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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第五章 妖変桜ヶ池
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構内封鎖

 縊鬼(いき)は、鬼と書くが怨霊である。

 中国では、昔、霊が成仏するため、同じ死に方をした、身代わりが必要と考えられていた。それで取り憑いた後、首吊りさせるのが、縊鬼である。


 縊鬼と呼ばれる存在は、日本にも存在した記録がある。それが中国由来のものか、日本で独自に発生したのかは、不明だ。


 康明の言うのは、桜ヶ池の元凶が女中の縊鬼ならば、殺し損ねた乳母の子孫である藤河孫を縊死させることで、成仏する、ということである。


 俺の乏しい記憶にある縊鬼は、殺す相手ではなく、殺し方に執着する。

 乳母の血筋にこだわる時点で、縊鬼とは違う、と思う。


 「なるほど。縊鬼ではないかもしれない。だが、藤河斎君が()()()()()()と思われる時点で異変が起きたことを考えると、『女中説』自体は有効だ。いずれにしても、彼を放置できない」


 俺の意見に、理加が同意した。康明が、ほっとしているのは、自説がまだ有効だからだ。その脇でも、久松が息を吐く。

 友人が巻き込まれた事態が、想像の斜め上を行き、責任に押し潰されそうな様子だった。


 「とはいえ、うちの学生を危険に(さら)すのも」


 「僕、入れますよ。父の許可取ったんで」


 (りつ)が入ってきた。大人しいと思っていたら、日置(ひおき)と一緒に外へ出ていたのだ。


 「綾部先生、私も入ります」


 鄭哉藍(チェン セイラン)が言う。他の学生も、口々に入る入ると挙手をする。

 この場には、律と鄭を除くと、四年生ばかりである。互いに譲り合う気はない。


 「楓那(ふうな)ちゃんは、勘弁してくれないか」


 風祭が口を挟んだ。彼は界島(かいじま)の伯父である。姪が抗議する前に、理加が制した。


 「君たちの意欲は、ありがたく受け取る。実際、君たちの助力が必要だ。だが、池に入るのは、日置君だけにする。他の者は、周辺の警戒に当たって欲しい。日置君が見た時も、異変は池周辺だけだった?」


 鄭が抗議しかけたところへ、律が被せるように説明を始めた。


 「はい。力場が桜ヶ池周囲の植栽を含む一帯を、取り囲んで発生していた他、異常は見られませんでした。植物も、そのままです。でも、電話が通じず、父は事務棟まで足を運びました。今頃は、病院へ回っている筈です」


 能見(のみ)カミラが、スマホを取り出し、操作した。画面を見つめ、こちらへ向ける。

 圏外表示が、見て取れた。俺も内線の受話器を取った。何も聞こえない。


 「キャンパス外への退避は、どうなったの?」


 「ダメでしょうね。()()、普通の人には見えないし。事務長が言うには、数時間から早くて半日。病院は、別途指示が必要です」


 「すると、竹野(たかの)先生とは?」


 「構内抜けたら繋がるんで、そこから連絡しました。もうすぐ、着くんじゃないですか」


 理加は指折り数える。理加、俺、律、日置、風祭の爺さん、竹野の爺い。戦力として鄭も欲しい、と思ったら、理加と彼の目が合った。


 「綾部助教授、私は」


 「うん。今のところ、桜ヶ池の異変は限定的だけれど、前回は碰上キャンパス全体に及んだ。もし、異変が拡大した場合の対処を任せるために、外側にも、判断力と能力のある者を残したい。桐野君たちと、協力してくれるかな?」


 「はい。わかりました」


 鄭は、納得したようだった。不満そうだった界島も、それで落ち着いた。


 「では、内側へ入るのは、私と理斗、日置君、風祭先生、間に合えば竹野先生と日置教授の六人。外側で待機及び異変の拡張が確認された際の対応は、桐野君、界島君、永木君、能見君、鄭君にお願いします」


