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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第六章 碰上記
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井戸

 さらに幾月か過ぎ、朝には外の手水(ちょうず)が凍る季節が巡ってきた。

 井戸で果てている(きぬ)を見つけたのは、美与(みよ)であった。


 同じ女中部屋に布団を並べておったのが、目覚めた時には寝床が空で、姿の見えないまま、朝餉(あさげ)(とき)を過ぎても行方が知れないところから、女中頭の命で、数人の人手を割いて探す折りであった。


 夜の間に布団を抜け出したと見える。いつのことだったか、誰も気づかなかった。


 絹は凍らぬ井戸水の中から、天を仰いで息絶えていた。

 村の出であったが、泳げなかったのかも知れないし、力尽きたのかも知れない。


 その井戸は、庭の隅にあり、暑い時期に植木の水やりなどに使う他は用もなく、誤って落ちるとは考えられなかった。

 書き置きなど見つからなかったものの、庭に通じる雨戸が一枚開いていたこともあり、自ら出向いて落ちたものと察せられた。

 念の為と呼ばれた医師の見立ても、溺死ということであった。


 絹の美しさは、碰上(ほうじょう)の殿も奥方も目に止めており、死去の報に接して涙を浮かべた、と誰かが見てきたように言っていた。

 いずれは、お手つきとなり、後継の男児を産んだかもしれぬ、などと、まことしやかに語る者もあった。


 主人方には、自ら落ちたことは伏せ、誤って溺死したとのみ話した、とこれは後から女中頭の出海(いずみ)から、一同にお達しがあった。すなわち箝口令(かんこうれい)である。


 村から庄屋(しょうや)や、斡旋元(あっせんもと)口入屋(くちいれや)と共に引き取りに来た、絹の両親に対しても、主人方と同じように説明された。


 美与は、絹の手回り品をまとめた流れで立ち会ったのだが、老いた父母の嘆きは見るだに辛かった。


 絹が、乳母の藤河のいびりに耐えかねて身を投げたのは、明らかだった。


 事実を告げぬことにも心は痛んだが、ただでさえ悲しみ嘆く両親を前に、追い討ちをかけることもまた、美与には致しかねた。

 そのことは、乳母と女中頭、引き上げた男衆、医師との間で話し合われて決めたこと、とも先に出海から()かれていた。


 取り決めは、藤河の力というよりは、主や両親に、余計な悲しみを背負わすまいという思いやりからなされたもののようであった。

 しかし結果として、乳母の意向に沿う形で、主人に隠し事をなした故に、真面目な女中頭の威勢を()ぐことになった。


 藤河の態度は、その頃より、横暴さが目に立つようになった。


 標的となったのは、美与である。


 もとより、絹と親しい仲ゆえに、手下の朋輩(ほうばい)からつまらぬ意地悪をされていたのが、絹の死後、大手を振って嫌がらせを受けるようになり、藤河自らも加わるようになったのである。


 美与は、生前の絹から時折愚痴を聞いていたものの、自らの身に降りかかって、初めて友の辛さを味わった。


 女中頭の出海は、美与を(かば)わなかった。というのも、嫌がらせのせいで、美与は命じられた仕事もまともにこなせぬことが増え、覚えが悪かったのである。


 その原因が藤河にあることまで知っていたかどうか。

 知ったとしても、よほどのことでもない限り、藤河に遠慮して、美与の肩を持つことまでは、しなかったろう。


 というのも、絹の死因を主に隠したことで、やはり気が(とが)めているのである。

 あるいは、話し合いの席で、女中頭としての監督責任を、問われたのかもしれない。


 元凶が他にあっても、女中として任ぜられている以上、上役としての責は、(かしら)にある。


 (たばか)りの元である藤河の方は、むしろ(みそぎ)を済ませたかのように、晴れ晴れと威勢を高めているのに、罪のない側が縮こまるとは、おかしな理屈であった。


 決死の覚悟でお上に訴えたとして、美与は武家の出とはいえ身分は低く、伝手(つて)のない一介の女中に過ぎない。

 一方で藤河は、公家の縁を持ち、奥方の覚えめでたい姫君の乳母である。主の前で、どちらに信用があるかは明らかである。


 美与にとっても、女中の仕事をまともにできないことは、嫌がらせそのものよりも(こた)えることだった。


 成果を出せなければ、仕事を振り分けてもらえない。仕事をしなければ、挽回(ばんかい)の機会も失われる。暇にしていると、穀潰(ごくつぶ)しと(ののし)られる。勝手に動けば(しか)られる。


