロアに支えられて足を引きずるロマーノが、息を切らして足ってきた。

――二人は、カイの亡骸と、その隣で血まみれで涙を流す俺達を見て、呆然と立ち尽くす。

「U30948を設置します」

「待って……っ!」

 清掃班の一人が、乱暴にカイの亡骸を持ち上げ、機械の中に投げ込んだ。

「やめて……っ!」

「ルイ……」

 俺は、すがりつこうとするルイを抱きしめたまま、それ以外何も出来ずにいた。

「ポイント譲渡の件ですが――」

 一人の男が、俺達の方へ戻ってくる。

「……受け……ません」

「それでは、これを……」

 男は、薄っぺらい紙のような物を、ルイの前に置いた。

「衣服から落ちたものです。不要でしたら、死体と共に処理しますか?」

「う……っ」

「設置が完了しました。始めますか?」

「待て……」

 ルイは、力のない手でそれを拾う。

――置かれたそれは、凹凸が無くなっているパズルのピースと、年季が入った写真が一枚……。

その写真には、幼い少年が二人、笑顔でピースをして写っていた。

「はは、いつの写真……これっ……」

「ルイ……」

「……始めろ」

「――それでは、U30948の処理を開始します」

 その瞬間、静寂の闇の中に、凄まじいモーター音が響く。

「受け取ったよ……、カイ……」

 腕の中のルイが、小刻みに震えている。

「――処理が完了しました」

 ――回転を止めた機械の中では、IDブレスだけがカラカラと回っている。

それの様子をただ泣きながら見つめていたルイは、清掃班が撤退の準備を始めたと共に、既に綺麗に処理された機械に駆け寄った。

「……カイ……ごめん、俺ね……」

「――離れてください」

「カイ……俺はっ……」

「離れないさい。撤退の邪魔になります」

 清掃班の一人が、ルイを強引に引き離す。

引き離されたルイは、力なく地面に倒れ込み、写真を抱えたまま呟いた。

「おかえり、カイ……」


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