1_01 序章
ピピピピピピ……………
プツ
ピピピピ………
プツ
ピ
プツ
…………朝だ。
ケータイの目覚ましアラームが、起きろー朝だぞーと時間差で鳴る。タオルケットの中から腕を伸ばし、手探りでピッと止めた。
アラーム三回は多いな、と自分でも思うけれど、こうでもしないと起きられないから、しょうがない。
あたしは昔から寝起きが悪い。高校生になっても、そのクセは全然治らなかった。
でもね、よく考えてみてほしい。神様が生き物に与えた睡眠という名の休息時間を堪能しなかったら、バチがあたると思うの。
ああ、眠るのって幸せだなぁ……
「ふぁ~、二度寝したい……」
うーん……眠い。ひたすら眠い。もう一度布団に潜り込もうとして……パッと目が覚めた。
何時だっけ、と時計を見て愕然とする。
ああぁ……
ポスン、と枕に顔を埋めて唸る。
目覚ましの時間設定、完全に間違ってた。いつもより早起きしなきゃいけなかったのに……!
神様、なんで生き物に睡眠欲を与えちゃったんですか。ひどい……!
あたしはそっこうで掌返して神様を責めた。かなりバチあたりである。
いや、現実逃避で下らないことを考えてる場合じゃない、急がないと遅刻だ!
「うあぁー、やっば!」
ガバッと起きて、壁にかけた制服と鞄をひっつかみ、ダダダッと階段を駆けおりていく。
今週はすでに二回朝練に遅刻している。これ以上やらかせば、あの優しい部長も本気でブチ切れるはずだ。
「お母さん、あたし朝ごはんいらない!」
「え、ちょっと!モカ!」
キッチンにいたお母さんに声をかけ、お風呂場に飛びこむ。
朝食を用意してくれたお母さんには申しわけないけど、食べてたら確実に間に合わない。
さっとシャワーを浴び、タオルで体を拭いて、手早く制服を身につけ、髪を整える。
顔を洗って歯磨きしたら、鏡で身だしなみチェック。よし問題ない。
脱衣所を飛び出すと、
「姉ちゃん、また遅刻……?」
目をこすりながらキッチンに顔を出したのは、小四の弟、ヒロだった。
「まだ遅刻とは決まってない!」
寝起きの弟の頭をワシャワシャかきまわし、もっとボサボサにしてやると、ヒロは顔をしかめて、「姉ちゃんやめろよ」とあたしの手をどけた。
でも本当は、そんなに嫌がってないのを姉は知っている。生意気な弟のツンデレはかわいい。
「行ってきまーす!」
玄関先に置いてあった鞄とテニスラケットを掴んで、ローファーに足を入れ、勢いよく玄関を飛び出した。
とたんに朝の光が目を灼く。
まぶしい。今日も晴天だ。
バス停につく頃には汗だくだろうなぁ……と、うんざりしながら息を切らして走る。
まだ早朝だっていうのに、さあこれから存分に焦がしてやるぞと言わんばかりの太陽は、無駄にやる気に満ちていた。そんなに頑張らなくてもいいのにね……
ていうか、夏休みは先週で終わった気がするんだけど、おかしいな?朝から暑すぎじゃないかな??
