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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第一章 元ねこ、熱海へ行く
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元ねこは別荘を案内される

 「コンサルって、儲かるのかな」


 別荘を見た理加の第一声は、藤河の収入についてだった。学科予算の獲得に腐心する理加らしい感想だ。


 確かにデカかった。海を一望する高そうな別荘地の中でも広い敷地を持ち、建物自体もレストランと間違えるほど、大きい。


 玄関前の広すぎる空き地の、どこに停めて良いか分からず、端に見つけた軽自動車の隣へ駐車した。これも、レストランの駐車場と言った方がしっくりくる。


 扉が開き、男女が出てきた。防犯カメラで監視でもしていたみたいな、タイミングだった。

 玄関前で並んで待っている。俺たちとの間の距離が、遠すぎる。


 理加が、空身(からみ)で玄関へ向かう。俺は一瞬悩んだ末、荷物を出してから追いつくことにした。

 距離を考えると、往復の手間が惜しかった。


 「他のお連れ様は」

 「後から来ます」


 俺が追いついた時には、理加と男女二人組の挨拶が済んでいた。


 「まず、お部屋へご案内しましょうか」


 男が俺の荷物をチラ見して、気を利かせた。二人とも絹子叔母に近い年代で、物腰からして、別荘の持ち主の藤河ではなく、使用人の方と思われた。


 俺も理加にくっついて大分別荘巡りをしたから、そのぐらいは見分けられる。全部仕事絡みだ。

 理加自身は別荘を持っていない。結婚前に住んでいた、実家のマンションは今でも持っているが、あれは別荘とは言わないだろう。老朽化で建て直し、当時の住まいは、もうない。


 「例の部屋は、地下でしたっけ?」


 「そうです。他に気付かず済ませている事もあるかもしれませんが。とりあえず、なるべく上の方にお部屋を用意いたしました」


 「ありがとうございます」


 ここでようやく、女が玄関の扉を開け放った。


 ホールになっていた。ホテルのように、靴を履いたまま中へ入るパターンだ。


 俺たちは玄関ホールを通り抜け、そのまま階段を上って二階の一室へ通された。和室である。俺は、早速荷物を下ろす。


 「他に、こちらと、こちらのお部屋をご用意しました。お好きなように、お使いください」


 と、隣接する二つの部屋も見せてもらう。両方とも和室だった。学生を男女で分ければ、全員入るだろう。


 そのまま、浴室や、閉め切ってある部屋、リビングやダイニング、台所と案内された。やたら部屋ばかりが並ぶ雰囲気は、旅館かホテルみたいだった。


 今のところ、怪しい気配は感じない。地下に何かあるとしても、この程度なら、確かに学生向けかもしれない。


 「井湯(いとう)さんたちは、住み込みでいらっしゃるのですか」


 部屋を回りながら質問した理加に、夫婦揃って、とんでもない、と手を振った。


 「普段は月に一回ぐらいの割合で、空気を入れ替えたり、掃除をしたりするだけで、あとはオーナーから依頼があった時に、皆さんのお世話をします」


 「お義母(かあ)さんが、認知症で施設に入っているんですけれど、しょっちゅう抜け出すので、あまり決まった仕事はできなくて」


 「おい、お客様に余計なことを」


 「ああ、私事で、すみませんでした」


 妻の不満が大分溜まっている。

 他にも、息子夫婦の営む店を手伝ったり、孫のお守りをしたりと、当節は孫が出来たら好々爺(こうこうや)、と決め込む余裕もないようである。特に妻が。


 端に停めた軽自動車は、彼らの物らしい。


 玄関まで降りてきたところで、外に人の気配がした。


 「(りつ)だ」


 俺は、勝手に玄関を開けた。


 正面に、マイクロバスが横付けとなっていた。

 中から次々と若人(わこうど)が吐き出される。最後に、小柄な男子が、ぴょんと飛び降りた。


 「あ、理斗さん。おはようございます」


 日置律だった。


 「え、何でマイクロ? 運転手さんは?」


 後から出てきた理加が、呆気に取られている。俺は、上級生の桐野壹夏(きりのいちか)を見つけ、男女別に部屋を分けるよう指示してから、井湯夫妻に案内を頼んだ。


 「言われなくても、男女で分けますって」


 桐野に苦笑された。彼女の母も、霊を見る能力を持っている。日置家とまとめて、遺伝系とでも言おうか。


 背後では、理加と律のやり取りが続いていた。


 「新幹線とか乗り継ぐより、バス借りた方が安くて楽でしょ。僕、中免持っているし」

 「あなたが運転してきたの?」


 理加は、大分慌てている。対して律は平然としていた。父の純一郎は、もっと繊細な青年だったんだが、どうしてこうなったか。息子の方は、かなり大胆な性格だ。


 「言ってくれれば、私が手配したのに」

 「いいえ。綾部(あやべ)先生は、絶対ダメって言うもの。僕が勝手に、乗る人を募って借りました」


 律の言う通りだった。理加が頼むなら、学科の予算から運転手ごと手配する。日をまたぐから、値段も格段に高くなる。よって、各自交通費自腹となったのである。

 理加は反論せず、軽く頭を下げた。


 「日置君、ありがとう。帰りの運転、くれぐれも気をつけて」


 「ちゃっちゃと片付けて、夜寝かせてください」


 「いや。お前らが、やるんだろうが」


 思わず突っ込んだところへ、タクシーが滑り込んできた。


 降りてきたのは、一見して中国系とわかる背の高い男と、ポスターから抜け出たような華やかな装いの女だ。何故この組み合わせ?


