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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第一章 元ねこ、熱海へ行く
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元ねこは追い払われる

 「一人一体で」

 「うん」


 ばっと散らばり、各自担当の霊体と対峙すると、前振りもなく技を繰り出す。


 「仏説摩訶般若波羅蜜心経‥‥」

 「南無妙法蓮華経‥‥」

 「‥‥」


 掛け声は、何でも良い。思念を強く保ち、相手を圧倒する力を作り出すためのパスワードのようなものである。とは、竹野の爺さんの受け売りだ。


 何でもいいんだが、能見(のみ)カミラのそれは、般若心経である。それも全文唱えるから、四分近くかかる。今年最終学年を迎える彼女の力が未だ弱いのは、掛け声が長すぎるせいではないか、と理加も案じていた。それとなく指導もしているのだが、


 「うちは代々真言宗で」


 と頑固に変えない。就職先も、心霊能力がなくとも全く困らない業種に内定しており、結果そのままになっている。

 彼女は母親が東欧系の血筋、いわゆるクオーターである。キリスト教徒でもおかしくないのだが、信心に口を挟むのは余計なお世話だった。


 対照的に、寿女沢(すめさわ)(ごう)のそれは、


 「むにゃむにゃ、ハッ」


 である。その瞬発力は戦力として素晴らしいが、圧倒的な火力不足である。そして威厳もない。彼はまだ将来について何の展望もないようなので、今のところ口出しせず見守っている。


 円筒(えんどう)奏真(そうま)も、将来は地主である家を継ぐとかで、どうしても心霊能力を磨かないといけない、という環境ではなさそうだった。


 こうして見ると、能力の強さは、生まれつきの才に加えて、必要性や、やる気も関係するのではないか、と思われた。

 その伝で行くと、岩動(いするぎ)などは、もう少し強くなっても良さそうなのだが、生活のために敢えて弱いままでいる感もあり、強く勧められない。

 学科存続のためにも、ある程度の能力者を継続的に送り出したいのに、なかなか上手くいかないものである。



 およそ四分後、四体の霊体は無事浄化された。

 室温が上がる。天然クーラーのために飼っていたのだろうか。まさか。


 「はい。ご苦労様でした。やっぱり何もないわね。一旦、出ましょう」


 理加の声で、皆ぞろぞろと階段を上がる。細かい霊が浄化されたところで、本体が見えるかと期待したのが、当てハズレだった訳だ。


 階段を上ったところで、理加のスマホが、盛大な着信音を立て続けに鳴らした。


 「あら。指示があるまで休憩。日置君は、バスをもう少し脇へ退けておいて」

 「誰も来ないから、いいじゃないですか」


 律が口答えしたが、理加はもう、スマホで折り返していた。


 「綾部です。何度もお電話いただいて、すみません。え?」


 外が騒がしいことに気付くと同時に、玄関の扉が開いた。


 「おい、玄関にマイクロバスを横付けしたのは、お前たちか」


 白皙(はくせき)の、という形容が相応(ふさわ)しい、しかし俺の熱海のイメージからは外れた青年が、足音高く入ってきた。



 「人の家へ大勢で勝手に入り込んで、一体どういうつもりだ」


 白皙の青年は、オーナーの孫、つまり藤河(ふじかわ)といった。


 彼は一人ではなく、後ろに同年代の仲間を引き連れていた。

 全員、()()()く見える。しかし中には、ギョロリとした目つきの体格の良い男もいて、意外と武闘派かも知れなかった。

 怖い。それなのに、学生たちが一斉に俺を見るので、仕方なく前へ出る。


 「あ、今バス動かすところでした。行ってきますね」


 このタイミングで、律がひょうひょうと、奴らの間を縫って出て行った。

 逃げやがったな。だが、敵中横断の勇気は認めよう。

 律の動きで空気が変わり、俺たちの間に、微妙な沈黙が流れる。


 「えーと」


 「あれえ。そこにいるのは、()()()()じゃん。なーにー? (いつき)ちゃんってば、ルギっち別荘に呼べるコネ持っていたんだ。人が悪いなあ」


 傍から、しゃしゃり出てきた男は、言葉遣いのチャラさから想像もつかない、爽やかな出立ちだった。チャラ男に囲まれ、これまで気付かなかった。


 「ルギっちも、さっき会った時、言ってくれればよかったのに。これだけ広いんだから、一緒に泊まれるでしょ。なあ、斎ちゃん?」


 「え、まあ。それは」


 勝手に話が進む中、岩動を見ると、めちゃめちゃ険しい顔で、こっちを睨んでいる。さては、新幹線で絡んできた奴は、こいつらか。

 だが、その件に目をつぶったとして、一般民を同じ建物に泊めるのは、万が一を考えると都合が悪い。


 「あ、ちょっと一緒にというのは」


 「藤河さん。私たちは、お祖父様の依頼で、こちらへ調査に来ているのです」


 何とか電話を終わらせた理加が、俺との間に割って入った。せいぜい三十代ぐらいにしか見えないが、明らかにこの場で最年長である。俺も戸籍上は理加と同じぐらいだけど、外見は学生と一緒だからな。


 それで、チャラ男集団が、理加に目を向けた。


 「調査員以外の方がおられると、調査の正確性に支障をきたします。今から日程を調整しても、ご依頼人の希望される期限には間に合いません。ご自宅を使えないご不便をおかけすることになり、申し訳ないとは思いますが、明朝までの間、どこか別の場所へ宿泊いただけませんか」


