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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第二章 インカレサークル
7/27

ブッキング

 「あ、その道を上ってください」


 斎が言った道をタクシーが上っていくと、だだっ広い敷地の奥に、別荘が見えた。記憶と違うのは、覚えていたよりこじんまりしていたことと、入り口を塞ぐように、マイクロバスが横付けになっていたことである。


 調()()()を軽く考えていた。予想より大人数だ。


 一緒に泊めてください、と自分が頼む場面が頭に浮かぶ。惨めな図だった。後ろから見守る花頭(かとう)たちの視線が、想像の中でも痛い。


 受け入れてもらえたとしても、インカレでの立場はさらに下がる気がする。芦足大学のポジションまで下がるかもしれない。棚沢(たなさわ)に睨まれるのは確実だ。


 それに、こちらは見るからにチャラい学生集団である。花頭たちがどんちゃん騒ぎをしたら斎には止められないし、調査団とやらから苦情が出て追い出されるかもしれない。父や祖父にも、苦情が行くだろう。


 かと言って、ここに泊まらない、という選択肢はない。花頭に恥をかかせることになる。進むも地獄、引くも地獄である。斎は、初めて久松を恨んだ。


 「あれえ、マイクロバスまで持っているの? 迎えに来てくれたら良かったのに」


 「あれは、違います」


 緊張する斎にお構いなく、タクシーは止まり、花頭たちがさっさと降りる。続くタクシーも次々と後ろへ停車する。料金は助手席に残された斎が、自動的に支払うこととなった。


 何にせよ、花頭たちより先に中へ入らねばならない。先客に何を言われるか、また、花頭たちが何を言うか、どちらも斎には不安の種でしかなかった。


 扉のところで、かろうじて花頭を追い越し、家主らしく先に開けることに成功した。


 隙き間から、先客が玄関ホールにいる姿が見えた。意外にも、同じ年頃の地味な集団だった。斎の腹が固まった。


 「おい、玄関にマイクロバスを横付けしたのは、お前たちか」


 斎は必死で声を張り上げた。



 「碰上(ほうじょう)大学理学部助教授の」


 「出ていけ!」


 反射的に怒鳴った。碰上大学の名前は、不意打ちだった。卒業生の祖父が便宜を図る相手として、当然予想してしかるべきだったのに、斎は自分でも驚くほど動揺した。


 何故か、相手の大学助教授とやらは、斎の無茶な要求に従った。斎たちを含め、その場にいる中で一番年上ではあったが、学生と名乗られても違和感ないほど、若く見えた。せいぜい三十代といったところだ。


 彼女が強面な中年男であったら、斎は虚勢を張らず、同宿を丁重に頼んだかもしれない。怒鳴ったのは反射であったが、反撃されなかったことで、却って斎に自ら恥じ入る気持ちが生まれた。


 「では、管理人さんからお借りした鍵をお渡しします。私たちは荷物を二階から下ろして引き上げます。名刺も差し上げますので、何かあったらご連絡ください」


 彼女は言葉通りに鍵を渡し、学生に指示すると、よく似た若い男と共に去った。

 息子だろうか。それにしては歳が近過ぎる。従姉弟か何かか。最初に目についた若者たちは、教え子だろう。


 ここにも、猫も杓子(しゃくし)も、と碰上大学に()()()()一家がいる。

 斎から羞恥が消える。そして、彼らを自分の領地から追い出したことに、密かな満足を覚えたのであった。



 そういえば、調査団の中に、新幹線で見かけた()()()()が混じっていたことには、驚いた。先輩と呼ばれた男も一緒だったから、間違いない。


 モデルの彼女も、碰上大学生なのだろうか。ざっくりではあるが、スマホで検索した限りでは、そんな情報は載っていなかった。

 花頭が彼女だけ残るよう言い寄り、当然ながら断られていた。一人だけ残ったところで、まともな仕事は出来ないだろう。残ったが最後、一緒に遊ぼう、と誘われるに決まっている。



 再び横付けされたマイクロバスが去り、別荘にはインカレメンバーだけが残された。


 「ルギっちってば碰上大学生なんだね〜。意外だったわ」


 「他の大学との共同調査かもよ。公式にも載せていない。でも、学生には違いないよね」


 「何でもいいから、一緒に泊まりたかったな」


 花頭たちが、未練がましく言い合う。


 元々は、ビーチ近くのホテルに泊まり、浜辺で新たな人脈を築く実践的練習を行う、と言う企画だった。端的に、ナンパである。

 彼らが斎の別荘宿泊に飛びついたのは、恐らくホテルより連れ込みやすい、と考えたからだ。


 実際は、別荘は高台にあり、周囲も同様の別荘地で、女性どころか歩く人さえ稀である。日用品を買う店も、徒歩圏内にはない。

 そこへ、レンタカーならまだしもタクシーで来てしまったのだ。もちろんとっくに帰している。

 彼らの中にも別荘持ちがいるであろうに、こういう状況を想定できなかったのが、斎には不思議でならない。より裕福な彼らがこぞって街中に別荘を構えているか、常に人任せで不自由した経験がなかったか、どうも後者の方に、思われた。


