元ねこは別荘を案内される
「コンサルって、儲かるのかな」
別荘を見た理加の第一声は、藤河の収入についてだった。学科予算の獲得に腐心する理加らしい感想だ。
確かにデカかった。海を一望する高そうな別荘地の中でも広い敷地を持ち、建物自体もレストランと間違えるほど、大きい。
玄関前の広すぎる空き地の、どこに停めて良いか分からず、端に見つけた軽自動車の隣へ駐車した。これも、レストランの駐車場と言った方がしっくりくる。
扉が開き、男女が出てきた。防犯カメラで監視でもしていたみたいな、タイミングだった。
玄関前で並んで待っている。俺たちとの間の距離が、遠すぎる。
理加が、空身で玄関へ向かう。俺は一瞬悩んだ末、荷物を出してから追いつくことにした。
距離を考えると、往復の手間が惜しかった。
「他のお連れ様は」
「後から来ます」
俺が追いついた時には、理加と男女二人組の挨拶が済んでいた。
「まず、お部屋へご案内しましょうか」
男が俺の荷物をチラ見して、気を利かせた。二人とも絹子叔母に近い年代で、物腰からして、別荘の持ち主の藤河ではなく、使用人の方と思われた。
俺も理加にくっついて大分別荘巡りをしたから、そのぐらいは見分けられる。全部仕事絡みだ。
理加自身は別荘を持っていない。結婚前に住んでいた、実家のマンションは今でも持っているが、あれは別荘とは言わないだろう。老朽化で建て直し、当時の住まいは、もうない。
「例の部屋は、地下でしたっけ?」
「そうです。他に気付かず済ませている事もあるかもしれませんが。とりあえず、なるべく上の方にお部屋を用意いたしました」
「ありがとうございます」
ここでようやく、女が玄関の扉を開け放った。
ホールになっていた。ホテルのように、靴を履いたまま中へ入るパターンだ。
俺たちは玄関ホールを通り抜け、そのまま階段を上って二階の一室へ通された。和室である。俺は、早速荷物を下ろす。
「他に、こちらと、こちらのお部屋をご用意しました。お好きなように、お使いください」
と、隣接する二つの部屋も見せてもらう。両方とも和室だった。学生を男女で分ければ、全員入るだろう。
そのまま、浴室や、閉め切ってある部屋、リビングやダイニング、台所と案内された。やたら部屋ばかりが並ぶ雰囲気は、旅館かホテルみたいだった。
今のところ、怪しい気配は感じない。地下に何かあるとしても、この程度なら、確かに学生向けかもしれない。
「井湯さんたちは、住み込みでいらっしゃるのですか」
部屋を回りながら質問した理加に、夫婦揃って、とんでもない、と手を振った。
「普段は月に一回ぐらいの割合で、空気を入れ替えたり、掃除をしたりするだけで、あとはオーナーから依頼があった時に、皆さんのお世話をします」
「お義母さんが、認知症で施設に入っているんですけれど、しょっちゅう抜け出すので、あまり決まった仕事はできなくて」
「おい、お客様に余計なことを」
「ああ、私事で、すみませんでした」
妻の不満が大分溜まっている。
他にも、息子夫婦の営む店を手伝ったり、孫のお守りをしたりと、当節は孫が出来たら好々爺、と決め込む余裕もないようである。特に妻が。
端に停めた軽自動車は、彼らの物らしい。
玄関まで降りてきたところで、外に人の気配がした。
「律だ」
俺は、勝手に玄関を開けた。
正面に、マイクロバスが横付けとなっていた。
中から次々と若人が吐き出される。最後に、小柄な男子が、ぴょんと飛び降りた。
「あ、理斗さん。おはようございます」
日置律だった。
「え、何でマイクロ? 運転手さんは?」
後から出てきた理加が、呆気に取られている。俺は、上級生の桐野壹夏を見つけ、男女別に部屋を分けるよう指示してから、井湯夫妻に案内を頼んだ。
「言われなくても、男女で分けますって」
桐野に苦笑された。彼女の母も、霊を見る能力を持っている。日置家とまとめて、遺伝系とでも言おうか。
背後では、理加と律のやり取りが続いていた。
「新幹線とか乗り継ぐより、バス借りた方が安くて楽でしょ。僕、中免持っているし」
「あなたが運転してきたの?」
理加は、大分慌てている。対して律は平然としていた。父の純一郎は、もっと繊細な青年だったんだが、どうしてこうなったか。息子の方は、かなり大胆な性格だ。
「言ってくれれば、私が手配したのに」
「いいえ。綾部先生は、絶対ダメって言うもの。僕が勝手に、乗る人を募って借りました」
律の言う通りだった。理加が頼むなら、学科の予算から運転手ごと手配する。日をまたぐから、値段も格段に高くなる。よって、各自交通費自腹となったのである。
理加は反論せず、軽く頭を下げた。
「日置君、ありがとう。帰りの運転、くれぐれも気をつけて」
「ちゃっちゃと片付けて、夜寝かせてください」
「いや。お前らが、やるんだろうが」
思わず突っ込んだところへ、タクシーが滑り込んできた。
降りてきたのは、一見して中国系とわかる背の高い男と、ポスターから抜け出たような華やかな装いの女だ。何故この組み合わせ?