 次に理加は、久松を見た。


 「久松君。あなたは、敷地から出て。藤河君を救出したら、連絡する。康明、彼の避難誘導を頼む。お前はその後、絹子叔母さんとお父さんに、事情を説明しておいて」


 「わかりました」


 理加は、ぱん、と手を打ち合わせた。


 「では、各自準備を。出来次第、行動を始めます」



 久松朝陽(ひさまつあさひ)が、おかしな光の膜だか壁だかを目撃してから、二十分ばかり経っていた。

 救助活動を始めるには遅過ぎる気もするし、災害への対処としては早い方とも思えた。


 先導する康明は、先ほどの会話から推察された通り、綾部助教授の息子であった。


 「綾部さん、も、碰上大学の学生なんですか」

 「はい。僕は法文学部の方ですが」

 「じゃあ、やっぱり代々決まって」


 「僕も姉も碰上ですが、父も父方の祖父も違う大学でしたよ。学費は安いし、通学も楽なんです。進学も、進学先も、親から特に勧められたことはありません」


 朝陽の場合、サークル費用こそバイトで賄っているが、受験費用から入学金、授業料、家賃に至るまで、全て親掛かりである。安いかどうかなんて、考えたこともなかった。


 もしかして、祖父や父が碰上を勧めたのは、経済的な問題も、あったかもしれない。

 進路を決めるに当たって、誰も、お金のことだけは言わなかった。ありがたいことなんだろうな、と朝陽は思った。


 康明は建物を出ると、正門とは別の方へ歩き出す。

 桜ヶ池はすぐ近くにあった。先ほどまで一緒だった、心霊学科の学生がいた。

 綾部助教授たちの姿は見えない。既に、()()の内側へ入ったのか。


 「こっちへ行くんですか?」


 康明が振り返った。


 「はい。構内から最短で離脱できます。正門へ回りたいなら、出口を左へ塀沿いに進めば、そのうち見えます」


 正門と比べれば、如何にも裏口へ通じそうな、暗い感じの坂道を下る。ただし、車が余裕で通れる道幅であった。


 道端に、三毛猫の親子が(たたず)んでいる。池の方を見ていたのが、人の気配に振り向いた。朝陽の足が止まった。

 数歩先を行く、康明が気付き、戻ってきた。


 「あれは、昔からあの辺りへ住み着いています。代替わりしているかもしれないけれど。猫、好きなんですか?」


 「どちらでもありません。それより、綾部さんは、本当に帰るつもりですか?」


 構内に留まる猫を見て、朝陽は、自分だけ安全圏に出されることに不満が募ってきた。自分は、当事者なのである。

 誘った友人が、危険に晒されている。卑怯にも見捨てるようで嫌だった。


 それに、異変を取材するのが、ジャーナリスト魂である。

 挑発的な物言いをしたのは、一人で残っても、何もできないと自覚があったからだ。

 構内の案内人としても、桜ヶ池の伝説を探る協力者としても、康明はうってつけだった。


 「もちろん、帰りますよ」


 康明は出口へ向かって歩き出した。なす術もなく、朝陽が後を追う。


 「迷惑なんですよ。解決能力もない、自分を守ることもできないのに、感情だけで危険な場に留まるなんて」


 朝陽がついてきていることを確認し、康明が言い切る。朝陽は内心を見透かされたように感じた。まだ、彼にはジャーナリストとしての誇りがある。


 「しかし、真実を発信せんと」


 「どうやって? 構内は通信が途絶えている、と言われましたよね? 久松さんは学生で、この取材は、依頼を受けたからではない。ここであなたが勝手に命を落としたら、逃がそうとした母や風祭先生の判断を無駄にした上に、あなたの死の責任まで負わせることになるんですよ。仕事として取材するなら、せめて責任を取る準備を終えてからにしてください」


 先ほどまでとは別人の強い口調で指摘され、朝陽は反駁できなかった。

 気付いたら、門から出ていた。康明の足が止まる。


 「さあ。まずスマホを出して、ご家族に、今の状況を伝えてください」


 「何じゃて?」


 口で反抗しつつ、朝陽の手は素直にスマホを取り出していた。


 「久松さんが、勝手に動くかもしれないので、僕としては、あなたがひとまず安全な構外に避難した、()()が欲しいのです。説明文ぐらいは、考えられますよね?」


 わざと挑発的に言うのは、仕返しだろうか。いや。康明も、焦っているのだ。


 気付いた朝陽に、落ち着きが戻ってきた。これまで、自分の状態も、わかっていなかった。康明の言い分にも、一理ある。


 まず、スマホの通信状況を確認する。問題ない。

 ふと、すぐそこにある門の内側へ、スマホを差し入れたら、どうなるか、試してみたくなった。

 だが、目の前で康明が頑張っている。朝陽はひとまず諦めて、祖父に電話を入れた。


 「おう。風祭には会えたか?」


 祖父は、すぐに出た。

 進路では揉めたが、孫のために、仲介の労を取ってくれた。他にも、何かと世話になったことを思い出す。根から嫌いには、なれない。


 今日に限って、やたら感謝の念が起きる。これは、死亡フラグというものでは?

 朝陽は、自分がしようとしていることと関連付けて、喉が絞まる心持ちがした。


 「うん。会えたけど、ちいと事情があって、話は後日になった。今、帰るところ」


 「そうか。残念じゃったな。気いつけてお帰り」


 切られそうになる。朝陽は、急いで口を開いた。


 「爺ちゃん。それで今、桜ヶ池が異変を起こしたみたいなんじゃ。俺、もっぺん入って取材してくるけえ」


 ガタゴト、とスマホの向こうで、大きな音がした。


 「もっぺんって、われ、入れるんか?」


 声も大きい。朝陽は、スマホを耳から離した。


 「おおかた、入れる思う。実は、友達が出てこんようなってしもうて、心配で」


 「つまらん、つまらん! 林先輩らも、それで帰ってこんかったんじゃ、死んでまう」


 祖父の必死さが、声だけで伝わった。


 「無理はせんけえ。父ちゃんたちにも伝えといて」


 朝陽は通話を切った。すぐ祖父から着信したので、応答拒否した。急に、静かになった。


 目の前の康明も、スマホを取り出している。通信文を打っていたようだった。

 通話より、文字にすれば良かったんだ、と遅まきながら気が付いた。


 ギイイイイッ。ガラガラガラガラ。


 すぐ側で起きた大きな音に、飛び上がった。その横を、康明が駆け抜ける。


 門の扉を、男性が閉めようとしていた。こんな大きな門に扉があったことにも、朝陽は気付いていなかった。見えていないことが多すぎる。


 「待ってください、入ります」


 「すみません。緊急事態で、これより立ち入り禁止になります」


 男性は、汗まみれで、息を切らしていた。

 首から下げたストラップの先が、胸ポケットに入っている。大学の事務職員らしかった。

 背後に、自転車の置かれているのが見えた。あれで、ここまで飛ばしてきたのだ。

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