 「綾部先生、間に合ってますか?」


 「集合時間には、間に合いました。(チェン)君、中型免許持っていないよね?」


 「日本の運転免許は、持っていません」


 鄭哉藍(チェンセイラン)は、生真面目に答えた。彼は中国の大学を卒業した後、碰上大学へ編入した留学生である。だから学年は日置と一緒でも、年齢は二つか三つ上の筈だ。儒教の国から来た人らしく、上下関係に敏感で、年下の同級生は気を遣って接している。


 「うわー。ギリセーフ? セイラン先輩、ありがとうございます。ほんと、先輩のおかげで助かりました」


 女の方は、岩動心陽(いするぎこはる)。外見を大いに利用し、ルギっちとかいう名前でモデルの仕事をしている。学費や生活費を稼ぐためである。霊能力があまり強くないのと、外に見せない訓練をしているとかで、撮影されても誤魔化せるくらいに抑えているらしい。

 能力を隠すのは、単純に攻撃力を上げるよりも難しい。なかなかの努力家であった。


 今日も、仕事でマイクロバスに間に合わなかったのだろう。

 ところで、タクシー代は、鄭が払っていた。上に立つのも大変だ。


 「もう、聞いてよ日置。新幹線の中でチャラ男共に絡まれちゃってさ。SNSの更新できなかったんだよ、最悪。セイラン先輩が来てくれなかったら、今頃ここにいないよ私。だから、帰りは乗せていってね。バス代払うから。先輩もご一緒にどうですか?」


 パッと振り向いて聞く。巷で人気なのも、わかる気がする。俺は理加ひと筋だけどな。変な意味じゃなくて、飼い主だから。


 「席あるの?」


 鄭が答える前に、理加が突っ込む。律が頷いた。


 「余っています」


 「では、頼もう。金は払う」


 「ありがとうございます。人数が増えれば、皆が助かります」


 律が真面目に礼を言った。



 井湯夫妻から鍵を預かり、学生たちが揃って落ち着いたところで、改めて邸内探検をした。


 「うわ、すげえ。海が見える」


 「てか、部屋いくつあるんだよ」


 「この浴槽、大理石よね」


 「このベランダ、パーティ開けるじゃん」


 学生たちが、はしゃぐ。俺と同様、誰にも何も見えないせいもあるだろう。これで、部屋ごとに血塗れの怨霊が立っていたら、おちおち騒げない。


 「綾部先生。本当に、ここで心霊現象が起きたのですか」


 一人落ち着いて各部屋を点検する鄭が尋ねた。


 「所有者は、そう言っている。出たのは地下室で、夜間だけれど。これから地下室を見てみましょう」


 そこで俺を先頭に、地下へ降りる階段に進んだ。個人の家だから、二人並んで降りるには狭いのだ。


 扉に鍵を差し込んで、あ、いる、と思った。そのまま開き、さっと中へ入る。

 更に扉があった。二重扉だ。防音仕様になっているようだ。その扉も開け放ち、中へ踏み込んだ。


 畳にして六畳ぐらいの空間だろうか。地下だから窓はない。隅に一体、それから透明な壁で仕切られた箇所に別の扉があって、その向こうに数体の霊がわだかまっていた。俺たちの姿を見ても、攻撃する様子はない。


 「()()()()()()ね」


 後から後から学生が入ってきて、最後に来た理加が断定する。そうだろうな、と俺も思う。


 「他にもいないか、探してみて。後で数を聞くから」


 理加の言葉に、学生たちがわらわらと散る。漂う霊は、放置である。


 数体の霊がいた仕切部屋とは別の壁に、洗面所とトイレへ続く扉があった。風呂はないけれど、この部屋で生活することは可能だ。というより、監禁部屋みたいだ、と思ってゾッとした。


 「図面によると、音楽スタジオだったらしいわ、ここ」


 俺の心を読んだみたいに、理加が明かす。空気が緩んだところを見ると、皆も俺と同じ想像をしたようだ。それなら二重扉も納得である。

 仕切部屋に録音機材を入れて、大きい方で演奏して、と何かで見た収録風景が目に浮かぶ。


 「そうしたら、岩動君と寿女沢(すめさわ)君、能見(のみ)君、円筒(えんどう)君で、消してみてくれる? 誰がどれを担当するかは、相談して決めて」


 理加のご指名で、男女四人が前へ出た。全員、今日のメンバーの中では力が弱めである。本番を夜と見込んで戦力を温存すると同時に、均等に機会を与えようという親心と見た。


 「どうする?」


 「じゃあ、俺と岩動さんであそこの奴を」


 「何で円筒が勝手に決めるのよ。私が心陽(こはる)と組むわ」


 「いや組まんでも、一人一体でよくね?」


 初心者だと、割とどうでも良い部分で揉めやすい。

 理加がわざとらしく、バインダーを胸から離し、メモし始めた。カツカツカツ、と書き込む音が、静かな室内に響く。

 初心者組が、ハッとして、急に話をまとめた。

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