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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第二章 インカレサークル
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サークルの内情

 藤河斎(ふじかわいつき)は、今回の企画を不参加にするつもりだった。


 夏休みである。インターンシップの選考に漏れた企業が、辞退者が多いため、追加で参加人数を増やすかもしれない、という話をSNSで拾い、念の為スケジュールを空けておきたかった。


 というのは表向きで、このサークル活動自体から足を洗いたいのが、本音だった。


 入学早々、上級生からやや強引に誘われた企画サークルは、インターカレッジを(うた)っていて、いずれ起業するため人脈を作りたい、と考えていた斎には、渡りに船だった。


 最初は楽しかった。


 貸切にした人気の飲食店で飲み食いしたり、高尾山の吊り橋にはしゃいだりして、他大学の学生と連絡先を交換した結果、斎の友達リストはたちまち四桁に迫った。


 だが、徐々に違和感が募った。


 まず、金がかかる。


 他大学と交流する以上、必然的に交通費などがかかることは、想定内だった。

 入会金に始まり、月会費、企画に参加の都度、徴収される。それは良いとして、その他に、特別徴収など、実にさまざまな名目でお金が飛んでいく。

 たとえ金に不自由しない身であっても、一度疑問を持ち始めると、請求される毎に躊躇(ためら)いを覚えてしまう。


 斎の場合、入会金や活動費、その時々の出費も親掛かりである。今でも実家住みの斎は、金の使い道について、親から小言を食らったことはなかった。

 これまでに、クレーンゲームにハマったり、何かを大量にコレクションしたり、といった、親が眉を顰めるような使い方をしたことがないからだろう。


 だから、このサークル費用を捻出するために、授業に差し支えるほどバイトを入れているメンバーがいると知って、驚いた。噂では、学費滞納で退学しても、在籍期間中の未納会費を返済(!)しないといけないとか。規則では、そこまで明記していないのだが、取り立てされるのだろうか。

 退学前については、たとえ幽霊会員状態でも、月会費などを払い続けなけばならない規則になっていた。


 斎を誘った上級生は、入れ替わるようにして引退した。規則にはないが、新たな会員を複数人獲得するまでは、退会を認められず、引退のための実質的なノルマになっていた。


 サービスを企画し、利益を上げるという意味で、サークル自体、一つの事業と考えることもできる。すると、運営資金が必要なのは、理解できる。

 ただ、事業と考えると、今度は、金の流れの不明瞭さが気になってくる。


 入会勧誘のチラシや活動報告等の文書費、大学間の連絡等にかかる通信費、交通費、といった費目を見せられても、むしろその他に含まれる交流費などといった曖昧な方に支出が割かれているのを目にしては、却って疑問が増すだけであった。


 それらは帳簿に載るだけまだマシで、いつの時代にどうやって貯めたのか、簿外の金も相当あるように思われた。


 しかも浮いた金を、サークル幹部が私的に流用している疑いがある。

 サークル代表棚沢持矢(たなさわもちや)は二十三区内出身の上、親が不動産を運用しているとかで、元から金持ちの部類であった。

 常に、腰巾着(こしぎんちゃく)を数人連れている。彼らの言動の端々から、棚沢の御機嫌取りのため、自腹ではない何かの金を使っていると、窺えることがしばしばあった。


 斎も、その気になれば、棚沢を囲む一員に加われた。はっきりとではないが、誘われたことがあった。

 その時は、金の流れを追及するために潜るよりも、引き返せない危険が怖くて遠回しに断った。後ろ盾のない下級生にすぎない斎への誘いは、そこで途絶えた。


 誘いに乗っていたら、様々な疑問も消えて、サークルの中心で、楽しく過ごせていただろうか。



 闇雲に金を費やし、連絡先だけ増やしても、その後の交流を維持し続けなければ、人脈は生かされない。


 自ら企画を主催するでもない斎に、千人近くとのつながりを維持する術はなく、気が付けば知らぬ間にブロックされたと思しき連絡先が増えていった。


 これも後から知ったことだが、インカレサークルは学内に幾つもあり、在学中に起業した学生がいるなど、実績がある有名なサークルは、斎が所属するところとは別に存在していた。


 聞いた話ではあるが、そこでは無理な徴収もなく、ゆるく繋がるスタイルを取っているという。

 いわば、彼はハズレを引いたのだった。



 一つだけ、斎がこのサークルに入って良かった、と思えることは、久松朝陽(ひさまつあさひ)に会えたことだった。


 久松は、広島出身のギョロ目に浅黒い肌、がっちりした体格の持ち主で、強面(こわもて)だが話してみれば、気のいい男だった。


 飲み会企画の際、たまたま席が近かったのが、きっかけだった。

 彼は、温室育ちな優男に見える平方(へいほう)大学生の中で、異色のオーラを放っていた。


 「よく、『お前は芦足(あしだ)向きだ』って言われるけん」

 「そうなんだ。僕は『平方向き』ってよく言われる」


 本当の話だった。元々バンカラな校風とされる芦足大学で、色白の優男風な斎は、よくその風貌をネタにされた。


 学内で、バンカラな学生を見かけた覚えのない斎には、不本意なイジリであった。

 久松には悪いが、確かに彼は、芦足にいた方が馴染みそうだった。


 そこから話してみると、互いの祖父と父親の出身大学が同じであることがわかった。その時点で久松を嫌わなかった理由は、彼が斎と同様、父親に反発して芦足へ入ったと知ったからである。