 美与はいつの間にか、三度の飯もまともに与えられぬまま、通りすがりに蹴られたり小突かれたりする立場に成り下がっていた。

 自らも、他の者を真似ることすら難しいことに思え、何をして日を過ごしたか、わからぬ有様であった。

 暇を取らされる、すなわち馘首(くび)にならなかったのが、不思議なほどであった。


 それもまた、絹の死に関わりがあった。


 女中が頓死(とんし)したばかりの屋敷から、中途半端な時期に辞める女中が出れば、(あるじ)も気にして詳しく事情を訊くであろうし、その流れで真相が漏れる恐れもある。


 そうでなくとも、使用人の出入りは噂になりやすく、屋敷の評判にも及ぶことであった。


 とりわけ絹は、近隣の武家屋敷に勤める使用人はもちろんのこと、若い中間(ちゅうげん)や武家の間にまで響く評判の美貌であった故に、事故死の報は(またた)く間に広まり、また長く口の()に上ったのであった。


 口さがない連中の間では、実はそれが真相であったのだが、妬まれいびり殺されたのではないか、とまで冗談半分に語られることもあり、噂のほどは藤河の耳にまで届いたであろう、と察せられる。

 罪に(おび)えぬ乳母であっても、人の噂には(さと)くあったのである。


 美与にしてみれば、いっそのこと馘首でも何でもしてもらい、屋敷から離れて新たな奉公先なり、嫁入り先なりを手繰った方が幸せであったが、斯様(かよう)な訳で、失意と無為の日々を送っていた。


 そうして季節は過ぎ、盆の月を迎えた。

 少し前より、ちらほらと、怪しの噂が女中の間に回っていた。


 屋敷の薄暗い廊下で人魂を見た。

 (かわや)に白い影が、すうっと横切るのを見た。

 夜に庭を誰かが歩き回る音がした。


 皆、口にせずとも、同じ面影を思い浮かべていた。


 表立って騒ぎ立てないのは、藤河を(はばか)ったのである。


 乳母にも、これらの噂は伝わっていた。


 そして、当然ながら、良い顔をしなかった。


 たとえ絹のことがなかったとしても、童女を世話する立場としては、屋敷内の怪異など、邪魔以外の何者でもない。

 怪談を耳にした子どもが、今更ながらに夜厠へ行くのを嫌がったり、夜尿などしようものなら、主の注意を引くし、沽券(こけん)にも関わる。


 今や、真に穀潰し同然の生活を送る美与にも、噂は知られていた。というのは、藤河のいびりがこの頃一層ひどくなったからである。


 どうやら乳母は、噂の源を美与と一人決めしたようで、その一事を(もっ)てしても、改めて絹の死の原因は、かの者にあった、と遠巻きに見る者は思うのであった。


 美与にはもはや、いびられようがいびられまいが、さしたる感もない。


 命を守るために心を閉ざしたのである。あるいは、壊れかけていた。


 この美与も、噂を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、絹の姿である。


 しかしながら、この女中、怯えるより先に、会いたいと願ったのであった。

 むろん、口には出さない。出したとて、聞く者もおらず、聞かれたとて、(わら)われるのがオチである。


 否。絹ならば、まともに話が出来よう。そのような心持ちで、美与は、幽鬼との邂逅(かいこう)を求め、噂の場所を巡るのであった。


 そして遂に、願いを果たしたのである。

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