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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第二章 インカレサークル
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サプライズ企画

 と言う訳で、(いつき)は、すっかり熱海を忘れていたのに、前日になって急遽(きゅうきょ)、参加となった。

 サークルの幹部から、頼まれたのである。


 「棚沢(たなさわ)さんが、内定先から呼ばれたとかで、行けなくなっちゃってさ。幹事の平方(へいほう)から頭数(あたまかず)を揃えるよう言われているし、斎なら平方に顔も効くし、行けるよな?」


 あいにく、インターンシップもゼミの予定もなく、適当な嘘をでっち上げる才能も、斎は持ち合わせていなかった。

 基本、幹部に指名されたら、下級生の斎に、断る選択肢はない。


 斎は承諾した。それにしても、言うに事を欠いて、平方に顔が効く、とは。ほぼ嫌味である。


 無論、久松と仲が良いことを揶揄されたに違いない。久松も、斎と同じ学年である。平方のサークルでも下っ端だ。何の権力もない。


 他大学の学生と親しくなることがダメなら、何のためのインカレかわからない。

 斎は、幹部に言われたからとて、久松との付き合いを考え直したりは、しなかった。



 そして当日。新幹線の駅で、久松の顔を見つけ、斎はほっとした。あれから飲んでいないのはもちろん、夏休み前に何かと忙しく、そのまま連絡を取っていなかった。


 当然、参加のことも知らせていない。

 久松も斎に気付き、驚くより先に、嬉しそうに手を振ってくれた。


 「お、芦足(あしだ)大学の藤河斎ちゃん。藤河先生の著書、読ませてもらったよ。孫なんだってね。今日はよろしく。斎ちゃんでいいよね?」


 久松の前にさっと出てきたのは、平方大学代表の花頭柾(かとうまさき)だった。

 全般にチャラい平方メンバーの中、一人だけ爽やかな格好をしているが、話し方は変にくだけていた。

 ちなみに久松もチャラくはないが、爽やかでもない。


 斎は戸惑う。花頭は棚沢と並ぶ、サークルの頂点である。棚沢と違って、気さくに振る舞うキャラではあるが、別大学しかもカーストで言えば下位の斎に、直接話しかける場面など、想定していなかった。


 棚沢の代理扱いなのだろうか。幹部を差し置いて? 説明を求めて幹部を見るが、幹部同士盛り上がっている最中だった。


 花頭は斎の返事を待たず、さっと身を翻した。参加メンバーは、大体集まったようだ。各大学で、毎回見受ける顔ぶれが揃っている。


 「はい注目! 今日はお忙しい中、皆集まってくれて、ありがとう。新幹線に乗る前に、一つ変更点があります。何と、ここにいる芦足大学の藤河斎ちゃんが、熱海の別荘を宿泊場所として提供してくれることになりました。サプラーイズ!」


 うお、別荘か、すげえ。という声が、まばらな拍手と共に、幾つも上がった。斎は顔が強張るのを感じた。急いで久松を見ると、ガッツポーズをしていたが、斎の表情に気付いて、ギョロ目を揺らし青くなった。


 「食べ物や飲み物は買い出しになります。返金はありませんが、その分ゴージャスな旅を楽しみましょう!」


 いえーい、と自分でも盛り上げて、花頭は締めた。


 新幹線へ移動を始める一行に遅れないよう歩きつつ、斎はスマホを取り出し、連絡先を繰った。焦りのせいか、こんな時に限って、すぐ井湯(いとう)の連絡先が出ない。別荘管理人で登録したか。


 確かにアドレスを入れておいた筈。祖父や父の連絡先が表示される。本来なら、彼らに断りを入れるのが筋だ。しかし、今は時間がない。


 「斎、ごめん。わし、オーケーもらったもんじゃと」


 久松が言いかけたのを、斎がスマホで制止する。何とか井湯に繋げたところだった。


 電波を探す音がもどかしい。ホームは地下深くにある。長いエレベータを延々乗り継がねばならない。

 発車時刻を確認する。斎は一旦止まった。


 「朝陽(あさひ)。僕電話するから、先に行っていて」


 「わかった」


 萎れた久松の背中を見送る間に、井湯が出た。夫の方である。


 「え、今日ですか?」


 さすがに、井湯が動揺した声を出した。しかも、東京―熱海間は四十分程度である。駅からの道のりを考えても、せいぜい一時間少々しか猶予がない。


 外出先なのだろうか。井湯の家は自営業で、遠出することはほとんどない、と聞いていたのだが。息子夫婦なり、誰かは地元に残っているだろう。


 「世話はいらない。後で片付けてもらうことになるけれど、食料なんかは自分達で用意するし、布団も敷くから、鍵だけもらえれば」


 斎も必死で訴えた。

 本当は、布団や風呂の支度ぐらいはしてもらった方がいい。このままでは、部屋の割り振りやタオルの出し入れといった雑事を、斎一人で担うことになる。それでも、別荘を使えない事態になるよりは遥かにましだった。


 「それがですね。本日から大旦那様のご依頼で、調査団の方々がいらしていて、鍵を既にお渡ししておりまして」


 「調査? 何の?」


 虚を突かれた斎の耳に、乗車予定の車両が出発間近である、というアナウンスが飛び込んできた。


 「じゃ、鍵開いているんだね。わかった。直接行く」


 斎は何か説明し始めた井湯を遮って、通話を切った。



 新幹線に飛び乗ると、ホームドアに続いて車両のドアが閉まった。危ないところであった。


 当地までの交通費は各自持ちで、サークルメンバーは指定席組と自由席組に分かれていた。斎は直前参加もあって、自由席組である。夏休み中ではあるが、平日の始発駅とあって、空席はそこここに見受けられた。


