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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
終 章
27/27

彼の家の特殊な事情

 碰上(ほうじょう)大学の「爆破予告騒ぎ」は、ニュースにならなかった。


 ネット上の検索でも引っかからないという結果に、朝陽は、(ちまた)の陰謀論も満更妄想じゃないのかも、と思った。


 オカルト系の掲示板では、いくつかそれらしいネタがヒットしたものの、どれも朝陽が見た真実とは程遠い内容だった。


 そして、朝陽は、取材した内容を公表するのを、止めた。


 公表してもまともに受け取られない、という理由もあるが、それならトンデモ系のネタとして、使い道はある。

 一番の理由は、藤河斎が死んでしまったことにあった。


 「君のせいじゃないよ」


 浄化を終えた、心霊学科の先生方と学生たちは、口を揃えて言ってくれた。


 「彼は、因縁のせいで呼ばれたんだ。責任というなら、彼が来る前に、()()を片付けられなかった私たちにある」


 言われれば言われるほど、自分に責任があるような気がしてきた。


 理斗という助手が見聞きした、藤河家と桜ヶ池の関係を、朝陽も聞かせてもらった。


 斎は七代末まで祟ると宣告された最後の代で、怨霊にとっても重要な対象だった。朝陽が誘わなくとも、いずれ何らかの形で引き寄せられた、と言われた。


 助手の語る因縁話は、まさに怪談であった。

 聞く分には、末代まで祟るのも道理と思えたが、それと七代前の先祖の罪を背負い斎が死んだことは、別のことである。朝陽には、斎の死は理不尽と思えた。


 斎の死は、爆破予告と無関係の、古井戸に誤って落ちたための事故死、として処理された。

 心霊的な要素を取り除けば、ほぼ真実である。司法解剖上も酸欠死で、不審な点はなかったという。

 長年使われない井戸では、底の方に有毒ガスが溜まるなどした結果、酸素が薄いのは普通のことであった。


 斎の葬儀は、盛大に行われた。弔問客に同年代は、数えるほどだった。


 朝陽は代表の花頭(かとう)に代理出席を頼まれ、サークルの弔慰金と自分の香典を持って参列した。


 参列者は祖父や父の関係者ばかりであった。礼儀上厳粛な態度で臨んでいたものの、そこから悲しみを感じ取ることはできなかった。

 大人は鎮痛な面持ちで、ビジネスの話を進めることもできるのであった。


 芦足(あしだ)大学のサークルからは、代表の棚沢ではなく、別の幹部が代理として出席した。

 互いに黙礼を交わしたのみで、彼は最低限の義理を済ませると、そそくさと退出した。


 数少ない親族のうち、わかりやすく嘆き悲しむのは、斎の母親だけであった。

 祖父と父親は、衝撃のあまり、呆然としているようにも見えた。



 通夜と葬儀より以前、朝陽は彼らと対面していた。


 事故死による司法解剖のため、遺体が戻るまで少々期間が空いたのである。


 芦足大学生が、何故碰上大学のキャンパス内で死んだのか、という疑問について、表向きには、父も祖父もそこの卒業生であったから、ということで収まった。


 しかし、斎の母親は、朝陽を見知っていた。あの日、一緒に碰上大学へ行くことになった場面にも、立ち会っている。

 最後の様子を知りたい、と連絡が来た。


 朝陽に言えるのは、池の方へ行ったらしい、までである。風祭に呼び止められているうちに消えてしまったのだが、聞きようによっては見捨てたとも取れる。


 斎の死に責任を感じるだけに、どこまで責められるか、考えると怖くなった。我ながら卑怯、と思う。

 それで、祖父や父ではなく、朝陽のせいではない、と言ってくれた風祭を頼った。すると、竹野と一緒に藤河家を訪問する運びになった。


 風祭と朝陽の祖父と同様、斎の祖父もまた学生時代に新聞部だったという。二人の二年先輩に当たる。

 竹野との関わりは、わからない。


 日程調整も風祭に甘えた。そうして、朝陽が呼び出された先は、銀座のオフィスだった。


 斎の祖父と父が、経営する会社である。


 行ってみると、母親はおらず、祖父と父親だけが部屋にいた。


 社長室に通された朝陽は、風祭と竹野が一緒でよかった、と心から思った。

 斎のことを別にしても、彼の祖父には、前に立っただけで萎縮させられるような雰囲気があった。


 「初めまして」


 竹野は、彼らと初対面の挨拶を交わした。やはり、同席した理由はわからない。


 斎の祖父は風祭の姿に、顔を強張らせたように見えた。久しぶりだったせいかも知れない。風祭も緊張した様子である。互いに見覚えていた様子であった。


 一通り挨拶を終えると、秘書が湯呑みを運んできた。


 「呼ぶまで誰も取り継がないでくれ。込み入った話だ」


 斎の祖父は、秘書が退室した後に鍵をかけた。

 閉じ込められた。朝陽は動揺を抑えられない。


 「逃げませんよ」


 竹野が、軽い調子で言った。それだけで、朝陽の心が軽くなった。


 「これで、邪魔は入らない」


 斎の祖父が、応じた。聞かれて困るとすればこちらの方なのに、不思議と、言い訳じみて聞こえた。

 そして、朝陽は碰上大学に眠る埋蔵金の噂から、斎を誘い、姿を見失ったところまで、正直に話した。


 「それが、斎くんを見た最後でした」


 実際にはその後、斎の変わり果てた姿と対面している。しかし正確に、生きた姿、と形容することはできなかった。

 

