1_04 遭遇
「ぬわぁぁぁああぁあっ!!」
建物を垂直にぶち抜いた穴から、ブースターの勢いに乗って、あたしはほぼ真上の空に飛び出した。投げ出された体が、大空を舞う。
うわぁ……
I can be I can fly....
古い洋楽のフレーズが頭を通りすぎていく。もう現実逃避するしかない。
青空がやけに近くに感じた。わぁきれい……と意識をそらしてみる。
だけどそうしていられたのは、ほんのつかの間。
放物線でいうところの、いちばん天辺。頂点にさしかかった瞬間、あたしの体は勝手に動いてバランスをとった。
抱えこんだスケートボードのブースターが、再びバヒューッと勢いよく噴射する。
「ひゃぁぁあああっ」
今度は空中を水平にかっ飛んでいく。
一、二秒後、推進力がなくなったとたん、今度は重力にしたがって、あたしは自由落下をはじめた。
地面がどんどん近づいてくる。
激突する……!
思わず目をつぶった。
……しかし幸いなことに、あたしはぐちゃどろの死体にはならなかった。ORLyが、体をぐいっと捻って上下を入れ替え、ブースターを柔らかく噴射させたからだ。
ゆっくりと地面に降り立ったあたしは、へなへなと膝から崩れ落ちた。
《脱出成功》
「成功、じゃねーわ!!!」
死ぬかと思っただろ!!!!!
涙目で抗議したのに、あたしと一心同体とのたまっていたAIは、さらっと無視しやがった。
《ソレより、ココを至急離脱すべキです。研究所を中心に、5km圏内は爆発の影響を受けルデしょう。ソノ爆発マデ残り十八分》
「ああああ、そうだったね!」
すっかり忘れてた。
研究所が爆発するっていうから、急いで脱出したんだった。
《スケートボードで離脱シマス》
またあたしの体が勝手に動く。
地面に置いたスケートボードに飛び乗ったと思いきや、巧みにバランスを取りつつ、スイスイとボードを転がしていく。
ブースターも弱く噴かせてる。
結構速い。時速50kmは出てるだろう。
スケートボードなんて一度も乗ったことないのに、ORLyに体を操られたら、いとも簡単に乗りこなせてしまう。
ていうかさぁ……
ORLyって、ほんとに何なの……
何となくうすら寒いような気がしたけれど、ここから離れることが先決だ、と深くは考えないようにした。
+++++
《5km圏内から離脱しまシタ》
「あ~よかったぁ……」
スケートボードが止まった。体の主導権も戻ってきて、あたしは、はあ、と息を吐き出す。
自分の体を勝手に操作されるのって、ものすごく変な感じなんだよね……
手を握ったり開いたり、首をコキコキ動かして感覚をたしかめる。自分の意志で体を動かせることに、ちょっとほっとした。
ここにきて、あたしはようやく周囲の状況を窺う余裕ができた。さっきまで脱出に必死で、まわりをよく見てる暇なんてなかったからだけど……
視界に飛びこんできた光景に、あたしはほとんど立ち尽くしていた。
「文明は消滅した」とORLyは言ってたけど、あたしはそれに半信半疑だった。
────でも。
ORLyは嘘なんてついてなかった。
……廃墟と化した、無人のビル群。
こわれた信号機。
ぺしゃんこになったトラックが、ひび割れた道路の上に、横倒しになって転がっている。
雑草と蔦に覆われた高架橋の向こうには、崩れかかったひときわ高いビルがそびえていた。あれは……
「都庁……?」
日差しを遮るように目の上に手をかざして、あたしは呆然とその建物を見上げた。
…………たしか、あたしが八歳の頃。池袋の再開発にともなって、東京都庁はそこに移転した。
真新しい、巨大な都庁の最上階に展望台がオープンしたと聞いて、新しもの好きのお母さんとさっそく遊びに行ったっけ……
記憶のなかの都庁は、どこもかしこもピカピカだった。
それなのに──記憶と同じかたちをした建物は、長らく風雨に晒されたのか、壁面はボロボロになって所々剥がれ落ちている。窓ガラスだって下層の階はほとんど割れてしまっていた。
どう見ても、完璧な廃虚。
一部えぐれたような穴が空いてるのが痛々しい。
──そういえば、ここに移動するまでの間、生きている人の姿を見かけなかった。ただの一人も。ここは首都、東京のはずなのに。
……どうやら、AIの言う通り、文明は崩壊してしまったらしい。実感としてそのことを理解する。
「…………うそでしょ……」
呟いたとたん、ポロポロと涙があふれてきた。
子どものようにしゃくりあげて、わんわん泣くわたしに、AIは沈黙している。
それはけして無視しているのではなく、どうしていいかわからず、困惑しているような気配だった。
感情のサポートは対象外なのか。せめて「大丈夫?」とか聞いてくれたらいいのに。
だんだん腹が立ってきて、ORLyに文句を言おうとした、その時だった。
ドーン……!!!