そんな、残暑と呼ぶにもまだ早い、九月初旬。
そういえば昨日のニュースでは、「日本の熱帯化が……」とか何とかやってたっけな。そのうち、日本も熱帯雨林みたいになっちゃうのかなー……
なんてことを頭の隅で考えつつ、バス停に向かって走っていた。
───さて、ここで自己紹介しておきましょうかね。
あたしは、夜見原モカ、十七歳。高校二年生。
部活はテニス。好きな食べ物は味噌ラーメン。
髪は肩くらいの長さで、背は少し高め。太ってもないし痩せてもない。顔も十人並み。
つまりあたしは、平凡を絵に描いたようなフツーの女子高生。
……だった。
だけどなぜか、二学期が始まったばかりのこの日で、あたしの記憶はいったんぷつんと途切れ、ディストピアな非日常へと接続していく。
それは、この後見たとんでもない光景に関係している、らしい。
……遅刻だけはしたくない、とそれだけ考えて、ひたすら足を動かしてたその時だった。
照りつける太陽が、ふと陰った気がした。
……雲かな?と、走りながら何気なく視線を上げて、そして。
「…………え?」
愕然とした。
真っ青な夏空。
そこにはいつのまにか、果てしなく巨大な魔方陣が浮かんでいた。いや、本当に魔方陣かどうかはわかんないんだけど。
あたしの知ってる中で一番近いのがそれだったから…………マンガとかアニメに出てくる魔方陣に似てる、と思ったのだ。
とにかく、それに似た何かが、空全体を埋め尽くすように覆ってる……という、信じがたい光景だった。
青空にくっきり浮かび上がる、輝く白線で描かれた、魔方陣らしきもの。
たぶん直径は数十キロ……いや、もっとあるかもしれない。
「わっ」
走ってた私の体が、バランスを崩して傾く。
非現実的な光景に気を取られ、つい、足元がおろそかになってしまったのだ。
小さな段差につまづいて、派手に歩道の上に転んで膝を擦る。スカートがめくれて、たぶん中身も見えた。
「ぎゃっ」
色気もなにもあったもんじゃない悲鳴を上げながら、ズササーッと地面に倒れこむ。
あたしは反射的に、ガバッとスカートを押さえて起き上がった。
パッと辺りを見回す。よかった、近くに誰もいない。
擦りむいた膝からは少し血が出ていたけど、これくらいは別に大したケガじゃない。それより、
「…………何あれ」
うずくまったあたしは、もう一度空を見上げた。何度見ても、空を覆いつくすような巨大な紋様がそこにある。
それを見ていたら、上手くいえないけどなんとなくゾワゾワするような、嫌な予感のようなものが背骨のあたりを駆け抜けていった。
その時、魔方陣が突然稲妻のようにピカッと光った。次いで、高圧電流を流されたかのようにバチバチッと激しく火花を散らす。
その直後……またしても不思議な現象が起こった。魔方陣を通って、なにかがこちら側に現れたのだ。
それも一つじゃない。次々と。
「遠すぎてよく見えないな……動物……?」
額に手をかざし太陽を遮って、空に浮かぶ黒い点をよく見ようと眼を凝らす。
それらは、何となく、獣のようなかたちをしている……ようだ。
犬……鳥……あと魚。トカゲみたいなのもいる。
だけど、獣っぽいのは形だけで、明らかにフツーの生き物ではない。あの鈍い反射──どう見ても金属で出来てるし、関節もやたらメカメカしい。
たぶんロボットとか、そういうやつじゃないかな……
そんな異様な光景を見つめている間にも、機械の獣はどんどん数を増やしていく。
魔方陣の直下は、宙に浮いた機械の獣たちがひしめきあい、だんだんと黒い雲のようになっていった。
不思議なことに、魔方陣から現れた無数の機械たちは、身じろぎ一つせず、空中でピタリと静止している。まるで、誰かの合図を待っているかのように。
呆然と空を見上げていると、やがて、ひときわ巨大な影が魔方陣から姿を現した。一つの島のような圧倒的な大きさに、思わず息をのむ。
空に浮いた戦艦にも見える、機械の塊。その鋼鉄の塊と一緒に、空中に浮いていた機械の獣たちが、音もなく降下をはじめた。
ゆっくりとした移動は、重力を一切感じさせない。
「何が起こってるの──?」
非現実的な光景をただ唖然と眺めていた、その時。
キン、と耳元で、冷たい金属音が鳴った気がした。瞬間、あたしの記憶は──ぷつっと途切れて、暗闇の中に落ちていった。