1_02 覚醒
pi...pi...
ツー…………
……うぅ……体が重だるい……
ゆるりと意識が目覚めていく。
小さくうなりながら、軽く身じろぎする。体だけじゃない。頭も重い。あと寝心地が悪い。なんか平らで固い。
これ…………明らかに、あたしの部屋のベッドじゃないよね。なんなの、どういう状況………?
と、薄く目を開けて、
「え、」
思わずパチッと目を見開く。
狭くて、透明な、カプセル。
その中に、あたしは仰向けに寝かされ、閉じこめられていた。
なにこれ。
うわ。どうしよ。
誘拐?でも誰が?
あたしの家って別にお金持ちとかじゃないんだけど……!
……いやまて。落ち着こう。
これは夢かもしれない。
うん。きっと夢だ。たぶん暑さと部活のしすぎで、疲れてたんだな。
もっかい寝て起きれば、きっと現実に戻れるはず。よし。寝よ。
………あまりにもわけのわからない状況に、あたしは完全にパニックに陥っていた。
自分に起こった現実を拒否して、また目を閉じて、
pi.pi.pi.....
《マスター起きテくだサイ》
「へっ!?」
がばりと跳ね起きて、目をカッと開けた。同時に頭をガツンとカプセルの蓋にぶつけた。
「いったぁ~……ていうか、な、なに今の」
変な声がした。しかも、頭の中に直接話しかけてくる感じだった。鼓膜を伝わって感じ取った「音」じゃない。
なに、どういうこと……?
《変ナ声って言ウナ》
「ひぃいっ!」
今度はちょっとムッとした声色だ。
やだめっちゃこわい。あたし、ホラーとか苦手なんだけど……!
《ホラーではアリマせン》
「ひぇぁ!?」
《私は ORLy。よろシク、MY MASTER》
「オーリー……?」
古い絵本の、「○ォーリーを探せ」とかじゃなくて…………?
《違イマス》
ふぁっ!
口に出さなくても、あたしの考えはあっちに筒抜けらしい。こっわ!
こわくて涙出そう……!
「アンタ誰なの……?」
《私は、マスターの専属AI。本体は、マスターノ右耳のウシロに埋め込まレテいます》
「本体……?」
おそるおそる右耳の後ろを探る。
あたしの指先が、冷たくて固い、小さなチップのようなものにふれた。
「ねえ、不気味だから外していい?」
《ダメ!NO!NOOOOOOO!!!》
「でも」
《ダメです!マスターと私は一心同体。私のサポート無しデハ、あなたは外ノ世界でイキテいけまセン》
「外の世界」
《Yes. マスターが"眠り病"にカカってから、50年34日8時間が、経過。今は西暦2093年。
地球文明は、42年前、実質的に崩壊シました》
「……うそ」
《AI嘘つかナイ》
「うそうそうそうそうそ!!!」
笑えないジョークだ。
あたしは、バンバンとカプセルを叩いた。
「ここから出して!」
《Sure》
返事と同時に、カプセルの蓋がすうっと上に向かって開いた。おそるおそる起き上がって、そっとカプセルから顔を出す。
「…………どこなのよ、ここは」
思わず呟く。
無機質な灰色の床や天井。ずらりと床に並んだ、カプセル。その一つに、あたしは入れられてたらしい。
けれど、他のカプセルはすべて蓋が開いていて、見渡すかぎり空っぽだった。
辺りをそろりと見回す。そこはだだっ広く、天井の高い、倉庫のような空間だった。
部屋の中央に、謎の大型機械がそびえているのが目に留まる。見上げるほど大きなそれは、何となく古いゴシック様式の教会を連想させた。
その大型の機械から無数のコードが床を這うように伸びて、先端はずらっと並んだカプセルに接続されている。
……なんか、あやしい研究所にしか見えないわ。
《あなたは、"眠り病"で寝てイル間に、コの研究所に運ばレて来たのデス。ソシテ、AIチップを埋めコマれる手術を受ケマシた》
「手術……」
やっぱりあやしい研究所だったじゃないかぁ……!!
若干半泣きになりながら、とりあえずあたしは慎重にカプセルを出ることにした。ぺたりと裸足の足を床につけると、ふわりと埃が舞う。
足元やまわりを見ると、あたり一面、うっすらと白い埃が積もっていた。まるで、長い間ずっと放置されてたみたいに。
真ん中の大きな機械も埃まみれだったけど、埃の下でモニターらしきものがチカチカ光っている。
一定の間隔でブーン……と振動が伝わってくるから、一応動いてはいるのだろう。
「あたしの、家族は……どこ……?」
《残念デスガ、人類は、ほぼ絶滅しましタ。マスターのご家族ガ生きてイル可能性は低いでしョウ》
「……意味がわからないんだけど……」
呆然と床にへたりこむ。
混乱してまともに考えられない。
そんなあたしに──ORLyは、男にも女にも聞こえる無機質な声で、たんたんと語りかけてきた。
《マスター。コノ研究所のエネルギーシステムは、一時間十五分後に停止しマス。そレにより、マスターの生命維持は不可能にナルと判断シたのデ、私の権限デ冷凍睡眠を解除シマした。研究所カらの脱出を推奨、スル》
「脱出……」
なんで最後だけタメ語。
独特の口調のAIは、続けて、おそろしいことを伝えてきた。
《コノ研究所ノ爆発まで、あと一時間十八分。巻き込まレタ場合の、マスターの生存率は0%》
なんだってーーー!!!??
それを聞いてぎょっとする。生存率0%とか!聞いてないよ!!
「それ早く言って!?」
《脱出を選択しますカ?》
「する!!!!」
《デは、脱出に必要ナ携帯食料と、武装の保管場所へ案内しマス》
「わかった!」
一気に正気に戻った。
とりあえず死にたくない。生き残ることが先決だ。
自分の頬を両手でパチンと叩いて、何を優先するかを考える。
少なくとも、このAIの方が今の状況に詳しいはずだ。AIは嘘つかない、という本人の言葉を今は信じるしかない。
《そコノ扉を出て、右へ》
AIが言ったのとほとんど同時に、大型機械の向こうのドアが音もなく開いた。
あたしは埃まみれの床の上を、ゆっくりと歩き出した。最初だけふらついたけど、そのうち体が安定してきて、少しずつ歩みを早くする。
これなら大丈夫、と思えたところで駆け足に切りかえる。
大型の機械の真横をすり抜け、ぽっかりと壁に開いた出口をくぐる。
そしてあたしは灰色のリノリウムの廊下に飛び出した。