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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第七章 巡る因果
24/27

元ねこは作戦を開始する

 どん。


 桜ヶ池から、二度目の衝撃が起こったのは、朝陽と康明が、界島楓那(かいじまふうな)と揉めている最中だった。


 事情を知らない職員を誤魔化して再入構した二人は、身バレして(つま)み出されることを恐れ、ぐるりと大回りして、正門の方から桜ヶ池の裏手を目指して近付いたところ、界島の巡回区域に入り込んでしまったのだ。

 苦労が台無しである。


 「あんたたち、何やっているの!」

 「界島さん、僕は‥‥」


 如何にも担当者らしく、黄色い腕章を巻いている。そんな物をすぐ用意できる辺り、心霊学科の特殊性を窺わせた。


 効果は抜群だった。

 腕章をつけた界島は、それだけで偉そうに見えた。彼女は四年生で、学部や学校が違っても、二人より先輩である。まして、この緊急事態。助教授の息子である康明にも、本日ほぼ初対面の朝陽にも、遠慮なく叱りつけた。


 早くも正門まで閉め切られ、逃げ遅れた人が、脇の小門から、ぼちぼちと押し出される状況であった。

 物陰に隠れつつ、反対方向へ進む二人組は、控え目に言っても目立ったのである。


 行動だけ見れば、不審者そのものだった。


 「爆弾魔にされて、警察にしょっ()かれても、いいの?」


 大声で責めるので、扉で誘導していた警備員が、振り向いた。


 「わ、わしはジャーナリストとして」


 ごうっ、と界島の周囲で、小さな竜巻が起こった。


 「そういうのは、安全を確保してからにして」


 ガシャ、と金属的な音と共に、蜘蛛(くも)みたいな物体が、地面に叩きつけられた。


 「ドローン?」


 康明が呟く。


 「工学部の連中が、その辺に潜り込んで飛ばしているのよ。どうせまともに映らないのに。とにかく、あんたたちは、出るの」


 界島は、二人を押した。勢いに押され、大柄な朝陽も数歩動く。


 「言うこと聞かないなら、こっちで飛ばすよ」


 「飛ばす?」


 不穏な響きを感じ取った朝陽が、問い返す。


 どん。


 桜ヶ池から来た衝撃波が、朝陽たちを転がした。同じく転がった界島が、素早く立ち上がって池の方を見上げた。朝陽も釣られて、転がったまま首を持ち上げた。


 「ありゃあ、何か?」


 本日二度目である。界島がパッと振り向いた。


 「あんた、あれ見えるの? なら、康明くん連れて下がって。皆、注意して! 拡大する!」


 後半は、その場にいない誰かに呼びかけていた。

 朝陽は言われた通り、康明を連れて、門の近くまで下がる。界島も、朝陽の退避に合わせて下がる。

 警備員のおじさんが、不安そうに朝陽を見た。


 「あの、大体避難させたら、私も出ていいって言われてるんですけど、あなた方は?」


 「あ、僕らのことは大丈夫です。どうぞ、出て下さい。もし他の人が来たら、代わりに出しておきます」


 康明が笑顔で請け合った。当然ながら、誰の許可も得ていない。界島は、池の方に集中していた。

 

 そのせいもあって警備員は、自信満々の康明を素直に信じた。あからさまにホッとした顔で、小門を潜り出て行った。

 康明が、門に()()()()をかけた。朝陽を見る。


 「で、何が起きているの?」

 「え、逆にどう見えとるの?」


 朝陽の目の前には、先ほどまでの半透明の壁よりも、明らかに分厚くなった卵の殻みたいなものが、ぐっとこちらへ押し出され、周囲の道まで塞いでいた。

 はっきりとではないが、説明するとすれば、そんな感じの物が薄ぼんやりと見える。正確には、感じ取れる。


 「何も。いつもの通り、平和な景色。人は全然いないけどね」


 康明は平然と服の埃を払った。目線は朝陽からしたら、まるで明後日の方角にある。


 彼には、全然見えていないんだ。一緒に吹き飛ばされたのに。


 朝陽は、何故彼が助教授の母親と違う学部に在籍するのか、今この状況で構内から出されようとしたのか、そして、無謀にも戻ったのか、ようやく理解した。



 「サンキュー、にゃんた」


 ぼてっ、と池の傍に着地した竹野の爺いに、礼を言われた。


 「いや別に」


 何か照れる。日置も、その横で起き上がった。律の父親の方だ。


 「強うなっとりましたね」

 「勢力範囲が拡大しているかも」


 風祭が言う間に、竹野は藤野斎の死体を、ざっとあらためた。


 「表向きは、酸欠辺りだな。()ある?」

 「ないです」


 答えたのは、理加である。

 助けるつもりだったのだ。準備の時間が充分あったとしても、()()()など用意しない。


 「そうか」


 竹野は立ち上がって、俺たちと一緒に池の中央を見上げた。


 浮島が、生き物のように伸び上がっていた。


 泥でできた触手に例えればいいだろうか。

 てっぺんに(カツラ)よろしく盆栽風に剪定(せんてい)された低木が載っている。

 胴回りに当たる長い部分を、二重螺旋(らせん)のように白い霊体が取り巻いて、てっぺんの下辺で顔になっていた。だから、余計に木が()()()に見える。頭の形とも髪型とも合っていない。