遠くで地響きがして、地面が細かく振動した。
反射的にかがみこむ。
あたしが道路に伏せるのとほぼ同時。
辺りを衝撃波が襲った。
頭の上すれすれを、爆風に吹き飛ばされた大型の看板が水平に飛んでいく。それが遠くのビルにつっこんでいくのを見て、心底ゾッとした。
立ったままだったら危なかったわ……
道路に伏せたまま、あたしは顔を少しだけ上げた。ビルの窓に看板が突き刺さるように衝突して、ガラスが砕け散っている。
続けて、雷のような轟音。
衝撃波と爆音なら、衝撃波の方が音より早く到達するんだな、とややずれた感想を抱いた。
心臓がドキドキして、冷や汗が出る。
けれどマイペースなORLyは、抑揚のない声で告げた。
《研究所が爆発シマシた》
「言われなくてもわかるわぁ!!でもアンタ、5km離れたら大丈夫っつったじゃん!?全然影響あったよね!!??」
《直接的にはナカッタので問題ナシ》
「えぇー……!」
ポンコツか…………
《そうカモしれマセン》
呆れかえった心の声に、AIが答える。
え、冗談だよね?不安になるようなことは言わないでほしい。
「ほんとにポンコツなの……?」
《ハイ。私は、AIとして不完全な状態だったノで、マスターとの同期に時間がカカッタのデス。本来ナラ、アナタはフィアードスーツを着て、別次元カラ襲来シタ機械の獣──"機甲獣"と戦ウ予定でした》
「"機甲獣"……?」
《地球に襲来シタ機械型生命体ノ総称デス》
「……もしかして、空の魔方陣から出てきたやつ?」
ORLyは《Yes》と答えた。
《当時、地球と異次元が繋がった影響デ、若者たちに"眠り病"と呼バレる意識喪失が大量に発生。シカシその方々に、AIとの同期に最適化シタ、脳の変化が観察されマシタ》
なるほど。言ってる意味がよくわからない。
《マスターもソノ一人。研究所に運バレ、私を埋め込マレタのはソノためデス》
「…………なんか、あたしが人体実験にかけられたみたい聞こえるんだけど」
《そんなトコロです》
「何だそれ!!?」
同意してないのにな!ひどい!
《モシ私が万全の状態ナラ、マスターは"殲滅戦"に参加シテイタはずでシタ》
「へっ何それ」
物騒な単語に慄いてると、AIは《"機甲獣"との全面戦争デス》とのたまった。
ひぇ。やばい。勝手にチップを埋め込まれた上に、そんなものに駆り出される予定だったなんて。
でも、この惨状を見るに……その全面戦争とやらに、人類は負けてしまったのだろう。
暗澹とした気分で問いかける。
「チップを埋めこまれた人たちは、あたし以外、みんなその戦争に参加したんだよね。でも、あたしはなんでずっと寝てられたの?」
《私ガ寝たフリをしたカラです》
「マジか」
このAI、嘘はつかなくても寝たフリはできるのか。へぇー……
《同期が不完全ダッタので、このまま出撃シテモ、無駄にマスターを死なセルだけだと判断シマシタ》
「……」
それが本当なら、ORLyはあたしの命の恩人だ。実際、ORLyは研究所からの脱出を手助けしてくれたしねえ……
うーむ、と唸ってたら、近くで「ヴン……」と低く唸るような音がした。続けて、ガシャ、ガシャ……と金属が擦れるような音が聞こえて、とっさに振り返る。
その視線の先。
高架橋の下の暗闇。そこからぬっと現れたのは、大型の機械──異次元から地球に来たという襲撃者、"機甲獣"だった。