2_03 拠点
「あたしのことは、モカ姉でいいよ。君の名前は?」
「……アキト」
「そっか、アキトくん。よろしくー!」
装甲を解いたモカ姉が、自己紹介とともに手を差し出す。えーと、これは……握手を求められてんのかな。
おそるおそる握り返した手は、やわらかくてキレイで、温かかった。こんなに手が荒れていない人間を見たのは初めてかもしれない。
その事を少し不思議に思ったけれど、モカ姉の手のひらの温かさを感じて、ようやくこのひとは自分と同じ人間なのだ、ということを実感した。
いや、よく考えたら、おかしなところはたくさんあるんだけど。変なアーマーをいきなり出したり、三体の"機甲獣"を一撃で倒したり。
でも、モカ姉本人の醸し出す空気は……何ていうか、とっても平和的なのだ。
……たとえるなら、そうだな。空にふわふわ浮いてる真っ白な雲。そのくらい無害な感じ。
殺伐としたこの世界では異質なくらいに、モカ姉のまわりだけは、ひたすら穏やかな空気が流れている。
こんなにのほほんとした雰囲気のひとを、ぼくは見たことがない。
この能天気な顔を見たら、子どものぼくにだってわかるよ。このひとは、騙すより騙される側だ。
ぼくがそんな風に考えてるのを知ってか知らずか、モカ姉はのん気に話しかけてきた。
「ねえ、アキト君のおうちってどこ?送ってあげよっか?
ついでに、少しでいいから水を分けてもらえたら嬉しいんだけど……無理かな」
「…………」
これは…………悩むな。
ぼくは何も言えず、黙りこくる。
無断で他人を連れて帰ったら、じいちゃんにこっぴどく叱られるだろう。
簡単に他人を信じたら命取りになるぞ、と、じいちゃんは口を酸っぱくしてぼくに言い聞かせてた。この世界は善人より悪人の方が多いんだ、と。
(でもなぁ……)
黒髪をふわりと風になびかせた、そのひとを見上げる。
モカ姉は、いままでに見た誰とも違う。なのに、どうしてか……わけもなく親しみを感じる。
なんだろう、この感覚……
「ね。お水少しもらったら、すぐに出てくから」
返事に困っていると、モカ姉は手を合わせてお願いのポーズをした。
その姿を見ているだけで、心の奥からわき出る不思議な親近感。
──気がついたら、ぼくは小さく頷いていた。
「……わかった。ついてきて」
「やったぁ!ありがとう!」
モカ姉は、ぴょんぴょん飛びはねて喜んでいる。何となくウサギを連想した。
+++++
捻った足は持ってきた布で固定した。
ゆっくりと歩いてみたけれど、痛みはそんなにひどくない。これなら自力で歩いて帰れそうだ。
少しだけ足を引きずりながら、モカ姉と並んで歩きだす。
「ねえ、アキトくんはいくつなの?」
尋ねられて、「十二歳だよ」と答える。すると、モカ姉は感心したように頷いた。
「そうなんだぁ、すごくしっかりしてるね。うちの弟と大違いだわー。そういえば、あの辺りで何してたの?」
「"探索"に決まってる」
「探索ってなに?」
「"探索"を知らないのか?」
冗談だろうか。
思わず目を丸くして隣を見上げると、モカ姉は歯切れ悪く「ごめん、知らない」と頷いた。
「あたし、今の時代の常識とか、よく知らないんだよね。良かったらいろいろ教えてくれる?」
苦笑いでそう言われ、ぼくは、こくりと頷いた。
「今って、みんなどんな生活してるの?たとえば、食べ物とか服とか」
「食べ物は、大体みんな自分で育ててる。服は"探索"して見つけるか、物々交換か、自作かな」
「へえー自給自足に物々交換かぁ。てことは、村みたいな場所があっちこっちにあって、交流してる感じ?」
モカ姉が興味津々で尋ねてくる。
「それで大体あってる。でも、村って呼べるほど大きな拠点はそんなにないんだ。実際、"機甲獣"から村を守るのってすごく骨が折れるから。
よほど強いやつがいるとか、元は要塞だった場所とか、そういうのじゃないと目立つ所はすぐやられる。
ぼくはじいちゃんと二人で住んでるけど、そういう人の少ない拠点も多い」
「アキト君たちは、村に住んでないんだ」
「じいちゃんは昔住んでたらしいけど、いざこざがあって村から追放されたって言ってた。だから村はもうコリゴリだって」
「そっかぁ……」
大変なんだねえ、とモカ姉が呟く。
ぼくたちは二人で並んで歩きながら、この世界のことをほとんど知らないモカ姉に、ぼくの知識をひたすら教えた。
そうしてる間に、ぼくとじいちゃんの拠点に着いた。そこで───モカ姉に感じていた不思議な親近感の正体が、すぐさま判明したのだった。
「じいちゃん、ただいま。実は今日はお客さんがいて……」
「こんにちはぁ!」
叱られるかもしれない。ぼくは覚悟して、おそるおそる拠点のテントの入口をのぞきこんだ。
しかし空気を読まないモカ姉は、ぼくの横から顔を出し、明るく挨拶した。
「客だって……?」
中で鍬の手入れをしてたじいちゃんは、モカ姉の声に警戒した表情で顔を上げた。
けれど、常に冷静沈着なじいちゃんが、ぼくらを見たとたん、手に持っていた手製の鍬をポロリと落とした。
「嘘だろ、ね、ねえちゃん……!?」
「え、どなたですか?」
「あんた……もしかして、夜見原モカ……?」
「えっなんであたしの名前知ってんの!」
目を丸くするモカ姉。
この二人は知り合いなのか?
状況がわからないぼくらに向かって、じいちゃんは珍しく大きく声を張り上げた。
「オレだ、ねえちゃん!夜見原ヒロ!あんたの弟だよ!!」
「「は?」」
どういうこと?