 斎は早々に席へ座った。降車駅は決まっている。メンバーを探すために時間を使うのが惜しかった。


 それにしても、ホテル宿泊なら、駅との間に無料送迎がついていた筈だが、花頭は駅から別荘までどうやって行くつもりなのだろう。斎の別荘には迎えの車などない。


 タクシー代を参加費から出す様子はなく、手持ち金が不足するメンバーも出そうだった。


 買い出しにも行かねばならない。配達を頼もうにも、花頭の意向を聞かず勝手に注文できないし、急な依頼を受けてもらえるか心許ない。


 考えるうちに、冷や汗が出てきた。久松は、何てことをしてくれたんだ。花頭に話した時点で連絡をくれるべきだった。

 そもそも、()()()()での話が、あり得ない。何がどうなっているのか。


 冷えた心に、喧騒が刺さる。聞いたような声に、ふと目を向ける。

 斜め前方に、花頭が立っていた。視線は下方へ向いている。


 「ねえねえ。僕らこれから熱海へ行くんだけど、よかったらそこまでお話ししない? 向こうの車両の方が、ゆったり座れるよ。飲み物もあるし」


 「いいえ。ちょっと移動中にしないといけないことがあるので、失礼します」


 「そんなに長い間邪魔しないからさ」


 相手は、座席からはみ出た髪や服の具合からして、若い女性のようだった。いわゆるナンパである。


 花頭はきっと指定席を取っている。そこからわざわざ移動してきたのだ。よほど気に入ったのだろう。


 しかし、彼は取り巻きも連れ、通路を塞いでいる。対して彼女は、明らかに迷惑がっていて、このままでは熱海まで立ち放しになりそうだ。

 勿体無い、と斎は余計な心配をしつつ、あからさまに見るのも(はばか)られ、シートの端からさりげなく見守った。


 「どいてもらえますか。そこに居ると、通れません」


 花頭の向こうに、黒い頭が現れた。取り巻きが、そそくさと避ける。といっても狭い通路で、座席はあらかた埋まっている。こちらへ移動する形になった。


 「あ、先輩。おはようございます」


 急に、女性が立ち上がった。横顔だったが、はっとさせられるような魅力があった。


 「ああ。おはよう。バスで行ったと思っていた」


 男は、ストレートの短髪、スポーツ刈りと言えばいいだろうか、細身ではあるものの、がっしりとした体つきで背も高い。シンプルな白ワイシャツに、黒パンツを合わせていた。何となく、日本人離れした印象を受ける。


 女性は、手で隣の席を示しながら、体をずらす。荷物を手にしたところを見ると、それで席を塞いでいたのだ。非常識だが、ナンパ対策かもしれない。


 「こちらへどうぞ。都合で時間に間に合わなかったんです。これで行けば、集合時間には間に合うと思います」


 と、彼女はもう花頭を置き去りにして先輩に話しかける。先輩とやらは、花頭よりも年嵩で、少しばかり強そうに見えた。


 「じゃあ、今度会ったらよろしくね」


 精一杯明るく言い捨てて、花頭が歩き始めると、取り巻きも慌てて後を追う。斎はほっとしてから、花頭たちに見つかっていないか、心配になった。



 熱海駅からは、予想通り、タクシーへ分乗することになった。


 斎は、買い出しが大変だから、と花頭に言って、ある程度の食料を買わせることに成功した。と言っても駅前で、各自泊まりの荷物持ちである。せいぜいパンとか、酒とつまみぐらいしか買えなかった。


 ただ、花頭が昼食をとることを提案してくれたので、それで足りる可能性もあった。


 駅前には観光客向けの店がずらりと並ぶ細い通りがあり、何とか全員が入れる魚料理の座敷席を取ることができた。早い時間で運も良かった。

 そして昼食後、タクシー乗り場まで戻り、斎は先導役ということで、花頭と同じ車に乗せられた。そこは覚悟していたところである。


 あれから別荘の固定電話に掛けてもみたが、誰も出なかった。もう、調査団とやらに直接頼むしかない。

 それにしても、別荘に調査団とは大袈裟な話である。近くに遺跡でも出たのだろうか。


 何人で来たか知らないが、一緒に泊まれるぐらいの余裕はあるだろう、と斎は考えていた。記憶にある別荘は、ホテル並みに大きかった。ほとんどが和室なので、人数の融通が効く。夏だから、宴会後そのまま畳にごろ寝も可能である。


 「さっきの子、やっぱりルギっちですよ花頭さん」


 平方大の取り巻きが、スマホの画面を示しながら言う。画面は見えなかったが、斎も素早くスマホで検索してみた。


 るぎっち 誰?


 たちまち女の子の全身画像がたくさん現れた。ぱっと見、スナップ写真はなさそうだ。中には、雑誌のページらしいものもある。アップの写真を拡大すると、確かに車内で見た横顔と同じ人物だった。


 ルギっちは、日本のモデル、インフルエンサー。と紹介する記載もあった。


 斎は起業の下準備として、若い世代のトレンドもある程度追っているが、彼女の名前も顔も初めて知った。売り出し中なのかもしれない。見つけた取り巻きの目ざとさに感心する。


 「まさか、隣の男が彼氏? スキャンダルじゃん」


 「いくら何でも違うでしょ。距離感とか、話の感じだと、バイトとか、ロケ?」


 「あ、それだね。バイトに新幹線使わないっしょ」


 「確かに〜」


 車内が笑いで明るくなった。

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