 長い髪を振り乱した、女たちである。双方、同じ方角を見つめている。


 七代目は貰うた。いよいよ、あの狡賢(ずるがしこ)い五代目の番じゃ。

 六代目も忘るるな。


 「ああ」


 風祭が声を上げた。


 「銀座に、この子の父と祖父が、会社を持っていた」

 「銀座? 行く気か?」


 竹野が呆れた声を出す。確かに、浮島は一方を(かたく)なに見つめている。彼は、白髪頭に手を突っ込んだ。目は浮島の女たちから離さず、何事か考えている。

 そうしているうちに、池が動いた気がした。浮島が見つめる方角へ。


 竹野が頭から手を離した。


 「風祭君、そこの祠の下を掘ってみてくれ。律は、その間、彼が攻撃されないよう守る」

 「はあ。やってみます」

 「はい先生」


 「純一郎君と俺は、あの連中を倒す。すぐには無理だろう。後で、指示する」

 「わかりました」


 それから爺いは、俺に向き直った。


 「綾部理斗(あやべりと)。お前に、重大な任務を与える」

 「なになに?」


 長い付き合いの中、名前を呼ばれたのは、初めてであった。

 びっくりして竹野の顔を見直す。奴は真剣な面持ちでいた。


 「井戸の中に入れ」

 「先生!」


 理加が、抗議の声を上げた。


 「中って、酸欠で、あの子だって」


 と、藤河斎の死体を示す。竹野は揺るがなかった。


 「綾部、お前が繋げ。理斗がダメだったら、私が入る」

 「俺、やる。入るだけでいいのか?」

 「そんな訳ないだろ」


 竹野が俺の頭をぺしりと叩く。もう、普段の調子に戻っていた。


 「井戸の底に、あの二つの霊体に関わる何かが残っている筈だ。少なくとも二人分ある。それを見つけ出して、浄化する。無理なら、井戸ごと中から浄化する」


 「わかった。やってみる」


 「頼む。井戸の力を封じなければ、あの長い連中は、消せない」


 俺は理加を見た。理加の俺を見る目が、昔、俺が猫だった頃を思い起こさせた。随分と遠い記憶が出てきたものだ。


 風祭は、すでに祠に向かって何やら始めていた。掘る道具など持ち合わせておらず、呪力で掘っている。

 と、竹野を見た。


 「上の祠、動かしたら、まずいですかね?」


 一瞬だけ、竹野は考えた。にやりと笑う。悪い顔だ。


 「やっちまえ」

 「了解」


 風祭は律に声をかけて、手作業で祠を持ち上げた。重そうな石造りであるが、意外と簡単に持ち上がる。漆喰などで固定もしていなかったようだ。


 「よいしょ」


 少し奥まった場所に安置し、本格的に下を掘り出す。


 待て。

 何をしおる。


 「ほうら、来なすった。律、頼むぞ」


 竹野は風祭たちに背を向けた。相対するのは、泥触手である。

 奴らは、頭の辺りをこちらへ少し(ひね)ったかと思うと、いきなり距離を縮めてきた。


 「理斗も、入る用意をしておけ」

 「あ、ああ」


 そのままでは、高すぎて入れない。

 よじ登るのかと思っていた。考えてみれば、どろどろで崩れそうな()()を登るのは、至難の業だ。正直なところ、俺も足を突っ込みたくない。


 その間にも、植木のてっぺんが、こっちへ迫る。好都合である。


 ”Requiem aeternam dona eis, Domine, et lux perpetua luceat is‥‥”※


 日置がぶつぶつと、いつものやつを呟き出す。ちょっと長いのだ。

 俺は、間合いを測った。横で、竹野が印を結んだ。あ、急ごう。


 「臨兵闘者皆陣烈在前!」※※


 竹野が唱え終わるのと、俺が飛び上がって植木を掴むのとは、ほぼ同時だった。


 ぐわあああっ。


 奴らの悲鳴を間近に聞きながら、俺は木の下に開いた穴へ飛び込んだ。



※ ラテン語 主よ、永遠の安息を彼らに与えてください、そして、彼らを永久の光で照らし……の意味。聖書より

※※ 九字

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