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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第七章 巡る因果
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呪いの行く末

 芝居の舞台転換のように、ぱっと景色が入れ替わった。

 藤河斎(ふじかわいつき)は、我に返る。すっかり物語にのめり込んでいた。


 今見てきたものは何だろう。初めて見る幽霊の(たぐ)いまで、真に迫った情景であった。


 藤河と呼ばれる乳母が出てきた。あれが斎の先祖とすれば、相応の報いを受けたこととはいえ、恥ずべきことであった。

 子孫がいまだに桜ヶ池の話題を避けるのも、道理である。

 同時に、供養の気持ちがあれば、むしろ頻繁に(もう)でるべきではないか、とも思う。


 もしかしたら、祖父の矛盾した言は、ここにあるのかも知れない。

 つまり、先祖の罪を忘れないため、桜ヶ池を(よう)する碰上(ほうじょう)大学へ進学し、反省の意を込めて禁域を設けた。母校なのに、足を踏み入れられない場所がある、という罰である。


 迂遠(うえん)な話である。当たりだとしても、祖父の考えではあるまい。

 昔からの言い伝えだからこそ、辻褄(つじつま)の合わない箇所が出てくるのだろう。


 思いを巡らす斎の前に、新たな人物が現れる。


 もう一人の自分。

 と錯覚するほど、顔立ちも体つきも似ていた。しかし覚えのない服装である。髪型も野暮(やぼ)ったい。


 その人物は、二人の青年と向かい合っていた。二人とも、服装と髪型が、どことなく古臭い。メガネも揃って縁の太い、同じような物をかけていた。


 一応、現代人の服装である、という以外、取り立てて特徴は見出せない。斎は彼らを見ても、いつ頃の若者か、見分けることはできなかった。


 「本当に、来なくていいのか。藤河の家のお宝だろう?」


 向き合う青年の一人が、話しかける。やはり、自分と似た人物は、藤河といった。


 「いいんだ。立ち会えば、流石(さすが)に父の遺言に背くことになる。その代わり、掘り出したお宝を全部見せてくれ。昔、あそこで起きた事柄の、手がかりにしたい」


 藤河は笑わない。斎は、その表情に記憶を刺激される。これは、自分の顔ではない。しかし、知った顔である。声にも聞き覚えがあった。


 「いやあ。スクープが取れて、金も儲かったら最高だな、塚本」


 もう一人が、楽しげに言った。新聞か雑誌の記者らしい。言われて見れば、大きなレンズが前にくっついた、本式のカメラを、首から紐で提げていた。残る一人は、シャベルとスコップを両手に一つずつ持っている。


 「()()の記事は、扱いが難しいからな。じゃあ、そろそろ行くわ」


 塚本と呼ばれた男が、背を向ける。カメラを提げた男も(なら)う。その頭から何かが転がり落ちるのを、藤河が素早く拾い上げた。


 「林、落とし物」

 「おう」


 放り投げられたそれを、振り返りざま器用に受け取る林。


 「いい加減、耳にペン挟む癖を止めろ」

 「()()()っぽくていいだろ」


 林と塚本は、じゃれ合うように会話を交わしながら、前へ進んでいった。その先にあるのは、斎の知る桜ヶ池である。

 周辺に木が生い茂り、池そのものは、そこから見えない。そして、奥に屋敷も見え隠れしない。屋敷など、そもそも存在していなかった。


 藤河はその場に立ったまま、二人が木立ちの奥へ消えるのを、じっと見守っていた。

 恐る恐る、足を一歩踏み出す。


 と、池の周囲に風が吹いたような、木の葉ずれの音が立った。慌てて足を引っ込めた彼は、しかし立ち去ることもなく、目を凝らして木々の向こうを透かし見ようとする様子だった。


 斎も、遠くから藤河を見守る。


 と、藤河の前に、突如二つの人影が出現した。先の青年たちとは、まるで別物である。

 二つとも宙に、浮いていた。これは、人ではない。


 藤河は、その場に凍りついたように動かない。斎も、全身が強張る思いだった。


 女、であろうと思われた。いずれも、腰まである長い髪を伸ばし切りにし、白い着物の下には、胸の膨らみがあった。髪が垂れかかり、顔の造作は見えない。


 「お前か。我らを供養するどころか、手下を用いて(ほこら)を荒らさんとするは」

 「卑劣な(さが)は、代を重ねても変わらぬの。これも(ごう)の深さぞ」


 共に女の声である。歯軋(はぎし)りの音がギリギリと、斎の元まで聞こえてきた。


 「()()()か。口惜(くちおし)しきことに、まだ取れぬ」

 「あと二代の辛抱じゃ」


 女たちが、ゆっくりと顔を持ち上げる。斎には見えないが、藤河には、それらの顔が見えてしまったようだ。


 「ひ」


 発した短い声を聞いて、急に斎は思い当たった。祖父である。これは、祖父が大学生であった頃の出来事だ。

 これまでに、祖父から、これに類する話を聞いたことは、なかった。


 青年の正体が知れたところで、目の前で繰り広げられるやり取りを、現在の斎が見せられる意味は、わからない。

 