「綾部先生、間に合ってますか?」
「集合時間には、間に合いました。鄭君、中型免許持っていないよね?」
「日本の運転免許は、持っていません」
鄭哉藍は、生真面目に答えた。彼は中国の大学を卒業した後、碰上大学へ編入した留学生である。だから学年は日置と一緒でも、年齢は二つか三つ上の筈だ。儒教の国から来た人らしく、上下関係に敏感で、年下の同級生は気を遣って接している。
「うわー。ギリセーフ? セイラン先輩、ありがとうございます。ほんと、先輩のおかげで助かりました」
女の方は、岩動心陽。外見を大いに利用し、ルギっちとかいう名前でモデルの仕事をしている。学費や生活費を稼ぐためである。霊能力があまり強くないのと、外に見せない訓練をしているとかで、撮影されても誤魔化せるくらいに抑えているらしい。
能力を隠すのは、単純に攻撃力を上げるよりも難しい。なかなかの努力家であった。
今日も、仕事でマイクロバスに間に合わなかったのだろう。
ところで、タクシー代は、鄭が払っていた。上に立つのも大変だ。
「もう、聞いてよ日置。新幹線の中でチャラ男共に絡まれちゃってさ。SNSの更新できなかったんだよ、最悪。セイラン先輩が来てくれなかったら、今頃ここにいないよ私。だから、帰りは乗せていってね。バス代払うから。先輩もご一緒にどうですか?」
パッと振り向いて聞く。巷で人気なのも、わかる気がする。俺は理加ひと筋だけどな。変な意味じゃなくて、飼い主だから。
「席あるの?」
鄭が答える前に、理加が突っ込む。律が頷いた。
「余っています」
「では、頼もう。金は払う」
「ありがとうございます。人数が増えれば、皆が助かります」
律が真面目に礼を言った。
井湯夫妻から鍵を預かり、学生たちが揃って落ち着いたところで、改めて邸内探検をした。
「うわ、すげえ。海が見える」
「てか、部屋いくつあるんだよ」
「この浴槽、大理石よね」
「このベランダ、パーティ開けるじゃん」
学生たちが、はしゃぐ。俺と同様、誰にも何も見えないせいもあるだろう。これで、部屋ごとに血塗れの怨霊が立っていたら、おちおち騒げない。
「綾部先生。本当に、ここで心霊現象が起きたのですか」
一人落ち着いて各部屋を点検する鄭が尋ねた。
「所有者は、そう言っている。出たのは地下室で、夜間だけれど。これから地下室を見てみましょう」
そこで俺を先頭に、地下へ降りる階段に進んだ。個人の家だから、二人並んで降りるには狭いのだ。
扉に鍵を差し込んで、あ、いる、と思った。そのまま開き、さっと中へ入る。
更に扉があった。二重扉だ。防音仕様になっているようだ。その扉も開け放ち、中へ踏み込んだ。
畳にして六畳ぐらいの空間だろうか。地下だから窓はない。隅に一体、それから透明な壁で仕切られた箇所に別の扉があって、その向こうに数体の霊がわだかまっていた。俺たちの姿を見ても、攻撃する様子はない。
「これじゃないね」
後から後から学生が入ってきて、最後に来た理加が断定する。そうだろうな、と俺も思う。
「他にもいないか、探してみて。後で数を聞くから」
理加の言葉に、学生たちがわらわらと散る。漂う霊は、放置である。
数体の霊がいた仕切部屋とは別の壁に、洗面所とトイレへ続く扉があった。風呂はないけれど、この部屋で生活することは可能だ。というより、監禁部屋みたいだ、と思ってゾッとした。
「図面によると、音楽スタジオだったらしいわ、ここ」
俺の心を読んだみたいに、理加が明かす。空気が緩んだところを見ると、皆も俺と同じ想像をしたようだ。それなら二重扉も納得である。
仕切部屋に録音機材を入れて、大きい方で演奏して、と何かで見た収録風景が目に浮かぶ。
「そうしたら、岩動君と寿女沢君、能見君、円筒君で、消してみてくれる? 誰がどれを担当するかは、相談して決めて」
理加のご指名で、男女四人が前へ出た。全員、今日のメンバーの中では力が弱めである。本番を夜と見込んで戦力を温存すると同時に、均等に機会を与えようという親心と見た。
「どうする?」
「じゃあ、俺と岩動さんであそこの奴を」
「何で円筒が勝手に決めるのよ。私が心陽と組むわ」
「いや組まんでも、一人一体でよくね?」
初心者だと、割とどうでも良い部分で揉めやすい。
理加がわざとらしく、バインダーを胸から離し、メモし始めた。カツカツカツ、と書き込む音が、静かな室内に響く。
初心者組が、ハッとして、急に話をまとめた。