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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第四章 埋蔵金伝説
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呼ばれる

 銀座から碰上までは、地下鉄なら乗り換えなしで()()()まで行くことができる。正確には、構内の行き先により、最寄駅が変わるのである。


 斎がそれを知っているのは、祖父か父が、会社を創立した際、そのことに(こだわ)った、と自慢げに話していたからである。

 結果的に、地の利もあったが、母校との接続はあまり関係がないように思われて、違和感と共に記憶に残ったのだった。


 久松と降りたのは、正門に近い方の最寄駅だった。同じ並びに、江戸時代大名屋敷だった頃の名残である、木製の門が建っている。


 「今日は、桜ヶ池で異変が起きた時、爺さんと同じ新聞部におった人から、話を聞かせてもらう約束をしとる。ちいと時間が早いけえ、先に現場を見とこう思うてな。斎は、離れた場所で待っとったらええ」


 何の感慨もなさそうに碰上の正門をくぐりながら、久松が言う。


 「僕、一緒に行っていいの?」


 「ええんじゃないか? 斎の爺さんも碰上出身じゃろ。ひょっとして知り合いかも」


 久松の祖父と、その人が、どれほど親しい仲か知らないが、斎とは初対面である。

 常識として、面会の約束を取り付けていない人間が、同席する理屈はなかろう。そのせいで、欲しい情報が取れない可能性もある。


 しかしここまで来てしまった以上、顔を見た途端に立ち去るのも、また失礼である。落ち合う場所にもよるが、顔を合わせてしまった時には、簡単に挨拶した後、どこかで暇を潰すことにしよう、と斎は思った。


 夏休み中なのに、構内は意外と人の行き来がある。よく見ると、バックパックを背負って手にガイドブックを持つ外国人や、薬の袋を提げた老人なども混じっていた。

 敷地内には、病院もある。斎たちのように、学外の人間の方が、多いかもしれない。何せ、門が開けっ放しなのだ。出入りも通り抜けも、自由だった。


 芦足(あしだ)大学へ進学して以来、碰上大学へ足を踏み入れるのは、初めてである。

 進路を決める遥か以前、学園祭や講演会などで、父に連れ出された記憶がある程度だ。


 構内の建物は、古きも新しきも煉瓦模様の壁である。古い方は、年月を経て、味わいのある変化を遂げている。比較的新しい建物の壁が、本物の煉瓦を積んで作ったものかどうか、見ただけでは判別がつかなかった。


 建物の周囲には、通路沿いの植栽とは別に、大きく葉を茂らせた樹木が、あちこちに残されていた。

 剪定(せんてい)が間に合っていないのではないか、と思わせるほど枝を張り出していた。葉に隠れて鳴く蝉の声も、(やかま)しい。


 そうした余分な空間は、斎のような不案内な人間が紛れ込んでも、許容する余地を作り出しているように思えた。

 時間を潰すには、苦労しないだろう。


 「あそこじゃ」


 建物を回り、久松が指した先には、こんもりとした木々を寄せ集めた塊が、あった。

 夏の日差しを背に、互いに重なり合う葉が、緑よりも濃く、黒々として見える。


 「斎は、この辺で待っとりゃあええじゃろ」


 「いや、行くよ」


 「え。じゃけえ、爺さんの()()で桜ヶ池には近付くな、て」


 散々誘っておきながら、今になって久松が腰の引けた発言をするのが可笑(おか)しく、斎は先に立って歩き出す。


 「祖父は存命だよ」


 「すまん」


 後から、久松がついてくる。足取りが怪しい。

 構内の中だけでも、あちこちの方向に勾配が見えていた。彼は地味に体力を奪われたらしく、早くも息が上がっている。


 目的の場所へ近付くにつれ、日差しを反射した水面のような(きら)めきが、暗い木々の間から溢れてきた。奥にある池の光が、透けて見えるようだった。


 その(まばゆ)い光は、池への道を示すように、斎に向かって、真っ直ぐ伸びているように思われた。


 「()()()()()()みたいだ。本当に、池に埋められたモノは、僕にも権利があるのかもしれないね」


 「え?」


 「久松、君?」


 知らない声が、久松を呼ぶのが聞こえた。直後、彼の重い足音が、ぶつりと途絶えた。一斉に、蝉の声も止む。

 静けさで、気温が下がったように感じられた。


 斎は、爽やかな心持ちで、前へ進んだ。

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