 斎の戸惑いをよそに、祖父と妖しの女たちとのやり取りは続く。


 「供物にはならぬが、手下は貰ってやろう。これは(おの)が罪じゃ」

 「祖先に加え、重ね重ね犯した罪の大きさを、その(まなこ)で見るが良い」


 女の人影は、出現した時と同じく、唐突に消えた。


 祖父は、金縛りが解けたように、くるりと(きびす)を返し、脱兎(だっと)の如く走り出す。

 何もない場所で(つまず)き、転びそうになるのを堪えると、ふと横を向き、急に背筋を伸ばして速足に変えた。

 ほとんど、走る速度である。


 その背中を見送った斎は、池の周辺に目を転じた。中学生くらいの男子が、やはり踵を返して時計台の方向へ去るところであった。

 と、その背中が、当て身を喰らったように転がり出す。


 男の子だけではなかった。池の周囲にいた人間が、一斉に倒れた。

 まるで、池から大量の風が、噴き出したようであった。


 「()()()だな」

 「首を長うして待ち望んだぞ」


 つい先ほど聞いた声が、耳元に気配を現した。


 全てが繋がった。


 祖父が五代目ならば、自分は七代目である。


 『七代末まで祟ろうぞ』


 斎は、自分の運命を悟った。



 (りつ)とお手手繋いで入った先に、竹野(たかの)風祭(かざまつり)日置(ひおき)も、そして理加までも、ちゃんと全員が揃っていた。

 俺は安堵して手を離した。


 「揃ったな」


 タバコを指で回していた竹野が、それを仕舞い込む。火は点いていない。


 「吸うつもりだったのか?」

 「面白いかもな」

 「やめて下さい」


 理加と日置が声を揃えて止めた。二人が学生時代の頃を思い出し、なんだか懐かしい。


 改めて、周囲を見渡す。


 桜ヶ池に被さるように生い茂っていた木々は、綺麗になくなっていた。

 池まで真っ直ぐ見通せる。浮島には盆栽のように植木が残っている。

 池の淵にある祠も見えた。


 柔らかな日差しが上から降り注ぐ。ここだけ、外の喧騒とも蒸し暑さとも無縁である。穏やかな風景だった。

 先に入った、という学生の姿は、見当たらない。


 「島に上陸するしかない。長靴を履いてくれば良かった」

 「長靴じゃ足りないでしょう」


 竹野と風祭が言葉を交わすと、風祭が池に向かって手を動かす。

 池の水面にさざ波が起こり、やがて左右に割れた。


 「『天地創造』みたい」


 律が感想を漏らす。大袈裟だな。


 「底の泥が深いから、誰か除けて」


 風祭が言った。理加が仕方なさそうに、見えない手で泥を掻き分けた。

 俺と同様、理加の力の源が猫だから、手が濡れる仕事を嫌うと見える。実際には手が汚れることはないのだが、本能みたいなものだ。


 泥は風祭が警告した通り、結構深かった。理加が左右に寄せた泥は、風祭が作った水の壁を、半分以上覆い尽くした。


 「とっとと渡ろう。前回はあれが暴れたからな。それから、律は残れ」


 竹野が先陣を切った。日置が続く。俺も仕方なく進んだ。岸に残るのは、理加と風祭と律である。

 こういう場で、理加と離れるのは不安だ。でも、理加が少しでも安全そうな場所に残った方がいい。


 浮島といっても、小さな池の中央にある、盛り上がりである。木も生えている。

 大の大人が三人も乗る余地はない。かろうじて、縁につま先立つ感じである。


 特に何かが暴れることもなく、無事に着いた。水と泥の壁が、どべしゃっ、と落ちた。

 もう、池に落ちる訳にはいかない。


 先に行った二人が、中央を覗き込んでいる。


 「これが例の井戸か。埋めたら枯れるかな」

 「とりあえず中身を出しましょう」


 追いついた俺を、二人して見た。


 「ねこ、中の奴を出せ」

 「理斗、引き上げて」

 「何が入っているの?」


 覗こうとして、止めた。見る前から、何があるか、わかってしまった。

 俺は、黙って言われた通りにした。

 集中力を高め、中の物を掴むようにする。

 大きさの割に、軽かった。


 俺は、熱海で俺たちを追い払った、藤河斎の遺体を、浮島の上まで引き上げた。

 あんまりいい表情じゃなかった。


 上に生えた木に引っ掛けながら、苦労して出した遺体は、そのまま平行移動で理加たちのいる端へ送り届ける。

 理加に見せたくないが、仕事だから致し方ない。


 「間に合わなかったか」


 理加が無念そうに言う。康明と同じ年頃だ。母親として、身につまされるのだ。俺だって、同じ気持ちだ。

 竹野や風祭は、予想していたようだ。


 「下に色々溜まっとったやろし、普通にあかんかってな」

 「そうしたら、後は()()()して、埋め立てを」


 言いかける日置と竹野が、吹っ飛んだ。俺も。

 咄嗟(とっさ)に、二人に防御を張る。竹野の爺いは年寄りだ。ぶつかっただけで死にかねない。


 俺たちをぶっ飛ばしたのは、浮島だった。


 まるで生き物のように、ぐいいんと伸びて、先端を(ねじ)るように回転させたのだ。同時に、俺たちが使うような力を、周囲へ一気に放出している。


 風圧で、どん、と音がした。


 その下部は、水面の下まで繋がっていた。

 ちっとも浮いていなかった。命名詐欺である。


 「やっぱりまた暴れやがったか」


 飛ばされながら、竹野が叫んだ。

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