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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第五章 妖変桜ヶ池
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現場突入

 「僕、心霊学科の綾部助教授に呼ばれて来たんです」


 と、康明は、学生証らしいものを示した。男性職員は、一目で態度を変えた。

 親の立場を利用した嘘だが、朝陽は口を噤んでいた。下心あってのことである。


 「どうぞ急いで中へ。そこの人は?」


 康明は振り返った。朝陽はすかさず駆け寄った。


 「わしも」

 「連れです」


 冷たく切り離されることも、覚悟していた。だが康明は、口添えしてくれた。そこで、朝陽は一緒に構内へ戻った。


 背後でガシャン、と扉が閉まった。



 俺たちが桜ヶ池の前まで来ると、竹野(たかの)の爺いがタバコをふかしつつ、池を向いて立っていた。

 定年から随分経つが、年齢の割にはしっかりして見える。前回会ったのは、数ヶ月前の四柱祭だ。


 「皆、元気そうだな」


 こちらから呼びかける前に、ゆっくりと振り向くと、盛大に煙を吐いた。


 「先生、構内禁煙です」


 理加が指摘する。


 「前回の()()は、守りの力だったのかもな」


 竹野は、直接応えなかったが、尻ポケットから携帯灰皿を出し、そこへタバコを突っ込んだ。


 「植物の異常繁茂ですか」


 風祭が会話を引き取った。


 途中まで一緒に来ていた桐野たちが、いつの間にか散開して、俺たちの背後には、鄭哉藍(チェン セイラン)だけが残っていた。


 「竹野名誉教授、ご無沙汰しております」


 竹野は笑顔を見せた。


 「おお、セイラン。お前の活躍は、大貫からも聞いているぞ」


 鄭も笑顔を返した。互いに手を差し出す。二人が握手すると、火花が散った気がした。


 「光栄です。では、任務に戻ります。先生も、ご無事で」


 「ありがとうな」


 鄭を見送り、竹野が俺たちの方を向く。もう、真面目な顔に戻っていた。


 「竹野先生、こんな時に」


 律が、(たしな)めるような調子で言う。竹野が律に、手を差し出した。


 「挨拶しただけだ。習慣だよ。律も、するか?」


 「いいえ。止めておきます」


 断られて、竹野はあっさりと手を引っ込めた。


 「さて、と。純一郎君を待つ間に、先に我々が入れるかどうか、試してみようか」



 桜ヶ池の周りに俺たちが張った結界は、跡形もなく消えていた。


 代わりに、壁が立っている。ただし、心霊能力のある者にしか、見えない。だから、パニックにならずに済んでいるが、避難の説得も難しいのである。

 半透明な壁が、池を包むように存在していた。


 俺たちは連れ立って、池を一周してみた。

 桐野たちが、それぞれ持ち場についているのは、確認できた。肝心の壁の切れ目は、確認できなかった。


 元の場所へ戻ると、日置純一郎が自転車に(またが)ったまま、鄭と話していた。


 「竹野先生も、風祭先生も、来てくださって、ありがとうございます」


 俺たちに気付いた日置が、やってきた。その辺に乗り捨てた自転車を、鄭が几帳面に、建物の側へ移動した。俺は日置の代わりに、心の中で、鄭に礼を言った。


 「爆発予告ということで、退避をお願いしました。警察も、桐野さんを通して連絡を入れたので、事情を飲み込んで警備してくれる筈です。ただ、病院からは入院患者を動かすのを拒否されて、外来を閉めただけです」


 日置は自転車どころではなく、早口に状況を説明した。桐野というのは、壹夏(いちか)の両親のどちらかだろう。どちらも警察関係者なのである。


 「今回は仕方ないよ。病院は、桜ヶ池から距離もある。前回レベルの異変にならなければ、大丈夫」


 風祭が言う。竹野は何も言わない。奴は元々医者だ。病院側の事情も理解している。最悪、どうなるかも見通しているに違いない。


 「教授も揃ったことだし、行ってみましょう」


 理加が催促した。何だかんだするうちに、異変が起きてから三十分以上は経っている。中へ入ったとされる普通の人間を救出するには、遅すぎる気もする。


 変化がないのは吉兆だが、異変が起きた時点で、手遅れだった可能性もある。いずれにしても、行かねば始まらない。


 「入れるのかな」


 「入れるとは思う。出られんかもしらんけど」


 俺の呟きに、日置が返す。


 「元を断てば、出られるよね」


 律が口を利いた。父親が戻って安堵した様子だ。能力も見込まれ、志願したとはいえ、一人だけ学生である。普段の彼からは想像もつかないが、緊張していたと見える。さっきも、竹野の爺いに突っかかっていた。


 俺たちは、揃って壁と対面した。日置も言ったように、池を周回する間に、何となく結論を出していた。


 「じゃあ、余命僅かな年寄りから」


 一番乗りで手を伸ばしたのは、竹野である。すうっと手が飲み込まれ、こちらからは半透明で景色が見えるにもかかわらず、向こう側の手だけ消えた。

 竹野は俺たちに手本を見せるように、足を差し入れ、頭、体と全てを壁に預けて、消えた。


 壁を通して見える景色に、変化はない。


 「すると、次は僕の番だね」


 風祭が、平泳ぎするみたいに両手を差し込み、壁の向こうへ消えた。日置が律を見る。


 「先に行く。間を空けるな。()れるかもしれへん」


 頭から突っ込んで、消えた。思い切ったことをする。


 「理斗。律君を頼むね」


 理加は足から入って行った。考えたら、それも大胆な入り方だ。踏み入れた先の足元が、地面とは限らない。

 ここから見える景色に、理加は存在しない。早く、理加を追わねば。


 俺は、律を見た。


 「手、繋いで入ろうか」


 「え。キモッ」


 言いつつ、手を出す律。彼のことも、子供の頃から知っている。俺にとっては、萌衣や康明と同じである。

 繋いだ手が、記憶にあるよりもがっしりとして、確かに違和感がある。彼もまた、成長したのだ。


 俺たちは、並んで壁に、めり込んだ。



 耳が、おかしくなったみたいだった。


 藤河斎(ふじかわいつき)は、何度か唾を呑み込んでみたり、軽く耳の辺りを掌で叩いてみたりしたが、蝉の声も、自分の足音も聞こえないのは相変わらずだった。


 普段はイライラするほどうるさい蝉の声も、急に、全く聞こえなくなると、不安になる。


 音が途絶えたのは、木立の間に入った辺りだった。

 池の周りには、椿や松といった常緑樹が多く植えられている。蝉の好みではないのかもしれない。松の樹液など、いかにも苦そうである。


 不安を抱えつつも、斎は引き返そうとは思わなかった。不安の根底には、祖父の言葉がある。


 桜ヶ池に近寄るな。


 今のところ、少しばかり異様な静けさ以外に、おかしなことは起こっていない。そういえば、昔、正反対の言葉を聞いたような気もする。


 斎には何かがついていて、桜が復活するとか何とか。記憶は曖昧だ。池の話と関係ないかもしれない。


 久松がスクープを狙う埋蔵金の話は眉唾物だろうが、歴史ある碰上家の庭園は、散策するだけでも十分に価値を感じられた。普通に史跡として取材しても面白いだろうに。


 やがて、前が(ひら)けてきた。


 池の周辺は土が見えて、飛び石の向こうに伝統的な日本家屋が見える。


 立派な屋敷である。

 濡れ縁と廊下を仕切る障子は開け放たれ、襖の模様が一続きになっているのがよくわかった。


 全開の廊下の隅に、人がいた。

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