 案の定、一通り別荘内を探索した花頭たちは、文句を言い始めた。


 「海遠いじゃん」


 「来るとき、店も全然なかったよね」


 「バス停もないみたいだし、車なかったら詰みだこれ」


 「なら、詰んでるよ」


 失笑する平方幹部たちの脇で、久松が申し訳なさそうに肩をすぼめている。

 最初に謝りかけて以来、斎が花頭たちの世話に奔走して忙しいせいもあり、話す暇もなかった。今更、話すこともない。


 さて、花頭たちの不満に対し、斎には一応の考えがあった。ただ、それにはかなりの金がかかる。流れで自分だけが負担するのは、避けたかった。


 「タクシー呼んで、ビーチへ降りますか?」


 「えー。でも、新しいメンバー連れて、ここへ戻るのは、結構手間だよな。俺たちここで飲んでいるから、斎ちゃん誰か友達‥‥」


 「コンパニオン代は、サークルから出ませんか」


 またも想定外の難題をふっかけられそうになり、咄嗟(とっさ)に斎は奥の手を出してしまう。


 祖父が別荘を利用したがらなくなった代わりに、父が接待で使うようになった。経費で落ちなかったのか、領収書を家で見つけた時に、面白半分で写真を撮っておいたのである。


 後で調べると、数時間単位で一人呼ぶごとに数万かかると分かった。仮に全額負担してもらえるとしても、総額を考えるだに恐ろしくて、一人ずつつける気にはならない。


 「コンパニオン? いいねえ。社会勉強になる」


 花頭の反応で、流れは決まった。


 「とりあえず斎ちゃん立て替えておいて。領収もらえたら、後で見てみるから」


 これはダメだ。斎は密かに唇を噛む。話を出してしまった以上、後に引けない。

 女を連れてくると言って、そのまま逃げ出した方が、マシだったかもしれない。別荘は荒らされるだろうが、あまりにひどければ、賠償を請求することもできる。


 「なあ花頭。今調べたんだけど、ピンクコンパニオンってのが、いるらしいぜ」


 取り巻きが、スマホ片手に、不穏な単語を口にした。

 斎は絶望した。



 ピンクコンパニオンは、メンバーに好評だった。


 言われるままに電話をかけさせられた斎は、流れ作業のように質問や説明をやりとりし、カード決済で二人の派遣コースを依頼した。


 「延長やオプションにつきましては、現金払いを申し受けますので、ご注意ください」


 何としても、定時で帰ってもらおう、と斎は思った。通常のコンパニオンの倍料金がかかるのだ。


 二人しか来ない、と不満顔だったメンバーは、最初派遣された女性たちを見て、さらに微妙な反応を見せた。


 こちらが二十歳ぐらいであると伝え、なるべく若い人をお願いしたにもかかわらず、やってきたのが二人とも二十代後半以上だったからである。申告されなくても、年が近いかぐらいは、見た目でわかる。業界的には若いのだろうか。


 しかし、彼女らが初っ端からストリップショーを始めると、全員が手入れの行き届いた裸体に、釘付けとなった。


 ピンクコンパニオンとは、通常の酒席コンパニオンよりも、エロティックなサービスに特化した接待要員であった。


 かかる費用も倍で、軽く十万飛ぶ。斎は一人にしたかったのだが、個人の邸宅派遣ということで、店側に安全上の問題を(ほのめ)めかされ、二人頼むことになったのだ。

 二人でも危険に変わりはない気もするが、当人たちの安心感は格段に違うだろう。


 お触りOK、当たり前だが()()は、なし。


 キャバクラでも遊んでいるらしい花頭たちも、明るい照明の下、衆人環視で堂々と触れる、という体験は初めてのようで、アルコールが回るにつれ、興奮の度合いも増していった。


 コンパニオンの方は、上手に座を持たせつつ満遍(まんべん)なく参加者の間を巡り、それぞれに特別感を与えていた。それでいて、一線は守る。プロである。

 こうなると、年齢が若いだけのあしらい下手な娘が来るより、よほど良かった。こちらは人数だけは多い。店側の懸念も、杞憂(きゆう)とは言い切れない。


 斎は、猛ピッチで空となる酒を補充するため、食糧庫や倉庫を漁って、冷蔵庫で冷やしておいた瓶ビールを出したり、飾り棚を開けて、洒落た瓶に入った琥珀色の酒を持ち出したり、缶詰を開けたりと、酒席を離れる時間が長かった。

 酒も宴も味わうどころではなかったゆえに、皮肉にも、彼女たちを観察する余裕が持てたのだった。


 「ホント、ゴメンな。もしサークルから金出んかったら、わしちいと出すけえ」


 久松も、空き瓶を片付けたり、斎が用意したつまみ皿を運んだり、何くれとなく手伝いながら、また謝った。彼が何とか話しかける機会を作ろうとしていたのは、気付いていた。

 お金を出すとまで言われ、斎の心も少し傾いた。


 「そうしてくれ。報連相(ほうれんそう)は基本だから。次はないよ」


 「分かっとるけえ」


 そして契約終了時間。思った通り、花頭たちは延長したがった。斎は先手を打って、現金の持ち合わせがない、と店にもコンパニオンたちにも話しておいた。


 それで先方も心得て、時間通りに迎えの車が来た。

 運転手は黒服に黒手袋で、どことなく裏世界の雰囲気を漂わせていた。

 未練がましく送りに出た花頭たちも、彼の姿を見たことで、諦めがついたのだった。

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