 息をついたところで、祖父が何か言おうとした。遮るように、風祭が話を引き継いだ。


 斎の入り込んだ桜ヶ池が、たまたま封鎖された状態ですぐに入れなかったため、発見した時には古井戸の底で亡くなっていた、という表向きの説明である。

 遺族の彼らが、既に警察から聞いているであろう内容だった。


 心霊現象の要素は微塵もない。従って、(のろ)いの七代目の話も出なかった。


 「この度のことで、ご令息、ご令孫が亡くなられたことにつき、衷心よりお悔やみ申し上げます」


 とバッグから帛紗(ふくさ)を取り出したので、朝陽は慌てる。通夜か葬儀に行くつもりで、今日は用意していなかった。

 だが、今更どうしようもなく、竹野は何も出さず平然としている。朝陽も、そのままになった。風祭は通夜や葬儀に行かないのだろう。


 「これは、ご丁寧に」


 斎の父親が儀礼的に受け取って、脇へ置く。

 彼は、心が虚ろな機械のように見えた。朝陽の心が疼く。


 「ご質問がなければ、これで」


 竹野が、風祭に顔を向ける。風祭が頷いて席を立つ。


 「本日は足をお運びいただき、ありがとうございました」


 斎の父親が自動人形のように挨拶を述べる。祖父が口を開いた。


 「心霊学科なんて、何の役にも立たなかったな」


 朝陽は、その場に凍りついた。斎の父親も、固まる。急に、彼が人間らしく見えた。

 しかし、竹野と風祭は変わらなかった。まるで、そう言われることを予測していたみたいに、自然と聞き流した。


 「お役に立てませんで」


 竹野が返し、扉へ向かった。風祭に促されて朝陽が続く。竹野は自分で鍵を開けて、部屋を出た。


 「よかったんですか。その、もう桜ヶ池に近付いても大丈夫って伝えなくて?」


 地下鉄へ向かう途上、朝陽は恐る恐る風祭に問う。


 「聞かれなかったからな。この先、池に用もないだろ」


 答えたのは、竹野である。せいせいした、といった表情だ。初対面なのに、遺恨でもあったみたいだ。


 「きっとね、彼のお爺さんは、斎君が亡くなった原因を、よく()()()()()()と思うよ」


 風祭が、穏やかな顔を向けた。


 「だから、久松くんは、斎くんという友達がいたことだけ覚えていればいい。責任を感じる必要はないんだよ」


 朝陽は泣きそうになった。


 「因果応報ってやつだな。はっ」


 竹野が情緒の欠片(かけら)もない調子で笑い声を上げたので、涙が引っ込んだ。

 しかし、見上げた彼の顔に、笑みはなかった。



 俺は、大学へ出す報告書を、康明に打ってもらった。

 パソコン入力も苦手だが、手書きはもっと苦手である。しかも今回、長文にわたるのだ。

 それでダメもとで頼んでみたら、意外にも快諾された。

 自分も報告書を出す身なのに、親切なことである。


 実のところ康明は、真相を知りたいために引き受けたのだった。俺の報告書作成には、俺が彼に話をしなければいけない。情報と引き換えという訳だ。


 「じゃあ、本当に久松くんのせいじゃなかったんだね」


 鮮やかな手つきで入力しながら、康明が言う。彼のタイピングは、俺の猫パンチより早い。

 俺の話を聞きながら入力し、会話もする。


 「そうだな。先祖の乳母もそうだけれど、五代目に当たる藤河の爺さんも二人死なせているからな。その孫という血の近さも含めて、惹かれやすかったんじゃないかって、竹野の爺いが言っていた」


 死んだ藤河の祖父が若い頃にやらかした話は、久松に言っていない。


 「お爺さんは、自分で殺したんじゃないでしょ」


 「危ないのは知っていた。遅くとも、前回の異変が起きた時点で、誰かに打ち明けていれば、そこから辿って孫が死ぬまでに、何か手を打てた。祠の下の髪の毛を掘り出して始末するとか」


 「どうかな」


 カタカタカタ。

 康明は手を止めない。


 「祠の下にあった髪の毛は、乳母の身内が埋めたんでしょ。何でそんなことをしたかって考えると、藤河はここにいます、と言う目印と見せかけて、そこに怨霊を固定するためだったんじゃないかな。それを始末しちゃったら、好きな場所に行けるようになって、収拾がつかない」


 俺は驚いた。心霊能力を持たない康明が、説得力のあることを言っている。


 否。彼の場合、心霊現象を見たくないから見ない、という能力があるのだった。

 最近になって、竹野の爺いから聞いた。理加も大分後から知ったらしい。


 実に、ややこしい。本人は知らぬ話だ。

 でも、いつかは教えるべきだろう。


 「それ、お前の報告書のどこかに入れておけよ」

 「イケる考えだと思う?」

 「イケるイケる」


 カタカタカタ。


 「僕さ、心霊学科って、霊能力がない人にも、開かれていい、と思うんだよね」


 そうだな。康明のためにも、学科存続のためにも、そうした方が良い。


 「今の話を聞いたら、お前はあそこでやっていけると思ったよ。理加だって、入学してからしばらくの間、何にも見えなかったしな」


 俺は、ここぞとばかり、康明を持ち上げた。


 「え、そうなの?」


 タイピングを止めて、康明が振り向いた。食いついたエサが違う。

 そういえば、理加の子供達に、俺が猫から人になった時の話、ちゃんとしていないかも。


 「その話を聞きたかったら、まず報告書を仕上げてくれ。時間のある時に、話してやる」


 「聞きたい聞きたい」


 康明の打ち込み速度が、さらに上がった。

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