 「親父のやつ、何かとポン大を自慢するけえ」


 「うちもそうだ。僕には無理とか言いながら、行くのが当然みたいな言い方したり、どっちなんだよって思う」


 二人の祖父と父親は、共に二代続けて碰上大学の卒業生だった。久松の祖父は大手の新聞社を退社し、今はフリーの立場であちこちに記事を提供している。

 父親の方は大手出版社を経てフリーの編集者として仕事をしている。住まいは広島であるが、出張が多い。


 斎の祖父は、証券会社で働いた後に独立して会社を立ち上げた。時々テレビに呼ばれたり講演をするのは、都内の大学で特別講師として教えており、本も出しているからだ。


 父親は、留守がちな祖父の会社で実務を担っている。昔から祖父の言いなりで、官僚を目指したのに果たせなかった、と母親から聞いたことがあった。

 舅と嫁という立場を割り引いても、母の言うことは本当だろう、と斎は思っていた。祖父は、父ばかりでなく、斎も支配下に置きたがっていたのだから。


 斎も久松も、自分の意志を通し、今の大学へ望んで入学したのだが、父親や祖父がことある毎に自分たちを敗残者のように見下していると感じていた。


 しかも、合格が決まった時、親戚や知り合いの誰かしらに、同じ言葉をかけられていた。


 『平方(芦足)だって、十分すごいよね』


 「十分って何じゃ」


 「ほんとだよ。大学を舐めてるよ」


 いずれも相手は、心から誉めているつもりなのである。怒る訳にもいかず、余計に神経に障った。


 気のあった二人は、インカレサークルの企画でもしばしば一緒になったが、個別で会うようにもなった。他の仲間の前で、碰上大学の名前を出しにくかったのだ。


 二人の所属するサークルには、碰上大学生がいなかった。


 サークルの企画外で集会を持つことは、禁止と明文化されてはいないが、推奨もされていない。サークルの儲ける機会を減らした、と判断されれば、制裁が課される、と噂に囁かれていた。


 自然、人目を避けて、久松のマンションで飲むことが多くなる。やましいとまではいかないが、うっかり父や祖父の悪口を聞かれるかもしれないと思うと、斎は自宅に久松を呼んで飲む気になれないのであった。あるいは、二人で気持ちよく飲んでいるところへ、偶然父や祖父が来合わせて、碰上大学の自慢を始めたり、平方を貶めるようなことを口走ったりしたら、と恐れてもいた。


 「今度の夏休みイベントは熱海言いよったな。斎行くか?」


 「あんまり行きたくないんだよな。別荘あるのに、わざわざ宿泊費出して行くのも」


 「へええ。熱海に別荘なんて、楽しそうじゃのう」


 こういう話を、マウントと捉えず、大きな目を輝かせ、素直に羨ましがるのも、久松のいいところだった。


 「初めは泊まっていたんだけど、段々祖父が使い勝手が悪いとか言い出して。ほら、別荘って、街中から外れた場所にあったりするだろ」


 「そらそうじゃ。のんびりするための場所じゃけ」


 「不便だから行きたくないって、近頃では使っていない。部屋数が多くて、一度使うと手入れも大変とか言って」


 「もったいない話じゃ。今度の企画、そこ、使わしてもろうたらどうじゃ」


 いきなりの提案に、斎は戸惑う。


 「でも、今回の幹事は平方で、もう、ホテルも決まったって、連絡が回ったよね」


 「そこは柔軟に、サプライズにもなるけえ。ホテルより別荘の方がええじゃろ。安うなる」


 酔っ払った勢いか、その場で電話をかけようとする久松を、斎は慌てて押し留める。


 「僕らがこうやって飲んでいるのがバレたら、まずいんじゃない?」


 「そうじゃった」


 恐らく、幹部であっても、ここで斎と久松が飲み会を開いたことを、ルール違反だなどと、咎め立てはしないだろう。

 そもそも二人とも、誰と交流しようが、咎め立てされる筋合いは、ない筈である。


 入会以来、要求されるがまま、金を吸い上げられるうちに、日頃の考えや行動まで縛られているような感じになっていた。

 斎も時折、自覚するのだが、ではどうしたら良いか、となると、サークルに逆らわず、円満に退会するしかない、という結論に至るのであった。


 酔っ払った勢いでかけた電話で、宿泊場所の変更などという重要な事項が決まるとは、思えない。

 万が一でも、別荘を貸したくない、と言う気持ちが、同じく酔っ払った斎には、あった。


 別荘の鍵は井湯(いとう)という夫婦が持っていて、斎とも顔見知りである。祖父や父に許可を得ずとも、斎が言えばすぐに開けてくれる筈だ。食事などの世話を頼むならともかく、自分たちで食料を持ち込んで泊まるだけなら、彼らの都合を聞くまでもない。


 しかし、一旦貸し出したが最後、斎の別荘で、学生たちが好き勝手に振る舞うことは、容易に想像できた。

 入学当初なら光栄に思ったかもしれないが、今は彼らに自分の領分を侵されたくなかった。


 「熱海って近いけえ、意外と行ったことないんじゃ。何が美味いかのう」


 久松が、別荘の話から離れた。そして最後には、酔い潰れた。

 明日になれば、別荘の話ごと忘れるだろう。


 斎はグラスや酒瓶を台所へ片付け、いつものように鍵を掛け、新聞受けから落として帰宅した。

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