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2_01 危機

《少年視点》

 


「わぁあぁぁっ!!」


 ────廃墟となった、薄暗いショッピングモール。そのホコリまみれの通路を、ぼくは懸命に走っていた。後方からは金属のガチャガチャ鳴る音が響く。


 そいつらは、人類の天敵──"機甲獣"。

 犬の姿をした"機甲獣"、通称"ヘルハウンド"。一頭でも相当まずいのに、そんなのが三頭とか悪夢でしかない。


 "ヘルハウンド"は耳ざわりな金属音を鳴らしながら、ぼくに追いすがっていた。

 やつらは足が早い。捕まれば、あとは食い殺される運命だ。ホント泣きたい。


 ──文明が崩壊した後の世界で、物心ついた頃から、いく度となく危険な目にあってきたけど、今度という今度はダメかもしれない。

 だけど、まだ死にたくはない。諦めが悪いぼくは、やつらを撒こうと必死に足を動かしていた。




 +++++




 時間は、少し前に遡る。


 ぼくは、拠点から少し離れたショッピングモールで、掘り出しものを探してうろついていた。

 使えるものなら何だっていい。

 穴の空いてないタンクだったり、ネジを回すための、錆びの少ないドライバーだったり。文明崩壊から四十年以上もたてば、使えるならどんなものも貴重品だ。


 拠点ではいつも物資が不足している。自分たちに必要ないものでも、たまに来る行商人となら物々交換ができる。

 使えそうなものは何でも持ち帰る、というのが"採集"の基本だった。


 ぼくの住んでる拠点は狭いけど、生きていくのに必要なものはそろっている。小さな畑を耕して、自給自足の生活を送っていた。

 作物を育てるのは主にじいちゃんだ。


 じいちゃんとぼくに血のつながりはない。

 "機甲獣"に襲われて、命からがら逃げまわっていた両親とぼくを、じいちゃんが拠点に入れて助けてくれたんだ。

 深傷を負っていた両親は、結局助からなかった。二人はぼくをじいちゃんに託し、息を引き取ったらしい。


 ……とはいえ、ぼくは小さかったから、その頃の記憶はおぼろげにしかない。

 少し薄情かもしれないが、両親を恋しがることもそんなになかった。


 それより、毎日を生きるのに必死だった。

 じいちゃんに教わらなきゃならないこともたくさんあった。両親を思い出して感傷にひたってる暇なんてなかったんだ。

 この過酷な世界では、生きるだけでも大変だ。だから自分を育ててくれたじいちゃんには、本当に感謝してる。


 じいちゃんは器用で、何でもできる。

 文明崩壊した後も、"機甲獣"にやられずに何十年も一人で暮らすことができたのは、そのおかげだろう。


 そんなじいちゃんだけど、最近じゃ、めっきり足腰が弱って動きづらそうにしてた。長い距離を歩いたり、"機甲獣"から走って逃げたり、というのが難しくなってきたんだ。

 だから、「ぼくが代わりに物資の調達をやるよ」って申し出たんだよな。


 でも、せっかく決意したのに、じいちゃんはこの提案をとても嫌がった。まだ早い、ってのがじいちゃんの言い分。


 たしかにぼくは、まだ十二歳の子どもだ。

 だけど、ここにはぼくとじいちゃんの二人しかいないんだ。誰かがやらなければ物が尽きてしまう。

 何とか説得したら、じいちゃんは仕方なく申し出を受け入れてくれた。


 そうして、ぼくは、一人で"採集"に行くようになった。


 "機甲獣"に遭遇した時だってちゃんとやり過ごせたし、物資調達も上手くできるようになった。自信もついた。

 ……だから、つい、油断しちゃったんだよな。




 辺りをうかがいながら、ぼくは廃墟になったビルに潜りこんだ。お目当ては、文明崩壊前の「ショッピングモール」だったと思われる建物の一階。

 じいちゃんいわく、「ショッピングモール」というのは、小さなお店がたくさん集まってた大きな建物で、たくさんの人々がそこを訪れて「買い物」をしていたらしい。

 でも、ぼくは買い物なんてした事がない。今の時代、お金には何の価値もない。物々交換が基本だ。


 だからこうして、何か使えるものや、価値のありそうなものを探して歩く"採集"が大事なんだ。

 最近発見したこのモールには、そこそこの大きさの工具の店があった。

 今日の目当てはそこ。


 ……割れたガラスや剥がれた壁面が散乱する、薄暗い建物の中を、注意深く歩いていく。

 穴の空いた天井から射す、薄い自然光をたよりに、看板を確認しながら奥へと進む。


 目的地の工具店に到着すると、そっと中をうかがいながら、ぼくはシンとした空間に耳をすませた。

 "機甲獣"や、ほかの人間の気配はない。

 安全を確認してから、長いこと打ち捨てられ、うっすら埃の積もった店の中に足を踏みいれた。


 ぼくはしばらく、そこをうろうろ歩き回って陳列棚を物色していた。

 状態のいい手頃なレンチや金槌を発見し、背中の袋に放りこむ。ほかにも何かないか、と、さして警戒もせずに、棚のうしろに回りこんだ。


 ぼくがこのモールに来るのは四度目。

 最初の方こそ緊張して、小さなネズミのようにまわりを警戒していたけれど、今まで危険な目にはあわなかった。

 "機甲獣"と遭遇したのは、拠点からモールに移動する途中に一度きり。

 トカゲ型の"バシリスク "とすれ違ってひやりとしたが、建物の影に隠れてやりすごせた。


 このモールの間取りもすっかり覚えてしまって、ほとんど自分んちの庭みたいな感覚になってた。

 ……それで、つい、気がゆるんじゃったんだろう。後悔した時にはすでに遅かった。




 五列に並んだ、高い陳列棚。その後ろに回りこむ。

 棚と棚の奥の方には、通路と店内をへだてるガラスがあった。

 汚れた鏡のような、埃っぽいガラスにぼくの姿が映る。その半透明の自分越しに──何かが動いた。

 その瞬間、背筋が凍った。


 犬型の機械のバケモノ──"ヘルハウンド"。そいつはぼくの気配を察知したのか、ふいにこちらを向いた。


 目があった。


 悟った瞬間、ぼくは即座に身をひるがえして、反対の出口に向かって走り出していた。

 背後で、ガラスが割れるけたたましい音が鳴る。

 肩ごしに振り返ると、やつが一直線にこっちに向かって来るのが見えた。


 店から廊下へ、一目散に逃走する。

 最悪なことに、近くに仲間がいたらしい。背後の廊下の角から二頭の"ヘルハウンド"が飛び出してきた。

 合計三頭の"機甲獣"に追われて、ぼくは悲鳴を上げながら必死に走った。



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