 調査の正確性とは、うまいことを言う。だが、藤河は納得しなかった。


 「年寄りの予定など知るものか。大体、あんた方、人の家を占領しておいて、名乗りもしないなんて、失礼じゃないか」


 細かいことを言えば、突然現れたチャラい集団が、オーナーの意向も知らず、即時退去を要求する方が十分怪しいのだが、理加は指摘しなかった。


 「失礼しました。私は碰上大学理学部助教授の綾部と申します」


 と名刺を取り出そうとするのを、藤河が遮った。


 「出ていけ! ここは、僕の家だ。僕が最優先で使う権利がある。出ていかないなら、警察を呼ぶぞ」


 しん、と静まり返った中へ、律の呑気な声が玄関から聞こえてきた。


 「それなら、横付けのままで、よかったじゃないですか」



 結局、理加が折れた。

 藤河へ鍵を渡すと、学生たちに指示して、各自の荷物をまとめ、マイクロバスに乗せる間、律と話し合っていた。

 岩動と(チェン)も、バス組に合流した。


 「ええ〜っ? ルギっちは残っていいんだよ。そうしたら、調査もできて、一石二鳥じゃん」


 先ほどの爽やか青年が、腕を引こうと側へ寄るのを、円筒と鄭が体でガードした。


 「ごめんなさい。私一人では力不足で、調査できないの。でも、お誘いありがとうございました。お元気で」


 男子学生の隙間から、岩動が営業スマイル全開で、誘うような、実は全力で逃げる挨拶をかましつつ、バスへ移動した。俺と理加は、車である。今度は理加が、運転席へ座った。


 「あのどら息子、()()()か。調査が空振った分も、きっちり請求してやるから、後で叱られればいい」


 「本当に、あの人たち、オーナーの孫なの?」


 「井湯(いとう)さんから電話が入ったのよ。斎っていう名前らしいんだけど、あいつが急に使いたいと言ってきて、オーナーと連絡がつかないから、とりあえず居させてもらえないかって。無理に決まっているでしょ。しかも、あの態度!」


 理加の運転が、荒い気がする。別荘地の道路が下り坂で、くねくねしているせいだろうか。


 「それに、顔がそっくり。見間違いようもないわ」


 言われて、俺は理加の鞄から資料を取り出した。高速上で見せられそうになった写真を探す。

 そこには、どら息子の数十年後を予想したような白髪の男が写っていた。息子じゃなくて、どら孫だったな。



 そして、俺たちは熱海の海水浴場へ来た。


 観光地である。夏休み期間で、朝から天気も良く、絶好の海水浴日和。砂浜はテントだらけだった。


 水着姿ばかりかと思いきや、水着なのか服なのか区別のつかない服装の人も多く、全く海へ入る気のない俺たちの服装でも、難なく馴染(なじ)むことができた。


 「先生、海入ってもいいですか」


 「あなた、帰りの運転、大丈夫なの?」


 「大丈夫です! 行ってきまーす」


 律が走る先は、海ではなく、貸しテントなどの並ぶ店の方である。がっつり海水浴するつもりらしい。水着を売る店がいくつもあり、手ぶらノープランで来ても、金さえあれば、十分に遊べる。金がなくても、散歩や砂遊びなら、無料で楽しめそうだ。


 「綾部先生。私は、あのフェリーに乗りたいのですが、時間に間に合うでしょうか」


 鄭が海水浴場の外側を走る、赤い船を指す。発着所は、海水浴場から見える位置にはあるが、大分先である。その向こう、突き出た陸地の山あいには、ちんまりと城が見えた。


 「一人でもいいなら、戻るまで待つわ。もし、何かあったら連絡する」


 理加はやけ気味に許可する。


 「ありがとうございます。可能ならば、お(みや)貫一(かんいち)像も見たいと思います。では、行ってまいります」


 素直に礼を言い、鄭は早足で去った。


「『金色夜叉(こんじきやしゃ)』の像は、あっちなんだけど」


 と、理加が船着場と反対方向を見る。俺も見たが、この位置からは、それらしい何かは見えなかった。


 岩動は律からバスの鍵を預かり、SNSの更新をすると言っていた。課題のネタも拾えたし、帰ってもいいくらいだろう。能見カミラも早速レポートを書くと宣言し、岩動と共にバスに残った。車内で熱中症にならねばいいが。


 桐野その他の上級生組は、今回の別荘調査が出来なかった場合に備え、海水浴場周辺を見回りつつ、ネタ探しをすると言い残して去った。たまに、溺死者の霊が悪さをすることがある。良いアイデアだ。


 寿女沢と円筒は、黙ってファミレスに消えた。涼しい場所でスマホネットサーフィンでもするのだろう。忘れぬうちに、レポートを書いてくれれば、俺も安心だが、期待は薄い。


 そして、理加と俺が残った。


 「お前も泳げば?」


 「泳がない。理加が砂浜へ行くなら、俺も、ちょっと遊ぶ」


 猫の時から、体が濡れるのが嫌いだった。今でも風呂は好かない。だから、海に入るなんてとんでもない。でも、砂浜に隠れた小さなカニをからかったり、貝の呼吸穴を見つけて掘り出すのは、好きだ。


 「行くだけなら、一緒に行ってもいいわ」


 「え、ほんと?」


 「ただし、行くだけ。私は、これから電話をかけまくって、皆の宿泊場所を探さないといけないから。その前に、井湯さんに経緯を話して‥‥くうっ。この費用も請求してやる」


 俺の喜びは一瞬で終わった。でも、側にはいてくれるんだよな。ちょっとだけ、付き合ってもらおうか。

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